見えた

「なぁんだ、四本も持っているのに使うのは一本なのね、全部使うのかと思って期待しちゃってたわ、それにしても変な形の剣ね、二叉になってる剣なんて初めて見たわ」

 全部使うってどんな状態だよ? 足でも使えってのか?

「全部使うってどんな状態ですか……俺はこの世界に来るまで剣なんて持った事もなかったんですから一本ずつしか使えませんよ。四本あるのは予備です」

「どんな、ってワタルの能力は物を自在に操る、みたいなものじゃないの? 能力を使って四本全部で戦うんだと思ってたんだけど……それにしても剣を持った事もなかった様な人間がナハトに勝てたの?」

 だからさっき偶然だって言ったじゃないかよ…………。

「俺の能力は――ちょっ!?」

「考えなくても戦ってみればわかるわね」

 あっぶな、いきなり打ち込んで来たよこの姫様、後に跳んで躱したけど微妙に額を掠っていて血が流れて来た。痛みはちりちりとした軽いものだけどタラタラと流れて来る血には結構ビビる。

「なっ!? こらー! ティナ! よくもワタルに怪我をさせたな! 後で私と戦えー! 徹底的に打ちのめしてやる!」

 ナハトは何言ってんだ……幼馴染とはいえ相手は姫だろうに、それに怪我と言っても大したものじゃないし、王都にだって治癒能力を持ってる人は居るだろうからそんなに心配しなくてもいいんじゃないか? だから姫様だって真剣を使ってるんだろうし…………でなかったら怖すぎる、さっきのはもう少し逃げるのが遅れてたら頭が真っ二つになってた可能性が高いもん。

「ナハトは随分とワタルにご執心なのね、元々は人間嫌いで人攫い狩りまでしてたのに、そんなに気に入っちゃう程の何かがあるのか、また意地を張って引けなくなってるのか、どっちかしらね?」

 人間嫌いだったのか…………そりゃそうか、同族や共存してる獣人を攫いに来る種族なんだから、嫌って当然だしあれだけ強ければ排除する為に動いてても不思議はない。

「意地なんじゃ?」

「あら、愛されてる自信がないの? 意地を張っていたとしても本当に嫌いなら抱き締めたりあそこまでムキに成ったりしない娘よ? ナハトは、だから私もワタルに興味がわいちゃったんだけどね」

 ナハトが原因か!? ならナハトの俺への興味を失わせれば姫様も自然と飽きるか?

「いきなり婿だ、子作りだ、って言われてるから自信以前の問題ですよ…………」

「なんだ、まだ一度もしてないの?」

 何聴いてんだ姫様…………。


「あの、そういう話題は――」

「話さないなら無理やり聴いちゃう」

 うわぁ、素敵な笑顔で無茶苦茶に打ち込んでくる。一応見えてはいるけど、当然全部を躱す事なんて出来るはずもなく、躱しながら姫様の剣撃を自分の剣で受け流す様に逸らせていく。たぶんこれはまだ手を抜いてるな、小手調べってところだろうか?

「うん、異界者だから身体能力は普通の人間なはずなのに中々よく動くわね、その紋様のおかげかな? なら今度はこんなのはどう?」

 ギンッ! と凄い剣戟音が響いた。姫様の一撃を受けた俺は吹っ飛ばされて尻餅をついた。なんだよ今のは!? 見えなかったし、無茶苦茶重い一撃だった。

「ん~、力は、腕力はそれほどでもないのかな? 私はまだ能力も使ってないし、もう少し頑張ってくれないとつまらないなぁ……ワタルは能力使わないの? クラーケンを倒しちゃうくらいに凄い能力なんでしょう? 見せて欲しいんだけど」

 見せて欲しいって、そもそも姫様とこんな事してて俺は大丈夫なのか? もし攻撃して当たったりしたら狼藉者、って事になって処刑とかになったりしないのか?


 ヤバい、考えたらそんな気がしてきた。これはさっさと負けた方がいい…………って、どうやって負ければいいんじゃー! 木刀とか模造刀なら多少の痛みを我慢してボコられ続ければそのうち負けになるだろうけど、お互いに持っているのは真剣、しかも相手はかなりの強者、ちゃんとした回避行動を取らないとあっさり身体の一部とさよならしそう…………。

「…………」

「どうしたの? 青ざめちゃって、もしかして私に攻撃して当てたりしたら処刑されちゃうとか思ってるの? それだったら心配ないわよ? ここには治癒能力を持ってる者も待機してるし、ここに居る全員がこれは私が望んでやってる戦いだって知ってるから誰もワタルを責めたりしないわ」

 そりゃ姫様の言葉だから建前的にはそうだろうけど、もし攻撃したら本心じゃウチの姫様に何するんじゃー! ってなるってば絶対に!

