お出迎え
「これってなんて言えばいいんだろうな……狂い咲き? 乱れ咲き?」
俺が地下から出られなくなっている間に
「滅んだ都に聳える血の怪樹ってか? ……近付かなければ今のところ害はないとはいえ、魔物が片付いたらあれもどうにかしないとだよなぁ」
生き物と同時に色んな植物を取り込んでいるからか、地上に出ている根の端の方には様々な実がなっていたりして食糧供給には便利そう……でもないか、生き物を栄養にしてる可能性が高いんだし、そんな気味の悪い物食えない。
「でもあんなもん切り倒しても処分に困るんじゃないか? そもそも切り倒せない気がするし、デカすぎる」
そんな事を考えながら独り言をこぼし街壁の上から町を眺める。
「…………げっ!? もう狼煙が上がってるし、早過ぎだろ。まだ殆ど動けてないぞ……でも戻らないと嫌味言われるしなぁ」
地下から戻った時に反省の為に暫く怪我は治さないと言われたが、数日で治してもらえ、こうして外にも出られている。不安がっていた人たちへの問題は何も無いというアピールみたいなものだろう。その代わり外出にかなりの制限が出来てしまった。出ていいのは一日一回、時間はその都度変わっているが大体は一時間以内で狼煙が上がったらすぐに撤収、交戦よりも調査を優先、これを徹底しろと言われてしまっている。一時間程度じゃこの広い王都は殆ど歩けないってのに――煙が増して……恋の電撃まで上がり始めた。
「はいはい、戻りますよ!」
確認したという合図の電撃を空に放って王城に戻る事にした。
「先輩おっかえりぃ~、見えたならすぐに合図を返さないと駄目だよ。真矢さん怖いし」
「分かったよ…………」
時間がきっちり決まっているわけではないが、外に出ていられる時間は長くないから時間が押し迫る感覚がずっとあって集中出来ないし急かすような事は勘弁してほしいんだよなぁ。出て戻るだけだと何しに出たのか分かんなくなるし。
「ねね、先輩」
「んぁ?」
「やっぱりさ、こっそりクソ親父に仕返しに行かない?」
またこの話か、あれ以来恋は偶にこんな提案をする。これだけ熱心だと俺よりこいつの方が奴に怨みがあるんじゃないかとすら思えてくる。
「行かないっての、なんでそんなに熱心なんだよ」
「先輩こそなんで行かないの!? ずっと悔しい思いしてたんでしょ? ……こんな力持っててさ、私なら絶対に我慢出来ないよ。行こうよ!」
「芦屋に言われてるだろ、それに俺ブチ切れるとやり過ぎて加減しなくなるし、もう関わらないって決めたんだよ。なんでお前がそんなに…………それが苗字を教えてくれない理由か? お前も親か家族が嫌いとかか?」
「……うん、うちの親も先輩のクソ親父に負けず劣らずな最低な親、お母さんがまともなだけ先輩の方がマシかもね。そんな人たちと同じ名前でなんか絶対に呼ばれたくない」
俺も相当だとは思うけど、こいつが抱えているものも根が深そうだな。
「まぁ、俺が関わらないって決めたんだからこの話をこれ以上するのは勘弁してくれ。俺だって許したり納得してるわけじゃないから繰り返されるとイライラする」
「あっ……ごめん」
「親の理不尽に対する不満も不快感も分かるから恋にもそうしろとは言わないけどな。俺の事は終わりで頼む、暴走するのは本当にマズいんだ」
「うん、分かったよ」
これで一応この話は終わるだろうけど、恋も相当腹に据えかねる扱いを受けてきたんだろう。片親だけじゃなく両親ともって言い方だったし、辛い環境に居たのかもしれない。
外で活動できる時間が短く、能力の制御についても落ち着いたから長時間訓練する事もなくなり、する事が無い以上余計な事を考えたくないから寝ている時間が増えた――。
「ワタル様ワタル様、起きてください、今日はらーめんの日ですよ。今日はどちらになさいますか?
「クロエ様、カップ麺は体に悪いとワタル様が仰っていたのをお忘れですか? こっちのみそらーめんにしましょう」
「十日に一度なのだからいいでしょう? それにこの白い麺、シロナは気にならないの?」
「その白いのはうどんと言うのではありませんでしたか? 私もそれは気になっていましたが」
人が寝ているのに勝手に部屋に入り込んでどのインスタント麺を食うか相談してるし……湯を入れただけで食べ物が出来るというのは二人には画期的だったらしく相当気に入っているらしい。随分と打ち解けたと考えれば良い事なのかもしれないが、寝るのが早く起きるのも早い二人に合わせるのは眠すぎる。
『ワタル様!』
「ああっ、シロもクロもうっさい。俺はまだ眠いの! だいたい、寝起きでラーメンなんて気分にならないから、ラーメンは昼か夜」
「シロ? クロ? ……クロエ様に対してそのような呼び方を――」
「クロ? ワタル様、もしかしてこれは愛称というものですか? ワタル様が付けてくださったのですか?」
シロナさんは不満気だがクロエさんは瞳をキラキラさせて嬉しそう。眠くて適当に怒鳴っただけだったのに喜ばれると複雑だぞ。
「
「あ、いや、クロエさん今のは…………」
「ぇ? もう呼んではくださらないのですか」
えぇー、そんな悲しそうな顔をされましても、隣に不機嫌なメイドさんが居ますから、呼ぶのは無理かなぁ。それに姫様の名前を省略するのは流石に…………。
「流石に今の呼び方は失礼かなぁ、と……ねぇシロナさん」
「…………クロエ様がそれで良いと仰るのであれば私に口出しする権利はありませんから」
クロエさんの嬉しそうだった表情が効いたのか、お許しが出てしまった。
「それならこれからはシロとクロでお願いしますね。ワタル様」
「わ、私もですかっ!?」
「
「い、いえいえいえいえ! そのような事は決してありません! 良いです、シロで構いません」
シロナさんが全力で首をぶんぶんと振っている。これからはシロとクロでいくのか? 呼び捨てだけならいいが、これはどうなんだろう…………。
「クロ――」
「はい!」
即反応…………ちょいと犬のよう、尻尾があったら絶対にパタパタしてそうだ。姫に犬とかかなり失礼だが。
「シロ」
「…………なんですか?」
慣れないからかチラリとこちらを見た後はそっぽを向いてしまった。こっちは猫っぽいな。本人たちが良いと言うならこれでいい、のか?
元々は追い返して二度寝の予定が結局は起きてしまった。
「せっかく訓練したのにロクに戦えないってのはストレス溜まるし絶対
「自分から戦いたいなんて先輩は物好きだねぇ~、気持ち悪いのとかも居るんでしょ? 私も訓練続けてるけど自分から外に出ようとは思わないなぁ」
「ええーっ!? 恋ちゃんボクより強くてビリビリも出来るのに戦わないの?」
「ヤバくなったら戦うけど自分からは出たくないよ。魔物倒したい! ていう竜平たちとは違うの!」
訓練をしているガキども十人の中で一番弱い竜平は訓練時に恋と組手のような事をしているからか仲が良い。それにしても、恋は能力の扱いに慣れるのが早い。一番弱くても相手は混血だってのに、既に負ける事が無いくらいになっている。
「いいなぁ恋ちゃん。俺も恋ちゃんみたいに戦える能力だったらよかったのに、こんな能力戦いに使えないから交換してほしいよ」
そう言って少年が触れた小石が花に変わった。十人とは別の、竜平と仲が良いというヴェロという少年、こいつも混血で能力持ちだ。能力は触れたものへの認識を狂わせるというもの、長くて一分くらい認識を変えられるそうだが実際のものとはどこかしら違ってしまうらしい。
「この花だって青しかないはずなのに黄色になっちゃってるし、俺だって魔物倒したいのになぁ」
「ちょっといい? 今日はまだ外へ行っていないから疲れてはいないはずよね?」
「真矢ねーちゃんの能力もいいよなぁ。空飛べるんだよね?」
「飛べない事はないけど疲れるからしたくないかな。大事な話があるからこの人借りるから」
芦屋に連れられ王様の元へ行くと、救援隊が近付いてきていると知らされた。かなり近くまで進んできているらしく、数日中には到着の見通しだそうだ。
「救援隊の到着は民にとって大きな希望になる。無事に辿り着いてもらう為にもそなたに出迎えに行ってもらいたいのだが、どうだろうか? 救援隊には勿論戦える者が多数居るが安全に越した事はない。危険だとは承知しているが頼めないだろうか?」
「状況が動くなら行きます」
半端な討伐作業も時間の足りない探索ももう飽きた。人員が増えれば討伐も進んで町から魔物を排除出来るだろうし。
「そうか! 行ってくれるか!」
「ワタル様よろしいのですか? 先日負傷されたばかりでしょう?」
「心配しなくても平気よアリシア、訓練の様子を見ていた限りでは魔物よりも動きは速いから油断しなければ問題ない。油断しなければ、油断しなければね」
三回も言われた……あんな状態で帰って来たから言われても仕方ないけど。
「擬態する物がいるって分かったからあれからは警戒してるって、二回もあんな手にやられたら間抜け過ぎるし、あの時は動揺してたのが問題だったんだし」
「その事だけど、少し日を置いて冷静になれた? まだ不安定ならこの件は賛成できないけど」
「あれ以来奴の顔も見てないし気持ちも安定してると思う。寧ろ恋の方が気持ちが乱れてる気がするくらいだな」
「そう……アリシア、心配しなくてもいいそうよ」
「でも、充分にお気を付けください。どうかご無事で」
分かったから離れてくれーっ、王様がめっちゃ睨んできてる! 俺の手を取り、両手で包み額に当てて祈る様な所作をする娘をお父さんが滅茶苦茶睨んでるんですが! 芦屋が王様は姫さんを溺愛してる、みたいに言っていたが本当っぽいな。手を握っただけでこれですか……俺からやってるわけでもないのに。
「ではすまぬが急いでもらえるか」
「は、はい! すぐに行きます!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます