第38話怪物と核ミサイルパンチ

「WOOOOOOOOOOOOOO!!」

 偽侯爵〝だった〟怪物が、月夜に吠える。

 人の何倍にも大きな全身は、影のように黒く、輪郭はどこか不明瞭だった。

 一見すると人型の怪異だが、関節はかなり曖昧で、ゴム人形のようにあらゆる位置でひん曲がる。

 怪物は鞭のように腕をしならせて攻撃を行う。

 時折、体の任意の場所を肥大化させて、例えば拳をハンマーのように叩きつける。

 地下道の天井を穿ったのはそんな一撃だった。




 ――ドォォンッ!!

「ひぃぃっ。穴が空いたぞ、オイッ!!」

 俺は地面にできた大穴を覗きながら、悲鳴を上げた。

 咄嗟にミストが相手の視界を奪い、攪乱してくれなければ今頃ミンチになっているところだったな……。

 穴は地下道へ貫通したらしく、土煙の向こうで見覚えのある壁が見える。

 そこに、ひょいっと意外な人物の顔が現れた。


「ろ、ローゼ姫っ!」


 グレンと一緒にいずこへ行ってしまった彼女だが、なんと地下通路に居た。

 ローゼ姫も何事かと目を丸くした様子でこちらを見上げている。

 いつの間にか髪の毛がドゥミ嬢のヘアスタイルからローゼ姫のそれに変わっていた。

「怪我は無いか!?」

 そう問いかけると、ローゼ姫はやや戸惑った目を向けてくる。

 そうだった、姫は今グレンに洗脳されっぱなしなんだ……。

「ユウ君なにやってるのっ!?」

 少し躊躇していると、ミストが警告してきた。

 実体化、霧化を繰り返し、なんとか化け物の気を引いてくれている。

 本体は怪物の傍にいるのだが霧が届く範囲ならどこででも会話できるみたいだ。

「この下にローゼ姫が居るんだ!」

「えぇっ!? なんでそんなところに!?」

「わかんねーよ! でもいるんだよ!」

「き、気持ちはわかるけど、今は姫を取り戻している余裕ないよ!」

 ミストの言う通りだ。

 今は目の前の偽侯爵をなんとかするのが先だ。

 するとローゼ姫が俺に向かってこう言った。

「えっと、誰も怪我をしていません」

 ……少なくとも、ちゃんと受け答えできる状態みたいだ。

 よし。

「……待ってろよ、あいつやっつけて必ず助けに行くからなッ!!」

 俺はそう宣言すると、再び同じ場所が攻撃されないよう駆けだした。




「ユウ君、勝ち目あるの?」

 敵を捲く合間に、ミストが問いかけてくる。

 俺にある勝機は一つ。

 E:IDフォンの回復を待って次の一撃をぶち込むことだけだ。

 そう言うと、

「……でもそれ、やっつけきれなかった奴じゃ……」

 などと痛いところをつかれた。

「悪い、それしかないんだ。

 あとはこのスマホに新しいスキルが出るよう拝むしかない」

「そんなぽんぽん増えてくものなの?」

「ああ、こいつきまぐれだから――、」


 ピコン。

『新しいスキルが解放されました』


「…………」「…………」

 えーっと、なんだ?

 こいつ人の会話でも聞きながら作動してんのか?

「……本当に、きまぐれ屋さんなんだね。

 私の時もこんな調子だったような……」

「毎回毎回ふざけんな、だったら最初っから出せよなッ!!」

「どうどうどう……、落ち着いて。

 それで、どんな魔法が出てきたの?」

「えーっとっ」




『〝核ミサイルパンチ〟』




「……な、なんじゃそりゃあぁぁぁっ!?」

 核ミサイルでパンチって、小学生の発想だろ!!

『How to use……核ミサイルパンチはすっごいパワーでパンチを繰り出します。

 巨大な敵も一撃でぶっ飛ばします。

 外すと自分が飛んで行ってしまうのでご注意ください』

 ……説明文までなんだか投げやりで、脱力してしまう。

「WOOOOOOOOOOOOOO!!」

「ユウ君、危ないッ!!」

 しまった、気を許した隙に、奴は攪乱しているミストでは無く俺の身体めがけて拳を振り下ろしてきやがった。

 目の前に真っ黒な物体が降り注ぐ。

「〝防御魔法〟ッ!!」

 やられると思ったその時、俺と奴との間に何かが割って入る。

 見覚えのある長いおさげと、メイド服の少女。




 ――亜利奈だ!




