第44話商店街のミスト

 露天商のマーケットを抜けた俺達は、今度は店舗を構えた商店街にやってきた。

 こちらもある程度の往来はあるものの、マーケットみたいなごった返しの戦争状態じゃない。

「やっぱり、お店で買うのはお金かかるからね。

 みんなそう滅多には来ないよ」

 と、ミストが説明してくれた。

 その当のミストといえば、ランタン屋さんでかれこれ30分ほど唸っていた。

「うーん、やっぱり暖色がいいよね。

 ……あ、でも、白色も捨てがたいし……」

 俺達の世界で言うガレ風の照明で、魔源を使ったインテリア的なランタンだ。

 夜を照らすのには必要なのはまあ十分わかるとして、

「ちょい、悩み過ぎだろ……」

 くあぁっと欠伸をして俺は言った。

「お部屋の照明は大事なんだよ。

 空間の雰囲気が全部決まっちゃうもん」

「なんでもいいよ、そんなの。

 これにしようぜ」

 俺が適当な大きさのランタンを指さすと、

「だーめっ! それ消費魔力が大きすぎ!

 魔源がいくつあっても足らないよ」

 などと怒られた。

 ……主婦みたいなこと言うなぁ……。

「ユウ君は適当に考え過ぎよ。

 照明は大事なんだから、もっとちゃんと選ばないと」

 中世ファンタジーで照明インテリアにまでこだわる文化があるとは。

 なんにせよ、時間がかかってしょうがない。

 家に置いてきた亜利奈も心配だし、さっさと決めさせよう。

「あ、これでいいじゃん」

 今度は俺がるつぼの様な奇抜な形の照明を示すと、ミストはあきれ返った顔でため息をついた。

「なに、これもダメなの?」

「はっはっは。

 ダンナ、そいつは虫取り用の灯りだぜ」

 店のおっさんが笑いながら指摘してきた。

 あのコンビニの軒下にあるようなやつと同等品ってことか。確かによく見ると、出入り口が反りかえっていて脱出できないようになっている。

 よく出来てるなぁ……。

「もう。ユウ君は黙ってて」

 恥をかかされたミストが唇を尖らせてあっちいけとサインする。

「悪い事は言わねぇ。

 こういうのはカミさんのいう事聞いときな」

「カミさん?」

 あちゃー、そうか。

 男女で家具の言い争いをしているなんて、新婚さんに見られてもしょうがないよな。

 俺の年頃はこの世界じゃ成人扱いらしいし。

「いやいや、俺らは別に」

「あーなーたっ♪」

 否定しようとしたところをすかさずミストさんの全乗っかりですよ。

「……夜用に、ちょっと妖しい灯りも用意しとく?」

「やめんかはしたない」




 結局ミストは店のおっさんのヨイショでいい気になり、そこそこ値の張るランタンを購入してしまった。

 いいお客様だよまったく。

 まあ俺達はお城から結構な額の報奨金をもらってるし、これしきで金欠に逆戻りという事もないだろう。

「そっか、私達新婚カップルに見えるんだー。

 えへへっ」

 ミストは上機嫌で商店街をスキップしていた。

「あなた、次はケトルを見に行きましょうか?」

「あんまり調子に乗るんじゃありません」

「ぶー」

 ここらでクールダウンを図ると、ミストは頬っつらを膨らませて拗ねた。

「……でも、ユウ君さっきのお店でもう訂正しなかったよね?

 それってまんざらでもないって事かな?」

「………………」

 俺が返事をせずにいると、

「あ、目が泳いだ。もしかして照れてる?」

「照れてない」

「照れてるんでしょ?」

「照れてないって」

 訂正しなかったんじゃない。


 ――ミストの気持ちは知ってるし、そこに水を差すのは気が引けて訂正できなかっただけだ。


 俺は亜利奈に対してもこんな態度取ってるよなぁ。

 ……優柔不断過ぎるだろ……。

「ふふっ。そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃん」

 勘違いしっぱなしで、ミストは言った。

「あんまりからかうなら、うちに帰るぞ?」

「ちぇーっ。

 はいはい、わかった。やめる」

 ミストはつまんなそうに言ったが、急にニヤリと笑んで、

「……でも道行く人にそう見えちゃうのは、しょうがないよね?」

 そう言ってまた機嫌良さそうに跳ねていった。

 まあ、訂正して回るわけにもいかないけどさ……。

 ミストを追って少し速度を上げはじめたところで、ショーウィンドーを設置したお店が見えた。

 この世界でガラス張りの展示をしているのは珍しいから魅入っていると、

「ここは細工屋さんだよ」

 とミストが教えてくれた。

 かんざしやネックレスなんかが飾ってあって、どちらかといえばアクセサリー屋さんと呼んだ方がピンとくる感じだ。

「ユウ君、こういうの付けるの?」

「いや、俺じゃなくてさ。

 亜利奈の誕生日プレゼント、未だに渡してないんだよ。

 後でいいやって思ったらもう二日も経っちまったし」

「……ふぅん」

 ミストは鼻を鳴らすようにそう言うと、

「ユウ君ってさ。

 何してても亜利奈ちゃんの事考えてるよね」

「……あのな、別に亜利奈が恋愛対象ってわけじゃないんだぞ?

 ただあいつはほっとくと危なっかしいし、心配になるだけで」

「否定しないんだ」

「否定っていうか……。

 あの、なんか誤解してない?」

「誤解だといいけどね」

 うわー。

 怒ってる、完全に怒ってるよ……。

 亜利奈のプレゼント買ってくるからちょっと待っててとは言えないな……。

 そんな事思ってると、


「買ってきていいよ。待ってるから」


 とミストが表情を和らげて言った。

「え。ホント?」

「あんまり意地悪言っても可哀想だし。

 誕生日プレゼントじゃ、しょうがないよね」

 そう言ってミストがブローチを示した。


「あの濃いめの藍色のやつとかいいんじゃない?」


 親指ほどサイズの青い宝石をはめ込み、簡単な銀の縁取りがされた品だ。

 ちょっと地味っぽいけど、亜利奈には似合うかもしれない。

「いいね。買ってくるよ」

 あまり選んでる時間も無さそうだし。

 善は急げ、俺は店に飛び込んで、

「すみません、……あの藍色のブローチを下さい」

「へい。青褐あおかちのブローチですね。

 少々お待ちを」

 そう言って眼鏡をかけたふくよかな店主が、商品を取り出す。

 ……と、ふと思いついたように、

「お客さん、これ、お連れのお嬢さんへのプレゼントじゃないですよね?」

「え? ……違いますけど」

「ああ、失礼しました。

 はいはい。5000Gになります」

 俺はお金を取り出しながら、なんか引っかかったため、

「……なんでそんなこと聞いたんですか?」

「青褐といやあ、未亡人が身に着ける色ですからね。

 若いお嬢さんにお渡しするなんてとんでもない、」

「商品変えますッ!!」


 ――あっぶねぇ、ミストの罠に引っかかるとこだったッ!!


 あいつ俺がこっちの文化や慣習に疎いのを利用してきやがった!

 俺は別の品に切り替えると、店を飛び出す。

「こら、ミストッ!!

 いくらなんでもやり過ぎ――、」

 ……、居ない。

 店先で待ってるはずのミストの姿は無い。

 周囲を見渡すが、そこらにも居ない。

 ――あ……。

 まさか怒って先に帰っちまったのかな?

 二人っきりの時に亜利奈の話をしたのは俺だし、不味かったなぁ。

 ふと見ると、足元にはミストの服が転がっていた。

「……霧化して帰ったのか……」

 そのほうが早く帰れるだろうしな。

 戻ったら謝らないと――っておい!

 マズイって!


 俺から離れたらあいつ実体化しちゃうじゃんッ!!


 部屋までの距離を考えると完全にE:IDフォンの有効範囲外だし、だとすればミストは道半ばで全裸のまま立ち尽くすことになる。

「あいつ、そのことすっかり忘れてやがるっ!」

 探さないと……ああ、くそ、でもどっちに行ったんだ?

 北か、南か……間違えるとミストの実体化を余計促すぞ!

「ああ、もう、こっちだっ!」

 動かないわけにはいかない。俺がヤマ勘で行動を始めると、


「ふふっ、ユウ君」


 と、なんとすぐ側でミストの声がした。

「あ……、お前、近くにいるなっ!?」

 どうやら霧化して姿を隠し、右往左往する俺を見て楽しんでいたらしい。

 あったまきたっ!

「出て来いよ……ああ、いやまて、出て来るな!

 そのまま帰るぞっ!」

「やだよ。ユウ君、後ろ向いて?」

「はぁ?」

 振り返る。

 店舗と店舗の間の隙間が広く、ちょっとした路地裏になっていて、そこに確かにミストは居た。




 ……実体化した姿で。




「ちょ、おま、ば、ばか……っ!」

 白昼の商店街で、日陰に隠れているとはいえ全裸でいやがる。

 どうしたらいいかわからないと、ミストはまたさっと霧化した。

「服届けてくれないなら、私、帰らないもん。

 ――それとも裸で帰らせるつもり?」

 そう耳元で伝えると、もう一度同じ場所で実体化し、妖しく笑う。

 そしてさらに奥へと下がっていった。

「あのバカっ!」

 俺は路地裏に走った。

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