第77回【TL】真夏のクリスマスを国内で

 真夏のクリスマスを体験したいとか言い出したので、僕は少ない貯金を崩して、しぶしぶ旅費を出した。これ以外にもプレゼント代がかかるわけだから、あんまり贅沢は言っていられない。



 そんなわけで、十二月二十四日。カラフルを敷き詰めたような光景が僕たちの目の前に広がっていた。夢現ゆめうつつといった世界がそこにある。

「――なんか違うんですけどぉ」

 ところが、一緒に来た彼女はムスッとしている。

 それはそうだろう。彼女は真夏のクリスマスを満喫するためにオーストラリアに行きたかったわけで、こんな日本国内のアミューズメントパーク&ホテルに来るつもりはさらさらなかったのだから。

「お前なぁ……それが僕の給料がどのくらいか知っていての台詞かよ」

 がっかりしている彼女に、僕は呆れた声を出す。

「だって、イブに一泊の旅行だよっ!?」

「海外に一泊って、僕にはむしろそっちの方が有り得ないんだけど」

 彼女は僕と違って金を稼いでいるし忙しい。イブに一泊の旅行に出られたことだけでも充分に奇跡的なことなのに、その日しか空いていないと言いながら海外旅行が実現できると考えるとは。近場の国ならとにかく、真夏を感じられる場所には行けないだろう。

「そういう不可能を可能にする秘策でも浮かんだのかって期待していたのよ」

 小さく膨れている彼女は可愛い。本気で怒っているわけではなく、ただ文句をつけたかっただけのようだ。

 ぶーぶー言いながらも荷物を持って、彼女はホテルの中へと進む。

「これでも頑張ったと思うんだけどな」

 そんな彼女の後ろについて、僕らはホテルにチェックインする。



 思った以上に楽しめた。室内プールや温泉で年甲斐もなくはしゃいでしまったし、料理も想像より美味しくて、彼女も満足してくれたようだ。



 ご機嫌にお酒を飲んだ彼女を部屋に運ぶ。ベッドに横たえて、僕は部屋の電気を消した。

 ――疲れているみたいだし、このまま寝かせてしまおうかな。

 彼女は二週間ぶっ通しで出社していたらしい。つまり久々の休日だ。さぞかし疲れが溜まっていることだろう。

 僕はもう一つのベッドに移動しようとゆっくり動き出す。静かにしておけば、彼女は眠りやすいだろうと思って。

 ところが、ふいに手を掴まれた。

「(いっぱい)教えて」

 台詞の前半に含みがあってよく聞こえなかったけれど、そんなふうに捉えられてしまったのは僕の下心ゆえか。

「ねぇ……クリスマスだよ?」

 そんな台詞で誘惑してくる彼女はいつも以上に可愛い。

 僕が振り返ると、彼女は僕の手を力任せに引っ張ってベッドに引き込んだ。そして僕を下敷きにする。

「捕まえたぁ!」

 微笑みはまるで悪魔のように見える。小悪魔で済まないのは、彼女がちょっと乱暴だからだ。

「あの……お手柔らかにお願いします」

 お酒を飲ませすぎてしまったかも知れない。いまさら後悔してしまう。

 いや、だって、あんまりにも美味しそうにお酒を飲むから、すすめたくもなるじゃないか。クリスマスイブなんだし。

「どうしようかなぁ」

 彼女は僕に馬乗りになっていて、ニヤニヤとしながら見下ろしてくる。正直、こわい。

「とりあえず、あたしが良いって言うまでは頑張ってもらおうかな」

 いつもどおり彼女が手綱をしっかり握っていて、僕が思うようには彼女は動かない。

 ――だけど、まぁいっか。

 僕は彼女からの熱烈な口付けを受けながら、彼女が期待する次の行動はなんだろうかと思いを巡らせた。


《了》

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