燃え尽きる

「あぁあああああああああああああああああーっ」

『壊れましたか。叫べば強くなれるとでも? 期待外れ、がっかりです。興醒めです。この後の行動も手に取るように分かります。貴方のような方は敵わぬと知りつつ無謀な特攻をして果てる。追い詰められて叫びを上げた人間は大抵そのようなものです。まぁいいでしょう、貴重な素材には違いありません。ワタクシがもっと素晴らしい存在に変えて差し上げましょう。幸い珍しい素材が二つもありますし』

 能力のレベルが上がるのは感情の高まりを起因とする。前はフィオが死んだと思って殺意に飲まれた時だった。でもそれじゃ駄目だ。守りたいんだ、助けたいんだ。死んでからじゃ遅い。話にならない。今ならまだ間に合う。だから、力を! ――っ!? 仄かに、あの時と似た感覚を感じる。でももう時間がっ!? 動くしかない!

『耳障りですねぇ。叫ぶのも疲れそうですし止めさせて差し上げましょう。エリュトロン、その少女の首をへし折りなさい。素材は生きていようと死んでいようと関係ありませんから』

 口を開き笑みのようなものを浮かべるエリュトロンの剛爪がフィオに迫る。失いたくない!

「やめろぉおおおおおおおっ!」

 限界まで強化を使い弾かれたようにエリュトロンの元へと駆け出し、伸ばされた剛腕へ斬りつけた。しかし、当然の如く障壁によって阻まれる。アル・マヒクすら弾き飛ばした手がフィオの首を掴む。目の前にいるのに、こんなに近くにいるのに助けられない。また失う…………そんなのはもう――。

「嫌なんだぁぁぁああああああああああああああああああーっ!」

『――ッ!?』

『ッ!? 何です!? この黒い光の奔流は……もしやあの大樹の時と同じ暴走ですか!? なんと浅はかな! 変質してしまえば素材としての価値が無くなる!?』

 俺の叫びに呼応して黒く図太い光の柱が立ち上ぼり天に突き刺さり暗く曇った空に大穴を開ける。そして、黒雷が身体から溢れ暴れだし纏わりつく。力の流れに意識をどこかへ持って行かれそうだ。それに、黒雷が纏わりついた部分がジリジリと痺れてくる……レベルが上がれば制御が難しくなって負荷も大きくなる、だったか。自分にまで害が出るか……せめてフィオを、暴走までしたんだ。目的だけは何がなんでも――。

「俺のフィオを放せ、化け物が! 鬱陶しいんだよ! お前も! 外法師も! 俺の視界から消え去れぇえええええっ!」

 算段があった訳じゃない。それでも今の俺は動くしかない。ひたすらに、がむしゃらに、出来る限りの全てを使って、全力で電撃を纏った足で回し蹴りを放つ。っ!

「歪んでんじゃねぇか。オリジナルを凌駕する赤い悪魔様の盾が! ならこのまま、砕け散りやがれ!」

 荒れ狂い俺の制御から逃れようとする黒雷を無理矢理左手に凝縮させ、歪み波打つ障壁へ掌底を打ち込んだ。弾けた黒雷が茨の如く障壁に絡み付き歪ませる。さっきに比べて波打つのが激しくなっている。崩せる予兆だ。でも、これは俺も長くはもたない。痺れが酷い、左手は動かしている感覚が薄い。それでも、俺は。

「砕けろ!」

 先程と同じ事を更に威力を高めて行い障壁を打ち破った。それと同時に左手からは激痛以外の感覚がなくなった。レベルが上がったのか、未だ暴走状態なのかは分からないが、この力ならエリュトロンの上を行けるかもしれない。

「放せぇえええええっ! ――っ!? 剣、が……まだ剣はある――っ!?」

 障壁を失い無防備になったエリュトロンの腕目掛けて斬りつけると、腕を切断するどころか剣の方が全てへし折れた。黒剣ですら駄目なのか!? 紋様で切れ味が増しているはずなのに何で――っ! しまった!? 紋様も能力、効果は殆ど失われていたのかもしれない。なら使えるのは暴走しているこの黒雷だけって事か。

「先ず、その手を退けろよ」

「がぁあああああああああっ!?」

『――ッ!?』

 エリュトロンの間合いに踏み込み、障壁を破った要領で下から掌底で打ち上げフィオから手を放させる事に成功した。が、調整なんか出来ているはずもなく、フィオにもダメージが及んでしまった。すまんフィオ。呼吸は……してる、よかった。ただ、出血が酷い。ここを片付けて早く治療を受けさせてやらないと――。

『まったく、どうなっているのですか貴方は? 結界内部に居ながら障壁を破る程の能力、暴走ではないのですか? 少なくともワタクシが前回見た暴走者に似ていました。だというのに……意識的に力を操っておられる。まさかエリュトロンがよろめくなど思いもしませんでしたよ。さて、貴方は一つ取り戻した。ですが今度はどうでしょうか? フッフフフフフフ、もう一つも取り戻せますか?』

 嫌らしい笑みを浮かべて外法師がアリスを踏みつけながら手を伸ばす。牽制しようと放った電撃はてんで的外れな場所へ着弾して木々を薙ぎ倒した。遠距離攻撃は駄目だ。コントロールが全く出来ちゃいない、身体に纏って使う以外は至近距離で当てるしか今は出来ないようだ。

『クックック、アーッハッハッハ、これはこれは……力が増した変わりに制御はからきしですか。意識はある、力の使用も自分の意思で、しかし敵に当てる事叶わぬとは! なんとも憐れですねぇ。半暴走と言ったところでしょうか? 力の持ち腐れですねぇ。その力、ワタクシが有効に使って差し上げますよ』

 外法師が状況分析に気を取られている隙にフィオを抱えたままアリスの元まで駆け抜け、掻っ攫った。踏まれた際の擦り傷はあるがフィオよりは軽傷だ。取り戻せた――。

『それで? どうされるのですか? そのような荷物を二つも抱えたままワタクシ達から逃れる事が出来るとでも?』

「逃げない。お前らはここで殺す」

『アハッ! 足手纏い二つを守りながらワタクシ達に勝つ、と? アッハッハッハッハッハッハッハ、やはり先程の光で壊れてしまわれたようですね! ですがいいでしょう、エリュトロンの障壁を破るだけの力があるのは事実、ワタクシはそれをそちらの少女二人と共に頂きましょう。さぁ! エリュトロン、そろそろ障壁の生成も出来るでしょう? ワタクシの為に働きなさい!』

 オリジナルは一度破壊するとすぐには障壁を作り出せなかったがこいつは違うのか。さてどうしたものか……剣は全て折れ、二人を抱えたままあの化け物と戦うのはかなり厳しいぞ。ナハトと合流して二人を預けるか?

『――ッ!』

「ぐぅ!? がはっ」

 ナハトが飛ばされた方向へ視線を向けた瞬間、身体を破壊し尽くすような衝撃が突き抜け吹き飛ばされた。背中が痛い……ぶつかったのは弾き飛ばされてたアル・マヒクだったか。刃にぶつからなくてよかった。二人は――。

「うぅ…………」

「! アリス、アリス起きろ!」

「ワタ、ル……? 私は……っ! あの怪物は!? っ!? フィオ……何よこれ、ボロボロじゃない――ワタル後ろ!」

「こんのぉ、寄るなっ!」

 迫るエリュトロンの強撃を地面から抜き放ったアル・マヒクで防いだ。思った通り、紋様の効果が落ちているから俺でも強化してればギリ使える。滅茶苦茶重くて腕が壊れそうだが……電撃を纏わせれば打撃じゃなくても障壁を破れる。

「アリス、フィオを頼む! 逃げ回ってるだけでいい。もし隙があればティナ達に合流して傷を治してもらってくれ」

「ちょ、一人でその怪物の相手が出来るわけないでしょ! フィオだってこんな事になってるのよ!」

「いいから行け! ぐぅ……一撃一撃が重過ぎる」

「結界の効果は聞いたでしょ、一人じゃ無理! 待ってて今鎌を取ってくる――」

「さっさと行け! 周り気にして力抑えてたら勝てねぇ」

「っ!? すぐ戻るから!」

 行ってくれたか。強がって見せたんだ、戻ってくるまでに片付ける。これ以上大切なものを傷付けられてたまるか!

『おや、少女二人は逃げましたか。ではワタクシはそちらを追いましょうかねぇ、あれも貴重ですから」

「させるか!」

 木々を蹴り高速で移動して外法師の真上に跳んでアル・マヒクを振り下ろす。限界強化で無理矢理動かしているが電撃の威力が増しているせいか全身が痺れるような感覚に陥ってる。長くはもたない、すぐにでも仕留めないと――。

『これはこれは、何をしているのかは分かりませんが大した身体能力です。ですが貴方の能力は雷のはず、それがここまで動いているという事は相当の負担が掛かっているのでしょう? ならば、その動きは長くはもたない。そうでしょう? いくら強くなったとて人間の身体では限界がある。ワタクシがもっと素晴らしいものに変えて差し上げますよぉ? あの少女たちを加えて、更に異世界の存在を混ぜ合わせれば――』

「黙ってろ!」

 使い慣れていない大剣を振るい飄飄と避ける外法師を追う。薙いで薙いで振り上げて斬り下ろす。その悉くを躱される。電撃の威力が上がっているのが分かっているから確実に見極めて回避している。リミットがあるという焦りが大振りを生んだ。

『フッフッフ、慣れない得物は使うべきではありませんよ? 一先ずワタクシの中に蓄えておきましょうか』

「っ!? がぁあああああああああああああああああああっ」

 隙を突いて外法師に左腕を掴まれた。咄嗟に鞘から折れた黒剣を抜いて肘から先を斬り落とした。意識が飛びそうな程の痛みが全身を駆け巡る。だが膝を突く事は許されない、意識を強く持て! 奴を引き離せ! 電撃の障壁を展開して外法師から距離を取るが制御が不安定で少し離れたところで弾けて消えた。

「おやおや、これはこれは、まさか身を守る為にご自分の腕を斬り落とすとは……ですがこれでその大剣は振るえませんよ? 両手でどうにか振っていたのでしょう? 能力が強化されても不利になる一方ですねぇ。諦めれば楽になれますよ?』

「黙ってろ、俺には帰りたい場所がある。守りたい人達が居る。諦めるなんてあり得ない」

『そうですか。ですがワタクシに気を取られていると守りたいものを守れませんよ?』

 外法師が指差した方向を見るとエリュトロンがアリスの逃げた方向へ向かい始めていた。樹上を跳び進みエリュトロンの背後から掌底をぶつける。障壁に阻まれたが今度は一撃で破壊した。外法師とエリュトロンの両方を押さえるのはこの身体じゃ難しい。早々に片方を消さないと――。

『――ッ!』

「ふざけんなっ! 俺を殺さず二人を追えると思うな化け物が」

 二度も障壁を破られた事が気に食わないのか牙を剥き出しにして襲い掛かってきた。乱打を片手で受け流す。流すタイミングで電撃を当てているというのに衰えない。タフだな……こんなのじゃなくもっと力を凝縮させて打ち込むしかない。

『ワタクシの相手はしてくださらないのですかぁ?』

 エリュトロンの乱打を受け流している俺の背後に回り込み伸ばされた腕を回し蹴りで弾き飛ばし電撃を放つ。

『どこを狙っているのですか? ッ!? グガァアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 またも違う方向へ飛んだ電撃に気が緩んだ外法師に背後から電撃が直撃した。フィオのガントレットを左手に身に着けて戻ってきたアリスがあらぬ方向に飛んでいた物を殴って軌道修正して命中させたのだ。

「ワタル、なんで腕が!? 顔色も真っ青……血を流し過ぎよ。早く止血しないと」

「そんな暇こいつらがくれるわけないだろ。こいつらをさっさと片付けるしかないんだよ」

「あ゛ーもう! 腕無くなってるとか絶対フィオに怒られるー! あんた達さっさと死になさい!」

 苛立たし気に頭を掻きむしると電撃のダメージで動けないでいる外法師に大鎌で斬りかかる。それを察知したエリュトロンが剛爪で弾き外法師を庇い、その隙に外法師は上空へと逃れた。化け物でも庇うなんて行動をするのか。

「ワタル!」

「ああ」

 呼び声に合わせて電撃を放ち、それをアリスが殴り飛ばして追撃する。ダメージを残した状態で飛行していた外法師は躱し切れず被弾し、落下してくるそれを大鎌が真っ二つに両断した。外法師は倒した。後はエリュトロンのみ……身体の感覚が殆どない。自分が立っている事すら朧気だ。早く奴にも止めを…………。

「くぅ……硬い。ワタル! こいつにも――ワタル!? 大丈夫なの!?」

 大丈夫だ。分かってる、あと一体、もう少し頑張るだけだ。大鎌じゃ、アリス一人じゃ止めを刺せない。俺がやらないと……膝を突いてる場合じゃない。でも……意識が、朦朧として――。

「きゃあ!?」

「ぐはっ!?」

 大鎌の刃を砕き、衝撃波で俺とアリスを木々に打ち付ける。それを愉しむかのように不気味に笑い行為を繰り返す。もう身体が動かない……そろそろ障壁も再生成される。俺がやらないといけないのに。

「アリス、動ける、か?」

「どう、にか…………」

「力を貸してくれ。はぁ、はぁ……左手で俺を投げろ。身体は動かんが全力で放電して障壁を破ってそのまま撃ち抜く。至近距離なら外すこともないしな。その隙にアル・マヒクを回収して奴を確実に貫け」

「そんな事したらワタルは無事じゃ済まないわよ。電撃なら私が弾いて当てれば――」

「そのガントレットは元々反射の為の物じゃない。ワンクッション挟めばどうしても威力が落ちる、障壁はともかくエリュトロンには俺が直接当てないと大したダメージにならない。やるしかないんだ」

「……やるしかないか。フィオに怒られるし私も嫌だから死なないで、よっ!」

 決断しよろめきながら立ち上がったアリスが俺を拾い上げ、エリュトロン目掛けて勢いをつけてぶん投げた。俺ってばぶん投げられる事多いな……失敗すりゃ終わり。これで意識が飛んでもいい、全部叩き付けてやる! 全身に黒雷を纏い人間砲弾として障壁に激突し破壊する。勢いをそのままに全力を振り絞った電撃を俺を払おうと伸ばされた腕に撃ち込む。瞬間、エリュトロンの身体を黒雷が包み込み膝を突かせた。

「やぁあああああっ!」

 アリスがアル・マヒクを構えエリュトロンの背後から突進する。これで、終わりだ――っ!? 剣身が体を貫く瞬間振り返り剛腕で挟み込み受け止めた!? ……いや、剣先は奴の体へ突き刺さっている。

「アリス、そのまま押し込め!」

「やってる! でも全然動かない。っ!? かはっ」

 大剣を押し込むアリスを衝撃波で吹き飛ばし、アル・マヒクを捨て突進して動けなくなっているアリスを剛爪が引き裂いた。血飛沫が上がり血だまりを作りアリスを濡らしていく。

「っ! こっち向け化け物が!」

 壊れかけの身体を無理矢理動かしアル・マヒクを拾って突貫してアリスが残した傷口に剣先を突き立て抉り、そこへ黒雷を撃ち込み続ける。

『――ッ!』

 エリュトロンが踠き振るった剛爪が腹を掠めて血が溢れる。感覚が麻痺してもう痛みもない。このまま動き続けろ、止まったら完全に壊れる。

「これで、今度こそ終わりだ!」

 怪我に構わずひたすらに穿ち抉り深く刺さった瞬間、腕を壊すつもりで全力で振り上げて傷口から上を二つに斬り裂いた。化け物が断末魔を上げ倒れ伏す。それを見届けると全身から力が抜けて俯せに倒れ込んだ。

「ごほっ……やった……倒したってのに最悪の勝利だ。アリスをセラフィアの所まで連れて行ってやらないといけないのに……情けない、身体が動きゃしねぇ。とんでもないもの創りやがって…………」

 右手を突きどうにか立ち上がろうとするも僅かに震える程度で血だまりの中で踠くだけに終わる。駄目だ、血を流し過ぎた上にレベルの上がった能力の酷使で身体が完全に壊れている。視界が暗くなり、何も見えなくなった。動いているという意識はあっても感覚はない、自分が生きているのかも分からない。動けているのかもよく分からない踠きを続けているうちに意識は闇へ落ちていった。

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