泣いた
「ほらフィオちゃんもちゃんと働いてよ」
「ん」
横目でワタルの姿を追いながら私とティナは不快な気配を辿る。
さっきティナが倒したの以外にあと……五――ううん、七――最初に感じてたよりも減った気がする。
ティナが斬ったから警戒して気配を絶とうとしてるか、それとも逃亡したか。
駆け回って人を庇いながらオークを倒してるワタルの方へ移動する気配が一つ――。
ワタルは気付いてない。
戦闘の高揚のせいか人の声には過敏に反応してる――でもそのせいで目の前事しか見えてない。
そのせいで動きもめちゃくちゃ……効率的じゃない。
崩れた屋根の破片を拾って気配の先に投げ撃つ、予測した地点で破片は砕けて血が噴き出した。
「わぉ、やるわねフィオ! これだけ離れてても正確に当てるだなんて大したものだわ」
「ん……」
流石に気配を探られる事に気付いて抑え始めてるけどまだこんなものだと大体分かる。
ティナも言ったけど酷い臭いもする。
叫び声があがってワタルは駆けつける、守る為に、助ける為に……なのに誰もがワタルを怖がってる。
それはまるでアドラの人間が私に向けていたもの、私が殺した相手がしていた目……どうして?
私と違って守ってるのに、助けてるのに、どうしてこの世界はワタルをそんな目で見るの?
武器を振り上げて向かってくる六匹のオークに気を取られてるワタルの背後に回り込んだ姿の無い敵目掛けて再び尖った瓦礫を投擲する。
瓦礫は鈍い音がして砕け散ったけどハイオークの負傷を示すものは見られない。
たぶん防いだ。
一度目ので警戒された。でもその後の一瞬の緩み――初撃に僅かに遅らせて投げた二撃目が敵の体を穿った。
消えてた姿は露になって頭部から血を流して倒れてる。
「あらまぁ……凄いわね。連射して二撃とも当てるなんて……流石にそれはエルフでも真似出来る者は少数なんじゃないかしら」
感心する素振りを見せた次の瞬間には空間の裂け目に消えて離れた場所で姿の見えない敵を一匹斬ってる。
そっちだって大したものだと思うけど……ただ、あの移動法は一度切る動作を必要とする分付け入る隙になりそう。
「それにしてもフィオ、さっきのは少し過保護過ぎないかしら?」
戻ってきたらティナは見透かすように笑ってる。
「何の事?」
「あらとぼけるの? 私には見えてたわよ? 小さな礫をあの六匹にも投げてたでしょう?」
「さぁ?」
別に殺すための攻撃じゃない。
衝撃を与えて体を一瞬硬直させるのが目的だった。でも必要なかった……あの動きなら補助がなくてもワタルは十分に倒せてたし私の予測よりも早く敵を斬った。だから硬直の補助は意味が無かった。
「過保護……」
戦闘面の甘えは死を招く……鍛える時おもいっきり厳しくしよう。
姿の見えない敵は標的をワタルや人間から私とティナに切り替えたみたい。
気配を絶とうとしてるけど絡み付く不快感が消えないせいで存在は辿れる。
見えない事に驕った戦いしかしてこなかったような敵なんて障害にもならない。
音、臭い、空気のゆらぎ、姿を消す有利を打ち消す情報を溢れさせながら向かってきた敵の剣を摘まむ。
よほど力量に差がある相手しか戦ったことがないんだと思う。
受け止めた瞬間驚愕に息を呑むのが分かった。
この程度か……。
自分の能力の通じない相手への焦り、喰う犯すと見下す相手との力の差への混乱――姿を消せる有利を考慮すれば、掴まれた武器の引き合いなんてする必要もない。気配を絶って離脱して周囲に散乱してるオークの武器を使えばいいだけ――ううん、尖った小さな瓦礫さえあればいい。
それなのにこの敵は力比べを挑んできた。
だから――。
左手で掴んだものを引き寄せて蹴りを打ち込んだ。
骨を砕く感触を感じたあと壁に人型が出来た。
「なるほどね、フィオが今倒したのが姿を消す能力を伝播させていたみたいね――ということは今見えてる三体は何か別の能力を持ってるかもしれないわ」
『ああ持ってるさ、これでお前らの動きは鈍化する。その間にあの人間を殺してこい』
全身に降りかかる負荷、これがこのハイオークの能力? 体が重い。
でもそれだけ、別に全力の二割も削られてない。
体が重いのが不思議で動かして確認してる間にハイオークが一匹ワタルの方に駆け出した。
『おっと、お前は俺が相手してやるよ。ガキの柔らけぇ肉が喰いたいから――なぴゅ!?』
この体の重さは私の感覚が狂ってるわけじゃない、実際に体重が増えてる。踏み出した瞬間罅の入った床を見てそれを確認した私は一足飛びで敵の頭部を踏み砕いた。
私の下に転がる死体を見下ろし体の調子を確認する……大丈夫、元に戻った。
