食事と献上品
「ふんふんふ~ん、夫婦で料理というのは楽しいな」
「いや、夫婦じゃないし」
料理してるのは俺であってナハトには火を借りてるだけだ。
「そうだな、まだ結婚をしていないから恋人だな」
それも違う、めげないな…………。
あれから村を回って見慣れた野菜があったのでそれを使って昼食を作っている、テントの外で即席の窯を作ってやってるけど、ガスコンロじゃないから変な感じがする。やっと米食えるからいいか、村を出る時に米を持たせてもらったけど鍋も飯盒持ってないんだから炊けるはずもなく、干し肉ばっかり食べていた。
「それにしても変な色のスープだな、匂いも嗅いだ事のないものだし、泥水の様にも見えるぞ」
ちょっとムカついた。
「失礼な! 味噌は日本伝統の調味料だぞ、その上味噌汁は日本人にとって一番馴染み深い料理だ!」
「す、すまない」
「ふん!」
見た事がないからって泥水は酷い。
味噌汁はニンジン、玉ねぎ、サツマイモ、大根と猪鹿の肉入りの豚汁もどき、米の方は卵と肉を具にした焼き飯にするつもり。
「ワタル? 鍋がぐつぐつ言って吹きこぼれ始めたのだが…………」
怒ったのが効いたのかおっかなびっくり報告してくる。この人年上だよな?
「なら徐々に火力を落としていってくれ…………ナハトって何歳?」
「? 百二十だが、もう怒ってないのか?」
「怒ってはないけど…………」
ほぼ百歳差のある人に求愛されてた…………『弱い男は嫌』宣言から百十五年経ったって言ってたから宣言は五歳の時か、五歳の頃に言った事を頑なに続けていたわけか、気の長い事だな、人間の寿命では考えられない。
「こっちの鍋は弱火で頼む、米は炊けたかなぁ~、おぉう、上手く炊けてる」
鍋で炊くなんて小学校の時のキャンプで一回やっただけだから不安だったがいい感じに炊けた。
「何してんの? あんた」
「見ての通りで料理だが」
出かけていた皆が帰って来た。
「なんか夫婦の共同作業って感じだねぇ~」
「そ、そう見えるか? ワタル、私たちは夫婦に見えるらしいぞ」
瑞原め、要らん一言を…………。
「えっ? もう結婚式を挙げてたの? それなら安心だね」
何が安心なんだよ、まだホモ疑惑残ってんの?
「…………」
「…………嘘吐き」
リオとフィオに至ってはまだ睨んでくる…………俺が何をした?
「火が必要だったから手伝ってもらってるだけだ、紅月が居たら紅月に頼んだよ」
「ほほぉ~、航は美人巨乳エルフより麗奈が好みなんだ?」
「キモい」
別に好かれなくてもいいけどキモいは酷くないか?
「言っただろ、火が欲しかったんだ、火が起こせるなら誰でもいいよ」
「なっ!? 誰でもいいだと、ワタル、お前はそんな男なのか?」
「あ~、酷いなぁ~奥さん悲しませてる」
遊んどるな…………めんどくさい、なんでいつもこいつはこんな感じなんだ。
「下らない事言ってるやつらには絶対に分けてやらん」
「誰もあんたの料理なんて――っ!? この匂い」
「味噌汁だ。今焼き飯も作ってるけどお前ら無しな」
米と具材を炒めつつ醤油を垂らして味を付ける、周囲に醤油のいい香りが漂う。日本人ならこれを嗅いで食べられないのはさぞ辛かろう、料理が凄く上手なわけでもなく、特別美味いわけでもないが、久々の味噌や醤油の香りは特別なものに感じるだろうし。
「なんであんたが味噌や醤油なんて持ってるのよ、それにお米なんて――」
「秘密」
「キモッ」
うっさいわ! 村の事は言わない約束だし、言ったらそこに逃げれば良かったじゃないかとか言われそうだから話すつもりはない。
「これ、ワタルの世界の料理?」
さっき睨んでたのはどこへやら、フィオが傍に寄って来ていた。
「ああ、興味あるか?」
コクリと頷く、素直なやつめ……睨まれたのは嫌だったが昨日の功労者を労うのも悪くない、フィオが居なかったら俺たちは混血者と一緒に狩られてただろうし、危険な状況だったのに俺の我儘を最後まで聞いてくれた。
「食べるか?」
「うん」
「んじゃ中で待ってろ、もうすぐ出来るから」
「ん」
う~ん、素直だよな? 何故睨まれた…………盗賊の奴らと同類だとでも思われたんだろうか、心外だな。
「やっぱりあの娘には甘いよね」
