リオの為

「船長! よかった! 夜まで待たなくてすんだ」

「あ、ちょっと!」

 っ!? 大きな声がしたと思ったら全身が揺れて衝撃を受けた。

「ふぃ、フィオちゃん大丈夫ですか!?」

「痛い…………」

 ワタルを枕にして気持ちよく寝てたのに、気持ちよかったのが台無しになった。ワタルの、ばか。ワタルは知らない男と話しをしてる、その人との話しがそんなに大事なの? 私を椅子から落としておいて気にした様子もないのを見ると少しむかむかする。

「あ゛!?」

「ワタル、一発」

 軽くでも一発打ち込まないとこのむかむかはすっきりしそうにない。

「お、お、落ち着けフィオ、帰ったらグミ一箱追加するから」

 グミ……一箱じゃすぐに食べ終わっちゃう。

「二箱」

「わ、分かった、二箱追加だ」

 グミ、二箱……嬉しい。

「お嬢さん方には席を外してもらいたいのだがかまわないかね?」

「あ、こいつは同席で、話に関係あるので」

 むぅ~、ワタルやリオが頭を撫でてくるのは嫌じゃないけど、今の乱暴な撫で方は嫌。

「…………ワタルはこの国を出るんですよね?」

「ああ、そのつもり。他の国でやりたいことがあるし…………」

「そう、ですよね…………メアさん、私先に仕事に戻りますね」

 リオが辛そうな顔をしてお店の奥に走って行った。

「ワタルサイテ~、せっかく会えたんだからそんなに焦って出て行かなくても、次に船長の船が来た時まで出発を延ばすか、一緒に行こう! とか言えないの?」

「人それぞれ自分の生活があるだろ? リオはここで新しい生活をしてるのに、なんでわざわざそれを壊す様な事を言わないといけないんだよ」

 え…………? リオは一緒に行かないの? どうして? リオもワタルを待ってたのに、なんで一緒に行かないの?

「リオちゃんがこの町に来たのは、ワタルが他の国に行くために港町に行きたがってたからここで待ってれば会えるかも、ってこの町に来たんだよ? ワタルに会う為だけにここに居たんだよ? それでも――」

「会えたんだからもういいだろ、船長と話があるんだ、外してくれ」

 もういい……なんでそんな事言うの? リオの事、大事じゃないの? なんでそんな困った顔をしてるの? 分からない。

「ヘタレぇ!」

 店員もリオと同じに奥に走って行った。店員の大声で店中がこっちを見てて気分が悪い。


「いいかね?」

「すいません。お待たせしました。それで――」

「――」

「――」

 ワタルと男が何か話してるけど、頭に入って来ない。どうしてワタルはリオを連れて行かないの? 大事なら一緒に居たいって思うんじゃないの? それとも、もうリオの事、大事じゃなくなったの? …………それは、なんか嫌。私はリオも特別で、大事なのに、そのリオを大事にしてくれないワタルは嫌。

「ふむ、だが大丈夫なのかね? この国で混血と言ったら軍の出だろう? 信用できるのか? というか、異界者に協力する者をあぶり出す目的でここに居るんだとしたら俺も捕まって終わりだな」

 男が怯えながら私を見てる。私はもう軍とは関係ないのに、やっぱりワタルとリオ以外は私が混ざり者だと分かったらこういう目で見るんだ。

「あぁ~、大丈夫です、大丈夫です。こいつ脱走してきたらしいですし、俺の事を助けてくれた事もあるんで悪い娘じゃないです」

「それが君を信用させる演技だとは思わないのかね?」

「思いませんよ。フィオは嘘吐くタイプじゃないと思いますし、俺なんか騙してもしょうがないでしょう?」

 ワタルとリオは私の言う事を信じてくれる。私にとって特別な二人、だからどちらとも一緒に居たいのに、どうして一緒じゃ駄目なの?

「…………まぁ、もう既に話を聞かれてしまっている。今更心配したところでどうにもならないか、俺も腹を括ってその子を信じるとしようか」

 信じる? 普通の人間が私を? ワタルが信じさせた…………。


「はぁ~、どうにか船に乗れる目処が立ったな」

「うん…………」

 いつの間にか話を終えて宿屋に帰ってきていた。ワタルにリオをどうするのか聴きたいのに、大事じゃないって言われるのが怖くて聴けない…………怖い? ……怖いなんて思ったのは初めて、でもこんな初めては欲しくない。もっと楽しいとか嬉しいがいい。

「あれ? これって俺のジャージ」

 リオが持ってたワタルの服……ワタルにもう一度会ってその時に返すって言ってた。

「リオがワタルに返すって言ってた」

「そっか……俺がここに居るのも問題あるし、出港の前日までは別の場所に居る事にするから」

「そう…………」


「ただいま……あれ? フィオちゃん、ワタルはどこに行ったんですか?」

 ん? っ!? ワタルが居ない、どこに行ったの!? …………『別の場所に居る事にするから』別の場所? どこ? なんで私は付いて行かなかったの? リオの事を考えていてぼーっとしてた。捜さないと、またワタルが居なくなる。

「捜してくるっ」

「あっ――」

 日が暮れ始めてる。どこに行ったの? 他の宿? ワタルはお金持ってない、ならどこ? 他国の異界者が居るこの町でもやっぱり異界者は目立つ、他国の異界者なら目立っても問題ないけど、ワタルは違う。人目を避けるはず、町の外?

