優しい手

 リオ達の手料理を振る舞われ俺たちが無事帰った事を祝い、そして半分はアリスの歓迎会となった夕食。アリスは自分の扱われ方に戸惑い終始部屋の隅に居て声をかけられてもそっぽを向くばかりだった。みんなの輪に引っ張り込もうともしたが困った表情で睨み付けてくるから断念した。やっぱりすぐに打ち解けるというのは難しいようだ。それでも料理は気に入ったらしく出されたものは綺麗に平らげていた。因みにンギ鳥の焼き鳥は相当気に入ったようでおかわりもしていた。……ちょっとおっさんくさい。

 そんな夕食もお開きになってみんなが帰った後の自室でひとりで眠りに就いたはずだったのに、明らかに何か居るぞとばかりに膨らんだ布団、そして腕や腹部から脚にかけての重み、誰か潜り込んだな……別に怒る気もないが……この部屋の鍵は全く意味を成しとらんな!

「さてさて、一体誰が潜り込んだのか……はぁ、反応が薄くなっていく自分が悲しい」

 身体を軽く起こして布団はぐると、俺の左腕を抱き締めるようにして眠っているフィオと俺の腹に抱き付くようにして眠っている全裸のクーニャが居た。なんでこいつは全裸なんだ……服を着るのを面倒くさがるきらいがあったが、ベッドに忍び込んで全裸は勘弁してほしい。

「主、寒い。布団を戻せ」

 言いつつ回された腕に力が入り密着度が増していく。薄い胸が押し付けれれ僅かな柔らかさを感じる……完璧なつるぺただな。ドラゴンの姿の時はあんなに巨体なのにこの姿ではロリってのはどういう訳なんだろう?

「クーニャ、なんで全裸なんだ?」

「何かを身に着けていると眠れぬのでな、寝る時くらいは脱いでも良いとリオにも言われておる」

 それは割り当てられた部屋の中での話じゃないでしょうか! 俺の部屋で全裸になられると色々問題が発生するんですが…………。

「それに、主は女子の裸、好きであろう?」

「……嫌いとは言わないが、全部脱げばいいってものじゃない――じゃなくて起きたんだから何か着ろ」

「ワタル、ならこれでいい?」

「ぶっ!? なんでフィオまで脱いでんだ!? ……そうだな、うん。ニーソを残してるのはいいな、でも服着ような? 風邪ひくし目のやり場に困るから」

 ニーソだけ残してすっぽんぽんになったフィオを布団で包み込んで隠す。一緒に風呂に入ったり裸は見たことあるが俺に対して羞恥心なさ過ぎだろ……俺だから、なんだろうけどもう少し気にしてほしい。

「というかフィオ、アリスはどうした? 寝る時はそっちに居るって話だったろ?」

「主よ、そこに変な物が転がっておる」

 服を着たクーニャがベッド脇を指差しそっちへ目をやると確かに変な物が転がっている。なんだこれ? 簀巻き? っ!? う、動いた……本当に簀巻きか!? 一体誰が――。

「むぐーっ、んむーっ!」

 簀巻きの端を覗き込むと猿轡をされたアリスと目が合った。ヤバい、ちょっと意味が分からない。この娘何やってんの?

「…………おはよ、何やってるんだ? 趣味なの?」

 挨拶をして猿轡を外してやると、それだけで人が殺せるんじゃないかという程に鋭い視線を向けられた。

「どんな趣味よ!? 自分で縛れる訳ないでしょ! 寝てたらフィオに簀巻きにされてここに連れてこられたのよ!」

「フィオ…………」

 頭を抱えつつフィオを見るとバツが悪そうに目を逸らした。悪い事をした自覚はあるのか。

「ワタルの部屋に行くって言ったら嫌って言ったから……私だって好きで連れてきたんじゃない。一緒に居ないと駄目ってワタルが言うから……仕方なく」

「はぁ……でも縛り上げることないだろ。アリスはもう敵じゃないんだぞ?」

「……でも、信用出来ない。それに嫌い」

 あ~あ、今の一言でアリスがしょげてしまった。縄を解いてやったのに簀巻きに使われていた布団に包まって部屋の隅へ移動した。フィオに関しては結構打たれ弱いな……でも部屋からは出て行かない。落ち込んでいても俺かフィオのどちらかと一緒にいないといけないってルールは律儀に守るのな。根は素直なのかもしれない。

