いなくなる?

「ひとり…………」

 それがこんなに辛い事だなんて知らなかった。盗賊で居た時は一人の方が良かったのに、今じゃワタルとリオが居ないと胸が苦しい。私は随分と変わってしまった気がする、変えたのはワタルなのに、それなのにまたいなくなるの? またあの痛みを私に与えるの? あんなの……身体が痛いよりもずっと苦しくて辛い。リオだけじゃ嫌、二人と一緒がいいのに――。

「ありゃ? 君は昨日の……私の特等席見つかっちゃったかぁ~」

 天幕から少し離れて、村の端にある大き目の木の枝に座ってると後ろから声がして、振り返ると昨日ワタルに圧し掛かっていたミーニィというエルフが居た。

「程良く日が差して風も心地いいでしょ? よくここが――んん~? もしかしてご機嫌ななめ? 顔がふてくされてる様にみえるんだけど」

 表情に出てた? 私は表情があまり変わらないはずなんだけど……それほどにワタル達の事が私の中で大きな存在になってるんだ。

「関係ない」

「ん~、そうは言われてもねぇ。お気に入りの場所に憂鬱な顔した子が居ると気になっちゃうなぁ~……ワタルの事かな? おぉ、ビクッってした。ならナハトが何かしたってところかな」

「…………同じ寝床に居て、結婚は時間の問題って言ってた」

「なるほどねぇ~、あの子に懐いて旅をしてた君としては奪われて旅が終わるんじゃないかと心配で仕方ないと…………ん~、誰にも言わないなら良い事教えてあげようか?」

 良い事? ミーニィがにへらと笑いながら顔を寄せてきた。昨日ワタルにもしてたけど、そういう目的じゃなく、もしかしたらこのエルフの癖なのかもしれない。

「何?」

「仏頂面ねぇ、もっと笑ってなよ。可愛いんだから……私の能力は昨日やって見せた通り触れた相手の記憶を覗いてその時抱いていた感情も知る事が出来るものなんだけどね。他の人には知らせずに私だけに分かる事もあるの、それは相手自体も自覚していなかったりする心の奥に隠している感情」

 隠している感情? …………昨日ワタルの記憶を覗いたならミーニィはそれを見てる? それが良い事? 意味が分からない。

「?」

「ふふっ、あの子は他者に対してかなりの拒絶があるの――ううん、怯え、の方が的確かしら? 普通に話している様に見えても、相手に近付かない様に、踏み込まない様に、そしてそれは自分に対しても同じで近付かれない様に、踏み込まれない様にって意識が常にある。それは自分で意識してやっていたり無意識の時もあるのだけど、誰に対しても同じ。他者と関わる事に怯えている」

 怯えている? ワタルが? リオの為に、他の人間の為に命を危険に晒す事すらやってのけるのに? …………そんなはずない、あんな無茶をするくせに関わる事が怖いなんて信じられない。

「信じてないでしょぉ~? 拒絶も怯えも確かにあるのよぉ? それは奥深くにまで根差したものでナハトの頑固さにも負けないくらいよ? だからあの子があっさりナハトとの結婚を了承するなんてあり得ない。もしするとしても相当の時間が掛かるわ」

 あり得ない……それだったら嬉しいけど、拒絶と怯え…………私とリオも? 一緒に居たくない? 怖がられてる? 結婚しなくても一緒に居たくないって思われてたら同じ。

「あぁ~ん、そんな顔しないでよぉ~。君と黒髪の娘は特別だからぁ~」

 とく、べつ?

「もちろん出会った時とか最初の辺りでは拒絶も怯えもあるんだけど、再会した辺りではそれが少し減ってるの。全くないわけじゃないけど他の人より君と黒髪の娘はあの子の心に近いところに居るのよ? だからナハトに取られない様にしっかり捕まえておけばなんとかなる、かも?」

 心に近いところ? …………よく分からない、でも捕まえておけばいいの? それくらいなら簡単だけど、縛ったりしたら身動き取れなくて怒りそう……嫌われるの嫌だし縄で縛るのは止めよう、一緒に居て見張るくらいに。

「なんでそんな事を教えるの?」

「だってその方が面白――最初に言ったじゃない、お気に入りの場所に憂鬱な顔した子が居ると気になるからよぉ~」

 そう言いながら顔を逸らした。今の、絶対に面白いって言おうとした。面白い? ……嘘で騙そうとしてる? それが面白い?

