第30話監禁されていた侯爵
今なら姫の身体から寄生虫を排出できる。
なら善は急げだ。
俺はノーパン……ではなく、ヒューマン・ミストとしての能力を得たミストと共に、地下からの脱出を図る。そう言えば上半身の肌着も無かった気がするがこの緊急事態に余計な心配は止しておこう。うん。
「……ダメよ。外はみんながうろうろしてる」
ミストはもう一度メイド服を着ながら言った。
地下への入り口の大きな扉、その隙間から、ミストがお化けみたいに抜け出て偵察してきてくれたのだ。
「たぶん亜利奈ちゃんを探してるんだわ」
「参ったな……」
今俺が出て行けば、また洗脳されたメイドさんが自分を人質にして牢屋に押し返しにくるだろう。
こうなったらミストだけで姫の救出に向かってほしいが、それはNGだ。
なにせ彼女の能力は俺のE:IDフォンで制御されていて、有効範囲がある。
正面に居るメイドさんだけでも寄生虫を排出して回りたいが、そうすると異常に気付いた他のメイドさんが何をするかわからない。
「……私、別の出口探してみる」
悩んでいるとミストがそんな事を言い、またも霧化する。
「別の出口なんてあんのかよ」
「よくわかんないけど、ここは地下なのにあっちから空気が漏れてる」
「え。そんなことわかんの?」
「なんか、この体になって風の流れとかに敏感になったみたい」
ミストは翻って牢屋の一室に入り、その突き当りの壁の隙間に入っていった。
そして、
「祐樹っ! 早く来てっ!!」
なにやら見つけたらしい。
突き当りにあったのは壁じゃ無かった。
魔法か何かで造られた映像で、触れれば霧人間でなくとも通過できた。
その先に通路が広がっていた。
おそらくシスターが居たあの地下通路だ。
俺は懐中電灯を取り出し、通路を照らす。
「うまく抜けられるかな?」
「私が風の流れを読むよ。
多分外には出られると思う」
ミストが人間形態に戻りながら言った。
「ミスト、服」「はいはい」
なんか、服着るのめんどくさがるようになったな……。
風呂場で悲鳴を上げていたあの子はどこに行ったのか。
「あっ!
いっとくけど、裸見せて大丈夫なのユウ君だけだからねっ!」
「はいはい」
ミストの感覚を頼りに、俺達は歩み始めた。
「でもなんで牢屋と通路が繋がってるんだ?
これじゃ脱獄してくれって言ってるようなもんだろ」
「私に言われても……。
別にこのお屋敷で働いてるだけで牢屋の構造なんてしらないし」
そりゃそうか。
あのシスター曰く、ここは緊急用の脱出経路らしいから、非常口の一つを牢屋に偽装してあるとかそんなところが妥当か。
「あ。ここ、甲冑みたいなモンスターが出るから注意してくれよ」
潜入した経験上の注意をミストに伝えておく。
「そうなの? え、っていうかなんで知ってるの?」
「まあ……色々とな」
あの時はローゼ姫が俺にビンタを入れてでも、シスターから庇ってくれた。
そうしないと俺は裁判にかけられていたらしい。
そのあとオイオイ泣いて、俺の身体を傷つけた事を悔やんでいた。
つい数時間前の話だ。
そのローゼ姫があのゲス野郎の手に堕ちて、今どんな目に合っているか。
それも大喜びで――くそったれっ!
「……ユウ君、怒る気持ちはわかるけど……」
顔に出ていたのか、ミストが心配そうな声を出した。
「ああ、わかってる。もう屈したりしない」
ミストが俺を立ち上がらせてくれた。
魔物になってまで、俺のために一緒に戦ってくれている。
それに亜利奈がまだどこかに逃げている。
きっとどこかで怯えているに違いない。
あいつもローゼ姫も、今すぐに助けないと。
へし折れている時間は無い。
「……まって、ユウ君」
前進を続けていると、ミストが何かを発見した。
壁をジッと見つめ、それに触れる。
「ユウ君、これ、牢屋だ」
また魔法で隠された部屋か。
やっぱり俺の睨んだ通り、この地下通路なんかあるな。
「中に誰かいる……」
ミストが霧になり、その壁に吸い込まれる。
そして慌てた声で、
「大変っ! ユウ君、鍵開けさせて!」
俺はミストの要求通り、E:IDフォンの『スキル』から〝アシッド〟を押す。
脱出したときと同じように、鍵穴をボロボロに錆びつかせて壊せるはずだ。
『action!!』
――がちゃり。
石でできているはずの壁に金属音が響き、それは扉のように手前に開く。
部屋の中は俺達が閉じ込められていた牢屋とそっくりの構造だった。
ミストが言う通り、隅で誰かが伏せるようにして倒れている。
この服、見覚えのあるような……。
「お館様っ!」
そう叫んでミストが駆け寄った。
そうだ。この屋敷の主、イスキー侯爵だ!