「…………」

「むぅ~、私は真剣に戦ってるのに、航は真剣に戦ってくれないなら無礼者~って事で牢獄送りにしちゃおうかなぁ~?」

 姫としての権威をめっちゃ振りかざしてる…………やるしかないのか?

「痛い思いをする事になっても知りませんよ? というかどうやって勝敗を決めるんですか?」

 加減は出来るけど勝敗の決め方が分からないから、これを終わらせるなら気絶させるのが一番楽だ。気絶で止めると言っても電気が身体を流れるのは結構な激痛だろうし、それを了解してもらわないと動けない。

「勝敗は~……そうね、どちらかが降参したら――」

「降参!」

 速攻で降参した。だってこんなん面倒だもの、降参するだけでいいなら楽なものだ。

「…………ワタル? あなたには男としてのプライドは無いのかしら?」

 おぉう、姫様が怒ってる気がする。視線は鋭くなってるし、さっきまでは楽しそうだったのに強烈な威圧感が…………。


「えっと、俺は――」

「やっぱり勝敗はどちらかが気絶したらって事に変更します!」

「うぇ!?」

 また強烈な一撃を加えられて吹っ飛ぶ、今度はバランスを保って尻餅をつく様な事はなかったけど、姫様を見失った。こんな開けた場所じゃ姿を隠せる様な場所はないはず、だったら後しか――。

 振り向いてみたけど後ろにも居ない、なら上? 上にも居ない、どこ行った?

「不思議そうにしてるね、私の動きも捕えられないのにどうやって私に痛い思いをさせるのかな?」

 さっきは居なかったのに後ろを取られている。どうなってるんだよ?

「本気でやって、必要なら能力もちゃんと使わないと本当に牢獄送りにしちゃうから」

 マジかよ…………いいって言ってるんだからいいんだよな? 姫様だけどいいんだよな? 何かあっても俺は責任を負わないぞ!

「どうなっても捕まえたり処刑は勘弁してくださいよ!」

 すぐ後ろに居る姫様に向かって電撃を撃った。

「なっ!?」

 後ろに跳んだと思ったら消えた。いや、消えた後に変な裂け目みたいなものが見えた。たしか姫様の能力は空間を斬り裂いてそこへ入る事で別の場所に移動する事だったはず、ならさっきのがその裂け目か、今度はどこに行った?

「ワタルの能力は雷か、あまり珍しいものじゃないけど、クラーケンを倒せたなら力の容量が大きいのかしら? 楽しみね」

 俺からかなり離れた場所に姫様が居た。くっそー、便利だなあの能力、まぁ自分の能力は気に入ってるから別にいいけど……少し羨ましい、一人ひとつじゃなくてもいいじゃんか! こんな便利な力複数使いたいわ! なんでRPGみたいに魔法で、いくらでも習得出来る感じじゃないんだぁ~。

「楽しみって……あんなもん人へ向けて使うもんじゃないから使いませんよ」

「本気でやってって言ったのを忘れたのかしら? 牢獄に送るわよ」

 もう無茶苦茶だな。

「やったら姫殺しになってその後処刑が待ってるからやりません!」

「人間のくせに私を見縊ってるのかしら? ナハトに勝てたからって私にまで勝てると思うのは思い上がりもはなはだしいわよ」

 いや、やったら死ぬって、弾速が滅茶苦茶速いから生き物が避ける事なんてたぶん無理だ、姫様の能力だって空間を斬り裂くって動作が必要なんだからその間に当たって終わる。これはどう説明すれば? 空に向けて撃って見せるか?


「ティナー! 無茶を言うなー! クラーケンの足が一瞬で千切れ飛ぶ威力と速さだぞ! お前や私でも避けられるものじゃない!」

 おぉ、ナハトの説得が入った、幼馴染の言葉なら受け入れるは――。

「そんなもの余計に見たくなるじゃない! 絶対に使わせるわ」

 好奇心旺盛だった…………。

 めんどくせぇ! 姫様めんどくせぇ! もう出鱈目に電撃撃ってさっさとお休みして頂こう、付き合ってらんない。

 剣を鞘に戻して両手をバチバチさせる。空に向かって電撃をいくつも放って途中で折り返させて無数の落雷を発生させる事は出来るだろうか? 戦いに使っているスペースを全部電撃で埋めれば躱す事も出来ないだろうし、試しに何発か空に向かって撃ってみる。