「ロリコンだからでしょ」
「ロリコンって事ならホモではないよね、よかったぁ、これで安心できる」
言いたい放題だな…………。
「お前らには絶対に分けてやらん…………リオは食べる?」
「リオさんにも優しくない?」
「確かに、ロリコンなんじゃなくてロリもイケるって事なのかもね」
「ただの女誑しじゃない、クズね」
なんで俺こんなにボロクソに言われてんの? そりゃ引きこもってたから褒められる様な人間じゃないのは分かってる、人格者でもない、でもこんなに言われる程ですか。
「私は…………お腹空いてないのでいいです」
「あ、そう……」
それだけ言ってテントに引っ込んでしまった。完全に避けられてる、そんなに悪い事をしただろうか? 見られた状況があれだから、いやらしい奴と思われて嫌われたのか、俺何もしてないのに…………。
「フラれたわね」
「股掛けはだめだよね~」
うっさいよ…………もういいや、どうせ好かれてたわけでもないんだし、考えるだけ疲れる、考えるのは向こうの世界に帰る事だけでいいや。
「こんなもんだろ、久しぶりにしてはまあまあか、出来たから火はもういいよ」
「ふむ、これがワタルの世界の料理か」
「泥水とか言ってたけど、食う?」
泥水とか言っちゃう人の口に合うかは分からんな。
「ああ、いただく、ワタルの作った物だからな」
なんとまぁ単純な理由、迷いはないんだろうか? 種族は違うし気絶させたのだって偶然だ。その上俺は拒否してるのに怯まない。
「じゃあ三人分よそうか――」
「えー! 私たちの分は?」
「お前らは無し、散々俺で遊んでお腹いっぱいだろ? お腹いっぱいなのに無理に食わせるのも悪いし、久しぶりの味噌と醤油を使った物だから俺一人でも食い切るから問題ない」
あれだけ言われたのに何もなかったかの様に貴重な調味料を使った物を振る舞う程俺は良い人間ではない。
「あ~、ごめんね?」
軽っ! しかも疑問形…………瑞原失格、さて他二名は……。
「僕にも分けて欲しいなぁ~、あ! ほら、昨日の戦いで僕も活躍したし」
あれは活躍じゃなく迷惑だ。優夜も謝る気無し、優夜失格、最後は紅月だけど、こいつが謝るのなんて想像出来ん、聞くだけ無駄だな。
さっさとテントに入ろうと鍋を持ってテントへ向かう。
「ちょっと!」
「うわっ!? 急に引っ張るなよ! 零したらどうすんだ、せっかく作ったのに」
紅月に服の裾を引っ張られて転けそうになった。危なかった、やらかすところだった。
「その……悪かった、わ……ごめんなさい、謝るからあたしにも分けて…………」
…………意外な事もあるもんだ、一番謝りそうになかったのに、恐るべし米、味噌、醤油の魅力……。
「なら紅月だけ、追加な」
「ちょ、僕たちは?」
「お前ら謝ってないだろ、それに優夜のあれは活躍じゃなく迷惑だ。お前力を制御出来てなかっただろ、俺と紅月とナハトが止めてなかったら今頃殺戮者として処刑されてるぞ」
「…………でもほら! 空一面に氷の槍とか凄くない?」
人が死ぬかもしれなかったのに、凄くない? とかどうなんだ。俺が初めて能力を使った時は凄いってのより怖いってのが先に来てたんだけど。
「…………」
「あ~ぁ~……ごめんなさい、以後気を付けます」
「で、瑞原は?」
「あ~うん、ごめんね」
相変わらず軽いな…………まぁいいか、一応謝ったし。
食事をしながら族長の所でした話をみんなに報告した。
「それじゃあ、そのお姫様の力で日本に帰れる可能性があるんだ?」
「まだ分からんけどな、でも上手くすれば帰れるかもな」
「やった~! 帰れるんだぁ、早く家のベッドで寝た~い」
可能性が少しあるって話しただけなのに瑞原はかなりの喜び様だ。あんまり期待してると駄目だった時のショックがデカいと思うんだけどなぁ。
「紅月はあんまり嬉しそうじゃないな」
「帰れるって決まったわけじゃないんでしょ? 期待を持たされて後で辛いのは嫌なのよ、確実じゃないのなら興味ないわ」
確かにその通りだ、期待してそれが裏切られた時の辛さは…………紅月は冷静に成り行きを見てるって事か。
「ナハトさん、さっきから見てるその紙なんですか?」
「これか? これは地図だ」