「ワタル! 一匹そっちに行ったわ! 気をつけて!」
ハイオークはワタルが他人を庇うのを見越して動きを制御しようと騒ぎ立ててる人間たちを狙った。
逃げもせず騒いでるから……案の定ワタルは割って入って庇った
なのにまだ騒ぎ立ててる人間たち――ワタルのばか、気を散らして腕を掴まれた。
そしたらワタルは膝を突いて――。
ワタルが殺される、そう直感した私の身体は考えるよりも速く動き出した。
傾斜してる瓦礫を駆け上がり飛び上がる。
抵抗出来なくなっているワタルにその剣が振り下ろされるよりも速く敵を殺す為に――。
『死ね――がぴゅっ』
「駄目、ワタルは殺させない」
頭上の警戒なんて一切なくて回避の素振りもないハイオークの頭頂部にナイフを突き立てた。
「ワタル、無事?」
目を見開いて私を見るワタルの瞳がなんだかすごく澄んでいて……まっすぐ見ると変な感じがするからなんとなく顔を逸らした。
「一応――」
「ひぃっ、み、見ましたか!? ちゃんと映したか? ご覧いただけましたか!? 殺害しました! 異世界人の少女が、同じく異世界の存在だと思われる方をいとも簡単に殺害しました! 異常です! やはり彼らは共謀して異世界で鈴木真紀さんを殺害しているのではないでしょうか!? この状況を見て本当に彼らは無実と言えるでしょうか!? 他者をこれ程簡単に殺害する彼らの惨虐性を考えれば、あり得ない事ではないと思えます!」
また変なこと言ってる。敵を殺すのは当たり前、でないと死ぬのは自分、私は別にこの人間たちを守るつもりはなかったけど……ワタルは守ってたのに、それなのにどうしてそんな事を言うの?
ワタルは拳を握り締めて堪えてるけど……。
今なら駄目って言わないかも――爪先で床を叩いて力加減を確かめる。
「あれ、煩い――」
「もう! 無茶苦茶ね、空間跳躍が出来る私より先にワタルの所へ行けるなんて反則じゃない」
不機嫌になってるティナは剣の血を払うとうんざりした顔で騒ぐ人間たちに視線を向けて深く息を吐いた。
「そっちも終わり?」
「ええ、もう嫌な気配も殺気も無いわ。臭いは酷いけれど」
確かに、魔物の血は人間よりも臭い。血の匂いには慣れてるつもりだけど、それでもこの臭いには眉をひそめてしまう。
これは流石に私も水浴びがしたくなる。
うるさい音がいくつも重なってここに集まり始めてる。
「変な音がする」
「ウーウー言ってるのは警察が来た合図みたいなもんだ」
「ケイサツ……また拘束されるのかしら?」
「される、だろうなぁ。これだけの大事になってるし、血塗れの俺たちがやったってのは一目瞭然だし、事情を聴くのと魔物についても質問されるだろうなぁ」
拘束……? 何も悪いことをしてないのに? ワタルは人を守ってたのに? ……もしそうなるなら私は――。
「面倒ねぇ。ねぇ? 私の能力で逃げたらどうかしら?」
っ! それは良い。拘束されたらまたワタルは悩む、そしたら能力が戻るのがもっと遅くなる。なら逃げてしまった方がいい。
「残念だがティナ、この国にはどこにでも警察が居て、逃げ隠れ出来る場所なんてない。そして日本に帰ってきてまで野宿なんかしたくない」
「なら他の国なんてどう?」
「他の国にも警察は居るよ。その上言葉が通じなくて更に厄介な事になる」
通じない!? そんな事があるの? 魔物とすら言葉は交わせるのにこの世界の人間は同じ世界に居ながら言葉が通じないの? ……変な世界。
「この世界は他の国だと言葉が違うの?」
「そ、だから他の国に行ったらめんどくさい」
国で違う……なら他にも困った違いがあったりする? 拘束されるよりは逃亡生活の方が負担が少ないと思ったけど、違うのかもしれない。
「と、逃亡しようとしています。如月容疑者たちは逃亡を謀るつもりです! 誰かぁああ! すぐに警察を! 警察に通報してください!」
煩い、命を救った恩人に対する態度がワタルと違いすぎる。ワタルはリオの為ならどこにでも飛び込むばかなのにこっちの人間たちは――。
「君たち! 武器を捨てて投降しなさい。異世界の事は証明されているから大人しく投降してくれればこちらもちゃんとした対応を約束する」
私たちを包囲するように集まった警察が黒くて変なものを突き出すように構えてる。
この世界の人間は強くない、特別な力もない。
こっちを警戒してるけど大した事が出来るわけじゃないはず――。
警察の構えてる黒い変なのが弾けた。
その瞬間矢なんかよりも格段に速い物体が飛来した。ナイフで弾いて軌道をずらしたけど……なにあれ……規模は違うけどワタルがクラーケンを倒す時に使ったのに似てる。
そんなものをこの警察全員が装備してるの……?
