第23回【ラブコメ】お菓子をくれなきゃ
「まさかあなたが《魔女の一撃》にやられるなんてねぇ」
あたしはベッドに横たわる彼を見下ろしながら、呆れ声を出す。彼の家への初めての訪問が、こんなことのためとは。
「はっはっはー。まだまだ若いと思っていたんだけど」
彼はこちらを見て申し訳なさそうに苦笑していたが、あたしの背後の何かが視界に入ったらしい。急に真面目っぽい顔を作った。
「君がかけた魔法だったりして?」
「今日がハロウィンだからって、そういうこと言う?」
彼の視線でカレンダーを見ているのがわかり、あたしはつまらないと気持ちを込めて返した。
「せっかく明日は休日だから、外泊しようかなぁなんて思ってたのに」
ムスッとしたまま、あたしは彼に頼まれて買ってきていた湿布を取り出す。今日のために下着を新調したあたしの気持ちを察して欲しい。
「えー、ウチに泊まってくれて構わないけど」
「一晩中看病なんて御免よ」
「冷たいー」
彼の腰の部分を照明に晒して、あたしは湿布を貼った。そして、べちん、とわざとそこを叩いてやる。
「ひっ!」
「お菓子をくれなきゃ、これ以上のことするわよ?」
あたしは残りの湿布を片付けて部屋の中央にあるテーブルに置く。想像よりも片付いているワンルームの家。正直、あたしの家より綺麗だ。
「――ってか、なんでぎっくり腰になるのよ。信じられない!」
今夜はイチャイチャしようと楽しみにしていたのに、ぎっくり腰だなんて話にならないではないか。
「だってさぁ部屋に君を呼ぶには散らかってたから、掃除ついでに模様替えしようかなぁなんて思い立っちゃったんだもん。張り切りすぎるのは良くないね」
ベッドに背を向けて帰り支度を始める。ぎっくり腰は安静が一番であり、あたしができることはもうない――そう考えて、しゃがんで作業しているあたしに影が差した。
「ん?」
彼は動けないはずではなかっただろうか。
あたしが見上げると、彼の綺麗な顔がそこにあって。
「甘いの、あげる」
チュッと軽い口付け。
呆けるあたしに、今度は深い口付けが与えられた。
「んんっ……」
繰り返される情熱的な口付けに翻弄されていると、いつの間にかあたしの身体は床に寝かされていた。
「ちょっ……ぎっくり腰じゃなかったの?」
「ぎっくり腰が《魔女の一撃》の本当の名前だからかなぁ、治ったみたい。君にしか解けない魔法だったのかな?」
「嘘ばっかり」
あたしは笑う。湿布を貼ったときにわかっていた。これが彼の狂言なのだって。
「あれ? どうしてバレちゃったんだろ」
表情から察したのだろう。彼はブラウスのボタンを外す手を動かしながら、不思議そうな顔をする。
「本当にぎっくり腰だったら、あたしが叩いたときに絶叫するわよ」
「そっかぁ、演技力上げないとね。恥ずかしくてそこまでできなかったよ。――あ」
彼の手が止まる。そしてにっこりと嬉しそうに笑んだ。
「君みたいな甘いお菓子を食べ損ねなくて、本当に良かった」
いつも以上に嬉しそうに笑うから、あたしは照れくさくなって視線を外した。
「ど、どうぞ召し上がれ」
「ふふ。とっておきのお菓子をいただいたあとだけど、イタズラもしちゃうぞ」
それは甘い甘い夜の始まり。
《了》
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