ナハトがさっき村を回ってた時に作った地図を優夜に見せている。
「普通の地図、ですよね? なんで嬉しそうにしてたんですか?」
「ふっふっふ、ただの地図じゃない、ワタルの居場所が分かる地図だ」
そう、あの地図はこの世界のどこに俺が居ようと俺の居場所を示す物だ、村を回っている時に寄りたい所があると連れて行かれた先で作った物だ。
そういう能力を持った者が作った特殊な地図に血を染み込ませると血の持ち主の居場所を赤く光って示すのだそうだ。
「これであんたはこの世界のどこに逃げても居場所がバレるのね、犯罪者がGPSで監視されてるみたいね」
言うな…………俺も聞いた後に同じ事を思ったから。
「ナハト、この辺に何か珍しい物って何かないか?」
「珍しい物? 何故だ?」
「いや、王様とか姫様に会える、ってなった時に献上品とかないと駄目かなと思って」
謁見ってのがどういうものなのか分からないけど、こちらの用事で会ってもらう以上何か土産を持参するのが普通だと思う。
「ダグラス様もティナもそんな事は気にしないと思うが」
そりゃ旧知のナハト一人が会いに行くなら気にしないだろうけど、俺は人間で、その人間は敵視さてれてきたんだから少しでも印象が良くなる様な事はしておくべきだろ。
「俺が気にするんだよ」
「そうか、ならカーバンクルがいいかもしれないな、カーバンクルの額にある宝石を手に入れた者は幸福を得ると言われているから贈り物としての価値は十分にあると思うぞ」
カーバンクル、そんなモノまで居るのか。たしか額に紅い宝石を付けた小動物だったか?
「だがあれはとても素早い上に警戒心も強いから捕まえるのはとても難しいぞ、エルフでも捕まえた事がある者は殆ど居ない」
そんなにか…………エルフが駄目なのにそのエルフに劣る身体能力の俺じゃ無理か?
「ちなみにナハトは捕まえた事は?」
「ないな、宝石になんて興味がなかったからな」
まぁフィオとナハトが居れば問題ないだろ、なんとかなるなんとかなる。
「フィオ~、起きろ~、カーバンクル捜しを手伝ってくれ」
フィオは食事中から胡坐をかいた俺の上にずっと座っていて食事が済んだらそのまま寝てしまっていた。突いてみるが起きる気配なし…………。
「あんたその娘に頼り過ぎじゃない? そんなちっさい子供に頼って情けなくないの?」
情けないけど、自分がやっても出来ない事なら最初からフィオに頼む方が効率的だ。それにちっさいが一応十八歳である、子供と言っていい年齢か微妙だ。
「確かに、そんな小娘より私を頼れ」
どっちにしても頼ってる時点で情けないのは変わらないと思うが…………。
「子供、子供って言ってるけど、こいつ一応十八歳だからな? そんなに子供じゃないぞ」
「えっ!? じゅうはっ、え?」
「ええー! その娘私と同じ年なの!? 信じられない…………」
紅月と瑞原は驚きのあまり固まっている。
「だよね、普通驚くよね…………未だに僕はこの娘が自分より年上ってのを受け入れられないよ」
「十八など小娘ではないか、何を驚いているんだ?」
長寿のエルフはやっぱり年齢に対する感覚が違うらしい、紅月たちの驚きが理解出来ないようだ。
「まぁ手伝ってもらうかは別にしても、起きてくれないと俺が動けん、というわけで起きろ~」
頬をふにふにしてやるが起きない、昨日の戦闘で疲れたのか? いや、疲れてなくてもこいつは寝てる。
「はぐっ」
あっぶな、また噛まれるところだった。ふっふっふ、俺だって学習してるのだ、そう簡単には噛まれてやらない。
「ん? 起きたな」
急に立ち上がってぼーっとし始めた。なんだ? 寝惚けてるのか?
「…………」
なにかボソボソ言ってるけど、上手く聞き取れない。
「…………トイレ」
「っ!? 待てマテまて! こんな所で脱ぐな馬鹿! 目ぇ覚ませ」
意識をはっきりさせてやろうとグイグイ頬を引っ張る。こんな所で脱ぐのも漏らされるのもごめんだ。
「…………ふんっ」
「ぐはっ」
目つきが変わったのに気付かずに引っ張り続けたせいで背負い投げを食らわされた。酷い、醜態を晒さない様に起こしてやったのに。
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