ワタルが嫌がるし嫌われるからから殺しはしない、でも、この状況だとそれは甘いかもしれない。何かあってからだと遅い。
いつまた同じ攻撃をされるか分からない……ワタルじゃ絶対に反応できない。だから――。
「何をしている! 発砲許可は出していないぞ!」
「フィオ、大丈夫か? 怪我とかは――」
「ワタル、許可……あの武器は危ない。ワタルじゃ避けられない」
「駄目だ。武器壊すだけのつもりだろうけど、それやったら完全に国家権力を敵に回す事になるから駄目だ」
危険な武器があんなにあるのに? ぬるい事をしてたら命取りになる。排除出来る時に排除するのは鉄則……。
「どうしても? あんなのいっぱいあったら危ない」
「私もそう思うわ。今ここにある分だけでも奪っておいた方がいいんじゃない?」
奪う……なるほど、使い手ごと壊そうと思ってたけど、ああいうのも持ってたら便利かも。
「ど、う、し、て、も、だ! 面倒だし嫌だろうけど、大人しくしててくれ。抵抗しなけりゃ本当は撃って来ないはずだから」
私のほっぺを摘まんでむにむにし始めた……なにこの余裕――そしてこの表情……すごいのかばかなのか分からなくなる。
でも自分の世界の武器なら危険度も理解してるはず、それでもこの余裕なら……従った方がいい?
「わかっひゃ」
「むぅ~、ワタル、私にもしなさい」
ワタルはこういうの私にしかしない……ちょっと嬉しい――。
「あっ、こらっ、何を――」
「死ねぇええええっ!」
っ!? 一瞬の気の緩み、そこを突いてさっきの破裂音――そして放たれた物がワタルの腕を掠めて通過した。
「くぅっ!? いっつぅ……何が?」
私のせいだ。
ワタルに触れられて気が緩んだ。
飛んできた角度がズレてたら心臓にだって当たってたかもしれない。
死んでたかも……しれない――。
「落ち着け! 落ち着けフィオ、大丈夫だ。掠っただけだって、死んでない、ちゃんと生きてるだろ? だからそんなに怒らなくていい、な?」
どうしてっ!? あれは言葉だけの連中とは違う。
命を奪おうとした。それなのにどうして邪魔するの?
ワタルが私を抱き寄せる、そしたら心臓の音が聞こえて――余計に私の中に焦りを生む。
これを消されてたかもしれない、奪われたかもしれない、失ってもう二度と取り戻せなかったかもしれない。
なのに、どうして止めるの? 胸の中がぐちゃぐちゃになる。
こんなのは嫌…………。
「ワタル、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫、掠っただけ、大したことないって、だからティナも剣を下ろして、じゃないとあれを向けられたままになるから」
「そんなに言うなら従ってあげるけれど、いざとなったら強行突破するわよ?」
「ほん、とう、に? 大丈夫? 死なない? 居なくならない?」
敵は排除しないといけないのに駄目って言う。
命を狙ってきた相手なのに殺しちゃ駄目って言う。
優しくてあたたかくて変わってるワタルは好きだけど、でも、私には分からない。
今はただただこの胸に渦巻くもののせいで苦しい。
『きゅ~、きゅ~、きゅ~』
「だ、大丈夫、大丈夫! 全然大丈夫だって、ほら、掠っただけだから動かしても痛くない。それにほら! フィオを持ち上げられるくらいには平気だから。な? 大丈夫だから、泣くな泣くな。死なないし居なくもならないから、心臓の音だってするだろ? このくらい腕折られた時に比べたら何でもないって」
ワタルが私を抱え上げて負傷は大したことないって見せてくるけど……今変な事言った。
私が泣く? 泣くのは無力な弱い人間がすること、私はそんなことしない。
「泣いて、ない…………泣いた事、ない」
あれ……? でも、水が落ちてくる。
そういえば、ワタルはリオの無事で泣いた。今の私も同じ…………?
「大丈夫だから、ちゃんと生きてるだろ? 死なない、死なない、俺って結構しぶといし、だから大丈夫! あ、あ~……あっ! 後で美味い物でも食いに行こう、こっちにはフィオの知らない物が色々あるから楽しいぞ」
「…………ん」
ワタルが何か慌てて優しくなったのはちょっと面白いけど……胸のぐちゃぐちゃは簡単には消えてくれそうにない。
さっきの攻撃の後警察は構えを解いてるし……今はちょっとちゃんと動けそうにないから、少しの間だけ――。
そう思って私はワタルの心臓の音を聞く事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます