第17話「夜明けを呼ぶ花」

 ナオト・オウレンは震撼しんかん戦慄わなないた。

 それは、戦場と化した燃える街と、襲い来る無数の黒い殺意。

 そして、その前に立ち塞がる巨大な、あおはがね守護神ガーディアン

 ナオトは、自らが乗るトール四号機の首を巡らせ高みを見上げる。謎の転移から保護され、今は共に戦う仲間となった者たち……独立治安維持軍どくりつちあんいじぐんのレヴァンテイン乗りは恐らく、こういう光景でナオトたちのトールを見上げていたのだ。そのトールからナオトが見上げるのは、紅蓮ぐれん業火ごうかの照り返しで闇夜に浮かぶ、全高40mクラスの巨神だ。


「こ、これは……ナンセンス、なのか?」


 思わずつぶやく独り言が、狭く重苦しいコクピットに小さくこぼれる。

 そして、無線を通じての広域公共周波数オープンチャンネルからは、年端もいかぬ子供の声が聞こえていた。そう、子供……少女だ。同乗者と思しき青年の声に、少女は気高い声を響かせる。


『セバスチャン! このアストレアを盾にします! これ以上、被害を広げてはなりません!』

『しかし、美李奈様……これ以上は装甲が持ちません』

『私が持たせてみせます! さあ、アストレア……この先には学校があります! お守りなさい!』


 素早くナオトは、青い大型機の視線の先を振り返る。ルーカス・クレット少尉のトール三号機からの情報が、即座にサイドディスプレイの小さな液晶の中を流れた。

 そこには、恐らくこのテロから続く大惨事の中、避難した者たちが集う学校がある。県立大三高校には、地下にシェルターがあるという未確認情報もあった。

 そして、機体を翻すナオトの眼前で、無数の光がはじけてひらめく。

 所属不明機アンノウンの攻撃を受けた青い大型機は、その巨体で全てを受け止め、大きく後退する。


「そうか、この巨体……そういう使い方を前提に建造されている? いや、それより今は!」


 素早くナオトは、青い大型機を味方として識別、その旨をルーカスの三号機を介して全チームに送信する。

 そして、先ほどナンセンスだと言い切れなかった自分の疑問に、一つの結論を見出した。

 故郷の地球で、二つの超大国エークスとゲルバニアンの戦争によって生まれた巨大人型兵器、トール……それは動力源や搭載艦船等の都合、そして最大効果での威力を計算され尽くした結果、20mというサイズに落ち着いたのである。それでも巨大な前面投影面積を、機動力や運動性とトレードオフした結果、これがベストだと結論付けられたのだ。これより大きくば、まとが大きい上に回避率が下がる。小さくしようとすると、動力源が限られパワーが得られない。

 だが、目の前の青い大型機は違った。

 自らを盾に装甲で受け止め、その背になにかを守るために生まれた巨体なのだ。

 それを理解したというよりは、直感でナオトは感じていた。


「しかし、高出力の光学兵器を前にしては、どんな装甲も……」


 猛るナオトの操縦を受け止め、トール四号機が疾駆しっくする。

 その脚が、焦土と化した街並みを飛び越えるように踏み締めた。

 足元に避難民がいる場合が考えられ、ホバーによる高速移動は使えない。それでも、前面に無数に展開する謎の黒い一本角いっぽんづのたちへと、排除行動に移る。


『美李奈様、先ほどの謎の機体……お味方くださるものかと!』

『敵意は先ほどから感じていません。信じます! ……皇国陸軍があのような巨大な兵器を? パンツァー・モータロイドやレヴァンテインではないようですが。それより、アストレア!』


