第24回【恋愛】『歓喜よ、永久たれ』
傘が降る。
僕の目の前で起こったことだ。空から、傘が降ってきた。
「すみませーん! 大丈夫でしたか?」
声に見上げれば、歩道橋から身を乗り出して覗く少女の顔があった。
それが、僕、
***
「――この課題、難しいよぉ」
大学内のオープンテラスにて、僕とコトハはテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。視界の橋には風に揺れるコスモスのピンク色が広がっている。
「どこの講義の?」
広げた大学ノートの上に突っ伏したコトハに、僕はフランス語の教科書を鞄から引っ張り出しながら問う。
「大学のじゃないの」
「ん?」
僕が彼女の顔を見ると、恥ずかしげに笑んだ。
「笑わない?」
「うん」
真面目な顔を作って、続きを待つ。
「小説家になるためのスクールに通い始めたの」
「作家になるのが夢なのか?」
「うん。まぁ、ね」
ふふ、と笑って、コトハは自分のノートに目を向ける。
「課題って?」
「シェークスピアみたいな雰囲気の台詞が出てくる短編を書くの」
「引用じゃなくていいのか」
「うん」
「みたいな、なんて曖昧だな」
「むしろ、引用はNGなんだって」
むー、とコトハは唸る。悩んでいるようだ。
「つーか、どの翻訳を使ったかにもよりそうなんだが。英文で書くの?」
「まさかまさか」
一生懸命に首を横に振ると、くるりと丸まった毛先が揺れて広がる。
「じゃあ……『歓喜よ、永久たれ』とか、それっぽくない?」
ふとした思いつきを言ってやると、彼女の瞳がキラキラと輝いた。
「すごいっ! それっぽい!」
さっそく大学ノートにペンで書き込むと、別のページを開く。
「じゃあさ、『甘ったるいの作り方』ってのを使って文章書かなきゃいけないんだけど――ひゃうっ!?」
僕のデコピンに、コトハは恨めしそうな視線を寄越してきた。いや、僕は悪くないはずだ。
「自分でやらなきゃ、スクールに通っている意味がないだろ」
小さく肩を竦めて、僕は自分の課題に取りかかる。教科書の一ページを明日までに翻訳しなくてはいけない。
「ねぇ、ヨースケ君も通わない?」
ぶつくさ小言を呟いていたコトハだったが、ひらめいたらしく僕の教科書の上に手のひらを置いて告げた。
「は? さすがにそんなお金も時間もない」
バイトで稼がねば、仕送りのない僕は大学に通えない。
「うん。わかってる。だから、あたしがなんとかするよ」
「なんとかするってなぁ」
「だから、あたしと――」
コトハの台詞に、なるほどなと僕は感心した。
「後悔しても知らんぞ?」
「賭けるなら、面白い方が良いじゃない」
二人して笑んだその頭上には青いままの
***
大学の卒業式、僕のスマートフォンが鳴った。
「もしもし?」
「やったよ!! ヨースケ君! ついに取ったよ!!」
耳をつんざくようなコトハの興奮した声がスピーカーから発せられる。
「おめでとさん」
「おめでとさん、じゃないでしょ。ヨースケ君! 『歓喜よ、永久たれ』が佳作になったの!!」
「……へ?」
状況がわからず、変な声が出た。
「約束したでしょ? ヨースケ君が出したアイデアは共著ってことにして、賞金分けてあげるって」
「いや、だってお前、それにしても僕は大して仕事はしてねぇし」
「いーの! これで一緒にいられる理由ができたでしょ。大学を出ても、会えるね」
「ばーか。んなことしなくても、ずっといられるし」
「ん?」
「賞金、結婚資金だから」
「ん?」
伝わらなかったみたいだ。でも、それでいい。
「明日、渡すものあるから」
「う、うん。わかった」
通話が切れる。
僕はテーブルに置いていた小さな小箱を、明日の荷物の中にそっとしまった。
《了》
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