迷子と帰り道

「凄い顔になったな」

「娘さんとそのご友人のおかげで…………」

『…………』

「んっん! それで聴きたい事というのは?」

 流す気だな、ナハトの方はあんたらが嗾けたからなのに、まぁ起こった事はどうにもならんからもういいけど。

「俺たち別の世界の人間がなんでこの世界に来てしまったのか、という事と帰る方法は何かないのかって事です」

 昨日の様子で交流拒否って感じじゃなかったので、思い切って聴きたい事を聴いてしまう事にして今は族長の家に居る、俺一人で、みんなは昨日と今朝の一件で俺と一緒に居たくないそうだ…………悲しくないぞ、元々俺は一人だったんだ、孤独とはお友達だ、だから悲しくない。

「帰る方法か…………」

「ワタルは元の世界に帰りたいのか?」

「こっちに来た人の大半が帰りたいと思ってるはずだけど」

 他の国に放り出された人がどんな生活をしてるのか知らないから断言は出来ないけど、アドラに放り出されたやつは絶対に帰りたいと望むはず、家族や恋人がいる人なんかも帰還を望むだろう。

「ふむ、そうなのか、ならば私は異世界暮らしを覚悟しないといけないな」

 なんでそうなる、付き添いは要らないですよ?

「な!? いかん、いかん! そんな事をされたら孫が曽孫が…………」

 あー、ナハトめ余計な一言を、これで族長が喋らなくなったらどうしてくれる。

「あのそれで――」

「無い」

「いや――」

「帰る方法など絶対に無い、だから諦めてこの村で暮らしなさい、君も君の仲間にも快適な暮らしを約束しよう」


 このオヤジ…………俺を逃がさないつもりだ。待つって言ったくせに。

「隠さないで教えてくださいよ、俺は絶対に帰ってやらないといけない事があるんです。なんならそれが終わったらこの世界に戻ってきてもいいですから」

「それはこの世界で私と暮らすと決めてくれるということか?」

「違う」

 凄く嬉しそうな顔から一転、物凄く不満そうな顔になった。

 帰りたいのは俺自身の為じゃない、だからあの娘を両親の元へ帰せればあっちの世界に用も居場所もない俺はどこに居ようと同じだから戻って来たっていい。

「それは本気で言っているのかね? 自分の故郷を捨てると?」

「捨てる程の繋がりを俺はもう持ってないですから」

「そうか……だが悪いが帰る方法はない」

 戻ってきてもいいって言ってるのにまだ白を切るのか? 俺はともかく優夜たちだって自分の元居た場所に帰りたいはずだ、それなのに――。


「族長! あんた――」

「ワタル落ち着け、父様は意地悪で言ってるわけではない、本当に異世界に行く術はないんだ。獣人たちを見たか? 獣の耳や尾を持つ種族だ、彼らも元々はこの世界に存在しなかった種族だ。そんな彼らが故郷への帰還を望まないと思うか? そして敵対していない彼らの願いを私たちが無視する様な底意地の悪い種族だと思うか?」

 確かに獣人も異界者だってリオが言っていたけど、本当に帰る方法はないのか? 本当にもうどうにもならない? …………そんなはずない、来れたのなら帰る事も出来るはずだ、でないと理不尽だ。

「なら異界者が現れる理由を教えてください」

 まだ諦めない、そう簡単に諦めてはいけない、俺は贖わないといけない。

「異界者の現れる理由か……世界はいくつもあり、通常世界と世界には隔たりがあって交わる事はない、だが空間に穴を開け歪ませる事で一時的に世界と世界に繋がりが出来てしまい、そこを通って異界者が現れると考えられている」

 んん? 空間に穴を開けるって、それって能力でやるって事だよな? なら帰る方法はあるんじゃないのか? それともこの能力も記録だけで使える者がいない状態なのか? いや、俺たちが現にこの世界に居る以上その能力を持った奴は居る。


