第37回【恋愛】卒業バレンタイン

 目覚まし時計のけたたましいアラームを遠くに聴きながら、如月きさらぎ雲母きららはふかふかの羽毛布団に頭をうずめた。

(あぁ、おふとん恋しいよぉ……あたしを包んで離さないでぇ……)

 今日は祝日だ。建国記念日ってやつ。だから学校はお休み。

(なんでこんな時間に目覚ましかけたんだっけ……)

 と、思い返したところで飛び起きた。たくさんの小魚と星空のような色合いの柄が特徴的な毛布がひっくり返ってベッドの外に落下する。

「そうよ、建国記念日はバレンタインの予行練習デーなんだからね! 今日を無駄にするわけにはいかないのよ!」

 雲母は誰に言うでもなくベッドの上に仁王立ちをして宣言すると、華麗に飛び降りた。



 雲母には想い人がいる。物心ついた頃からの憧れの存在だが、付き合うだなんて夢のまた夢。最近はあまりお喋りできないけど、ずっとずっと大好きでいられる大切な人。

 雲母は彼のことを考えながら買い物に出る。どんなものが好みなのかは、雲母にはよくわかる。ちゃんとリサーチしたんだから。

 彼の好みは大人の味。スイートよりもビターを選ぶ。ごてごてと飾り立てたものよりも、シンプルでナチュラルなものの方が良い。この傾向は昔っから変わらない。

「うふふ~。気に入ってくれると良いなぁ」

 今年はティラミスを作ることにした。材料を買い込んで、早速試作品作りだ。

 カステラをコーヒーに浸しておいて、間に挟むクリーム作り。美味しくなぁれと呪文を言うのは忘れない。できたクリームとカステラを重ね、最後に無糖のココアをさらさらと振り掛ける。

「うん。上出来だね!」

 見た目は問題ない。むしろ、スーパーのスイーツコーナーに並んでいるものよりはずっと見栄えが良い。

 となると、気になるのは味だ。

「んじゃ、いっただっきまーす」

 デザートスプーンですくって大きく開けた口の中にポイッと。

「んん~んっ♪」

 これはかなり良い線をいっている。自分にパティシエの才能があるんじゃないかと錯覚しそうなくらいだ。

「いやぁ、自分の才能に惚れ惚れしちゃうなぁ」

 試作品の証拠が残らないように、スタッフである雲母がしっかり味わって食べる。使った食器や調理器具も片付けた。

「ふっふー。これでよしっと。予行練習としては充分だったわね」

 一日を終えて、雲母は布団に潜り込む。

「あ、渡すときのシミュレーションしてなかった」

 はっとするが、迫ってきた睡魔には勝てない。

「まぁいっかぁ……」



 バレンタイン当日。

大也だいやくんっ。これ、ティラミス。頑張って作ったの。食べてね」

 いつもこっそり彼の部屋に置いていたのだけど、今年は直接渡すことにした。思い切って、手渡し。ドキドキしちゃって、顔を見られない。

「お前……」

 絶句。あれ、何か間違えちゃったかな?

「なんで弟のお前が、俺にスイーツを用意してんだ?」

 呆れられたようだけど、バレンタインのプレゼントは受け取ってくれるみたい。とっても嬉しい。

「だって、もらうあて、ないんでしょ? 毎年、美味しいって言ってくれてたじゃん」

 雲母は膨れる。如月雲母は十七歳。性別男。

「ぇ……、ちょい待て。毎年、だと? ――あ、じゃあ、去年まで部屋の机に置いていたのって、おかんじゃなくて……」

「うん。あ、た、し」

 とびきりの笑顔を作る。途端に大也の大きな手のひらが頭に乗っかった。

「あたし、じゃねぇっ!!」

「ってか、気付いていなかったとは思わなかったよ」

 くしゃくしゃっと頭を撫でながら、顔を見合わせて笑う。

 この行事は今年で終わりにしよう。


《了》

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