第16話「神々の黄昏を見やるは魂の玉座」
だが、今は違う……謎の青いロボットが助けてくれたが、状況が変わった。
突如として飛来した新たな敵が、混乱にさらなる闘争の火種を投げ入れている。
「こっちだ、風上へ!
街の中心地を囲んで、逃げ場を奪いながら中心へと包囲を狭めるような攻撃だった。いたるところで炎が道を
そんな中でも流狼は希望を捨てずに走る。
恋人である
陽与はごく最近、よくある少年少女の
そんなことももう、流狼の頭の中を高速で背後へ飛び去ってゆく。
「考えても見れば最近の甲府は妙でした……それも全て、この異変の前兆だったとも考えられますね」
「龍羅兄? なにを」
三人は大通りから路地へと入り、頭上を覆う轟音と炎の中を
一方で、
流石に鍛えた身体にも乳酸が溜まって、肩を上下させて出入りする呼吸が乱れる。流狼や龍羅といった、武道で鍛えた二人でも体力が消耗しているのだ。まして、ただの普通の女の子である陽与の疲労と消耗が気になる。
三人は路地から飛び出す前に脚を止め、左右の圧してくるような壁に身をこすりつけた。熱く
息を殺して冷たい敵意を見送れば、灼熱地獄の中で流狼は凍える。
いつになく
「先日、県立第三高校で妙な事件がありました。全校生徒が地下に、突然の避難訓練で押し込められた……何故か、地下シェルターが第三高校に」
「地下シェルター?
「いえ、違います……街でも一斉に外出禁止令が出て、なにかが起こりました。そして次は」
「このテロ事件か」
「もう一つ。先日……人気アーケードゲームのBMRS筐体から、
その言葉に、流狼の隣で陽与が声を発した。彼女は思い出したように言葉を選んで、それを伝えて会話に参加し、どうにか非常事態での正気を保とうとしていた。
「じゃ、じゃあ……あの、
「ええ、そういう推理も成り立ちます。御殿医を殺した犯人が、息子さんをさらったと。しかも、なんの証拠も残さず……そして、今日は当局も情報を掴めなかったテロに、謎の敵の襲来。……いえ、謎の敵などではありません。連中は以前から、この甲府に来てたとしたら」
だが、お喋りはそこまでだった。
黒煙が風に舞う空に、無数の光が立ち上る。流狼は詳しくはないが、それが空へ放たれた敵の攻撃だということはわかった。無数の苛烈な光条を吸い込む先で、空の遥か高みに
そして、なにかがパラシュートを開いて逆噴射のバーニアを点火させるのが見えた。
それは流狼には、見えない力で邪悪な光を跳ね除け舞い降りる、救いの天使に見えた。
気付いた龍羅も空を見上げて「ほう」と落ち着いた声を走らせる。
「皇国陸軍……いえ、違いますね。軍はパラレイドのことしか頭にない。とすれば、この危機に迅速に対応できる部隊。人類同盟の各国は日本国内には不干渉となれば……噂の
「なんだっていいさ、龍羅兄! 助けが来てるなら、そっちに逃げよう!」
「いえ、流狼。連中は戦闘部隊、戦いに来てるのです。逃げるなら、戦場になる彼らとは逆方向でしょう」
「なるほど! ……よし、行こう。ここも時期に本格的に火が回る」
意を決して
だが、その時……流狼が日頃培った鋭敏な感覚が、轟音と共に現れた敵意を感じ取った。
慌てて立ち止まった、その先に現れたのは、紅蓮の炎を撒き散らす巨神。灼けたアスファルトにレッグスライダーのホイールを鳴かせて、一機のレヴァンテインが現れた。そして、流狼や龍羅は勿論、陽与にもすぐにわかった。
この機体は、交差する横道から飛び出てきたのは……敵だ。
『おやおや、善良なる市民の少年少女諸君。避難中かい? それじゃあ、わざわざ街を外側から包囲して焼いてる意味がないだろう? ……誰も生かして帰したくないんだよねえ。あの機体を……ステーギアを見た者は一人もさあ!』