「そういう能力があるなら帰れるんじゃないんですか? 俺たち異界者が今も現れている以上そんな能力を持った者はいないなんてのは納得出来ませんよ」

「そんな能力を持つ者はいない――」

「だから――」

「落ち着けと言っただろう、本当にいないんだ」

 ナハトに腕を掴まれて座らされた。

「ならなんで俺たちはこの世界に居るんですか? おかしいでしょう? 能力者がいないのに、それになんで黒い瞳の人間、日本人ばっかりなんですか」

「魔物がこの地に封印されているのは知っているかね?」

「一応…………」

「封印されている魔物の中にはエルフが犯され生まれたモノもいる、当然それらも我々と同じ様に特殊な能力を持っている。それが封印された場所から逃れようと空間を歪めているのだと我々は考えている。封印された状態での力の行使で制御が上手くいかず、同じ世界へ何度も穴が開くという結果を招いていて、そのせいで今現れる異界者は黒い瞳の者、君の世界の者に限られているのだろう。普通は穴を開けたところでどの世界に繋がるかなど分かるものではない、恐らく世界は無数に存在しているのだろうから。だから能力者がいたとしても帰る為の道を開く事は困難だろう、開いた穴が自分の世界へ通じているとは限らないのだから」

 魔物が封印から逃れようとしている弊害で俺たちがこっちの世界に来ている? なんだよそれ、この世界の安全の為に別の世界の人間が迷惑を被ってるって事じゃないか、そんなのであの娘は自分の居場所を失って殺されたのか…………?


「…………なんとか、なんとか出来ないんですか? 大体なんで魔物なんて呼び出したんですか? 魔物は元々この世界には存在していなかった生き物なんでしょ? なら力を使えるエルフが呼び出したって事ですよね、そのせいで俺たち異界者が被害に遭ってるんですよね?」

 そんなモノを呼び出したりしなければ他の世界同士が干渉する事だってなかったはずだし、この世界のあんな国に放り出されて奴隷にされたり殺される人だっていなかったはずなのに。

「我々も好き好んであんなモノ共をこの世界に招いたわけではない、三百年以上昔の事だが我々がまだ人間を警戒していない頃に接触してきたアドラの人間にエルフの娘が攫われた。珍しい奴隷が欲しいという下らない理由だったそうだ。娘には恋人がいて、その男と仲間が娘を助けに向かったが娘を見つけた時には既に遅く、娘は変わり果てた姿になっていてそれを見た娘の恋人は怒り狂い力を暴走させ、止めようとした仲間数人を巻き込み世界に大穴を開けた。そこから流れ込んで来た異世界の存在が今魔物と呼ばれているモノだ」

 なんだよそれ、またアドラかよ、なんでそんな面倒な国が今も存続出来てるんだよ。


「男の暴走はひと月以上続き、世界に魔物を溢れさせた後に力を使い果たして命尽き、果てた。最初に開けた大穴以外にもいくつか穴を開けており、その一つからこの世界に飛ばされてしまった者たちが今この大陸に暮らす獣人たちの先祖になる。彼ら以外の異世界の存在は他者へ害を為そうとするモノばかりだったので総称して魔物と呼んでいる、全てがすべて同じ世界にいたモノではないだろうが、エルフ、獣人、人間に害を為そうとする部分が共通しているので『魔物』とまとめられている」

 アドラアドラアドラ、この世界に来てからの面倒事は全部アドラのせいだ。クッソッ! あんな国滅ぼしてしまえよ。

「今話した事が大まかな異世界とこの世界に纏わる歴史だ。そして君を元の世界に帰してやれない理由になる。もし仮に世界に穴を開けたところで自分の世界に通じるとは限らず、そこから新たな危険が舞い込む可能性まである、だから君の願いを叶える事は出来ない」

 そんな事言われても、ああそうですか、と納得なんて出来ない。あの娘にしてやれる事は両親の元へ帰してやる事だけだ。

「なにか上手く制御する方法はないんですか? 魔物が開ける穴は俺の世界に通じる様に固定されているんでしょう? 一人の能力では無理でも能力を複合させる事で固定化出来たりはしませんか?」

 諦められない、今俺が生きている理由はこれだけなんだから。

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