 ――アストレア。

 それがあの、蒼き鋼の守護神の名か。女神の名を冠する無骨な巨体は、身体で敵の攻撃を受け止めつつ、注意を引いてくれている。

 不思議と連携が取れると感じた、その瞬間にはナオトは機体を投げ出した。

 ジャンプで目の前の建物を超えると同時に、大通りへと前転着地しながら身を伏せる。そのまま周囲の燃え上がる廃墟をブラインドに、構えたサブマシンガンが火を吹いた。

 アストレアへとライフルらしきものを向けていた敵機が、次々と不規則に踊り出した。

 なまりつぶてを受けた人型は、まるで糸の切れた操り人形マリオネットのように身をくねらせて崩れ落ちる。


「こちらコール4、接敵遭遇エンゲージ。これを排撃はいげきし、アストレアを……青い大型機を援護します」

『コール1、了解。敵機は小型化された連射可能な光学兵器を装備している。注意されたし』

「了解! まさか、バルト大尉とのあの模擬戦、そして講義がここで役立つとは思いませんでした。……行きますっ!」


 そのままナオトは、地を這うトール四号機を匍匐前進ほふくぜんしんで押し出す。

 頭上を通り過ぎる攻撃は光の速さで、黒煙に燻ぶる夜空を切り裂いていた。

 ナオトの攻撃に気付いた一団が、次々とこちらへ展開してくる。その動きは組織的な連携が取れて整然としていたが、逆を言えばマニュアル通りでしかない。

 黒い一本角は四個小隊規模で、それぞれナオトのトール四号機へと射撃を集中させてくる。

 しかし、次の瞬間には清冽せいれつな声が雄々おおしく響いた。


『セバスチャン! 残るパワーの全てを振り絞ります!』

『美李奈様、これ以上は』

『動けなくなっても構いません……趨勢すうせいは今、大きく傾いています! 勝機を逃さず、チャンスを最大限に活かすのです。この街のために立ち上がった者は、私たちだけではないのですから』


 障害物を巧みに利用しつつ、緩急をつけたナオトの攻撃に敵は浮き足立っていた。それを隠すように射角を求めて、連中はバーニアの光と共に空中へとジャンプする。

 サブマシンガンから巨大な弾倉が滑り落ちて、胸元にあった自動車をスクラップに変えた。

 そのことに申し訳ないなと思う気持ちとは裏腹に、訓練されたナオトのパイロットとしての技量はマシーンのようで、自分の愛機を生き物のように躍動させる。

 素早く予備の弾倉をサブマシンガンに叩き込むと同時に、立ち上がって駆け出す。

 それは、闇夜を切り裂く眩い光が迸るのと同時だった。


『お受けなさい! エンブレムズ……フラァァァッシュ!』

『出力低下! 予備まで使い切ります、美李奈様!』


 放たれた光は、宙へと浮いた敵の一個小隊を飲み込み、あっという間に爆発を連鎖させる。空へと放たれた光は、暗雲垂れ込めるような黒煙に、大きく女神のAのサインを刻んだ。

 そして、ナオトもその勢いに乗るように指を滑らせる。


「勝機を逃さず、チャンスを最大限に……まるで帝王学だな。そして、自分たちのドクトリンにも通じる……同調しての攻勢を疑う余地はない!」


 瞬間、ジャンプ軌道で大きく後退しようとした敵機に、角が生えた。

 頭部に一本角のある黒い機体が、それよりも巨大な円筒状の物体を屹立きつりつさせたのである。

 それを……鋭いアサルトスピアを投擲したトール四号機は、微動に震えて甲高い駆動音を鳴り響かせる。なげきの歌で死を告げる泣き乙女バンシィごとき金切り声が、たぎる周囲の空気を沸騰させた。

 そして、ナオトの意志をMNCSマナクスが拾って、瞬時にトール四号機が風になる。


「リミッター、30秒限定で解除……フルスロットル!」


 フットペダルをナオトが踏み込むと同時に、先ほどアサルトスピアの直撃を受けた敵機が爆発する。しかし、その次の瞬間には、僚機の撃破に振り向いたもう一機の腹部に、投げられたコンバットナイフが突き立っていた。

 すかさずナオトは、ナイフの刃に貫かれた機体の落下地点へ滑り込んで肉薄、体を浴びせるように刃を押し込む。同時に振り向いて、ビームの一斉射を受け止めた。

 そう、受け止めた……今しがたナイフでえぐって穿うがった、

 そうして、爆発の予兆に火花をスパークさせる敵機の残骸の、その影からサブマシンガンを放つ。最後には大破した敵機を投げつけ、同時に常識を超えたスピードでせる。リミッターを解除されたトール四号機は、己が放り投げた残骸を追い越すスピードで、爆発の向こう側へと回り込んだ。


「リミッター解除時間、残り5……4……3……これで終わりだ!」


 コンバットナイフを腹に突き刺したまま、空で巨大な爆発が起こる。

 その爆風と衝撃の中で脚を止めた敵機は……全てを置き去りに射撃ポジションへと舞い降りたナオトの攻撃で、あっという間に蜂の巣になった。

 そうしてナオトは、リミッターが再びかせであり首輪となって落ち着かせた愛機を操作する。

 予定通り、力を使い果たしつつも背の学校を守るように両手を広げる、動きを止めたアストレアの前で再び弾倉を交換した。


「これで殲滅せんめつ……しかし、連中はいったい。この地球、こちら側にもこんな戦乱の火種が……とりあえず、君! そこの、アストレアとかいう機体のパイロット! 応答を願う!」

『聞こえてますわ。救援に感謝を』

「やはり、女の子! 君は……君も、幼年兵ようねんへいと言われる学徒兵がくとへいなのか? 自分はエークス陸軍第二機兵師団だいにきへいしだん試験先行運用部隊しけんせんこううんようぶたい隊員のナオト・オウレン少尉です。今は、独立治安維持軍どくりつちあんいじぐん異変調査団いへんちょうさだん所属!」

『私は如月乃学園きさらのがくえん二年、真道美李奈シンドウミイナ。見ての通りの者ですわ』

「あ、えっと……こちらからは、音声のみなので」

『疑問はもっともなことですわ、少尉さん。そもそも、私が何故なぜこのアストレアで戦うこととなったのか。それは数日前に話がさかのぼりますの。そもそも――』

「ん、その話は……長く、なるのかな。それと」


 周囲を警戒しつつ、ナオトは戸惑とまどう。

 通信の相手は、りんとした気高さを感じさせる少女だ。その言葉は柔らかいのに、不思議と有無を言わさぬ強さがある。込めた意志と、秘めた決意とが、自然と知れるような声音だった。


「と、とにかく……そちらはもう動けないのですか?」

『無理そうですね。少し無茶をさせました。セバスチャン? エネルギーの方はどうか』

『装甲への損傷甚大なれど、駆動系や動力部は無傷です。しかし、もうエネルギーがありません』


 同乗者と思しき青年の声は、落ち着き払った少女……美李奈と名乗った娘とは裏腹に動揺していた。その、彼女の言うセバスチャンなる男の声に『だ、そうですわ。困りましたわね』と重なる声色が妙にんでいる。

 美李奈という少女の大物っぷりに、ナオトは頼もしく感じつつ呆れてしまった。


「もうすぐ夜が明ける。敵の主力はあらかた潰したと思うし、隊長たちも街に散って各個撃破に成功した筈だ。あとは」

『夜明けと同時にお空のふねも降りてきて、本格的に救助が始まりますわね? そうでしょう?』

「ええ、そう、です……けど。油断はできない、とにかく今はあの学校を守ることを考えよう」


 ちらりとナオトは、アストレアが背に守る校舎を見やる。

 ここから数百メートルほど離れた丘の上に、古びた鉄筋コンクリートの四階建てがそびえ立っている。それは、この地域を代表するハイスクールらしく、今も多くの避難民たちが押しかけているのがここからでも見えた。

 その、四角張った校舎の輪郭りんかくが紫色に燃え始める。

 東の空に登り始めた太陽が、稜線りょうせんの彼方から朝日の最初の一滴を零し始めていた。


「こちらコール4、ナオトです。避難所になった学校の周囲で敵を排除しました。引き続き警戒体勢に移行。尚、青い大型機は敵にあらず、善意の民間人と判明」

『コール3、ルーカス了解。各機に伝達する……で? ナオト、どうだった?』

「どう、と言いますと」

『さっきからかわいい声が広域公共周波数で聞こえてたが、美人さんかい? その、善意の協力者というのは』

「目視での確認を行っていませんので、なんとも」


 そんな交信のやり取りをしていた、その時だった。

 和らいだ緊張感を再び取りつくろうかのように、悲鳴にも似た声が割り込んできた。


『美李奈様! ナオト様も! 生きてる敵が! 動いています!』


 咄嗟にナオトが集中力を取り戻せば、瓦礫がれきの中から立ち上がる敵が一機。

 それも、まずいことに無傷だ。

 瞬時に判断力をフル回転させたナオトは、向けられた銃口の先で機体をフルパワーで後退させる。オートバランサーが下半身の乱れた安定を補正させつつ、サスペンションとダンパーが仕事を始めた。