スピーカーを介して頭上に叩きつけられた声は、子供だ。
同時に、幼い少年の声とは思えぬ程に、
『こうして見下ろすと、本当に自分が神になった気分だよ……たまにはいいね。戦いをこそ愛して興じる僕でも、ただ虫ケラのようにプチプチと
その機体は、右手に大きな大砲らしきものを持っている。それは冷却のためと思しき白い水蒸気を巻き上げ、太いチューブで背中に接続されていた。
流狼にはその姿が、人の運命を
だが、震える両足に力を込めて、龍羅へと陽与を押し付ける。
「龍羅兄! 二人で行ってくれ! ……お前の相手はっ、この俺だ!」
『……うん? おやぁ、なんか言ったかな? 僕の聞き間違えかなあ。気でも触れたかい』
「俺は、正気だ。武装したレヴァンテインから
流狼が腰を
それで稼げる貴重な数秒で、二人の命が逃げてくれるなら、構わない。
「
『……ップ! ハハ、アハハハハ! 戦ってやる? 生身でかい? どうやって――チィ! 展開が早い!? 実戦慣れしてるな、どこの部隊だ!』
不意に、目の前のレヴァンテインが身を翻した。
そして、燃え盛る建物をジャンプで乗り越え、二機のレヴァンテインが降りてくる。その手に構えたアサルトライフルは、
それでも、照準を重ねられたことでテロリストはポジションを失ったのだ。
『いいぜえ、いい調子だ
『フォローは任せろ、
助かった、そう思った瞬間に流浪の身体から力が抜ける。情けないことに、先程までの気迫が失せて、流狼はその場にへたり込んだ。その背中を抱くように、泣きながら陽与が抱きついてくる。手に手を重ねれば、温かな涙の
だが、安堵に動けなくなった流狼が次に見たのは……目の前に落ちてくる巨大な物体だった。
「流狼、危ないっ!」
咄嗟に二人まとめて、龍羅に突き飛ばされた。三人は勢い余って、そのままひしゃげたシャッターの前に転がる。落下してきたのは、救助に来てくれたレヴァンテイン、確か先程円月と言っていた機体の頭部だった。
『クソッ、サブカメラを! なぁに、たかがまだ頭部をやられただけだ! 守る……俺は市民を、守るんだよ! 俺が――』
次の瞬間、光が走った。
頭部を失いながらも体勢を整えようとしたレヴァンテインが、通りの向こうまで突き抜ける光の槍に貫かれた。それが、テロリストが構えた巨大な砲身から放たれたビームだと、ようやく流狼が理解した時には……コクピットのある胸部に風穴の空いた機体がその場で立ち尽くす。まだかろうじて生きているオートバランサーが立たせている、それが返って力なく垂れた両腕、落下するアサルトライフルと噛み合わなくて……
『南雲ぉ! こいつ……並じゃないぞ。だが、だがなあ! おい、そこのっ! 早く立て、立って逃げろ! ……ここは任せろ。オスカーリーダー、
腰の剣を抜刀したレヴァンテインが、無茶を承知で斬りかかる。
先ほどの流狼と同じだ……一瞬の一秒、その
その男の名を、流狼は知らない。
だが、その男が駆る機神の咆哮を心に刻みつけた。
「二人とも、立てるか!? さっきはごめん、でも! そういう気持ちを見たら、無駄にしちゃいけないんだ! 逃げよう、早くっ!」
しかし、現実は無慈悲な金属音で全てを砕き、断ち割り、引き裂く。二機目の円月は剣をいなされ、コクピットを膝蹴りで潰された。互いに同程度の装甲を持つレヴァンテイン同士での、体術による打撃。衝撃を浸透させて、自分を壊さず相手を潰す。それは、流狼とは別次元の武道家、達人がやる技だ。
僅かに浮いた円月は、そのまま大の字に倒れ込んだ。
潰れてひしゃげた胸部の亀裂から、黒くて赤いなにかが滲み出ている。
