第57回【BL】遠花火に重ねて

 遠くで打ち上がっている花火を遠花火と呼ぶらしい。

 僕のところには音だけが伝わってきていて、閉じた目蓋の裏にその姿を思い描く。夜空に舞う花はただ美しいだけではなくて、どことなく今の自分と重ねた。

「――どこか痛いところでもあるのか?」

 僕と繋がっている彼が問い掛ける。先ほどまでの激しい動きをひそめ、気遣うように僕の身体を優しく愛撫した。

「ううん。大丈夫。気持ちが良いよ」

 ニセモノの笑顔を浮かべて、僕は「続けて」と可愛くおねだりをする。



 この関係が始まって半年になるが、友情が愛情に変わったわけではなかった。

 彼から告白されたとき、ここで拒絶をしてしまったら全てを失ってしまうと感じた。彼を失うことを想像し、そんな未来よりも彼に――自分の気持ちを偽ってでも――愛される未来の方を取った。

 そんな僕の浅はかな考えが、虚しい感情を抱かせる。弱さを認められず、流されるままのこの関係を是としてしまった。罪悪感が、別の形の孤独を作る。

 彼は本当に優しい。最中であっても僕の身体を気遣ってくれるし、ちゃんと気持ちよくしてくれる。だけど、与えられる快楽に溺れるような僕ではなかった。



 全ての行為を終えて、狭いシングルベッドに互いの身体を横たえた。

 まだ、花火の打ち上がる音が部屋に届いている。

「良い匂いだ」

 ふと、彼が告げた。

「汗臭いだけじゃん?」

 小さく笑って冗談めかして問うと、彼の顔が近付いてきて口付けをした。甘く唇を喰まれると、余韻と混じって身体が反応する。

「俺とあなただけの香りだ。二人でなければ、こんなそそる香りにはならない」

 熱っぽい視線。もう一回しそうな気配。

「そう……」

 僕は視線を外す。隠しきった涙に気付かれてしまいそうで。

 遠く、花火の打ち上がる音。

 音が次々に重なって、たくさんの光の花が夜空を彩るイメージが広がる。

 再び達したとき、花火の音はもう聞こえなかった。特大の花火が破裂したときのような衝撃が身体を駆け抜ける。

「愛している、まこと

「うん……僕もだよ、孝晴たかはる

 いつまでこの関係は続くのだろう。花火のように、今を鮮烈に照らし出して消えゆく運命だろうか。

 ――今を美しいものだと覚えていられるだけの強さがあるなら、終わってしまっても生きていける?

 この関係を醜いものにしているのは僕だ。彼の愛に僕の愛で応えられるようになったら、それがこの関係の終わりかも知れない。

 暗い僕の心に新たな嘘の花を一つ咲かせ、今日も強かに生きる。


《了》

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