ここにやってきたときはつやつやと健康そうだったのに、ミストに抱き起された彼はやつれて顔色が悪かった。まるでずいぶん食事をとっていないようだ。
「なんでイスキー侯爵が牢屋に入ってるんだ?
この人、ローゼ姫の前でグレンと一緒に挨拶してただろ」
「わかんないよ、そんなの」
もう何が起きても不思議じゃないな……。
俺はイスキー侯爵の首に触れ、脈を診た。
まだ息はある。確認したところで、侯爵は呻くような声を出した。
「何者だ、貴様」
「ドゥミ嬢の下男の祐樹です」
「……ドゥミ嬢……?」
侯爵はその名前に少し悩むと、ハッとなり、
「ローゼ姫の事か……っ!
いかん、この屋敷に姫殿下を迎えてはならんっ!」
「その体で無理をしてはいけません!」
暴れる侯爵を、ミストが宥める。
「ダメだ、グレンが恐ろしい陰謀を手に姫を待っている!
これは罠だ、ローゼ姫をここに寄越してはならん!!」
どうやら読めてきたぞ。
今朝会ったのは侯爵は偽物か何かだろう。
本物のイスキー侯爵は息子の陰謀を追求した結果、何らかの形で失敗し、俺達がやってくるかなり前にこの牢屋に閉じ込められてしまった。そんなとこだろう。
「お館様……。ご子息がすでに屋敷を乗っ取り、姫も手中に……」
ミストがそう告げると、侯爵は嗚呼と力なく泣いた。
「ワシの息子が姫殿下の御身を穢すなんて……。
爵位を与えてくださった国王陛下に、申し開きが立たない……」
「いいえ、お館様。まだ泣くのは早いです」
ミストが勇気づけるように侯爵の手を握り、言った。
「今ならまだ姫を救えます」
「もう無理だ。彼奴の計画は完ぺきだった。
何物も奴を止めることなどできはせぬ」
「いいえ。私はグレンの暴走を止められる人と一緒に居ます。
どうか彼を信じて、お気を確かに……」
「彼……その下男の事か」
侯爵は俺をちらっと見ると、ふふふとせせら笑った。
「あの細い腕の男に、何ができる。
腐ってもグレンはワシの息子。力の差は歴然よ」
確かにそうだろうな。
軍人どころか、運動部ですらないごく普通の高校生じゃ、グレンのクソ野郎には勝てないのは目に見えている。
「しかし、祐樹は……っ!」
フォローしようとしたミストを俺は止めた。
「どっちでもいい。俺はローゼ姫を助けに行くし、時間もない。
侯爵、屋敷の中が支配されたメイドさんだらけで入れないんです。
グレンの部屋に通じる隠し通路とかないですか?」
すると侯爵は驚いた顔を見せた。
「……貴様、本当にグレンを止めるつもりか。
奴は代々武功で名を馳せたイスキーの末裔ぞ」
「よくしらないけどさ。ビビってたらローゼ姫を救えないでしょ。
それに、俺の幼馴染みも屋敷のどこかで怯えてるんだから、急がないと」
俺がそう言うと、侯爵は天井を見上げ、力なく笑った。
「ははは……イスキーの名を知らぬか。
生意気な下男め。
だが、その通りだ……名前など今はなんの意味も持たん」
そして胸のポケットから二つの指輪を取り出した。
青い指輪と赤い指輪だ。
男爵は赤い指輪をはめ、
「〝オープン〟」
と唱えた。
俺の目の前に金属製のブーツが現れる。
「この指輪は不可視の魔法がかけられている。
たった一度だけ、数秒の間姿を消せる。
そのすね当ては新兵を戦場に送り出すときに使うものだ。
ほんの僅かだが、己の脚力を補助してくれる。
本当は脱獄するときに使うつもりで忍ばせておったが……。
貴様にくれてやろう」
「しかしお館様はどうなさるんですか?」
「ワシはもう無理だ。
グレンのやつめに足の腱を切られた……もう立つことも叶わん」
実の父親に酷い事しやがる……。
「行け。ワシに構う時間などない。
生意気だが勇敢な下男よ……必ず姫を救い出せ」
俺は頷くと、二つのアイテムを貰い、地下通路を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます