覚悟

「傷は……付いてないよな?」

 優夜が氷槍を降らせ始めたのと同時に、俺は封印石上空の氷槍を電撃で薙ぎ払う様に破壊した。破壊出来なかった物が広範囲に降り注ぎ、森の木々を貫き薙ぎ倒していく音がそこかしこから聞こえる、薙ぎ倒された木々の代わりに氷槍がそこら中の地面に刺さっていて、地面から氷が生えている様な妙な光景を作り出していた。

 ここの封印石が無事でも他のは大丈夫か? それに姫様は? あの能力だし上手く回避してるとは思うけど…………優夜のやつやりやがった、何かしらの変調があるとしてもこれだけの事をした人間をエルフ達はどう扱うだろう? 嫌な事ばかり頭に浮かぶ……余計な事は考えるな! まず優夜を取り押さえるんだ。これ以上無茶苦茶させない為に。

「はぁ、あの程度だと防がれちゃうか、やっぱり航は僕たちの邪魔するんだね。なら次は殺す気でやるから、謝ってこっちに付くなら今の内だよ? 航は日本に帰りたくないの? 死んだら終わりだよ? こんな世界の事なんて放っておけばいいじゃない」

 まだこんな事を言って来るって事は人を殺す事を迷っている? だったら優夜が全力で攻撃して来ない今の内にさっさと気絶させてしまおう。

 電撃を撃って、地面に刺さっている氷槍の間を縫って優夜を狙う。

「なっ!?」

 優夜に直撃する直前に優夜の前に巨大な氷の壁が出現して、それによって電撃を防がれてしまった。瞬時にあんな物まで生成出来るのかよ、空を覆う程の氷槍と防御用の氷壁…………いつの間にあんなに自在に使える様になったんだ? 元々氷槍の生成は出来てたけど力の制御が出来ずに最初やった時はすぐにぶっ倒れたらしいし、王都に来るまでの道中でだって大して訓練をしてたわけじゃない。訓練してない状態だと不安だ、って事で道中で使ったのは精々飲み物を冷やす程度だった。それがなんでここまで? 空を覆う氷槍だって数が増えて最初の時よりも広範囲になって規模が段違いだった、魔物の影響か?


「酷いなぁ、僕は手加減してチャンスまであげたのに、その回答がこれじゃあんまりじゃない?」

 手加減? 広範囲に氷槍を振らせて森林破壊をしたやつが何を言ってんだ。

「もう止めろ優夜! 封印もまだ壊れてないし今ならまだ赦してもらえるかもしれない。それにお前! 人殺しをして本当に元の生活に戻れると思ってるのか? 人殺しをした事実は一生お前たちに付いて回るんだぞ」

「赦してもらう? そんなの必要ないよ。僕たちは自分の家に帰る為に当然の事をしてるだけなんだから、寧ろそれを邪魔する航やエルフたちが赦しを乞うべきなんじゃないの? それに人殺し、って言ったって今邪魔している航とあのお姫様だけで、他は僕たちが自分で手を下すわけじゃないんだ、そんな心配は不要だよ、最低な奴らを殺す事に罪の意識もないしね。大体なん――っ!? なんでお前がここに居るんだ! この土地には人間は居ないはずだろ! …………そうか、僕を捕まえる為に追って来たんだ…………でも残念だったね、僕はもうあの時の怯えて逃げるだけの異界者じゃない……覚醒者に成って僕は強くなったんだ!」

 優夜が氷槍を無数に生成して俺を狙って来る。封印石を背にしてたら危ない、移動しないと、飛んでくる氷槍を電撃で破壊しながら森へ入る。


 それにしても何を言ってるんだ? 途中から様子がおかしくなった。俺を別の誰かと認識している様な…………。

「逃がさないよ、あの時の仕返しをしてやる!」

 森に入った俺を優夜と瑞原が追って来る。これで封印石からは引き離せるな。

 そしてやっぱり俺を如月航だと認識してない、魔物の影響か? あの金色を帯びた瞳の事も気になる、あれが原因なら能力を無効化する能力の人に会えばなんとかなるか? それを試す為にも気絶させてふん縛って捕まえないと。

「っ!? うわっ!」

 木の陰に隠れるように逃げていたら優夜が氷槍を乱射し始めた。咄嗟に倒れた木の陰に倒れ込みながら隠れる。邪魔な樹木ごと俺を貫き殺す気かよ、無茶苦茶し過ぎだ…………なんでここまで急に能力ちからが大きくなった?

