第49話借金少女マール

 ゴロツキを追っ払ったというのに、目の前には酷い光景が広がっていた。

 テラスの机や椅子は散乱し、店の中では数枚の陶器皿が割れている。

 店の女の子は嗚咽を漏らしてうずくまっていた。

「もう悪漢は居ません、大丈夫ですよ」

 姫が声をかけると、女の子は涙を拭き、


「お見苦しい所をお見せしました」


 さっきとは違う、ぎこちない顔だった。

 固まった笑い顔で立ち上がって、机と椅子を立て直し始める。

 明らかに無理してる。

「先ほど名乗りましたように、わたくしも貴族の端くれ。

 力になれる事も少なくは無いでしょう。

 もしよろしければ、ご相談に乗りますが……」

 姫がそう申し出たけど、

「いいえ。

 お客様にこれ以上ご迷惑をかけられませんから」

「でも……」

「……ごめんなさい。

 お引き取り頂いてもよろしいですか?」

 お代は要りません、と、露骨に拒絶されてしまった。

 もうこれ以上、接客に限界を感じての判断なんだろうな。

 でも、

「そんなわけにいくかよ。

 今日は無理やり追っ払ったけど、あいつらまた来るぞ」

「…………」

 俺がそう言うと、女の子の顔がくしゃっと歪んだ。

「そんなこと……知ってるよっ!

 でも、でも……」

 そしてぺたりと腰をつく。

「どうしたらいいんですか……っ!」

 こみあげる涙をとうとう抑えきれずに、うわーんと泣き出した。




「……私には、お父さんが居ません」

 女の子を席に落ち着け、泣き止むのを待っていると、女の子はぽつぽつと身の上話を始めた。

「私が産まれる前に、魔物に殺されたって聞いています」


 女の子の名前はマール。

 顔すら見ないまま父を亡くした彼女だったが、母親と祖父に育てられ、親子三人でカフェを営んできた。

 その頃お店は別の街にあり、もう少し大きかったそうだ。


「でもある時怖い人たちが来て、〝お父さんが遺した借金がある。今すぐ返せ〟と言ってきたんです」

「貴族の印はあったんですか?」

「ありました。

 おじいちゃんが何かの間違いだって裁判所に駆け込みました。

 ――でも〝調べるまでもない〟って、ぜんぜん取り合ってくれなかったんです」

「そりゃひでぇな」

 俺が呟くと、姫が、

「おそらく、証書に記載されていた家名がかなり高位の方の物だったのでしょう。

 証書を吟味するというのは、その人物を疑うことになります。

 官人の多くは保守的で、そういったトラブルを避けたがりますから……」

 合意する様にマールは頷いた。


 店を売り払っても返せない額の借金だったが、そこで救いの手が差し伸べられた。

「イワン城下町の商人、ペリー様です」

 貿易商を営む豪商ペリーは、困っているマールの家族にこう持ち掛けてきた。

〝お母さんをウチの奉公人として雇いたい。

 そうすれば、お借金は肩代わりさせていただきましょう〟

「城下町で住む家も、新しいお店も用意してくださると。

 お母さんとおじいちゃんは、その話に飛びつきました」

 そうしてマールは城下町にやってきた。

 だがしかし、用意された店は――……、

「ここじゃ、お客は入らないよな」

 完全に寂れた低所得者向けの長屋だ。

 中央の賑わいが嘘のように、閑散としている。


 でもマールたちは諦めなかった。

 マールが街に繰り出し宣伝し、笑顔と接客を磨き、祖父が腕のあるお茶を淹れる。

 そうすることで一時期店はそれなりの繁盛を見せたそうだ。


 だが、それも急降下する。


「ペリー様から連絡があったんです」

 マールはエプロンの裾をぎゅっと掴み、震えながら言った。

「お母さんが……奉公先から逃げたって……っ。

 そんなこと……絶対ないのに……っ!」

 母親が逃げてしまったため、借金の肩代わりの話は白紙となってしまった。

 店にはさっきのような借金取りが連日現れ、ついにはお客が寄り付かなくなってしまった。

 祖父は出稼ぎで食い扶持を稼ぐしかなく、今のマールにできる事は祖父の技術を真似て店を続け、少しでもお金を家にいれるくらいのものだ。

 食材が無くなれば店を閉め、マール自身が新たな奉公先を見つけるしかない。

「……お母さんが逃げるわけないんです……っ。

 もしご奉公が辛くて逃げたとしても、なんで会いに来てくれないんですかっ。

 死んだお父さんの借金が、どうして十年もたってから出てくるんですかっ!?

 みんな、みんな嘘ばっかりだよ……ッ!!」


「――証書の写しを持っていますか?」

 姫が静かに言った。

 ……ずいぶん怒ってるな、こりゃ。

「あります。……でも」

「相手の家名に怯んではいけません。

 貴族が自らの名前で庶民から搾取をする……。

 こんな理不尽、許されるべきではないんです」

 マールが店の奥へと走る。

 そしてリボンで縛られた筒状の羊皮紙を姫に渡した。

 姫はそれを受け取り、中を改める。

 ……相手がどんな貴族だろうと、こっちは国家のお姫様だ。

 名前だけなら絶対負けない。

 そう思っていたが、

「――――――」

 どうしたんだ?

 姫の顔がどんどん青くなっていくぞ。


「……こ、こんなこと……。

 こんなことありえない……」

「――やっぱり、ダメ、ですよね……」

 マールが諦めきった顔で、腰を落とした。







「……誰もローゼ姫の印には敵いませんよね……」

「はああああああああああああ!?」

 俺の声が住宅街に響き渡った。

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