第126回【BL】answer

【注意:ツイノベ版と対になります】



「最期だから、君が欲しい」

 嘘で固めた甘い笑みを、僕は信じたフリをした。

「いいよ。初めてだから、やさしくしてね」

 両腕を開いて、君がくるのを静かに待つ。



 誰にも言えない、君との逢瀬。わかってる、まわりが理解してくれない関係だから仕方がないんだって。だから、いつかは終わることだろうと覚悟はしていた。

 声をかけてきたのは君のほうだった。あのときは何かのバツゲームだったのだろうけれど、それを認めたうえでキスをした。

 まわりはきっと、あれっきりだと思っているだろう。

 だけども僕たちはこっそり会っていた。少しずつエスカレートしていくボディタッチに興奮し、行き着くところまで来てしまった気はしている。

 最期だから、なんて言ってちょっと笑いそうになった。もうすぐ死ぬみたいな、そういう設定は前から仕込んでいたけれど、嘘だってこと、僕にはわかる。

 本当に君は優しいね。

 君だって同性を抱くのは初めてのはずだ。だから気後れして、これで終わりにしようなんて言い出したんでしょう?

 最初で最後にするつもりなんだね。気持ちよくなれるように、僕も手伝うよ。



 暗がりで内緒の行為。会社のビルの踊り場は、このフロアが高層階なだけに誰も来ない。そういう場所でのスリリングな行為に、僕らはいつものめり込んでいた。

 趣味が近くてよかったって思うよ。

 触れ合う肌は互いを溶かし合った。絡めた熱に夢を見る。想像していた以上に君の身体は心地よくて、予想していた以上に切なかった。

 甘い吐息はどちらのものだろう。

 先に果てたのはどちらだろう。

「本当に死ぬつもりなのかい? 君となら、もっと気持ちよくなれると確信できたのに」

「そうだな」

 熱烈なディープキス。絡む唾液の中に錠剤が混じっていた。

「……なにこれ」

「栄養剤」

「そう言われても、あのセリフのあとじゃ怖いよ」

「じゃあ、返せ」

 再びキスをした。謎の錠剤は彼の口腔内に戻っていく。唇が離れると、彼の喉仏が大きく動いた。

「え、待って。飲んだの?」

 ここで死のうと計画を?

 まさか。すっと血の気が引く。

「栄養剤なんだから、心配いらないだろ?」

「だって……」

「そんな顔すんなよ。ったく、本当に俺のことが好きなんだな。そんなに惚れられると思ってなかった」

 寂しげに笑う。

 そういう顔が、そんな言動が、彼を放って置けない気持ちにさせる。

「僕のことを好きだっていうなら、心中しようって言ってくれてもよかったじゃん。勝手だよ」

 突然僕の前に現れて、僕の唇を颯爽と奪って。

 出会いからそんな感じで。

 そして勝手に去ろうとする。

「俺は別に君ほど好きだと思っちゃいねえよ」

「だったら、乱暴に振る舞って、拒絶したらよかったんだよ!」

「君は嘘をすぐ見抜くくせに、よくいうなあ」

 興味本位で近づいて、それが本当の恋に変わって、愛になろうとしている。

 初めての感情に戸惑って、受け入れきれずにさまよっている。

「でも」

 僕は彼の手を取る。そして自分の頬に添えた。

「ううん。ずっとそばにいて。約束して。一緒に暮らそう」

 僕の、この場をつなぎとめたいだけのための提案に、彼は薄っすらと笑った。

「そうだな。生まれ変わったらな」

 告げて、彼はそっと目を閉じた。



 栄養剤というのは嘘だった。

 あとから聞かされることになるが、その正体は睡眠導入剤だった。



 目が覚めた彼は、真っ先に目に入った僕の姿を見て驚いた顔をして、それからほっと頬を緩めた。

「これで生まれ変わったってことで。気が済むまでは手放さないから、覚悟しろよ」

「うん……大好き」

 ここが僕たちが勤めている会社であることを思い出すのは、もうまもなくだ。


《完》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る