 亜利奈は発光する壁で敵の攻撃を受け、俺を護ってくれたのだ。

「ユウ君、お、おまたせだよっ!!」

 振り返り、笑みを見せる。

「ナイスタイミングだ。あいつをぶっ飛ばす、援護しろ!」

「はいっ!」

 俺は反転、巨大な敵に向かって駆けた。

「〝岩石の魔法〟ッ!!」

 亜利奈が唱え、どこからともなくつぶてが飛ぶ。

 目くらまし程度にしかなってないが、それで十分だ。

「WOOOOOOOOOOOOOOッ!!」

 一瞬怯んだ者の、怪物は俺を見定めると獲物がきたとばかりに拳を振り下ろす。

「ミストッ!!」

「うんっ!!」

 ミストの霧が俺の身体を包む。

 そして俺はポケットから本物の侯爵にもらった指輪をはめた。

 俺の姿を完全に見失い、敵の攻撃は全く無駄な位置に叩きつけられる。

 ――今だッ!!

「『スキル』……〝核ミサイルパンチ〟ッ!!」

『〝核ミサイルパンチ〟

 Emulator set up!』

 俺の右拳に赤く輝くオーラ的な何かが集まる。

 こいつをぶつけりゃいいらしい。

 透明化が解除されるその瞬間、俺はジャンプ、敵の懐に潜り込んだ。

「うおおおおおおおおおおおおッ!! ぶちかませッ!!」

『action!!』

 敵の腹部に向けて思い切りアッパーを叩き込む。

 インパクトの瞬間、ドンッと敵が波うつ。

 そしてなんとどーんっと夜空の向こうへ飛んで行ってしまった。

「うっそ……」

 見ていたであろうミストの絶句じみた声が聞こえる。

 核ミサイルの冠は伊達じゃないな……。


 ……いや、でも核ミサイルは違うと思うわ。


 何はともあれ、やっつけることが出来た。

「……サンキューな、亜利奈。

 危なかったぜ、って……あれ?」

 ……亜利奈が居ない。

 あいつまた、どっかに行っちまいやがった。



 偽侯爵と呼ばれていた黒い魔物が、夜空を重力に逆らうように飛ばされていく。

 だが雲を突き抜けたところで、不意に、巨大な翼を生やして制止した。

「……了解、マスター」

 何者かの意志に受け答えするように頷き、身体を大地へと向ける。

「反撃開始」

 そう呟いて、今度は海へ赴くダイバーの如く地上へ…………――、

 と、その潜行は急停止した。

 小さな、あまりにも小さな〝障害物〟が空中でそれの進行を妨げたのだ。

 空に吹き荒れる猛風におさげが揺れる。

 凍えるような気温もモノともせず、彼女は平然としていた。

 怪物が目標を取り除こうと拳を振り上げると、亜利奈はにっこりと笑った。

「あんまり時間は無いけれど、安心して。

 冥土のお土産はたっぷりあげるから♪」


 ぐしゃり。

 怪物の胴体がくの字に曲がる。

 亜利奈が目で追うことも叶わない速度で拳を叩き込んだのだ。

「ユ、ウ、く、ん、が、い、か、に、す、て、き、か、」

 一文字一言、発声する度に亜利奈の拳と蹴りが怪物の身体に打ち込まれる。

 それも一方からではなく、即座に背中に回り込み、かと思えば脇、かと思えば頭上、あらゆる位置に瞬間的に移動しながらのラッシュだ。

 最初は一言づつ区切る様に声を出していた亜利奈だったが、やがて口上は加速していき、

「か、た、り、つ、くすのはとても難しいの。でもね、」

 その攻撃速度も増していき、

「少しでもみんなに分かって欲しいと亜利奈は心の底から願っているの例えあなたの様な命僅かな怪物だったとしてもそうやってほんのちょっぴりの救いを与えてあげたいと言うのは亜利奈のエゴかなだけどユウ君は聡明で崇高で気高くて何よりかっこよくて優しくてそれから可愛くってそんなユウ君の所有物になれてローゼもミストも幸せいっぱいな事に気付いているかな気付いているよね考えなくてもわかるよねだから亜利奈はみんなにそんなしあわせの種を捲いてあげたいなって思っているのあなたも幸せになりたいでしょなりたいよねなりたいに決まってるわそうだよね」



「じゃあ幸せになるレッスンその1」



 神速で衝撃を受け続け、ぐちゃぐちゃの肉塊と成り果てたそれを、

「死んで贖罪するところからはじめよっか♪

 頑張って生き返って、今度こそユウ君のために生きようねー」

 亜利奈の指先がつつく。

 ぱんっ、とそれは粉みじんに散り、大気の塵と化してしまった。

「あ。でもああいうのって輪廻転生するのかな?

 …………うーん」

 亜利奈は小首を傾げてちょっと悩むが、

「ま、いっか。罪深き魂を救ったって事で。

 うふふっ、いいことしたー」

 そんな勝手な解釈で満足げに微笑み、地上に戻っていった。

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