「どうしたの? 空になんて撃って、空に撃った後に落とさなくても直接狙えばいいじゃない、こんなのじゃ絶対に当たらないわよ?」

 今のも一応狙ってたんですけどね、折り返した辺りで制御が難しくなった。撃ったのも複数だし任意の場所に落とそうとしたら一発か、二発くらいまでじゃないと上手くイキそうにないな、まだまだ訓練の余地あり、と。

「今みたいな数だとそうかも知れませんね。でも無数に降ったらどうですか?」

「へぇ~、面白い事言うのね、雷の雨でも見せてくれるのかしら?」

 雷の雨、まぁそんな感じになるだろう、全力で撃つわけじゃない、気絶させるだけに抑えて撃つから結構な数を撃てると思うし。

「この場が雷だらけになったら姫様だって逃げ場所が無くなりますよ」

「む、その言い方だとずっと私が逃げ回ってるみたいな言い方ね、それに――名前で呼んでって言ったでしょ!」

「げぇ!?」

 姫様が自分の目の前を斬り裂いたかと思ったら俺の目の前に現れて剣を振り下ろしてきた。慌てて短剣を抜いて二叉になっている部分で受け止めた。怖っ恐っこわっ、剣先が目の前に!

「いった~、ビリッってしたわ、乙女になんて事するのよ」

 ビビッて短剣に電気を流したらそれが剣を伝って姫様に流れた。いや、あの状況だと押し込まれでもしたら俺の顔に剣先がグサリじゃん、それにさっきまで本気でやれって言ってたのに何言ってんだ!?

「打ち合うと駄目ね、後ろから斬るわ」

 斬るわ、って…………目的が俺を殺す事になってんじゃんかよ!?

「ちょっ!?」

 また消えた。今度はどこに? っ! あっぶねー! ホントに殺る気だよ姫様、上に現れたと思ったら脳天目掛けて剣を突き下ろしてきた。紋様での強化がなかったら俺の串刺しが完成してたよ。

「あら残念、次はどうかしら?」

 また消えた…………なにこれ? ずっとこの状態が続くの?

「ふっ!」

「ぐぅ!?」

 また上かと思っていたら今度は後ろに現れて斬りつけられるのを既の所で短剣で受けて逸らす。遊んでるな、本気ならたぶん俺が死んで終わってるだろうし。


 姫様は後ろに現れたり上を取ったり、一撃打ち込んだらすぐに消えるヒット&アウェイを繰り返されて防戦一方の俺、打ち込まれた時に電気を流せばいいんだろうけど、打ち込まれてから流そうとすると姫様の離脱の方が速くて追い付かず、纏っていれば剣で受けにくい、回避するしかない場所を狙われて対応できない。

 戦い慣れてる人を相手に能力に頼ってどうにかしようとしても無理があるって事だな。今度はまた上に現れ――っ!? さっきまで気付かなかった物に気付いて固まった。

「こら、何故回避も防御もしないの? 私が止めなかった串刺しよ?」

「いや……あの、姫様…………」

「だから姫様は止めてって言ったでしょ? それで、なに?」

「見えます」

「? なにが見えるのよ?」

「…………白いの……」

「白いのって何よ?」

 気付いてないのか? それともエルフは気にしないのか、よく考えりゃ姫様は短めなスカートである、あんなに動き回れば見えもする。動き易さを気にするならフィオやナハトみたいにホットパンツにすればいいのに、上に現れたのに気付いて上を向いたらヒラヒラの中が丸見えだった…………これはどう伝えたものか、気にしてないのならわざわざ言う俺が変な奴なんだろうし、気付いてないならそれはそれで伝え方に困る。


「おい! なんだあれ!」

 悩んでいると観衆の一人が叫んで、他の人も騒ぎ出した。なんだ? 何をそんなに騒いで――っ!? 観衆が指差して見ている方向を見ると、遠くの空が何かに覆われていた。あれって、見覚えがあるような…………てか絶対に前に優夜がやった氷の槍だ。でもあの時のものとは比べ物にならない程の規模な気がする、あの辺りだけ暗い感じがする。

「何あれ!? あっちは封印の地の方角、誰かが封印を壊そうとしてるの?」

 姫様の言葉にぎょっとした。封印を壊す? 封印って魔物の封印だよな? それを壊す? 優夜が? なんで? 優夜も瑞原も異常はなかったんじゃないのか? どう、なるんだよこれ…………。

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