第12話光誕の教えと勇者バッカス

 イスキー家の背が高い雑木林を横目に、煉瓦で整備された道を歩く。

 すると可愛らしい花壇が一面に広がる見事な庭が出てきた。

 中央に噴水がある奴で、規模は学校のグラウンドくらいはある。


「すげぇな」


 俺は素直にそう感想を述べた。

「あー、でも、周りの林が日を遮っててちょっと邪魔だよな。

 これさえなければなー」

 壁のようにひしめく木々がずっと陰鬱な印象を与えているから、せっかくの花壇が今一つ映えない印象だ。

「イスキー侯爵は国境付近の領土を構えていらっしゃるから。

 この林は防御に必要なのよ」

 と、ドゥミ嬢が教えてくれた。


 林の中は鳴子のような防犯ブザーが張り巡らされていて、侵入者や、魔物が現れたらすぐに対処できるようになっているそうだ。


 俺達はその庭園を抜けた先にある建物にたどり着く。

 礼拝堂だ。

 大きさは個人の家一軒分くらいか。

 色とりどりのモザイクグラスに、威厳を感じる装飾で、俺達の世界でイメージする〝礼拝堂〟とあまり変わらない。

 ドゥミ嬢がその扉の取っ手を掴み、――おっと。


「お嬢様、俺が開く」

「あら。いいのよ?」

「一応〝付き人〟だしさ」

 ドゥミ嬢はあまり気にしないみたいだが、このまま俺が役目を忘れっぱなしなのはマジでヒモみたいで嫌だ。

 扉は結構頑丈で、ギイッという木の軋む音をたてながら開け放たれた。




 礼拝堂内は参礼者の席や最奥の祈りを捧げる場所など、やっぱり〝だいたい〟の構造が似ている。

 確か、教会や礼拝堂の内部構造に明確な決まりはないんだっけか?

 だとすれば〝ほぼ同じ〟……と言い換えられるぐらいに酷似してるぞ。

「祐樹さんの世界では、神様への信仰はありますか?」

 中に入りながら、ドゥミ嬢が言った。

「まあ、あるよ。

 神様は一人って人も居るし、土地の神様を含めて数多くいるって人も居る」

「私たちの世界では数多くの人が、

 『光誕の教え』を信じています」

「コウタン?」

「私たちの世界の〝光〟は、神ではなく我々の祖先が生み出したという教えです

「へぇー」

 ちょっと変わってるな。

 一神教にせよ多神教にせよ、俺達の世界には大小さまざまな宗教がある。だがそのどれもが、光や土地、国や生き物は神様の創造物だ。

 人間が自分達で造ったなんて宗教、少なくとも俺は知らない。

「不思議ですか?」

「まあ……俺の世界ではね」

「きっとそうでしょう。

 そうでなくてはならないのです」

「???」

 よくわかってない俺の表情を汲み取ったのか、ドゥミ嬢はクスリと笑った。

 そして彼女は最奥の祭壇に立つと、語り始めた。




「これが、私たちの創世神話です」




『神話の世界。

 神は自らの分身に人という名前を付け、

 それらを二つに分けた。

 そして二つの人を、隣り合わせる別の世界に住まわせると、一方には光を与え、もう一方は闇のままの暮らしを強いた。

 光を与えられた者達と、与えられなかった者達。

 試練はそこから始まっていた。

 与えられなかった者達は、昼も夜もない、ただただ暗闇で生きて行かなくてはならなかった。光を渇望していた。

 与えられた者達はそうとも知らず、産めよ増やせよと教えられ、文明を築いた。



 そんなある日。

 与えられなかった者達は、ある変化に気付く。

 その手に、光が宿っていた。

 小さく微かな光だが、暖かな光だ。

 闇の中、光を夢に見続けた結果、彼らは自ら光を生み出す力を得ていたのだ。

 与えられなかった者達は試練を乗り越えたのだ。


 彼らは集い、

 共に光を創り、

 そしてそれを空へ放った。

 太陽、光の誕生……光誕の瞬間である』




「え……、その〝与えられた世界〟って、

 ……俺達の世界?」

「そう考えるのが自然ではないかと。

 祐樹さんの世界に魔源も魔法も無いのであれば、つじつまが合います」

「うぅん……」

 もし同じ神様を信じているとすれば、確かに礼拝堂の造りが酷似しているのも納得がいく。

 日本の神社や寺院などの多神教は、各国で多種多様な進化を遂げた。これは超自然に対する畏怖から生まれた、地方的な教えの性質が強いからだ。


 だが一神教は歴史的に元来一つの宗教が、袂を分かちあってできている場合が多い。この光誕の教えもその派閥の一つと言えなくはないかもしれない。


「確かに。

 いや、でも……、神様はなんでそんなことしたの?」

「天上のお考えは我々には計り知れるものではありませんわ」

 やっぱそうなるか……。

「というより、そもそも私たちの世界でもこの〝与えられた光の世界〟は導師や学者によって解釈が変わってきます。

 死者の向う天国という人や、堕落した地獄を暗示しているという人も居ます。

 ――私も半信半疑のおとぎ話程度にしか考えてませんでしたから。

 でも、」


 ドゥミ嬢は祭壇を下り、俺の側へと歩いてくる。

 建屋の神々しい意匠がそうさせるのか、まるで天使が降りてきた……こちらに歩むドゥミ嬢にそんな感じの神秘的な雰囲気が漂っていた。

 国の人々から聖女として崇められているのも納得できる気がする。

 ちょっと見惚れてるうちに彼女は目の前までやってきて、

「祐樹さんと出会えて存在を確信いたしました。

 光誕の神話は真実だったのですね」

 と、笑顔で言った。


 やばい。すげぇ可愛い。

 見てるだけで、なんだかドキドキする。


「ま、まあ、……俺が魔法を使えない以上確かに納得のいく解釈だよな」

 俺は動揺を隠しながらそう言った。

 ……ん?

「あれ、じゃあ亜利奈は?

 なんで亜利奈は魔法が使えるの?」

「そこが……わからないんです。

 亜利奈さんは祐樹さんの世界の方なんですよね?」

「そ、そうだよ。

 小さい頃から一緒だったもん」

「でも、祐樹さんの世界には魔法は」

「ないよ。

 少なくとも、俺が知る限りは」

「うぅん……」

 ドゥミ嬢は少し悩むと、

「考えにくい事ですが、亜利奈さんの親族に、この世界から迷いついた方がいらっしゃったなんて事はないですか?」

「あ。それだ、すっかり忘れてた。

 あいつ、〝勇者〟の娘らしいよ」

 取りあえずあいつは勇者って事になっていたのを忘却の彼方に追いやっていたぞ。亜利奈の性格がアレ過ぎてピンと来ないんだよ……。


「勇者の娘……ですか?」

 ドゥミ嬢は虚を突かれた表情をした。

「俺達の旅の目的は、〝勇者〟として魔王を倒すことなんだ。

 なんにもわかんないまんまこの世界にぶち込まれたから、ウソかホントかよくわかんないんだけどね。

 この世界に〝勇者〟って、居るの?」

 するとドゥミ嬢は不思議な顔で、

「確かに、この世界に勇者と呼ばれた偉人は居ます。その名は〝バッカス〟」


 なんだその馬鹿っぽい名前は。


「じゃあそのバッカサンが、亜利奈のお父さんってことになるのか?」

「いえ。それはおかしいです。

 ――バッカスは、150年ほど前に若くして命を落としています。

 子孫は残していません」

「はぁ?

 ……つじつま合わないじゃん」

「……ですよね……」

「じゃあその人のセンはなさそうだなぁ」

「いいえ、そうとも言い切れません。バッカスは幼いころから魔法を駆使し、魔物に立ち向かったと伝えられています。亜利奈さんがバッカスの血を引いているのであれば、あのような高度な魔術を使いこなすのも納得いく話です」