「アリス~? 元気出せ……そうだ、今日は散歩がてら町を観光してみるか?」

「観光…………?」

 顔を覗きこむと布団を被ったまま不思議そうに首をかしげた。こいつ目が綺麗だな、澄んだ瞳に俺が映り込んでいる。

「遊びに行こうってこと」

「遊びに? そんなの許されるわけ……そうか、ここはアドラじゃないんだった…………」

 否定しようとして自分の居る場所を思い出し黙り込んだ。まだアドラから離れたという実感が薄いんだろう。遊ぶ事が許されない事とは、どれだけ過酷な環境に居たんだろう……今の無邪気に甘えてくるフィオを見てると忘れそうになるがフィオも同じ場所に居たんだよな。アドラでの事は話す事がないから詳しくは分からないが良い環境でない事は確実だ。

「フィオ達も行くか?」

「主が行くなら儂は行くぞ」

「私は…………」

 切っ掛けさえあれば仲良くなれるんじゃないかと思って誘ってみたがフィオが見せたのは不満そうな渋い顔、視線を俺とアリスの間で彷徨わせる。この顔をする理由にやきもちも含まれているんだろう。やきもちを妬かれるのは嫌じゃないがアリスと打ち解けさせたい今は困りものだな。

「……行く」

 迷った挙句に視線を俺へと向け、手を取ってそう言った。チラリとアリスを窺うと嬉しそうに笑ってる。俺が見ている事に気が付いて慌てて布団を被りなおしてそっぽを向いた。

「ほれほれ、そっぽ向いてないで出掛けるぞ」

「ひゃぁ!? ちょ、ちょっと、引っ張らないで。一人で歩けるから手を握るなぁ」


 連れ出したはいいが特に当てがある訳じゃなくぶらぶらと町を歩き目についた店の物を食べ歩く。帰還者が多いと言ってもこの世界に残っている人も居るし浸透した文化が消えるわけではないから馴染みのある物も多い。

「いや~、冬と言ったら肉まんやおでんだよなぁ。こっちでこれだけ美味い物があるとは思わなかった」

「これは美味いな。ぷるぷるとろとろでほどよい食感がなんとも……人間とはこれほど素晴らしい物を作り出す種族であったか」

 牛筋もどきをはふはふとパクつきながらクーニャが溜め息を漏らした。相当お気に召したようでさっきから屋台と俺たちの間を何度も往復している。

「大袈裟だな。アリスはどうだ?」

「悪くない。でもさっきのくれーぷ? の方が甘くて美味しかった」

「そっか、なら次はお菓子屋を探すか。日本から持ってきたグミも底を突いたし、フィオもグミ要るだろ?」

「ん。いっぱい欲しい」

 グミの話をした途端フィオの瞳がキラキラとし始めた。フィオの変化にアリスも気付いたみたいで何故そんな反応をするのかと不思議そうにしながらもその無邪気な笑顔に見とれている。

「グミってのはフィオの好物の菓子なんだ。おーい、クーニャー、次はお菓子屋を探すぞー」

「なぬ!? 待て主、儂はまだおでんを食べたい」

「あんまり買い占めると屋台のおっさんが困るだろ。気に入ったならリオ達に頼んでみたらいいだろ」

「ぬ~……仕方ない。迷惑を掛けて主に変な評判が立っても困るからな、この一串で最後にしよう」

 そんな事を言いつつも未練たらたらで屋台の前から動こうとしないクーニャを引き摺ってその場を後にした。


「フィオ……いくらなんでも買い過ぎだろ」

「このくらい普通」

 お菓子屋から出てきたフィオが抱えているA4サイズくらいの紙袋はパンパンに膨れている。何軒か回ってようやくグミを置いている所を見つけたからってこの買い方は大人気ない。後からから出てきたアリスも同じ様に紙袋を抱えていてグミをパクついている。

「確かにこれは美味しいからこれくらい普通かも」

「! 分かるの?」

「う、うん。いつでも食べれるように手元に置いておきたいって思うわ」

 お? なんか良い感じかも? 理解を得られてフィオが嬉しそうにしている。尻尾でも付いてたらパタパタと忙しく動いていたに違いない――とか思ったのも束の間、相手がアリスだと気が付いて何とも言い難い表情になった。信用出来ないって公言したし打ち解けるのは簡単にはいかないか。

