第51話「その花はもう、芽吹いている」
コスモフリートの医務室は今、出入りする人と物資で大混乱だった。備蓄の薬品が次々と箱詰めされ、バウリーネ・ブレーメンのチェックを受けてから運ばれてゆく。
それを
名誉の負傷と言いたいところだが、アイリス・プロトⅤに搭乗時の怪我ではない。戦闘後の救助活動で、でしゃばった結果の代償だった。
手当してくれるエリー・キュル・ペッパーにも、軽く
「もう、優君もアレックスみたいに、無茶しすぎ……男の子っていつもこうなんだから」
「す、すんません……俺」
「なんで崩れかけた建物に飛び込んだの? それで助かった人もいるけど、危ないよ」
優は、倒壊しつつある施設を発見、その中に生体反応を察知した。
その瞬間にはもう、着陸した愛機のコクピットを飛び出ていた。
彼が逃げ遅れた子供を助け出した直後、その建造物は音を立てて崩れた。
それでも、無謀な自分を悔やむことはない。
彼は
「学校、だったんだ……この街の子供たちが通う、学校」
「優君……」
「学校ってさ、楽しいんだよ。授業はかったるいし、先生はうるさいし……でも、毎日同じ顔でみんな会える、そういうのって学校なんだよ。その学校で死ぬなんてさ……嫌じゃないか」
エリーは神妙な顔で頷き、そして笑顔になった。
同時に、ギュリルときつく縛られた包帯から、腕を通して激痛が優へ走る。
「痛ってえ! ちょ、ちょっと、エリーさん!」
「はいっ、終わり! もぉ、男の子ってば……ふふ、そうだよね。でも、
「え……そうなんですか?」
「違うの?」
「うーん、どうだろう。それよりエリーさんは? アレックスとは」
「……はい、終わり終わり! 手当、終了!」
「痛いですって! 俺、怪我人なんですよ!」
周囲の者たちからも笑いが巻き起こる。薬品を貰いに来ていたブライト・シティの医師たちや、重傷者にお年寄り……バウリーネも笑顔になった。
エリーはすぐに、次の患者へと救急箱を持って立ち上がる。
その背を見送り、優は改めて腕の傷に手を添えた。
止血された傷が熱く、まだ鈍い痛みを感じる。
だが、それは自分が生きている証拠だった。
「エリーさんって、強い人なんだよな。……違うな、強くなったんだ。最初から強い人なんていないし。俺も、そうならなきゃ。そうでなきゃ、なにも守れない」
ふと、脳裏を母校が過ぎった。
焼け野原にされた故郷で、日本皇国から見捨てられた場所……第三高校。それも今は、遠く宇宙の彼方の星、惑星"
科学部のみんな、そしてクラスメイトたちは元気だろうか?
元老院の一人、日本皇国首相の
だが、そんな彼の背後で暗い声が静かに呟かれる。
「エリーは強くなんかないよ。みんな、同じさ。強い奴なんてほんの一握り……エリーも本当は弱い、アレックスだって。だから……」
振り向くとそこには、薬品類が入ったカートを押す少年の姿があった。名は確か、ミド・シャウネル。宇宙戦艦コスモフリートで、木星圏から脱出してきた者たちの一人だ。
彼は
そこには、暗い光が
純真な意思を宿す眼差しに、優も真っ直ぐ向き合う。
「えっと、ミドだったよな。……それ、これから外へ? 半分手伝う」
「そう、外へ……街に配るってバウリーネさんが。どうしてだろうね」
「怪我人がいて、みんな困ってるからだろう?」
「でも、それを言うなら俺たちだって困ってる。もうずっと、暗黒大陸だとかいう訳のわからない土地を
そうは言いながらも、ミドは手を止めていない。せっせと運ぶべき薬品を小分けして、半分を優が運びやすいように別のカートに移してくれる。
ただの悲観にくれた愚痴じゃない。
しかし、言い知れぬ不安を感じつつも、優はミドを悪く思えなかった。
彼は今、このコスモフリート、そしてサンダー・チャイルドのクルー全ての代弁者だ。不安と
自然と優も、当然のようにそれを手伝い出す。
ミドは静かな声で語り続けた。
「エリーは、守ってやらなきゃ……そして、それをアレックスたちに任せっぱなしでいい筈がない。そうでなきゃ、いけない」
「おいおい、俺たちだっているんだぜ? リジャスト・グリッターズがついてるんだ……ま、守りたいって気持ちはわかるけどさ。俺も、守りたいよ」
「お前も? 優、そうだ、吹雪優だ。お前もそうなのか」
「じゃなきゃ、パイロットなんてやれないさ。それに、機体に乗ってドンパチだけが戦いじゃない。こうして今も、俺たちは戦ってる。助け合って支え合う、それも戦い、かも」
「……それが好ましい選択とは思えないんだけどね」
二人は薬品の入った箱をカート二台に積み分ける。
ミドの言うことはわかるし、納得もしてしまえる。
今、リジャスト・グリッターズは見知らぬ世界に孤立し、さらなる孤独の中で孤高の戦いを続けようとしている。優はそれを拒まないし、
このコスモフリートには、多くの非戦闘員が乗っているのだ。
そうした
名前こそ同じだが、全く違うもう一つの地球……そして、もう一つの日本。
このブライト・シティがあるニッポンを離れても、戦いは続く。
そして、その先に立ち込める暗雲への憂慮を、ミドは隠しもしない。
「このままじゃ、駄目なんだ……正義の味方を気取って、ナイト気取りで戦っても、さ」
だが、優はそんな言葉に即答した。
自分でも思ってもみなかったが、あっさりと気持ちが声に出た。