「あ、ああ……ッ! 駄目だ! まだ、負けては駄目だ! 逃げるぞ、陽与ちゃん! 龍羅兄も!」
『おっと、そこまでだよ。どうした? ええ? 僕と戦ってくれるんじゃないのかい? それとも……この有様をみたらビビっちゃったかなあ? アハ、アハハハアハ!』
だが、その時……灼熱の空気が渦巻く惨劇の中に、低くくぐもる声が響く。同時に、耳を
それは、正しく怒りの炎で身を焼く戦神……突き抜けてきた倉庫の
『黙れよ……黙れええええっ! お前は、俺の……俺たちのッ!』
『馬鹿なっ!? クッ、ナビゲーションに頼り過ぎたか! まさか、建物をブチ抜いてくる馬鹿がいるなんて。いいね、
『黙れと言った!』
『アハ! 怒りに身を任せて
二機のレヴァンテインは、激しく火花をちらして路面の上を滑る。それは、炎が見せる
突如現れた漆黒のレヴァンテインが、フェンサーブレードを繰り出す。
しかし、その切っ先が鋭く何度も空を切った。テロリストの機体はまるで遊ぶように、ギリギリで避けつつ、時には装甲の上で刃に火花を飾らせながら肉薄する。
そして、
あっという間の電光石火で、流狼たち三人はテロリストが操るレヴァンテインに捕まってしまった。右手に三人まとめて無造作に掴みながら、その腕が突き出される。
『こういうのは、どうだい? ハハ、どうする? その機体……資料で読んだことがある。独立治安維持軍のカスタム機、確か……メリッサ。さあ、どうするんだい! メリッサのパイロット!』
『クッ!』
『剣と銃を捨てなよ? ほら、指先一つで肉塊の出来上がりだよ? ほらほら、ほらあ!』
『迂闊……もっと冷静に、俺が……クソォ!』
アサルトライフルが、次いでフェンサーブレードがアスファルトに転がった。だが、流狼は見る……メリッサと呼ばれた黒き騎士は、その目に宿るセンサーの光が死んではいない。牙も爪も砕かれて尚、戦う意志が折れていない。
なにか打開策をと思う一方、ミシミシと骨が軋む中で耳元に悲鳴が噛み殺される。陽与も龍羅も、歯を食いしばって耐えているが……テロリストの言う通り、指一本の力が強まるだけで三人は圧縮されて鮮血を吹き出すだろう。
『最後に教えてやるよ、メリッサのパイロット。僕は、ロキ。そして僕らは……
『級……槻代級、だ』
『は? ああ、君の名かあ。そうか、ツキシロシナ……楽しかったよ、そしてさよなら』
『覚えておけ、いつか必ず……必ずお前を倒す。この俺の名を、覚えておけ』
それは、刃も銃弾も失った男が絞り出した、決して折れぬ意志の言葉だった。それを一笑に付すテロリスト、邪神を名乗ったロキの言葉が僅かにかげる。ただならぬ迫力を
そして、異変は突如として襲う。
『楽しかったよ、僕を一瞬とは言え焦らせるなんて。ツキシロシナ、君は……ん? なんだ……光が。これは……ッ!?』
次の瞬間、不意に流狼の頭の奥で言葉が走る。
――転移魔法、発動を確認……君がボクの二人目のマスター、かもしれないね。
その声なき声は、頭の奥で脳裏に直接刻まれるように響いた。
そして……燃え盛る炎の中で、ロキのレヴァンテインごと地面を走る光が飲み込んでゆく。助けに来たメリッサのパイロットが仕掛けたものではない。それはまるで……太古の錬金術や魔術、陰陽術に似た、しかし無数の類似性が複雑に絡み合う中で互いを消し合うような魔法陣。
そう、魔法陣だと思った瞬間には、ロキと共に流狼たち三人の視界は眩い光に飲み込まれた。
――
先ほどの声は不思議と、意識が遠ざかる中で徐々に近づいているように流狼には感じられた。
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