第5話 害虫、反逆す

「父上、お逃げ下さい!もはや村は一刻と持ちません。」

「……ならぬ、神との和解の可能性はないのか。」

「神は世界から姿を消し、対話は不可能です。」


暗闇の中。老いた声と若い声が交差し、その合間にゴホゴホと咳き込む音が聞こえる。


一族を率いる父にだけは、生き伸びてもらわなければならない。父の生存は、一族の繁殖よりも尊いと若い声の主は考えていた。こうしている間にも村が壊滅していく。女子供の悲鳴と絶叫が、村のあちこちから聞こえていた。


「若い兵士の中には、神と戦えと主張する声が高まっております。……実は私も、我々を殺すばかりの神など不要ではないかと思うのです。御父様、こうなればいっそ……!」

「ならぬ、神あっての我々だ。神を殺せば、理から外れることになる……。」

「……ハァハァ……しかし……既に仲間の大半は死に、このままでは一族全員の命が……。」

「ご、ご報告いたします!神殿に吹き込んだ毒煙によって、ハァハァ……ご子息が、デーヴァ様が亡くなられました。」


二匹の会話を遮るように入ってきた伝令係の小さな若者は、その他三桁を超える同種同胞の死を伝えた後、突然泡を吹きそのまま事切れた。その死体を、門番がふらふらとした足取りで外へと運んでいく。


父と共に神の加護を受けし四匹の始祖の内の一匹、デーヴァが死んだ。そんな愛する二男の訃報を受け、父は黙って目を閉じたきり俯いた。


村の掟を破り、決まった刻限を過ぎて外へ出た長男コックが死んだのがわずか7日前。全ての災厄はここから始まった。すぐに長女ローチが神との対話を行おうとしたが失敗したらしく、神殿で盛大な葬儀が行われたのが6日前のこと。


事態を重く見た父は、その後神への供物として村の若い娘達を生きたまま外の世界へと送りだしたが、神はそれを一切受け入れず、むしろ村に近い住宅街にまで裁きの煙を噴射するようになった。ここ数日の間に、村は神との和解を目指そうとする対話派と、神を排除せよという対立派に分かれ、最近では対立派から神と共に世界の外にまで旅立つ無謀な者まで出始めたと聞く。


日に日に険悪な雰囲気が広がる中、今日全てを覆い尽くす毒煙が村を襲った。今や、神の加護を直接受けた者は自分と父だけになってしまったのだ。


「ハァ、ハァ、父上はここから、動く気は無いのですね……。」

「ああ、この村から出るには歳をとりすぎた。」

「……良いでしょう。おい、お前達!御父上をお連れして、生きている者と共に世界の外側へと急げ!」

「何を言って……やめろ!離せ、離さないか!」


事前に話を通しておいた、若く生命力の高い兵士二匹は、何も言わずに老いた父を軽々と抱えて村の外へと向かった。……これでいい。父さえいれば、何度でも一族は蘇るのだから。後は、自分が世界の外へと出る道を、活路を開くだけだ……。


父の為に命を捨てる覚悟を決めた三男シャーベは、体液を流しながらも力強い足取りでその後へと続き、村の外へと出たと同時に怒りの込められた雄叫びを上げた。それに呼応するかのように、彼の小さな身体は村全体に覆い被さる程に大きくなり、生き残った村人達がそれを認める頃には、外の世界を一望出来るまで大きくなり、そしてついには、世界という枠すら破壊する巨大さを手に入れた。


かつて直接神と対話し、与えられた力。


加護を受けし四匹として知られる伝説の始祖の力。


それを解放する時が来たのだ。


「神々の力がどれだけのものか、見せてもらおう。」


こうして、彼等の反逆の戦いが始まった。

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