「う~ん? その顔は信じてないのかな? まぁ信じる信じないは自由なんだけどね、でも私は嘘は言ってないよ。君が気になったのも本当だしね、気分転換出来たら帰りなよ? 居なくなってると心配すると思うから、それじゃ~ねぇ~」

 枝から飛び降りて行ってしまった。わざわざ私を捜してあんな嘘を言いに来るはずもないし、本当にこの場所が好きで来ただけなんだろう。それを邪魔したのは少し悪い気がする。

「心配…………帰る」


 帰ろうと思って天幕に向かっていたらワタルとナハトに出くわして、慌てて物陰に隠れた。何やってるんだろう…………敵じゃないんだから隠れる必要なんてないのに。

「おぉー! これがナハトを倒したって人間か? なんだか、あまり強そうじゃない、というよりひ弱そうじゃないか?」

「なんだとっ!? もう一度言ってみろ」

「あ、いや…………」

 昨日自分だって戦闘中に言ってたくせに、今はそう言った相手を燃やしかねない目で睨み付けている。

「あの、これって野菜ですよね? 少し分けてもらう事って出来ますか?」

 ワタルはそんなのを無視して野菜なんて見てるし……怒らないの? 馬鹿にされてるのに。

「あ、ああ! いいぞぉ! どんどん持ってけ、結婚祝いだ」

「なっ、て、照れるだろう、結婚はまだなのだ。気が早いやつめ」

「いや、結婚なんてする気なんて全く無いんで、どっか他所で普通に分けてくれる人探そ――」

「今はそんな事を言っていてもすぐにその気に――」

「ないない、絶対ない」

 全く無い……本当? 身を寄せようとしているナハトをあしらってる。さっきのミーニィの話は冗談じゃなかった? ワタルはいなくならない? …………いなくならない、いなくならない!

「ふふっ」

 身体が勝手に駆け出した。苦しくて辛かったのが嘘のように消えて身体が軽い。


 リオにもワタルがいなくならないのを教えたくて村を駆け回ったけど、見つからなくて、ようやくもう天幕に戻ってると思いついて帰る事にした。舞い上がってこんな事にも気付かないとは思わなかった。

「あ、フィオちゃんも今帰り?」

 後ろから声を掛けられて、振り返るとミズハラ達が居る。その後ろにリオ? まだ戻ってなかったの? それなのに見つけられなかった。どれだけ注意力散漫になってたんだろう…………。

「リオ、ワタルが――」

「何してんの? あんた」

「見ての通りで料理だが」

 帰るとワタルとナハトが料理をしていた。ナハトは当然嬉しそうにしてるけど、ワタルもなんか嬉しそう?

「なんか夫婦の共同作業って感じだねぇ~」

「そ、そう見えるか? ワタル、私たちは夫婦に見えるらしいぞ」

「えっ? もう結婚式を挙げてたの? それなら安心だね」

 安心じゃない! 結婚する気無いって言ったのに。

「…………」

「…………嘘吐き」

「火が必要だったから手伝ってもらってるだけだ、紅月が居たら紅月に頼んだよ」

「ほほぉ~、航は美人巨乳エルフより麗奈が好みなんだ?」

「キモい」

「言っただろ、火が欲しかったんだ、火が起こせるなら誰でもいいよ」

 火が欲しかった? ……料理したかったって事? 料理出来るから嬉しそうにしてたの?

「なっ!? 誰でもいいだと、ワタル、お前はそんな男なのか?」

「あ~、酷いなぁ~奥さん悲しませてる」

「下らない事言ってるやつらには絶対に分けてやらん」

「誰もあんたの料理なんて――っ!? この匂い」

「味噌汁だ。今焼き飯も作ってるけどお前ら無しな」

 じゅうじゅう音を立ててる鍋から凄く良い匂いが漂ってくる。これがしたかったんだ、こんなに良い匂いなら絶対に美味しい。

「なんであんたが味噌や醤油なんて持ってるのよ、それにお米なんて――」

 みそ? しょうゆ? こめ? これはワタルの世界の物の匂い?

「秘密」

「キモッ」

「これ、ワタルの世界の料理?」

 近くに寄って鍋の中を覗き込んだら変わった色のスープともう一つにはパラパラとした何か、どっちも見た事ないものだけど匂いが凄くいい。

「ああ、興味あるか?」

 当然、ワタルが別の世界でどんな物を食べてたのか気になる。ワタルが嬉しそうにするほどなんだから美味しいはずだし。

「食べるか?」

「うん」

「んじゃ中で待ってろ、もうすぐ出来るから」

 頭をぽんぽんされた。少し子ども扱いっぽいけど、気分が良いから我慢する。

「ん」




 ワタルの作った料理をワタルの脚に座って食べる。ナハトが色々文句を言ったけど、捕まえておかないといけないなら近くで見張るのが一番いい。ワタルの料理、凄く美味しい。食べた事のない味だけど、不思議と落ち着く。

 ワタルは族長の所でした話を報告してる。

「それじゃあ、そのお姫様の力で日本に帰れる可能性があるんだ?」

「まだ分からんけどな、でも上手くすれば帰れるかもな」

「やった~! 帰れるんだぁ、早く家のベッドで寝た~い」

 ワタルの話を聞いたミズハラとユウヤが嬉しそうにしている。本当に異世界に行けるかもしれない。

「紅月はあんまり嬉しそうじゃないな」

「帰れるって決まったわけじゃないんでしょ? 期待を持たされて後で辛いのは嫌なのよ、確実じゃないのなら興味ないわ」

「ナハトさん、さっきから見てるその紙なんですか?」

「これか? これは地図だ」

 ナハトがユウヤに地図を見せてる。さっきから見てたけど、なんでそんな物を嬉しそうに眺めてたの? 変な趣味。

「普通の地図、ですよね? なんで嬉しそうにしてたんですか?」

「ふっふっふ、ただの地図じゃない、ワタルの居場所が分かる地図だ」

 なにそれ!? 欲しい、リオの居場所も分かるようにした地図も欲しい。夢中で食事していた手が止まって地図に視線が行く。

「これであんたはこの世界のどこに逃げても居場所がバレるのね、犯罪者がGPSで監視されてるみたいね」

 じーぴーえす? 異世界にはあの地図みたいに居場所の分かる道具があるの? 異世界、凄いところかもしれない。

 食事を終えると、満腹感と背中に感じる温かさ、安心感で眠くなってうとうとする。話、聞いておいた方が良いのに、ワタルが座り心地良いせいで起きてられそうにない。


「フィオ~――」

 ワタルが呼んでる? まだ眠い、ここは居心地が良いからもう少し居たい、もう少し待って。むぅ~、突かれてる。眠いのに、眠りに落ちようとする意識を遮るように突かれる感覚がする。分かった、トイレに行ってから行くから。

「ん? 起きたな」

「…………トイレ」

「っ!? 待てマテまて! こんな所で脱ぐな馬鹿! 目ぇ覚ませ」

 馬鹿…………んん? 頬をグイグイ引っ張られてる。これのせいで――。

「…………ふんっ」

「ぐはっ」

 っ!? ワタルが目の前に転がってる。その腕を私が掴んでる…………? 私が投げた!?

「わ、ワタル――」

「起きたか、あ~、そんな顔すんな。俺もちょっとグイグイ引っ張り過ぎたし、おあいこな」

「う、うん」

 ワタルはそう言ったけど、寝惚けていてたぶん加減をしてなかった。背中を摩って痛そうにしてるし、もっと気を付けないと……ワタルとリオを護りたくて傍に居るのに私が傷付けるなんて大間抜けだ。

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