「いやいや、正義の味方気取りじゃないし。ナイト気取りじゃないし」
「……え?」
「気取ってなんかいない、取り
優はカートを医務室から出す前に、一応確認してから取っ手を握る。同時に、ミドの胸を、トン、と叩いた。
「みんな、気取ったりしてる暇もないさ。俺の学校もそうだった。でも、正義の味方でもやるしかないなと思ったら、あとはベストを尽くすだけ。それしかないし、それくらいしか許されてないのさ。それで十分とも思うし」
「吹雪優……思ったより、お前」
「はは、よせって。照れるからさ」
「馬鹿なんだな、お前……なんていうか、大馬鹿者だ。俺は、それを……いや、でも駄目だ。それじゃ駄目なんだよ、優!」
「おいおい、声がでかいって。どした? なんかお前、変だぞ? ……なにを怖がってるんだよ。一人じゃないのに、そんな顔して、どうしたんだよ」
「俺は怖がってなんか! 怖いものなんか! でも……エリーは、エリーが」
医務室の患者たちが、一斉に優とミドを振り返った。
同時に、一人の青年が二人の間に割って入る。彼もまた、忙しい中でこの医務室と格納庫を行き来していた。その
彼の名は
コスモフリートのダイバーシティ・ウォーカー部隊隊長で、バルト・イワンド大尉の信頼も熱い。頼れる兄貴分であり、兄貴である以上に親身になってくれる男だった。
「おいおい、二人ともどうしたんだ? 口より身体を動かしてくれよ?」
「あっ、KTさん」
「……すみません。行こうぜ、優。上が決めたからには、この薬は街に配らなきゃ」
優も気付けば、熱くなっていた自分が少し恥ずかしい。ざわざわと医務室の中が奇妙な
そんな中で、ブライト・シティの市民たちに多くの物資を解放してしまったのだ。
誰もが皆、不安になる……ミドの言うことを、否定できる強さなど、誰も持っていない。ミドの言う通り、誰もが強さなど持たない弱者なのだ。だが、だからこそ優は言葉を選んで気持ちを声に出す。
「みんな弱いって、そういうのあるよな。実感だよ、ミド。俺だって、毎日アニメ見て、学校でみんなと遊んで、そういうのを無条件に
「優……お前」
「でも、成り行きであれ偶然であれ、俺は力を手に入れた。力は力でしかないけど、それを強さに変えたら……弱いままでも頑張ってるみんなだって、守ってやれるさ」
「お前は、弱いままじゃいられないって? そう言ってるのか?」
「人型機動兵器とパナセア粒子の実証実験をやってたんだ、そうも思う。そう思えるから……弱いままでも懸命に生きる全てが、強いと思えるのかもな」
ミドは黙ってしまった。
だが、不意に言葉が二人の間に差し入れられる。
「それは正論、倫理的にも道義的にも正しいかもしれないな。でも……正しさはなにも救わない。僕はそれを、嫌というほど見てきたよ」
KTだ。彼はバウリーネから受け取った書類にサインをして、自分が持ってるタブレットの中でリストをチェックしている。その作業から目を離さず、彼は穏やかな声で放し続けた。まるで旅の吟遊詩人か、
彼は見もせず、一人の男に対して語りかけた。
「
同時に、医務室の奥から一人の男が現れる。まだまだ包帯だらけで、彼は車椅子に乗っていた。しかし、周囲に集まる子供たちは笑顔で、どうもドバイからの避難民、特に子供に
優も、医務室にいる重傷人の彼を知っていた。
名は確か、
壮年を迎えつつある昭二の声は、安らぎさえ感じる
「KT君、若い君の危惧もわかるがね。だが、なにも救えぬ正しさだからといって、そのことを見失ったら……正しいか否かを考え選ぶ我々すら救われない」
「日暮さん、いや、その……すみません。ただ、僕は」
「……前から気になっててね、KT君。君は、似てるんだ……自分に。若い頃の自分にね。正しさの正当性とは別に、実利的な実際の結果を疑えてしまう、そういう時期が確かにある。……君や自分のような者は、特にね」
車椅子の昭二は、周囲の子供たちと折り紙をして遊んでいたようだ。手にした
昭二は
「悩む時は悩む自分、立ち止まる時は立ち止まる自分……自分を否定せぬことだ。その上で、自分が下す決断を信じるといい。なに、年寄りの戯言だがね。正しさはなにも救わない……だからこそ皆、正しい救い方で弱きを守り、そのために強さを目指す」
「……強くなれない者は、どうしたら」
「KT君、そう思う自分をも信じて認め、それでも弱き者を守るといい。誰にでも、自分より弱い者がいる。自分は弱いと卑屈に思うことさえ、自分より弱い者たちには悲劇だからね。だから、自分が守れるものだけでも守る、それが本当の強さだ」
「僕は、そういうものを持ってます。妻と、子と……それは」
「幸せなことだ。だからこそ矛盾なのだが……戦ってくれてありがとう、そして死なないでくれ。死地に君たち若者を送り出す、無能な自分たち老人を許してほしい」
それだけ言うと、昭二は医務室の奥、重傷者が寝泊まりするベッドの方へと行ってしまった。多くの子供たちが、その背を追って笑いを広げてゆく。その柔らかな空気は、言葉もなく見守っていた優の心で、決意と覚悟を新たにする。
そして、KTが不思議と寂しい笑みを浮かべた。
それは、泣いているような、
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