「マジかよ…………」

 攻撃が止んで周りを見回すと立っている木は一本も無くなっていて、俺の周りは切り拓かれた様になっていた。

「見つけた! 死ねぇえええ!」

 っ!? 氷槍が迫って来る。

「なにをぼさっとしてるの! 逃げるか防ぐかしなさい、よ!」

 突然現れた姫様に手を引かれて空間の裂け目に入った。


「助かりました。ありがとうございます」

「そんな事はどうでもいいけど、あれってワタルと一緒に居た人間でしょう? なんでこんなことになってるの?」

 そんなもん俺が聴きたい、異常はないって言われたから安心してたのにこの事態はなんだよ。世界中に影響を与える大事件を引き起こそうとしている。

「魔物に何かされて、吹き込まれたみたいです。封印を壊したら元の世界に帰れるみたいな事を言ってましたから」

「王都に着いてから異常がないか検査して問題なかったはずでしょ?」

「ないって言われましたね…………でも何かしらの影響は受けていますよ、二人とも瞳が金色を帯びていますし、さっき言動が変になって俺を別の誰かと認識してた様だったので」

「魔物から何かしらの影響を受けてる…………だとしても封印を壊そうとしてる者を放っておく事は出来ないわ、能力もかなり強力みたいだし、必要とあれば殺します。ワタルもその事を覚悟していて、そしてその状況になったら躊躇わないで」

 殺す? 優夜と瑞原をか? …………仲間を殺す、出来るのか? 俺に……奴隷商たちの時は躊躇い無く殺した。でも今回は…………。

「あの、気絶で止めるわけには?」

「出来るのならそれでもいいわ、でもあれの力は相当なものだと思うわ、そんなのを相手にして加減なんてしてられないはずよ」

 確かに、気絶で止める為に威力を抑えた電撃は氷壁であっさり防がれた。加減をしてたらこっちが負けて殺される、なら殺すのか? …………俺は――。

「出るわよ、ずっとここになんて居られないし、私たちが居ない間に封印石を壊されたら困るから」

 どうするか決められず、なんの覚悟も決められないまま元の空間へ引っ張り出された。


「見つけた、絶対に殺してやる」

「優夜、隣に居る奴もお願い、あいつが私を捕まえた奴」

「確かに私たちを誰か違う者と誤認している様ね、あれも魔物の仕業かしら」

 瑞原もおかしくなってるのか、優夜と行動を共にしてるんだから当然か…………殺すのか? 二人を、一緒に旅した同じ日本人を。

「来るわよ! 迷っていたら死ぬだけよ、動きなさい!」

 姫様が俺目掛けて飛んできた氷槍を剣で斬り裂きながら発破をかける。迷っていたら死ぬだけ…………俺にはまだやらないといけない事がある、こんな所で死んでられない、死ぬわけにはいかない。

「覚悟は決まったのかしら?」

「一応…………」

 やっぱり殺すなんて出来ない、何かの影響を受けてああなってるなら尚更だ。だから絶対に気絶させて元に戻す!

「零点」

「は?」

 急になんだ?

「そんな煮え切らない、男として情けない回答は零点って事! 男ならはっきり決めて行動しなさい!」

 あぁ、さっきの言い方が気に入らなかったと…………。

「俺はあいつらを殺さない、気絶させて捕まえて絶対に元に戻します」

「言ったからにはやり遂げないとかっこ悪いわよ?」

「あ~、まぁどうにかします」

「また微妙な答えね……」

 だって確実に元に戻せるって根拠はないし自信も無いもの。

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