奪われたもの

 納得など出来るはずがない、理解など出来るはずがない、我慢など出来るはずがない。あの男の、アドラの考えなんて到底許容出来ない。なのに――。

「フィオ、アリス…………」

 この地域での戦いは毒島の能力によって終結して今は巨大湖の畔で野営を行い数日中に白穢病が完治の見通しの部隊と逃亡した部隊の合流を目指しつつ整備や補給などを行う事になったが……フィオとアリスは俺の傍に居ない。毒島の命令に従い自らアドラの天幕へと行ってしまった。なにがなんでも止めるべきだったのかもしれない、でも――毒島の能力が俺に向けられる事を何よりも恐れる二人は俺が行動する事に怯えて助けを望まず俺を振り払って行った。二人の瞳は絶望に染まり光を失い力なく項垂れていた。

「あんな顔した二人に何もしてやれないなんて、毒島をどうにかしないと……なにがなんでも二人を取り戻す」

「主よ、やはりあやつら全員儂が喰ろうてやろうか? 主の言う通り二人を取り戻さねば」

 あの時爆発しかかった怒りを解放出来なかったクーニャが憤怒の瞳を向けてくる。その金色に燃える瞳には俺が許さなくても行くという強い意思が感じられる。

「そうだな……夜襲を掛けようと思うんだ。あの能力の発動が視界に捉える事を起点にしているなら明かりを奪って視界を失えば能力も発動できないはず。その隙に奴の能力を封殺する」

「乗ったぞワタル、私はあの国の連中が大嫌いだ。とうとう私たちから大切なものを奪った。奴らは滅さねばならない。それにフィオ達へのあの態度も絶対に許せるものじゃない」

「バカおっしゃい、クーニャもワタルもナハトも落ち着きなさい! 腹の立つ連中だけど戦力になるのは間違いないわ。それを手に掛けたりなんかしたら貴方達は一気に鼻つまみ者よ」

 俺たちを冷静に見つめていたティナに三人ともに頭をはたかれる。

「あたしもティナの言う通りだと思うぞ。二人に危険が差し迫っている訳じゃないんだからもう少し冷静になった方がいいぞ」

「そうは言うがリュン子、奴らは他種族他人種を虐げ貶め利用し自分たちの欲望の捌け口にする卑劣な奴らだ。その血を引いている混血者とて同じく道具の様に使い捨てる。あんな奴らの傍に大切な家族を置いておけるものか!」

 リュン子に怒鳴っても仕方ないと知りつつもナハトは今まで幾度となくアドラの兵を撃退してきた経験からか言葉を紡ぐごとに抑えきれなくなった様子で声を荒げていった。

「うぐ……同じ、人間だろ? そんなに酷い連中なのか? あたしの世界でもいがみ合ったり戦争をする国はあったけど……でもこの戦争も大詰めだぞ――ここでせっかく得た大きな戦力を欠くような事は避けるべきだと思うんだ。逃げ出す連中も居るくらいに戦いは厳しくなってるし、拠り所になる力は多い方が良いと思うんだ」

 大局を見るならばティナやリュン子が正しいだろう。ならこの感情は間違いなのか? 辛い思いをしている二人を放っておく事が正しいのか? ……いいや、この感情は正当だ。俺の始まりはいつだって感情に依るものだ、それが間違いだったとは思えない。感情で動くのは人間として正しいはずだ――やり方次第なんだろうが…………。

「それでも俺は二人を放っておけないっ!」

「その通りだワタル、あんな顔をして、普段ならあり得ないほどに怯えていた二人を放っておくような男では失望するところだ」

くか主!」

「ああ!」

「だからバカ言わないでって言ってるで、しょっ! まったくもう、頭を冷やしなさい!」

 またも三人揃ってしばかれバケツの水をぶっかけられた。冷静に考えれば馬鹿な事だとしても、それでも俺は――。

「ティナいい加減にしろ、お前は二人が心配じゃないのか!?」

「心配に決まっているでしょっ!」

「みんな落ち着け! ナハト、ティナが言いたいのは力ずく以外で取り戻そうって事だと思うぞ? あたしとティナが聞いてきた情報だとあの国は参戦の条件としてかなりの食糧や資源、人手を要求してきたらしいんだぞ。それだけ困窮してるならそういう話には飛び付くと思うんだ。幸いあたしもティナも国ではそれなりの地位があるしそういう交渉も出来ると思うんだ」

 困窮……? そうか、ぺルフィディの件で土地を焼き払ったから色んな物が不足してるんだ。だからこそハイランドを侵略しようとした訳だし……それも失敗に終わってやり方を変えてきたって事なのか。

「でも参戦条件で対価を要求したなら十分な物を得てるんじゃないのか? そうそう上手くいくとは思えない」

「ワタル、相手はあの貪欲なアドラよ? それに大国を賄う程の援助なんていくら覚醒者の多い五か国同盟でもそう簡単にはいかないはずよ。何より各国の物資はこちらへの供給を優先しているんだから……となればクオリアからの支援の申し出なんてあちらとしては飛び付きたくなる好都合でしょ? 兵士二人と天秤に掛けてもこっちを取りたいはずよ」

「なる、ほど? でもそれだと大勢のエルフや獣人に協力してもらうことになるけど」

 これは俺たちの都合だ。支援となれば大量の物資が必要になる、能力で生産補助できるエルフも多いだろうがアドラに提供するとなると多くの国民から反感を買うだろう。

「そうね。明らかに私たちの都合の押し付けよ、国のみんなにはフィオ達の事なんてまったくの無関係だもの。アドラを嫌ってる人だって国民の大半でしょうし――でも私は一人ひとりにお願いして回るつもりよ。『私たちの大切な家族を助けてください』って、幸い今は陣が使えるし少しだけど時間もある。国に戻って呼び掛けてくるわ、必ず協力してもらえるようにしてくるから大人しく待っててね!」

「それなら俺も一緒に――」

「ダメよ。ここは完全に安全とは言い切れないんだから、強い能力のあるワタルもナハトも居ないとみんな困るでしょう? ここは私に任せて? 必ず何とかしてみせるから」

 こちらを安心させるように柔らかく温かく微笑み俺の頬に触れる――フィオ達が去って行くその場に居る事が出来なかったのが引け目になっているのかこの件は自分がどうにかするという確かな強い意志が綺麗な青に宿っている。

「あたしも一旦国に帰るぞ。資源提供に協力出来ないか姉さんに話してみようと思うんだ。この世界ではあたし達は新参者だし国の資源は大切にしないといけないから多くは無理かもしれないけど、それでも技術協力とかそういった方向でも模索できるかもしれないからな。ワタル君の家族ならあたしにとっても家族だし頑張るぞ!」

 リュン子は家族の一員になる気満々だ。でもこの協力は素直に嬉しい、俺では考えつかなかった、俺では実行出来なかった方法だ。戦わなくていいなら、傷付けなくていいならその方がいい。だから――。

「二人共頼む、フィオ達を助けるために力を貸してくれ!」

「ええ、もちろんよ大切な家族を取り戻しましょう」

「もちろんだぞ、あたしに出来る全力で協力するぞ!」

 二人は力強く頷き俺を安心させようと手を握ってくれる。

「だからワタルは大人しくしているのよ? いい? 分かった? ナハトもクーニャも煽っちゃ駄目よ?」

「ああ……分かった。すまないティナ、私はそういった事は苦手だ。任せてしまうが――」

「ええ、気にしないで。ナハトの性格からしてお願いして回るってのも難しそうだしね。人気のある私がやって来るわ。その代わり、ワタルをお願いね?」

「そこは任せろ――というよりティナがここまで言ってるんだ、ワタルなら無茶はしないさ。そうだろう?」

「ああ、どうにか待つよ。本当に辛いのはフィオ達なんだ、だからこれぐらい我慢する」

「……きっとよ? 帰って来た時にワタルが肉塊になってるとか嫌よ?」

 俺が負けるの前提かよ。まぁ真正面から戦えば勝ち目は無さそうな気はするが……分かっていて正面から行くものか――ではなく! 我慢、待つ! ティナ達が穏便に済ませようとしているのに俺が余計な事をして潰す訳にはいかない。

「大丈夫だ。ティナ達が戻るまではアドラの天幕には近付かない。約束する」

「……うん、大丈夫そうね。なら行ってくるから」

「あたしも吉報を持って帰ってみせるぞ」

 二人は強い決意で出ていった。見送る俺たちは一名を残して落ち着きを取り戻した。

「なんだなんだ、あのような輩は喰ろうてしまえば手っ取り早かろうに。奴らにくれてやるくらいなら自国の困窮者に与えればいいのだ。仮に交換で済んでもフィオ達の奴への能力への恐怖は残り続けるのだぞ? 消してやった方が二人の為ではないか」

 それは――たしかにそうかもしれない。幼い頃から刷り込まれた絶対的な力への恐怖、それが自分たちの大切なものへ向けられるという恐ろしさ。それは毒島が突然聖人君子にでもならない限り消えはしないだろう。俺に何がしてやれるだろう?

「ワタルどこに行くんだ?」

「少し……散歩。じっとしてると気になるし、アドラの天幕から離れる事にする」

「分かっていると思うが――」

「嘘じゃない。ティナ達を待つよ」

「ならいい。早めに戻るのだぞ?」

 ナハトの言葉に頷いて自分たちの天幕を出た。向かうのは野営地の外、側でフィオ達が苦しんでいるかと思うと気が狂いそうだった。俺にも何か出来ること、ないのかな…………。


 はやく、はやく、はやく! 敏捷に身体を動かし疾走して迅速に地面を蹴る。フィオ達の不安の原因は俺が毒島の手に掛かること――そんな事をすればアドラの国際的な立場が危うくなるだろうというのは今は無視しておいて――なら俺があいつより強く、毒島の目に捉えられない存在になれれば二人の恐怖も少しは和らぐんじゃないかと思った。いくら考えても今すぐ俺が二人にしてやれる事を思い付かずひたすらに身体を動かす。予備動作無しのあの能力の発動にどう対処すればいいか、常に毒島の死角に居るとか? ……少しでも視界に捉えていればいいなんてズル過ぎる。その上特殊眼鏡で補助もしているだろう……盾でも持つか? ……視界を遮ればいいんだよな……黒雷の閃光だけを強める事は出来ないだろうか? 野営地から離れた場所であーでもないこーでもないと頭を悩ませる。こうでもしていないとフィオ達が心配でたまらないのだ。

「威力を抑えて閃光を強くってのは難しいな。威力を上げてもいいがそうなると発した電撃をどうするか」

 閃光に着目して使う事なんてあまりなかったしなぁ……でも一瞬でも隙を作れれば毒島の死角に回る事は可能だろう。そうすれば無力化するのはそう難しいことではないはず。

「主~、まだやるのか? 儂が喰ろうた方が早いと思うのだが」

「まだ言ってるのか……クーニャの巨体だと簡単に毒島の視界に入るんだぞ? それに俺はお前に人喰いになってほしくない。お前は……おでんでも頬張ってた方が可愛いしな。これ食ってろ」

 野営地を出る前にすれ違った西野さんからもらったおでんの缶詰めを渡して頭をぽんぽんする。中身は牛すじらしいから気に入るはず。

「なんだこれは?」

「おでんだ」

「おおっ、おでん!」

 開けてやると目を輝かせる。が、すぐに不機嫌そうな顔になった。

「主よ、こんな時に食い物で喜ぶほど儂は薄情者ではないぞ」

 そう言いつつも視線は俺に押し返した缶詰めに注がれる。右へ左へ動かすと視線も泳ぐ、よっぽど気に入ってるんだな。

「自分たちを心配してクーニャが空腹で倒れたらフィオ達が傷付くぞ」

「し、仕方ないな――これはフィオ達の為に食べるのだからな!」

 この娘よだれだらだらなんですけど、腹もめっちゃ鳴ってるし……大義名分を得たクーニャは幸せそうに牛すじを頬張る。俺も飯にするか、持ち出した荷物にカップ焼きそばがあったはず。手早く準備して麺を啜りつつクーニャに疑問を投げてみる。

「クーニャはぷにぷにだよな?」

「なんだ唐突に――う~む、しかしこれはリオたちの料理には到底届かぬな」

「いや人の姿を取っているのに角生えてるから……部分的に顕現とかは出来ないのかなと」

「部分的? ……試した事などないのでな、分からぬ。それに人の姿は貧弱だ、顕現すべき時に人の姿を残す必要がないだろう? まぁ主が気になるなら試してもよいが」

 串を咥えたままさっと立ち上がり目を瞑り何やら集中を始める。そして、カッと目を見開いた瞬間背中には身体を覆っても余りある大きな翼が現れていた。

「なるほど、出来るものなのだな……知らなんだ。聞いた覚えもなかったし……では爪も可能か? ……存外簡単に出来るものだな。出来たぞ主」

 自分の変化を不思議そうに眺めるクーニャは手足を本来のもののような形にしてドラゴンメイドのような姿になっている。難なく出来た事から元々そういう能力は備わっていたのだろうが用途がなく知らずにいたって事か。不思議そうにしてるって事は誰かに聞くこともなかったのか?

「満足したか主?」

 頷くと満面の笑顔で次の缶詰めを要求してくるのだった。


 日が暮れてクーニャが眠りに就いた後も閃光の調整を試す。しかし思うような結果にならず少し休憩しようとしたタイミングでずっとこちらを窺っていた気配に話しかけてみる事にした。

「いい加減にしてくれないか? 結構気が散るんだが、帰るかもっと上手く気配を絶ってくれ」

 そう言ってやると夜の闇から金色が現れた。焚き火の明かりに照らされているのは端正だが人形の様に表情の無い少女の顔――。

「テールの方か……何か用か? もう一人はどうした?」

 警戒しつつ周囲に意識を向けるがそれらしい気配は感じられない。一人で来たんだろうか? 俺の言葉には答えず少女はこちらを注視し続ける。

「無表情だなぁ……やれやれ、俺的にはアドラは敵なんだが……どうにも、弱いね」

 こうも感情を読み取れないのはアドラでの扱いのせいかと思うと憐れみも湧いてくる。それにフィオ達の血縁だしなぁ……どうにかしてやりたい衝動に駆られる。

「ほれ、突っ立ってないでこっちに来たらどうだ? 夜だと結構寒いだろ?」

 少女はメイド服のようなトップスに下はフィオのようなホットパンツだ。トップスのデザインのせいでへそは見えてるし、ひらひらな袖はあるが肩は出てるし生足な太腿に夜風が当たってるのを見ていると少し寒くなってくる……コートを着てたとはいってもフィオも中は薄着だし寒い思いをしてないだろうか。

「頼むから来てくれ、そうやってじっと見られてると気になるんだよ。何か言伝てがあるのか? フィオ達を返してくれるのか?」

 やはり答えない。が、隣に来て立ち尽くす。やりづらいな、口数が少なかった昔のフィオよりも更に喋らない。

「食べるか?」

 差し出したグミをただ見つめる。餌付けしてみようかと思ったがここまで反応が無いとは…………。

「食えるんだぞ。フィオの好物でもある」

 フィオの名前を出すと僅かに眦が動いた。だがそれだけであとはそのまま棒立ちでこちらを見続けるだけ、俺が食べて見せても反応はない、か。

「まぁ気が向いたら食べてみろ。これはやるから」

 反応を得るのは難しいと判断してグミのケースをポケットに突っ込んでやった。それでも少女には感情らしいものは見られない。

「フィオ達の家族だし、お前達の事もどうにかしてやらないとな。幸せになれれば自然と笑えるだろ」

「…………仕事……に、来た」

「ッ!」

 棍を手にしていない事で警戒を緩めていた俺に少女の爪が襲い掛かった。爪は頬を掠めたがどうにか躱してクーニャの服を引っ掴みを後方に大きく跳んだ。

「何事だ主!? ――何故あの小娘がここに……主、悪い癖を出したな?」

「なんだその目は……そんなもん出してないわっ」

 少女は大きな両袖に手を突っ込み三節棍を取り出し一つに繋げて長大な棍に変え構えた。どうやらやる気らしい――風音ッ! 背後に迫った音に反応して振り返るともう一人の少女の方天戟が迫っていた。

「娘よ、あまり舐めた真似をしてくれるな」

 俺と少女の間に飛び出したクーニャは龍の腕で刃を受け止めた。目の前の少女はクーニャの変化に驚きを隠せない様子で動きを止めた。もう一人も少なからず動揺したようで襲ってはこない。

「何で俺を狙う? アドラは援軍として派遣されたんだろう?」

「導の命令、まぁ私もあんたを殺したいけどね」

 怨嗟でも吐くように暗く低い声で少女はそう言って武器を構え直した。導? ……あのリーゼントか。押さえ付けられた事でブチギレてたからその仕返しってところか。

「何故殺したい? 主はお前達の姉の大切な者だぞ」

「大切? ふざけないでよ。何であいつらだけ幸せになれるのッ、そんなの認めない。あいつらも落ちればいい、道具は所詮道具。人間になんてなれないって思い知ればいい――シエル! この珍しいのは連れていく。土産にすれば少しの間くらい扱いがマシになる」

 シエルと呼ばれた娘が棍でクーニャを突き飛ばしハーフアップの娘が戟で俺を打ち上げる。部分的な変化が出来ると言ってもクーニャはあの姿で戦うなんて慣れてない、長引けば危険だ。

「悪いが命もクーニャもくれてやるつもりはない。帰ってリーゼントに伝えろ、悔しけりゃ自分で来やがれ腰抜けってな!」

 無数に電撃を落として二人の動きを制限して土煙が舞う中翼を出したクーニャが舞い上がり俺を掻っ攫い野営地へと飛んだ。シエルと違ってハーフアップの方は感情がありありと浮かんでいた。この世の全てを怨んでいるような、そんな苦しげな表情だった。

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