力いっぱいの

 先ずは二人――。

 たまたま発見した青い娘と赤い娘に食事を与えた。二人は嗅いだ事のない匂いに飛び付き近くで見ていた俺とクーニャを威嚇して料理を持ち去った。

「う、うむ……ほんとに獣としか言えぬ反応だった……意外にルナは可愛かったと思い始めておる儂がおる…………」

 自分が生まれる前の段階の種だと聞かされたせいかクーニャには大きな衝撃だったようで眉間には深い皺が出来ていた。


「それで主、追いかけぬのか?」

「まぁ……今日はこれでいいだろ。リオ達の飯の味を覚えたらあっちから来るだろし」

「なるほど、それもそうだな。しかし酷い獣っぷりであった……あやつらという過程があっての儂だと思うと複雑だ……主、儂を嫌わぬか?」

「なんで?」

「……そうだった……主は可愛い女子の姿であれば何でも良いのだったな…………」

 ちょっと待てぃ! そんな見境がないみたいに言われるのは心外だ。

 俺にだって好みはあるのですよ。

「クーニャはクーニャだからあの娘たちが神龍に近い種だろうと関係ないって言ってんの。だいたい俺が種族で嫌うかよ――というか結婚までしてて七年も掛かって帰ってきたのにそこ気になるか?」

「そうであったな、主は種族問わず気に入れば手込めにしてしまう男だった」

「クーニャ……俺の反応見て遊んでるだろ?」

「くふふ、このくらいよかろう? 二人きりなぞ久しぶりなのだから。ちょっとした散歩でぇとくらい楽しませるがよい」

 この甘えた表情も腕にすがる行為も俺相手にしか見せないもの、そこに満足感を抱きつつ帰路を歩く。


 しかし、それは簡単に崩れ去った。クーニャの方は短いデートが邪魔された事で顔をひくつかせている。

「まう゛ーっ!」

 食事は気に入ったが仲良くする気はないらしい。この辺りはルナと違うんだな……料理には血を掛けてたし、本当に俺の血が原因なら何かしらの変化が出始めるとは思うんだが…………。

「なんだまだ欲しいのか? 主の血をもらうなどと贅沢な事をしておるというのに我が儘なやつらだな。よかろう――儂秘蔵の取っておきを馳走してやろう――じゃじゃーん、おでん飴!(スジ肉入り)」

 なんだそれ…………おでんで飴というだけでもわけが分からないのにスジ肉入り!?


「ま、まう゛?」

「なんだその顔は! スジ肉入りはれあなのだぞ!? 仕方がないな……よかろうっ、なら卵入りでどうだっ!」

 ひらひらスカートのポケットに手を突っ込み飴の包みを取り出して見せびらかしている姿は愛らしいが……手に持ってるものはドラっ娘たちを困惑させている。

 どうやらおでんの形を再現した飴ではなく、おでんの味を再現した飴のようだ。

 でも飴である以上甘いんだろうしそれっておでんじゃない気がするんだが……。


「まう゛ーっ!」

「何故これの良さが分からぬ!? 大量に持ち運べて具材も楽しめるのに何が不満だ!?」

 そもそも食い物と認識されてないんじゃないかなぁ。

「クーニャ一個くれ」

「おぉ! 流石は主、おでん飴の素晴らしさが分かるか!」

 ほんの好奇心でおでん飴を受け取る。

 大粒の玉の中に肉らしき欠片が見えるが……飴に肉って……どんな組み合わせだ……絶対間違ってる。

 興味本位で口に放ったが、存外味はまとも……若干甘味を感じるけどおでんと言える範疇の味をしてるし具材の方はしっかりおでんの味が染みたもののようだった。

 でも飴玉として認識して口に入れると変な感じだ。

「どうだ主、美味かろう?」

「うんまぁ普通……」

「普通とは何事だ! 出資して完成させた一品だぞ、何が不満なのだ!?」

「いや不満はないけど――そいっ」


 俺が口に入れたのを見ていた事で食べ物と認識したようで放ったものに食い付きガリガリ噛み砕いている。

「あぁ……それは舐めて長くおでんの味を楽しむものだというのに――というか貰っておいて襲い掛かって来るとは礼儀を知らぬ者どもめ。儂こそは主にとって至高の神龍、貴様らの爪が届く相手ではないと知れ!」

 彼女らは部分顕現して雷を纏ったクーニャに驚き一目散に逃げ去った。


「いじめるなよ……」

「躾るのだろう? 甘い顔ばかりしていてはダメなのだぞ。叱るべき時には叱らねばつけあがるのだ。暴れたら押さえろと言うたのは主であろう?」

 俺たちにとってあれは暴れた内に入るのか? 躾は言葉を理解し始めてからと思ってたんだが――。

「さっ、帰るぞ主」

 楽しげに腕にしがみつくクーニャを見て邪魔された八つ当たりだと確信してため息を漏らすのだった。


「他の娘はルナのような変化が起きませんね。ワタルの血が原因という推測は間違いだったんでしょうか?」

 最初のドラっ娘に血を摂取させてから二十日目、半数に摂取をさせたものの、食事の匂いに釣られて遠巻きにこちらを観察している気配はあるが、最初の二人ですらろくな変化がない事でレヴィはジョシュアさんの持つ情報を聞き出し別の可能性を探っていた。


「れび、じょあ、わぁぅ、くーな、ふぃー、りお」

 しっかり発音出来ているわけじゃないが全員の区別はついているようでそれぞれを指差しながら俺を振り返って合ってるでしょ? とでも言いたげなドヤ顔をしているルナを撫でてやる。

「おー、ルナは偉いなぁ」

「パパ見て、ルナと一緒に描いたんだよ」

「ほ~、特徴は捉えてるな」

 子供の絵というレベルだが、少し前は獣扱いだった事を考えれば大きな成長だろう。

 ルナには確実に変化が起きて成長している――なのに何で他の娘には変化がないんだ?

「りぅ、りぅ……かきかき」

「また描きたいの? いいよ、今度は何描こうか?」

 リルとは完全に打ち解けてここ数日はずっとあとを付いて回っている。

 リルの方も姉気分で甲斐甲斐しくルナの世話をしてすっかり姉妹のようになっていた。


「レヴィ何か分かったか?」

「いえ……ですがこのまま変化が無いようでしたらそろそろ帰還を考えた方がいいのではないでしょうか?」

「……」

「ルナと接する者の事でしたらジョシュアに頼むのはどうですか? 彼のルナへの認識は他の娘たちへのものとは変わってきています。それに彼自身も他者との関わりに餓えていた節もあります。ルナはコミュニケーションも取れますから了承してくださるかと」

 ここに住むわけにもいかないから帰還は考えるべきなんだが……リルとルナを見てるとな……でもいずれ帰るなら早い方が傷は浅い。

 これ以上関わりが深くなれば心や感情を理解しつつあるルナは深く傷付くだろう。

 それを和らげる為の友達を増やそう計画だったのに……上手くいかなかったから投げ出すのか?

「悪いレヴィ、もう少し考えさせてくれ」

「それは構いませんけど、辛くなるのは誰か忘れないでください」

 辛くなるのは誰か、か……。


「そんなわけでもさ、どうにかならんか?」

『きゅ、きゅ~ぅ?』

「そこをなんとか、最悪行き来が出来るだけでもいいから」

「獣相手に何をしている?」

「ジョシュアさん――獣と侮ることなかれ、もさは言葉をある程度理解してる。それよりも、本当に行き来は難しい?」

「私はそう考える。生きる場を与えられたとは言っても箱庭から切り離された異空間、出さない事を前提にしたここへ外からの道が繋がるとは思えない。お前たちは造物主が消し忘れたルートを開いて辿り着いたのではないかと推測するが、それは極小さな穴に髪の毛を通すような作業だと思われる」

 その言い方だとそれをクリアすれば行き来は可能って聞こえるが……世界の行き来を安定化させてきたもさが居て、ふさも居る。そしてちび達…………あれ? 悩む必要もなく行けるんじゃね?


「何を獣と微笑み合っている」

「いやー、なっ? もさ」

『きゅっ!』

 良い返事だ。こっちの意思を理解したのかもしれない。

「ジョシュアさん知らない? カーバンクル、造物主側から言うと事象補正結晶生成体」

「知らない。私はスペリオルとは違う、与えられた情報はそう多くはない。研究施設内で見たものはいくつか記憶しているが、完成して箱庭に放たれた全てを知っているわけではない」

 ということは、さっきまでの言葉にカーバンクルの力は考慮されていない。となれば行き来の問題は解決可能かも、造物主が閉じた空間だとしてもこれだけ居れば可能性はある。

 考えるべきは変え方か出し方か…………。


 ルナはどんどん成長していく。他の言葉を覚え、人間らしさを獲得していく。

 他の娘たちにも少しずつだが変化の兆しが見えてきた。未だに友好的とは言えないが、ルナの真似をしているのかこちらの名前を呼ぼうとする事が何度かあった。

 そんな変化を感じる頃には二月が過ぎて全員に血液摂取を終えた。

 最初の見立てよりかなりの長期滞在になってしまって流石に帰りたいという娘も向こうの心配をする嫁も居る。

 変化は始まった。

 ジョシュアさんのルナへの態度も柔らかくなり、獣という扱いではなく大人が子供に向けるそれだと思える。ルナの方も懐き始めている……頃合いなのかもしれない。


「そうか、帰るか。お前の家族には良いもの料理を学ばせてもらった。おかげで日々が豊かになった、感謝している」

「ルナや他の娘たちの事頼みます」

「頼まれずとも私はここを見守るのが役目だ――いや、分かっている。彼女らはもう獣ではない、これからはとして接していく、私に補える部分は補っていく、それでいいだろう?」

「はい、お願いします」

 帰還は明日に決めた。長引くとリルにもルナにも辛いだろうから……。


「暗い顔ですね、航君としてはやっぱりルナちゃん達を連れて帰りたいですか?」

「まぁ、そういう部分もあるけど……始めた事を他人に任せて帰るってのがなぁ……」

「でも流石に連れて帰ったところで全員を面倒見るのは難しいんじゃないです? そうしたら結局ステラさんとか他の神龍にお任せする事になるでしょうし――」

「分かってるよ綾さん……ただの我が儘だって。そもそもここを出たら死ぬとか言われたらここでの生活を整えてやるしかないもんな」

 美味しい飯は食えるようになった、コミュニケーションの相手も一応居る、そこから学ぶ事も出来る、ちゃんとした服も着れるようになった、一緒に住めるようにちゃんとした家をリュン子とミシャが建てた。

 衣食住は整ったしいずれは他の娘たちともコミュニケーションが取れるようになるはず……出来る事はした。

 ただ……リルとルナの事が心配だ。


 別れの日、リルは押し黙り、状況を理解していないルナもその異常に気付いて不安げに縋ってくる。

 リルと一緒に描き続けて上達した絵を描いてはリルと俺に見せてくる。そこに居るのは笑顔のだ。

 それを見ただけでリルは堪え切れなくなって涙を零し始めた。

 それに驚いたルナは余計に不安が増したようで親愛の言葉と共にみんなに縋っている。

 あと少し、なんて言葉を呟いたのは娘たちだったか……俺だったか……同じ場所で生きられない以上別れは来る。

 遅いか早いかの違いだ。痛みは避けられない。

 でもそれも時間と共に薄れるはずだ。幼ければ幼いほどそれは早いと思う、今が良いはずだ。

 ひとりぼっちにするんじゃない、自分にそう言い聞かせて別れを告げる。


「ルナ、俺たちは帰らないといけないんだ。ルナにお家があるように俺たちにも帰る場所があるんだだから――」

「わぁぅ、りぅ、いしょっ、まうまう、まうまう!」

 一生懸命に描いたの絵を広げて縋る姿に全員が心を掻き乱されていることだろう。

「パパ、もう少し、もう少しだけ……ダメ?」

 娘の我が儘……本来なら聞いてやりたい。

 でも言わなければならない。

「だめだ。俺たちを心配してる人が居るのはリルも分かるだろう?」

 理解は出来ても納得は出来ない、そんな悔しさでリルは涙を溢れさせた。


「わぁぅ、わぁぅ!」

「ルナ、他の娘たちも変わり始めてる。きっと友達になれる、だからその時はルナが色々教えてやるんだぞ? ルナが先輩なんだからな」

「わぁぅ……?」

「大丈夫……ルナは優しいから……すぐに仲良くなれる」

「ルナ、おいで。彼らは帰らなければならない、そもそも彼らには寿命がある。どちらにしても同じ時を生きる事は出来ない、どうしようもない別れは存在している。彼らには沢山貰っただろう? 笑顔で見送るのがいい、彼らに記憶される最後の顔が泣き顔では彼らにも辛い傷になる」

 ジョシュアさんの言葉を全て理解しているのかは分からない、それでもルナは彼を見つめてその言葉を必死に受け入れようとしている。

 そして今の言葉はリルにも効いたようだ。泣き顔が最後では嫌だと必死に笑顔を作っている。


「ルナちゃん……ずーっと友達だからね。まうまう」

「りぅ……まうまう」

 リルはスケッチブックを手渡してきつくきつくルナを抱き締めた。ルナもそれでリルの気持ちを悟ったのか同じように返した。


「お前たちの来訪はこの島にとって良い変化になった。ありがとう」

「ルナ達の事お願いします」

「ああ、私の出来る限りで育てよう」

 ティナが空間を切り裂く、その先に見えるのはいつもと違う色……なるほど、たしかにこの場所はヴァーンシアとは違う所にあるんだろう。

「頼むぞもさ、俺たちの帰る場所に繋いでくれ」

 黒雷を放つ、裂け目は広がり周囲を吸い込み始めた。別れの時だ。

「ルナちゃん元気でね! 私絶対に忘れないから――まうまう!」

 俺たちが最後に聞いたのは無理した笑顔のルナの力いっぱいの親愛の言葉だった。

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