「次はどこに行くの?」

「日本区画だな。美緒たちの住むとこは粗方完成したらしいから見に行こうと思ってな」

「にほん区画ってなに?」

「俺たち異界者の国が日本な、その区画は日本建築が並んでて異界者とかその子孫が住む事になってる。そこに友達が居てな」

 ほ~、帰ってきた時に上から見たけどかなり綺麗な日本家屋の街並みになってるな。異世界にいるのに日本に居るような錯覚に陥る。これだけ綺麗だと俺もこっちに住みたくなるな。家を用意してもらえたりしないだろうか? ん~、それにしても日本建築の街並みを異世界の人たちが行き来しているというのはなんかシュールだ。

「変わった形の建物ね。異世界はこういう建物が多いの?」

「ん~、今はこんな感じの建物はまばらだな。残ってる所には残ってるだろうけど、今は――ほぶっ!?」

 フィオとクーニャと手を繋いぎアリスと二人してキョロキョロと街並みを見ながら歩いていると雪の塊が脳天に直撃した。大した量じゃなかったのと硬くなかったおかげで怪我はないが――。

「あっはっはっはっはっはっは、大当たり~。航おかえりー! 強いくせにこんなのも避けられないの~?」

 大笑いの声を追って屋根へ目を向けると仁王立ちした美空が居る。隣には楽しそうに雪玉の補充をする美緒と愛衣の姿がある。さっきのはあいつらの仕業だったか。

「雪積もってるのに屋根なんか登ったら危ないぞー」

「平気平気~。よっと、ほらね」

 美空が二人を抱えて屋根から飛び降りて、問題ないとばかりに走り寄ってきた。おいおい……美空は自分の身体の事だから慣れてるだろうが美緒たちはいきなり飛び降りられたらビビるだろ。

「知らない娘連れてる……航って女好きだよね」

 一緒に居るだけでその感想!? そりゃ嫌いじゃないけどさ、なんか人聞きが悪いな。

「やっぱりそうなんだ。あなたの知り合いって女ばかりだからそうだと思った」

 警戒したアリスが自分の身体を抱くようにしながら俺と距離を取った。そんな意図はないのに……俺悲しい。

「お兄さん私たちと一緒に雪遊びしませんか?」

 そう言って愛衣に雪玉を渡された。このメンバーで雪合戦をするのか? 美緒と愛衣には厳し過ぎないか。チーム分けが重要だな。

「いいけど、どう分けるんだ?」

「そっちの人は普通の人ですか?」

「アリスはフィオと同じくらいだと思ってくれ」

「なら分けないとですね。私と美緒ちゃんが交互に指名していくってことでどうですか?」

「まぁそれでいいか」

 美緒と愛衣がじゃんけんをして勝った美緒から指名をしていき、美緒チームが美緒、俺、アリス、クーニャとなり、愛衣チームは愛衣、美空、フィオとなった。

「美緒と愛衣を狙う場合はちゃんと加減するように。特にフィオとアリスな」

「なんでこんな子供の遊びに付き合わないといけないのよ」

「まぁまぁ、遊びに出掛けたんだからこういうのもありだろ」

「自分だって子供じゃん。背なんて私の方がちょっと高い位だし」

「子供じゃないわよガキんちょ」

「あたし達だってもう子供じゃないし!」

 アリスと美空がさっそく火花を散らしている。見た目だけならどっちも子供なんだけど、ホントフィオとアリスって小さいんだな。

「ぐはっ!? げほっげほっ……おいまだ始まってないぞ! というかアリスは同じチームだろうが!」

 不意に雪玉の豪速球が二発みぞおちに直撃して一瞬呼吸が止まり膝を突いた。雪玉ってこんなに痛いのか……このゲーム不安だ。

『なんかムカついた』

 ハモるなよ!? フィオだけじゃなくアリスも小さいと思われる事に敏感なのか。気を付けよう。

「勝った方はお兄さんにお願いを聞いてもらえるという事で開始~!」


 ぶち抜かれる壁、砕け散る瓦、軽いお遊びのはずがこれ程ハードなものになろうとは……遊びとはいえフィオとの勝負という形に熱くなったアリスの攻撃にフィオも応戦して白熱する戦いの余波で完成して間もない日本家屋が雪玉で穴だらけになっていく。

「これ絶対に怒られるやつじゃん……能力使って特急で作れるって言ってもこれは…………」

「まぁまだ入居しておる者が少ないのが救いだな、怪我人は出ておらぬ」

「航さんごめんなさい。私たちが誘ったりしたから」

「いや、俺の判断ミスだ。もう少し和やかな感じを思ってたのにあいつらがここまで熱中するとは……これ以上酷くなる前に止めてくる」

 最早遊びではない。言葉通り雪玉による合戦である。一人は屋根を駆け、もう一人は家々の間を縫うように駆け抜ける。アリスが上から無茶苦茶に撃ち込んで家屋を破壊している。止めるならアリスか。

「食らいなさい、乱れ雪花」

「三段撃ち」

 なにその無駄にカッコいい雪合戦!? アリスの投げた無数の雪玉が石畳に当たり弾け雪の花が咲き乱れ、フィオの投げた物は一つ目が自分に当たる軌道の雪玉を撃ち落とし残り二つがアリスの胴体目掛けて飛んでいく。アリスはそれをフィオと同じように雪玉をぶつけて撃ち落とし次弾を握る。しかしフィオは雪玉が弾けた一瞬を目眩ましにアリスの目前に迫り、手には雪玉が――。

「はいそこまで、お前らやり過ぎだ。どうすんだこれ」

 二人の間に割って入り襟首を掴んで制止する。するとようやく状況に気付いたようで二人とも黙り込み気まずそうに目を逸らす。

「ワタル……ごめんなさい」

「はぁ……よしよし、他の人たちにも謝りに行くぞ」

 気まずそうにしながらも素直に頭を下げたフィオをぽんぽんと撫でて謝罪に行くよう促すと、こくりと頷いた。アリスの方は怯えたようにびくびくしている。

「ほら、アリスも行くぞ」

「……怒、らないの? お仕置きは? ひぁ!?」

「たてたて、よこよこ、まるかいてちょん! はいお仕置き終わり。謝りに行くぞ」

 頬を引っ張ってやるとアリスはぽかんとして動かなくなった。そんなに痛かっただろうか? それほど酷く力は入れてないんだが。

「…………こ、こんなのがお仕置き!? お仕置きってもっと殴るとか蹴るとか鞭打ちとかあなたの能力を使うんじゃないの?」

「そんな事するかよ。悪気があった訳じゃなくて遊んでただけなんだから……やり過ぎは反省してほしいが――って、どした?」

「……変な人、これだけ壊したら怒り狂って相応の罰を与えるのに」

「なに笑ってるんだよ」

 軽いお仕置きに拍子抜けしたのか安心したのか、アリスは柔らかく笑っている。悪意があれば怒るが今回は熱中し過ぎただけだしちゃんと謝るならいいと思ったんだが、甘いか?

「私、笑ってる?」

「ああ、ちゃんと反省はしないとダメなんだぞ~。これでもちっとは怒ってるんだからな」

 どこか嬉しそうなアリスの頬をみょーんと伸ばすがアリスの笑みが消える事はなかった。

「怖くない、それに痛くもないわ」

「怖くて痛いのが好みか?」

「そんな事ない! ……これでいい。これならいくらでも怒られてあげるしお仕置きだって受けるわ」

「あのなぁ……そもそも怒られたりお仕置きされるような事をすんなよ」

 フィオにしたようにぽんぽんと頭を撫でるとくすぐったそうにしながらもされるがままになっている。

「あなたの手、優しい」

「ん?」

「わ、分かってるわよ。気を付ける、ごめんなさい。これでいいでしょ?」

「ああ、じゃあ家壊した事を謝りに行くぞ。壊したとこ直してもらわないと」

 それからは全員で謝罪して回り、工事をしていた覚醒者に頼んで損壊した箇所の修復をしてもらった。損壊した家屋の数は多かったが小さな雪玉での損壊が主だったからどうにか一日で直してもらえた。が、二度とこんな事がないようにときついお叱りもみっちり受けた。次に遊ぶ時は町の外にしよう…………。

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