 いよいよわからなくなってきたぞ。

 亜利奈は勇者バッカスと同等の力を持っていながら、バッカスとの繋がりは時系列的にありえないときてる。

「イワン城に戻れば、何かわかるかもしれませんが……」

 じゃあその前に、ここの問題を片づけないとな。

 俺がそう締めくくろうとしたところで、窓の外が急に賑やかしくなった。

 3、4人のメイドさんたちが、庭園の世話にやってきたのだ。

 それを見ていたドゥミ嬢は、ポツリと、

「……ここは庭師を雇ってないんですね」

 と言った。

「普通は専門の庭師にやらせるの?」

「確かに簡単な手入れはメイドが行う事も多いですが、こちらにローゼとしてお邪魔した際も庭師に会ったことがありません」

「ふぅん……」

 俺ではこの世界の常識や例外はわからないから、適当に相槌を打つ。




 メイドさん達は先ほど客人を出迎えたときの様な畏まった様子は無くて、年相応というか、口々におしゃべりしながら仕事をしている。

 こういうところはどの世界の女子も変わんないのかもしれないな。

 気無しに見ていると、一人から不穏な発言が飛び出した。


『だから、ドゥミお嬢様って絶対ローゼ姫の変装だってっ!』


「うっ」「おぉっと」


『確かに似すぎだよねー』

『きっとグレンの浮気調査よっ!』

『あー! ありえるーっ!』


「「…………………………」」


 ちーんっ。バレてますやん。


「どうすんの?

 初日からさっそくピンチっぽいけど」

 ドゥミ嬢もといローゼ姫に尋ねると、

「ど……どうしましょう……」

 と青い顔で逆に質問された。

「いやあ、俺に聞かれても……。

 今から乗り込んで宣伝してこようか?

 『ドゥミはローゼじゃない』……って」

「い、いいえ、それでは逆効果です」

「だよなぁ」

「だ、だ、……大丈夫です。

 似ているから疑惑が立つのは最初からわかりきっていたこと。

 どどど、堂々とドゥミとして振る舞えばいいのです!」

「言ってるそばからすでに挙動が怪しい」

「え、えぇっと……ッ!」




『でも私、違うとおもうなー』




 お姫様がプチパニックに入っているとはつゆ知らず、メイドの一人が言う。

『えー。なんで?』

『だって、ドゥミ嬢、さっきお部屋で付き人とちょっとエッチな感じ出してたもん。純情なローゼ姫にあれは無理よ』


「そ れ だ」


 ドゥミ嬢の眼光がギラリと鈍く光る。

 で、薄ら笑いを浮かべてこっちを見た。




 あーあ。嫌な予感する。







 礼拝堂にも裏口が用意されていて、メイドさんたちが働いている庭園から気付かれないように脱出することができた。

 俺達はそこから壁伝いに正門側に向い、見られない位置ギリギリへ移動した。


 スタンバイOKだ。


「……ホントにいいのね?」

 作戦決行前に再確認をしておく。

「こ、こういう時にもう一度聞くのは、逆に失礼ですからね……」

 そんなもんなのか? うーん、わからん。

「じゃ、えーっと。……作戦開始で」

 俺が合図するとドゥミ嬢は声を上げた。




「このケダモノッ!

 その手を放しなさい!」


 そしてこう続ける。


「私を誰だと思っているの!?

 メリー大公の三女、ドゥミ=シャンパーニュ・ブラン・ド・ブラン・メリー!

 あなたの様な下層民が気安く触れる身体じゃなくってよ!」

 この声量ならすぐにメイドさん達に気付かれるはず。

 それでいいのだ。それが作戦だ。


 題して


『メイド達に情事を垣間見せて、

 〝あの破廉恥お嬢様が清廉潔白なローゼ姫なわけあるまい。うん、絶対〟

 と思わせよう大・作・戦!!』


 正気を疑われる手段だが、まあ、確かに効果は期待できる気がする。


 それにしてもローゼ姫、度肝を抜かれる圧巻の演技だ。

 びっくりしてちょっと戸惑っていると、

(祐樹さんっ! お願いっ!)

 と小声で抗議がとんだ。

 可愛い顔がちょっと涙ぐんで、紅潮している。

 姫様だけに恥をかかせるわけにいかないしなぁ。

 ジゴロやるって約束もしちゃったし……こうなりゃ腹をくくろう。


 さっきの要領で……

 えー、おほん。




「よく言うよ。

 ひとけのない所に連れてきたのはドゥミ嬢のほうだろう?」


 そう言ってドゥミの頬を撫でてやる。

 好きなようにしていいって言ってたし……いいよね? これ。

 とおもってたら、


「触らないでって言ってるでしょ!」

 パチンっと平手を喰らいました。

「わ、私は……ただ散歩をしようと言っただけよ!」

 うー、ちょっと痛かった。

 まあツンデレ令嬢なんだから反撃は予想すべきだったな……。

「へぇ、そうなの?」

 俺は平静を装い、あれだ、俺の世界でいう〝壁ドン〟の格好で迫る

「てっきり部屋で〝遊ぶ〟のに飽きたから、場所を外に移したんだと思ったよ」


(え、えっと……私達今まで部屋で、その……。

 二人で、ふ、耽ってたってことですか?)

 ここで設定の確認が入る。

(さっきの続きしてた扱いで。

 不味かった?)

(いいえとっても美味しいです)

 何言っちゃってんのこの人。




「この野蛮人っ! ここは神聖なる礼拝堂の側よ……っ!

 下男は場所をわきまえる事も出来ないのかしら!?」

「背徳的でいいじゃないか。

 好きだろう? そういうの」

「ちが……っ」

「嘘ついてもダメだよ。

 僕は君の事なんでも知ってるんだよ」

「…………~~~~っ!」

 否定をしない肯定で、ドゥミ嬢は顔を背けた。

 俺は、

「ほらね」

 と得意げな笑みを投げかける。

「じゃあお互い合意も得たし……。

 〝いつものヤツ〟してくれよ」


(い、〝いつもの〟……ですか?)

(そこはアドリブで……)

(もうっ! 無茶振りですよっ!)

 俺がごめん、と言うと、ドゥミ嬢の表情がまた変わった。

 あ。やべ。

 さっき礼拝堂で見た笑みだ。


(どうなっても知りませんから)


 スイッチがオンオフ以外の何かにセットされたドゥミ嬢は、すとんっと地面に腰を落ち着けた。




 そして俺を潤んだ瞳で俺を見上げ、頬をより紅潮させ、恥じらいに震える唇を小さな拳で隠す。そして、

「うぅっ」

 、と一瞬躊躇いを見せた後、ゆっくりと、拙い声で……。


「……高貴でわがままなドゥミを、

 下層民のあなた様の手で……、

 どうか……、そのっ!

 し、……躾けてください……っ!」

 そして思いの丈を弾けさせるように俺の脚に縋り付き、


「おねがい……っ!


 傲慢なドゥミにお叱りとお仕置きで、祐樹様の色に染め上げてくださいっ!」

 と懇願した……てか、えーーーーっ?


 いっつもこんなことしてんのこの二人ーーーー??


 こ、これはうらやまけしからんなんてレベルじゃねぇだろ!

 DEEP過ぎて脳汁が耳から吹き出しそうになったよっ!




「ドゥミは、祐樹様が居ないと、生きていけないのです。

 パンよりも水よりもあなた様を欲しているのですっ!」

「お嬢様」

 俺が声を掛けると、ドゥミは子犬のように目を輝かせ、

「はい……っ! なんでしょうっ!?

 ドゥミに何なりとお申し付けください!」

 と応じた。







「メイドさん達。

 びっくりして逃げてっちゃったよ」

「え」

「全員顔を真っ青にして」

「……」

「……」

「「……………………」」

 変な沈黙。


 ドゥミ嬢が立ち上がり、ぱっぱと服の裾に着いた土埃を払う。

「「…………」」

 また変な沈黙。


「これでホントによかったんだよね?」

「あ、はい。多分、良いと思います。

 作戦通り、皆さんから疑われなくなったようですし。

 ご協力ありがとうございました」

「ああ、いやいや……お粗末様です」


「「………………」」


「一応聞いとくけどさ」

「はい、なんでしょう?」




「やりたかっただけ、じゃないよね?」


「…………」

「…………」




「……き、き」

 ドゥミ嬢は泣きそうな顔で、こう言った

「……嫌いにならならないで」




 さっきとはまたベクトルの違う潤んだ瞳で懇願され、俺はなんだかなぁと思いながらも頷くことしかできなかった。

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