 一度町を出て、町の近くで野宿の出来そうな場所を探して回ったけどワタルは見つからなかった。これ以上町から離れた場所に行くはずはないからまだ町の中に居る。町で人の少ない場所……町の端? 町を囲う壁沿いにワタルの居そうな場所を探して歩く、人目が全くないわけじゃないから走れないのがもどかしい。日はすっかり暮れて、月が中天にかかってる。っ! 今近くにある小屋から物音がした。この辺りは今は使われてないのか人の気配が全く無い、あの小屋以外は――。


 よかった、居た。見つけられた。

「んん? 誰だ?」

 寝ていたワタルが起きてぼんやりした表情で私の居る方を見てる。

「私」

「フィオか?」

「そう、どこに行くか言わなかったから結構捜した」

 どこに行くのか聴かなかったり付いて行かなかった私も悪いけど、ちゃんと言ってくれなかったワタルはもっと悪い。

「悪かった。出発まで俺はここで過ごす事にするよ、異界者って怪しまれたりしない為にも外出も控える」

「そう。リオがワタルの事気にしてたけど、もう会わないの?」

「ああ、異界者の俺とこれ以上関わらない方がリオの為だろ?」

 リオの為…………一緒に居たいは私の勝手な願い。疎まれる異界者も混ざり者もリオに関わらない方がリオの為? 大事だから遠ざける?

「…………そう」

 なら、私もそうした方がいい。その方がリオの為になるならそうする。

「なんだよ? 俺の居る場所の確認は出来たんだから宿に帰れよ、リオが心配するだろ」

「面倒、それに、異界者と関わらない方がいいなら混ざり者とも関わらない方がいい」

 だから、これで、いい…………これでいいって思うのに、胸が痛い。

「船の出港までまだ五日、出港前日までは四日もあるな」

「寝てればすぐ」

 辛いのにどうにも出来ない時は寝てるのがいい。ワタルの傍なら少しは痛いのも無くなる。


「食い物、調達して来ないとだよなぁ」

 食べ物…………確かにお腹が空いた。ここにはリオは来ないから待ってても食べ物は来ない。リオと、もう一緒に食べれない…………思い出したらまた痛くなってきた。

「私が何か買ってくる」

「いいのか?」

「ん」

 起きたばかりで眠れそうにないから、何かしてる方がいい。それにどうせ食べ物は必要、ワタルが行って何かあったら困るから私が行く方がいい。

「じゃあ悪いけど、よろしくな」

「行ってくる」

 適当に食べ物を売ってるお店を回って買っていく。ワタルが何を好きか分からないし、出発までもう外に出たくないから少し多めに――。

「おっ、嬢ちゃん。今日は一人かい? この前一緒だった美人の姉さんは一緒じゃないのかい?」

 リオと来た串焼きのお店…………姉さん、リオも家族に見えてた? 凄く嬉しいのに、もう、会えない。

「どうした? そんなシケた顔して、もしかして姉さんと喧嘩したか? 一人で買い物してる様子だしな。まぁ色々あるだろうが早く仲直りしちまった方がいいぞ? 時間が経つ程難しくなっちまうからな。ほれっ! これでも食って元気出せ、美味いぞ~」

 屋台をやってる男が串焼きを数本包んで渡してくれた。買うつもりはなかったのに……でも、ワタルの世界の味ならワタルも喜ぶかもしれない。

「お金――」

「ああ、いいって、いいって、おっさんからのサービスだ。そのまま受け取ってくれ、その代わりっ! 姉さんと仲直りして一緒に食いな」

 一緒に……もう、出来ない。そういえばまた一緒に出掛ける約束もしたのに……約束も守れない。胸が痛くて苦しい。

「どっ!? どうした、どうした!? 急に泣きそうな顔して、俺なんか悪い事言ったか?」

「っ!? 言ってない」

 それだけ言って逃げ出した。泣きそう? 私が? 今までで泣いた事なんて無いのに? なんでそんな風になってるの? リオにもう会えないから?


「お~、おかえり~」

「た、だいま」

「どうかしたのか?」

「座って、後ろ向いて」

「は?」

「早く」

 寝転がってたワタルを無理やり座らせて、ワタルの背中に自分の背中を合わせて凭れて座る。

「なにかあったのか?」

「少し、気分が悪い」

「大丈夫なのか? 横になった方がいいんじゃないのか?」

 私を心配してくれてる。嬉しいけど、苦しい。

「いい、でも、少しだけこのままがいい」

「……そっか、まぁそれでいいなら好きなだけどうぞ」

「ん」

 会わないのはリオの為、異界者や混ざり者と関わったのが他にバレたら町で生きていけない。それどころか奴隷にされる、これ以上関わらない方がいい。このまま私たちが他の国に消えれば私たちと関わってた事が誰かに知られる事も無くなる。だから、これでいい…………。


「明日の夜には俺たちは出発かぁ」

「寝てれば直ぐだった」

 買い出しに一回行って戻って来た後は外に一歩も出ずにごろごろして過ごした。ワタルの持っていた変な板で異世界の歌を聴かせてもらったりしながらリオに会いたい気持ちを誤魔化した。

「お前は本当に寝てばっりだったな、盗賊だった時もそんな感じだったのか? ぐうたらし過ぎだろ」

 寝てるのが一番楽だったんだからしょうがない、起きてても嫌なものを見るばかりだったんだから。それに――。

「訓練もしてた」

「それ以外は?」

「…………寝てた」

 でも今はワタルと話したりもしてる。寝てばっかりじゃない。それにワタルだって隠れ家に居た時とここに居る間は結構寝てた。

「ワタルは? 逃げ出したあと何してたの? 荷物増えてるから盗みでもやってたの?」

「俺は…………まぁそんな感じだな、能力の訓練とか色々」

「ふ~ん」

 嘘ってわけじゃないけど、何か隠してる。一瞬困った顔をして悩んでた。

 明日には出発……アドラを出たらもう戻ってくる事もない。リオに二度と会う事もない…………。


「おい、フィオ起きろ、朝だぞ」

「出発は夜…………」

 わざわざ朝に起きなくていい、まだ寝ていたい。

「お前は寝過ぎだ。今日で町を出るんだから少し食料とか買っておくぞ」

「ワタル一人で行けばいい、子供でも買い物は出来る…………」

 私は一回行ったんだから今度はワタルがすればいい。

「俺じゃあどれが保存の利く食べ物か分からんだろうが」

「う~」

「ほれ、起きろおきろ」

 ワタルが頬を突いたり摘んだりしてきてくすぐったい。これじゃ寝てられない、しょうがない、起きよう。

「ふっ!」

「がっ!?」

「ほまへ、暴力きんひだったろうが」

「起きろって言うから起きただけ」

 勢いをつけて起きたらワタルにぶつかった。別に攻撃のつもりはなかった、だから私も結構痛い。

「買い物、行くんでしょ?」

 痛がってるのがバレたら嫌だからすぐに小屋を出た。それに遅れて荷物を持ったワタルが出て来た。

「荷物持っていくの?」

「ああ、泥棒とかに入られたら困るだろ」

 泥棒……こんなボロ小屋を狙う間抜けは居ないと思う。ワタルって変。


 ワタルと一緒にお店を回って保存食と水を調達していく。

「やっぱり干物が多いんだな」

「うん」

「にしても、お金出してもらってよかったのか?」

 だってワタルはお金持ってないし……盗みをやってたなら少しはあるの?

「平気、抜ける時にいっぱい持ってきたから」

「大変だぁあああああ! お、沖に、クラーケンが出た! 漁船が襲われてる!」

 買い物を済ませて町を歩いてたら港の方から顔を青くした男が喚きながら走って来た。クラーケン……前に見た本に載ってた幻獣?

「なぁフィオ、魔物って封印されてるんじゃなかったのか?」

「魔物は封印されてる。でもクラーケンは魔物じゃなくて幻獣」

「幻獣?」

「魔物は元々はこの世界に存在してなかった生き物、幻獣はこの世界に元から存在している珍しい生き物」

 で、合ってるはず。読んだのが結構前だからはっきりと覚えてない。

「うわっ」

 港の方から逃げてきた人間に押しやられてワタルが転かされた。

「大丈夫?」

「ああ。なぁフィオ、こんなに大騒ぎする程の怪物なのか?」

「知らない、この町に来るまで海だって見た事なかったから」

 確か……大きいとは書いてあったと思うけど、どれくらいの大きさなのかは書いてなかったからどんなものなのかは分からない。

「フィオ、見に行くぞ」

 ワタルが港に向かって走り出した。

「ああ! くそ! タコだかイカだか知らんけどふざけんな!」

 本当に見に行くの? 珍しい物だけど別に見なくてもいいのに…………でも夜には出発、海に出るのに邪魔だったら排除しないといけないし、見ておくのも悪くないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る