 よろけつつもサブマシンガンを構えて、ナオトは銃爪トリガーを引き絞る。

 ナオトたちエークス陸軍から来た……あちらの地球から来た試験先行運用部隊は、光学兵器に対して一日の長があった。隊長であるバルト・イワンド大尉のトール一号機には、大規模な射撃システムと一緒に陽電子砲ようでんしほうが搭載されている。そのため、日頃の訓練で嫌というほど、光学兵器の特性を身体に叩き込まれていた。


「そう、ビームは……基本的には直進する、真っ直ぐにしか届かない武器だ」


 陽電子は地軸や重力の影響を受けるが、それも誤差範囲内。ビームは放物線を描く砲撃と違い、大気に減退させられながらも真っ直ぐに貫通してゆく特性がある。射程距離の限られた実弾兵器よりも、遥かに長い距離からの射撃が可能だ。

 だから、向けられた銃口のバレルを確認し、その動きに注意を払うことで回避が可能だ。

 放たれたビームを避けることはできないが、放たれる前から動くことで命中率を下げることができる。それはナオトが、鍛え抜かれた試験先行運用部隊の一員であるあがしだった。

 だが、ビームを乱射しながら浮かび上がった敵機は、不意にスラスターを燃やして加速する。


「しまった! クッ、射程が……追いつけるか!?」


 追撃体制を取るナオトのトール四号機を引き剥がし、黒い一本角が飛翔する。

 その光が作る軌跡を、虚しくサブマシンガンの火線が突き抜けた。

 だが、妙に冷静な声が楚々そそとして清廉せいれんな言葉をつむいだ。


『問題ありませんわ、少尉さん。夜明けが……彼に呼ばれて、夜が明けます』


 その時、ナオトは見た。

 最後の力を振り絞るように飛ぶ、黒い敵機の向かう先で……徐々に登り始めた太陽を。

 その太陽を背に、見たこともない機体が立っていた。

 そこに軍事施設があったというデータもないし、友軍機のトールやレヴァンテインではない。そして不思議と、どこか雰囲気が敵機に似ていた。

 透き通るような白亜はくあの機体は、背にした太陽の炎を宿すような紅を交えている。

 それはナオトには、夜明けに咲く希望の花にも似た力強さが感じられた。


「そこの機体っ! 友軍機か! 避けろ、直線上にいては駄目だ! ……クッ、そうか! 避けると後ろの学校が!」


 ナオトが通信の向こう側へ叫ぶ声へ、自分の出した答えが先回りする。

 そして、ナオトが危惧きぐした通り、敵機は手にしたライフルから苛烈かれつなビームの光を吐き出した。真っ直ぐ朝日へと吸い込まれるビームが、刹那の瞬間に校舎を貫き、爆発する。

 そう思われたが、ジュン! と空気を焦がすような音だけが響いた。

 先ほどの紅白に彩られた機体は、あかつきの中で動いていなかった。

 ただ、その手に握られた剣が、粒子の光を灯して振られていた。


「ま、まさか……ビームを切り払った!? だが、可能だ……刀身がビームをまとっているならば、互いの熱量を相殺して。だが、そんな武器を作る技術が? そして、それを使う!?」


 驚きに声をあげるナオトは、その時聴いた。

 震えて強張る声を上ずらせた、少年の声だった。


『出て行け……僕たちの街から、出て行けっ! 出て、行けって、言ってるんだ』


 陽の光へ押し出されるように、真正面から紅白のシルエットがぶつかってゆく。

 二度三度と浴びせられるビームを、タイミングを合わせてビームの剣で弾きながら……あっという間にそのパワーは、黒い一歩角をつかまえた。

 そう、

 フルパワーでぶつかったその機体は、剣を捨てた手で敵の顔面を鷲掴わしづかみにする。

 体格的には同じくらいに見えるが、パワーの差は歴然だ。


悠介ユウスケ先輩は死んだ! この街を守って戦って……僕たちを守って、死んだんだ!』


 その絶叫は泣いていた。

 嗚咽おえつ混じりの声が今、ナオトの耳朶じだへと突き刺さる。

 その間も、ギギギと軋む黒い一本角を、空中で彼の機体はくびりあげていた。僅か片腕一本で、軽々と吊るし上げる。その腕を引き剥がそうとする黒い一本角の手が、空中でなにかを掴もうとして虚しく振り回されていた。

 そして、二機は不意に降りてくる。

 否、落ちてくる。


『僕は……俺は、逃げちゃ駄目なんだ! 逃げたら……ここで逃げたら! 悠介先輩の死を殺すことになるんだ! 俺は、俺たちは……悠介先輩を失って、その死まで……失う訳にはいかないっ!』


 出力を全開にした紅白の味方機……そう、味方だ。

 圧倒的な敵意を敵へとぶつけて、全身から悲しい鬼哭きこくほとばしらせる紅白の機体。そのパイロットは、片手で首根っこを抑えた敵機を、フルパワーで自分事大地へと叩きつける。

 焦土と化した焼け野原の中央に、クレーターができて衝撃波が襲った。

 自然とナオトは、機体を安定させつつ吹き荒ぶ風の中へと目を凝らす。


『アイリス・プロトファイブ、フルパワー……パナセア粒子、最大圧縮開放ッ!』


 慟哭どうこくが入り交じるような叫びと共に、爆心地が迫り上がる。

 アイリス、それはアヤメ科の花の名だ。

 花言葉は、希望。そして……メッセージ。

 ナオトは装甲越しに機体を震えさせる嵐の中心に、確かに魂の言霊メッセージを聴いた。

 アイリスと呼ばれる機動兵器のプロトⅤは、片手で大地へ敵を押し付けたまま、フルパワーで加速する。焼かれた廃墟もひび割れたアスファルトも砕いて、昇る太陽を浴びながら地面を削ってゆく。既にもう、敵機に動きはなかった。

 だが、どんどん大地に敵を埋めていきながら、長い長いわだちを刻んでプロトⅤがたける。


『出て行けよ……この街から。悠介先輩が守った街から、出て行けっ!』


 泣き声と共に、プロトⅤが片腕で敵を空中へと放り投げる。

 既に半壊して下半身の引き千切れた敵は、眩い太陽の光に消えていった。

 そして、プロトⅤの胸に埋め込まれた、輝きを集める結晶体が怒りの光芒を屹立させる。

 ビームの奔流ほんりゅうが白んだ空へと突き抜け、周囲の黒煙をあっという間に吹き飛ばす。雲さえも蒸発させる強力な攻撃に、黒い一本角は本当に消し飛んでしまった。

 払暁ふつぎょうの光を浴びたまま、プロトⅤは天を仰いで動かなくなる。


『こちらコール1、バルトだ。全機、状況終了。本作戦において善意の協力者の多数の支援があったようだ。夜が明け皇国軍が本格的に動き出す。至急、降下中の羅臼らうすへ協力者たちを案内せよ。繰り返す――』


 隊長であるバルト大尉の声に、ようやくナオトは我に返った。

 その時にはもう、ガクン! と膝をつくアストレアが目線の高さまで降りてきている。そのコクピットハッチが空いた時、金色の朝日を浴びて髪を棚引たなびかせる少女が現れた。


『絶望を超えた夜明けに咲く花……セバスチャン! 朝が来ましたわ。いかなることがあろうと、必ず日は昇って朝がくるのです』

『左様でございます、美李奈様。む、直通の回線が……独立治安維持軍のバルト大尉という方からです』

『従わせてもらいましょう、セバスチャン。先方にも失礼があってはなりません。それと……彼も一緒の方がいいですね』


 少女の声に、ナオトは見た。

 動かなくなったプロトⅤのコクピットが開き、搭乗者が姿を表している。

 涙を拭って顔をあげる彼は、学校の制服を着た年端もいかぬ少年だった。

 改めてナオトは、少年少女が戦場にいる違和感と、それが当たり前であるかのようこちら側の地球に畏怖を禁じ得ない。常態化した戦争の狂気は今、幼い者たちを飲み込み膨らんでいた。

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