突撃娘の心情

 ズィアヴァロを倒してあっという間に三週間が経過した。俺たちが戦っている間地上も大変だったようで氷壁を大きく迂回して土人形達が拠点を襲撃したらしい。この襲撃で腐食により少なくない負傷者を出したが土人形との戦闘を経験していたドワーフ達の素早い対応によって早い段階での腐食部分の切断で済み、死者は出ていないとの事だ。切断による喪失も後日西野さんの尽力によって再生が成されている。が、西野さんはその度に気絶と覚醒を繰り返していたそうで覚醒者本人への負担はやはりかなりのもののようだ。

 入り込んだ敵の大方をナハトと紅月が焼き払い打ち漏らしを兵達が仕留め、優夜が増設した氷壁が敵の更なる侵入を防ぎ、後は爆撃砲撃火炎に氷鎗の雨霰だったとか……相当激しい攻防があったようで帰還した時にはエアトの麓は地形が変わっていた。

 魔物の残党狩りなどの事後処理が進み、落ち着き始めた昨日辺りから奴隷の呪縛から解き放たれテンションの高いドワーフ達に招かれエアトでどんちゃん騒ぎのお祭り騒ぎになっていて一晩経った今も騒がしく拠点にまで騒ぎが聞こえてくる状況だ。クーニャとヘリの空輸で物資をエアトに持ち寄っていて、それぞれの山で作られている酒を飲み比べようと飲み歩く者も多いようで酔っ払いも多い。ズィアヴァロを倒して腐食の恐怖が無くなったとはいえ、結界を管理しているキューブが未だに発見されてない状態でこんな事してていいのかなぁ……最後の悪あがきかズィアヴァロはキューブを所持しておらず結界は未だに健在している。その証拠にクーニャと結界の境界を調べに行った時に盛大に結界へと激突してあわや墜落というところだった。

「騒ぎ過ぎで問題起こさないと良いけどな……それにしてもうるさい。寝れやしねぇ、騒ぐ元気があるならキューブ探しをしてくれりゃぁいいのに…………」

「それだけ解放された喜びが大きいという事でしょう? 一段落して休息を取ってる兵だっているし……ねぇワタル、私たちも飲みに行かない?」

「……俺、酒飲むティナは嫌いだなぁ~」

 酔っ払いの多いところへ女を連れて行くのは気が進まない。況してやそれがティナだと尚更だ。

「酷い! 私も少しは楽しい空気をワタルと感じたいだけなのに……ワタルはそれすら駄目だというのね。酷いわ、あんまりよ……ぐすん」

「その手に持ってる物はなんだ」

「これは~……えへっ」

 泣き真似をしていたはずが後ろ手に隠していた物を指摘されて冷や汗を流しつつてへぺろって誤魔化しにかかっている……そんなのどこで覚えた。

「えへっ、じゃない! いい歳していい加減に禁酒の約束守れよ」

「酷い、年齢の事を持ち出すなんて……そんなにワタルは私の歳を気にするのね。いいわ、もう一人でやけ酒よ」

「何がやけ酒だ。最初から飲む気満々だったじゃないか! それ寄越せ!」

「嫌よ、ドワーフ達が好む特殊なお酒なのよ。そんな事聞いたら飲みたくなるじゃない!」

 酒瓶を巡って掴み合いの大暴れ、これじゃ酔っ払いの乱闘のようだ。そして遂に酒瓶を取り上げた。

「よっしゃ取っ……た? 空じゃないか…………」

「もう、ワタルったら大胆ね。私に馬乗りになるなんて……そんなに我慢出来なかったのね」

 ちっがーう! なんだこれ? もう飲んだのか? それともこの状況を作る為に用意したものか? 困惑している間に首に腕を回されて引き寄せられる。

「お前、この為に――」

「戦いばかりだと疲れるの、だから甘えたくなるの。ん~」

「ぐへっ!?」

 ティナの唇が迫ってきたと思ったら後頭部に衝撃を受けて倒れ込んだ。なんだこれ……壺?

「そういえば、最近なんか調度品が増えてないか? 知らない物が多いんだが」

「ん~、そういえばそうね。あまり気にしてなかったのだけど……これ多分ヴァーンシアの物じゃないわね。素晴らしい意匠だけど私の身近でもクロイツでも見たことのない感じだもの」

「そうなのか、ドワーフ達が持ち込んだのか?」

 ズィアヴァロ討伐戦に参加していた者は帰還後に何度も礼を受けた。毎日代わる代わるにドワーフ達が礼を言いに現れて何かしら持参していた。俺たちや天明は言葉だけ受けて品物は受け取らなかったが……それで無理矢理置いて行ってるのか?

「ソレイユさんのところに持っていって返却してもらうか」

「え~、いいじゃないもらっちゃえば」

「結界が解けたら移動するんだぞ。邪魔になるじゃないか、ほら行くぞ。手伝ってくれ」

 タイミング悪くティナに抱き付かれた状態を見られて騒ぐナハトを宥めつつ俺たちはソレイユの元へ向かった。


「確かにこれはドワーフが使うことのある意匠ですね……というより同じ物をどこかで見たような?」

「まぁとにかく返しました。後はよろしくお願いします。それよりもキューブの捜索に進展はありませんか?」

「シュテルケ様がシュタールの者達を伴ってズィアヴァロが長く滞在していた場所や進撃の際に通ったであろう場所を探しておられますが今のところは何も、地上を捜している人間側では見つけていないのですか?」

「ないらしいですよ。ったく……随分長く足止めを食らってるぞ」

 俺も捜索には参加しているがそれらしい物は見つけられていない。休む事なく捜し続けていた事を咎められて今日は休みになったんだが――。

「賑やかですね」

「そうですね、少し騒ぎ過ぎですが大目に見てください。人間の方々にも休息は必要でしょうし、ね? ……それよりも、タカシさんはお元気ですか?」

 ほほ~、なるほどね。僅かに照れながら西野さんの様子を尋ねるソレイユを三人でニヤニヤしながらも見つめる。

「あいつならまだ仕事に追われているはずだぞ。身体の一部を切断した者達の再生はあいつにしか出来ないからな」

「そう、ですよね。同胞も何人も救われています。一度ちゃんとお話したいのですけど」

「その時に思いの丈を伝えるのかしら? どこを好きになったの? やっぱり命を救われたからかしら?」

 ティナは直球だなぁ、分かってても突っ込まないのが親切じゃないのか。ナハトはやれやれと首を振りつつ聞き耳を立てている。お前も興味あるんかい…………。

「えっ!? いえ、私はそういうつもりじゃ――いえ、タカシさんは優しくて素敵な方だと思いますけど、でも私はドワーフですし……タカシさんはいずれご自分の世界に帰られるはず、ですし…………」

「種族は関係ないんじゃないかしら? あの男は変態だから小さければ何でもいいはずよ」

「何でもいい!?」

 おいおい、せっかく西野さんに幸せが訪れそうなのに壊さんでも……ティナに目配せしてみるが大丈夫だと返してくる。

「それは……小さければ私でもタカシさんの好みの範疇という事でしょうか!?」

 食い付き凄いな!? 目の色を変えてティナの腰にしがみついている。

「そ、そうなるわね。無策で腐食の進むあなたに触れたという話でも分かるでしょう?」

「それは……はっ!? まさかタカシさんにとってはリュンヌも?」

「ああ、それはあり得そうだな」

「そういえばリュンヌが好きな相手に受け入れてもらえたと話していたけど、まさかもうタカシさんと!?」

 なにそれ初耳、西野さんにモテ期が来ているのか!? 死ぬはずだった姉妹を救ってるんだしそのくらいあってもいいのか?

「姉さん何騒いでるの? 珍しいね」

「リュンヌ!? あの、あなたが好きになった相手って」

「うん、それは――」

 部屋に入ってきたリュンヌと一瞬目が合った。その瞬間、ポンッと音がしそうなほど一気に顔を赤くした。しばらく見つめ合うこと十数秒だろうか、突然ティナとナハトに耳を引っ張られて引き摺られた。

「ちょっとワタル!」

「どういう事なんだ?」

「痛いって、どういう事って何が!?」

「何がじゃないだろう! あの娘を受け入れたというのはどういう事だ!」

 はぁ!? こいつら何言ってるんだ!? 俺はズィアヴァロ戦の後はリュンヌに会ってすらいないんだぞ。顔を赤くされたくらいで勘違いも甚だしいぞ。

「あれ? なんでここにあたしの私物があるんだ?」

 俺たちが返却しに来た物を指してリュンヌが首を傾げる。それお前のなの!?

「あぁ! どこかで見たことがあると思ったらこれリュンヌの物だったのね……それがどうしてワタルさん達の所へ?」

「ん? 姉さんには報告したでしょ。受け入れてもらえたから引っ越し、それよりもなんでここに持ってきてあるの?」

「ほら見ろ受け入れたと言っているじゃないか!」

 興奮して話を聞かないナハトに首がもげるんじゃないかというほどに揺さぶられ、眩冒とともに意識が遠退き始めたところでようやく止まった。

「し、死ぬ…………」

「それで、受け入れたってどういう事なの? あなたあれからワタルに会いに来ていないでしょう?」

「手紙で気持ちを伝えたんだ。拒絶が無いから受け入れたって事だろう? ワタルきゅん」

『きゅん!?』

 色々言いたい事はあるが、先ず手紙ってなんの事なんだ? 俺はそんな物を受け取った覚えはないぞ。

「手紙……? 手紙てがみ……あぁ! もしかしてっ、これ? 寝床に落ちてるのを拾ったんだけど忙しくてすっかり忘れていたわ」

 ティナが自分の身体をまさぐって取り出したのは一枚の紙切れ、それを俺に差し出してきた。そこには見たことのない文字が綴ってある。

「これ……なんて書いてあるんだ?」

「私も読めないわ」

「何っ!? 読めないのか!?」

「ワタルさん達は違う世界の人なんだから当然でしょう。しょうがない娘ね」

 驚くリュンヌをよそに手紙を受け取ったソレイユが要約して中身を教えてくれた。ズィアヴァロ戦で守られ、戦いぶりを見て惚れた事、複数いる嫁に加えて欲しい事、駄目ならすぐに拒絶を示して欲しいというのが大まかな内容だった。

「そんな、あの程度で?」

「私たち姉妹は男っ気がありませんでしたから、その、優しくされると弱いんです」

 なにその理由!? あの状況だと俺が動くしかなかったじゃん。それで惚れたと言われても…………。

「あんなに強く抱き締められて……男に興味なかったのにあの時は乙女になっちゃったぞ」

 顔を赤らめてもじもじするなーっ! 怖いお姉さん二人がめっちゃこっちを睨んでる! あんなの不可抗力みたいなもんじゃん、俺にどうしろと!? というか戦闘中に乙女な心境になってんじゃないよ。

「それにしても、そっか読んでなかったのか……でもそうだな、期限は過ぎちゃったんだから受け入れたと見なすからな」

「あの、妹さんおかしいんですけど……どうにかなりませんか?」

「言い出したら聞かない諦めの悪い突撃娘なので……幸いワタルさんは重婚が許されているようですから浮気にはなりませんね。大事にしてあげてください」

 お姉さんが諦めモード!? ちょっと待って意味が分からない、俺この人の事何にも知らないんですけど……いやいや待てまて、はっきり言えば伝わるはずだ。

「リュンヌさん悪いんですけど――」

「さて、今日は初夜だな。ん~はりきるぞ~」

「おいちょっと待て、ワタルの初めては私のものだ。それ以前に私は嫁追加など認めないぞ!」

「そうよ! あと初めては私が貰うわ」

 初めてを連呼するな、恥ずかしいわっ。

「お~、嫁がいっぱい居ると聞いてたのに初めてなのか。初めて同士か、嬉しいな」

「話を聞け馬鹿娘!」

 ギャーギャーと大騒ぎ、当人を無視して話は進んでいく。あぁ、妙に懐かしい。ナハトに初めて会った時がこんな風にぐいぐい来る感じだった。だがこのまま流されてはいけない、流石にこれ以上嫁を増やすのは問題がある。いや、今も十分に問題かもだが、ここで許容するとこの先も増え続けそうでなんかヤバい。

「さぁ帰ろう。あたしのせいで壊れたワタルきゅんの剣についてミシャと相談しないとだし、他にも色々仕立てたいからな」

 返却しに来た荷物を重ねて軽々と片手で持ち上げて俺の手を引いて歩き出した。

「いやちょっと――」

「ワタル! やっぱりロリか!? ロリがいいのか!? それならば私が縮む、だから浮気はするな!」

「そうよ、ティアが居るから大きい身体も小さい身体も思いのままよ。だからやめなさい」

 今度こそ手加減無しに二人に揺さぶられて意識は混濁して闇に落ちていった。


「ワタル酷いです。こんなにロリコンだとは思いませんでした!」

 リオ? なんでここに――いやそれよりも、待ってくれリオ! これには訳が――。

「もう知りません! 勝手に何人でも増やしてロリロリ王国でも作ればいいんです」

「待ってくれー! はっ!? 夢?」

 闇に溶けて消えていくリオに手を伸ばしたところで意識は覚醒した。そりゃそうか、夢に決まっている。リオは今傍に居ないんだから――。

「ワタルきゅんうるさいぞ、寝られない」

「あぁ悪い……ほわー!? なんでお前がここに!? ナハト達はどうした?」

 目覚めると自然な感じに寄り添うリュンヌの姿が……どうなってんだこれ、これも夢か?

「みんなで緊急家族会議らしいぞ。あたしは接近禁止命令が出てたが上手く抜け出してここに来たんだ」

「家族会議……握んな馬鹿っ」

「おぉ、凄いな」

 寝床から転がり出てリュンヌから距離を取る。手をにぎにぎしてらっしゃる……これ以上関わったら駄目だ。

「言っときますけど、全然知らないリュンヌさんの事を受け入れるつもりはないですよ」

「なんだそんな事か、知らないのはあたしも同じだからな。これから知っていけば大丈夫だぞ、がんばろうな」

 断ったはずがなんで励まされてんの!? おかしい、色々おかしい。

「返品しようとしても無理だぞ、受付期間は終わったからな」

 通販か!? 瞳には強い意思を感じる輝きが灯っている。こういうの苦手なんだがなぁ。

「それでも――」

「好きになっちゃったんだ、しょうがないだろ! お前には当然の、あの程度って言っちゃう事でもあたしには大きい事なんだ。あたしを見つけてくれたのもワタルきゅんだし……うぅん? 理由を並べると安っぽくなる気がするぞ。とにかく好きだ! すっごく好きだ! 真剣な顔も困った顔も見てるだけで胸の奥が……すっごいことになるくらい好き」

 語彙力……でも気持ちは伝わってきた。厄介なことに強い意思も、どうすりゃいいんだ。

「あんなに真っ直ぐ気持ちを伝えられて、どうするんですか?」

「あぁ今それを考えてるんだ……り、リオ!? なんでここに!?」

「補給物資を届ける人たちに付いてきました。それよりも、彼女の事、どうするんですか?」

 補給物資? 陣が使えている?

「いつの間にキューブが?」

「ワタルきゅんが一日くらい寝ている間にシュテルケが発見して破壊したぞ?」

 そういう事は早く言え……俺どんだけ長く気絶してるんだよ。休み終わっちゃったじゃん。

「というかリオ、こんな敵地に来たら危ないじゃないか。早く帰るんだ」

「せっかく会えたのにですか?」

 悲しみを滲ませた青い瞳が俺を映している。そんな目で見るなよ、俺だって会えて嬉しいよ! リオの飯だって食いたいし話したいことだって――。

「な~んて、ワタルがどうするのか見届けたら私たちはすぐに帰りますよ」

 私たち? リオから視線を外して後ろに目を向けると嫁全員がこの状況を見物中……緊急家族会議って全員でか……クロもシロも元気そうだなぁ。頭痛がして頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 どれだけ強い想いでも俺にその気はない、きっぱりと断ってみんなを安心させないと――。

「悪いんですけど、リュンヌさんの気持ちには応えられ――うっ……」

 潤む瞳、零れ落ちる雫、言葉と共に突き刺さる罪悪感……見た目は小さい女の子だ。これは……ギブアップ! ギブアップです! これ言うのしんどいぞ。

「やっぱり止まった。ワタルって肝心なところでへたれよねぇ。そこも嫌いではないのだけど」

「ワタル様らしくはありますね」

わたくしは家族が増えても構いませんよ」

 クロシロはやれやれといった反応をしつつも既に受け入れモードだ。甘えちゃ駄目だ、言わねば。

「俺は――」

「友達! すぐに受け入れられないなら友達からならどうだ? 友達からよろしくしてくれ。それで駄目だったら諦める」

 服の裾を握り締めてぽろぽろと雫を零す。突撃馬鹿娘はどこ行った……こんな反応反則じゃないか、結局断りきれずに妥協案を飲むことになった。

「やっぱり断りきらなかった。恐るべしロリコンね、そのおかげで私も拾ってもらえたんだけど」

「妾は鍛冶の話が出来る相手が増えるのはちょっと嬉しいのじゃ」

「ん~、主は色んな種族を制覇するつもりではないのか?」

 それだと色欲の権化なんですが…………。

「男に二言はないか……?」

「ないですよ、降参です」

「そっか……ふぃ~、痛かった。思いっきりつねったから痕になっちゃったぞ」

「はぁ、ワタルはしょうがない人ですね」

 よく見るとリュンヌの腿には血が滲んでいる。騙された……芝居と分かったところで言質を取られているので後の祭りだ。こうしてみんなに呆れられながら仲間が一人増えるのだった。

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