第10話今より先の時代の話




 ふと「喉が渇いたな」と呟くとドゥミ嬢が立ち上がり

「お茶を淹れましょう」

 とケトルを取り出し、デカイ花瓶みたいな陶器に着いた蛇口を捻る。

 どうやらそれは水瓶だったようで、ケトルに適量の水が注がれる。




 コンロも暖炉も囲炉裏も無いのにどうやって沸騰させるのかと思っていると、取っ手にあるレバーを捻って放置してしまった。



 驚くなかれ、それだけで蒸気が上がり始めたのだ。まるで電気ケトルだ。



 いや、多分魔法的な要素で動いているから電気ケトルって呼び方は不適切なんだろうけど、とにかく要領はそんな感じだった。

 ドゥミ嬢は魔法ケトルのお湯をティーポットに注ぎ込む。この辺は我々の世界と変わらない。


 あ。こういうのって本来は付き人の仕事なんじゃ……。

 鈍感な俺が気付いた時には紅茶が出来上がっていた。



 こっちの紅茶は見た目は変わらないが、ちょっとケーキの様な甘い香りがした。

 ブランデーを一滴加えているらしいから、そのせいかもしれない。



「ありがとう」

 俺が礼を言って口にすると、ドゥミ嬢も微笑んでカップを咥えた。












「そうだ、聞きたいことがあるんだった」

 俺はそう切り出して、E:IDフォンからあるものを取り出した。




 魔物を倒した時に拾った宝石だ。




「……これがなにか?」

 反応からして、この世界ではありふれた代物らしい。

 どっちかっていうとドゥミ嬢の興味はE:IDフォンに向かっていた。


「〝魔源〟……っていうのかな。

 俺これが何かよく知らなくて」

「まあ。

 魔源をご存知無いなんて」



 ドゥミ嬢は魔源の一つを拾い上げ、何を思ったのか燭台を手繰り寄せた。

 そしてちょんちょんとろうそくの芯に魔源を突き付けると、





「〝ミリファイア〟」





 と、唱えた。

 するとぼうっと魔源の先端が炎上し、ろうそくに燃え移ったのだ。

 ドゥミ嬢は魔源に残った火をふぅっと息で吹き消すと、魔源それ自体も役目を終えたかのように消滅してしまった。




「まるでマッチだな」

 俺がそう言うと、逆にドゥミ嬢が

「〝マッチ〟……ですか?」

 と首を傾げた。

 どうやらこの世界にマッチは存在しないらしい。



「これは魔法を使用する源です。

 誰の体にも備わっている神からの授かり物ですわ」

 そんなこと理科では習わなかったぞ。

 いよいよファンタジックになってきた。



「魔法の源って、魔法は修業しないと使えないんじゃなかったっけ?」

「いいえ。

 魔法の修行で習得するのは、自分の内側に秘められた魔源の力を使いこなす術です。

 魔源それ自体があれば、簡単な魔法は子供でも使えちゃいますよ」

「ややこしいな」

「そうですわね……。昨今では、自らの魔法を使いこなす事を魔法と区別して〝魔術〟と呼ぶようになりましたが……」

 ちょっと新しい言葉だから普及してないらしい。そりゃあ、テレビもインターネットもないんだからそういう情報の伝達は遅いのだろう。







 ドゥミ嬢曰く、魔源は生活必需品で、さっきの電気ケトルもどきみたいに日常でよく使われている消耗品らしい。

 魔法使い、いや、魔術師と改められた職人が生成して世界的に市販されているのだ。



 電池っぽいものと思っとけばいいかな。



「どちらでこれを?」

「お嬢様に会う前、デカイ狼をやっつけたら中から出てきた」

「ベオウルフ……この辺を徘徊している魔物ですわね」





 〝動物〟と〝魔物〟の違いがわかった。

 奴らは人工的に作られた兵器なのだ。

 戦争のたびに造られ、敵の領土に攻め込むいわばロボット軍団がその正体だ。だから破壊すると、残エネルギーを落っことすのだ。


 古代から大小の戦が行われたが、駆逐しきれなかった兵器が野生化し、人を襲うようになった。

 魔物製造プラントなんて物も人知れず稼働しっぱなしらしくて、その数は一向に減らないのだそうだ。



 ましてやこの世界は中世封建制度時代。



 隣国シドールのから魔物が放り込まれたり、逆に流し込んだりでそういうこそこそとした嫌がらせは度々行われいるのだとか。





「じゃあこれから、もっとたくさんの魔物が増えるんだろうな……」

「なぜですか?」

「……多分、世界中を巻き込んだ大きな戦争とか起きるから」

「それはありえません。

 私達王族が、そうはさせませんわ」

「いや、もっと先の時代の話だよ」

「もっと……先の時代ですか?」




 あー。




 勝手な憶測で変な事喋っちゃった。

 今が中世なら、たぶんこの後世界大戦とか起きるんだろうなー、とか、まあなんとなく思っちゃったわけで。




「ううん気にしないで。

 適当に言ってみただけ」

 俺がそう言うと、ドゥミ嬢は笑って、

「ご安心ください。

 今に我が国が周辺諸国を統一し、心を一つに纏め上げてみせます。

 そうすれば、大きな戦なんて決して起きませんわ」

「いやー、みんながそれやっちゃって戦争になるんだけどなぁ」




「えっ?」




 おっとしまった。

 ちょっと肝を抜かれた表情をして、ドゥミ嬢は固まったぞ。

 あんまり、俺の世界……特に〝後の時代のセンス〟で話するのは良くないな。





「ふ……、不思議な事を仰りますのね。

 イワンが国々を統一することこそ、天上より受けた命と心得ています。それはいけない事なんでしょうか?」

「いや、うん……そういうの、お隣もきっとそう考えてるし。っていうか、ホント適当に言ってるだけだから忘れてよ」

「しかし、シドールは我が国に魔物を放ち、今にも侵さんとしています。

 そこに光誕の道徳をもたらすことが正しき平和への道ではないのでしょうか?」

「うん、だってドゥミ嬢さっき自分で言ってたじゃん。〝統一するんだ〟って。

 それって、向こうもそう思ってるだろうしどっちもどっちでしょ?

 そりゃ喧嘩になるよ。

 いや、マジで勘弁して、ちょっと語っちゃっただけだから!」

「いいえ、シドールの不道徳さは目に余りますわ! 平然と海賊を雇って航路を絶ち、我が国の貿易を妨害したのです!

 そしてかの国の民も我々の教えを必要としているはずです!」

「善悪の問題じゃないんだよ、こういうのってさ。常識は文化、風土、歴史に左右されるから一律じゃないんだよ。あとみんなまだ気づいてないだろうけど、利益っていうのは追求し続けないと勝手に狭まっちゃうし、それに〝海賊を雇っちゃいけない〟なんてルールはどこにもないんだ。

 全部こっちの都合……ってホントに止めよう? 熱くなってもこれ不毛だから!」






 俺はそういって切り抜けようとしたが、ドゥミ嬢は考え込む素振りを始め、

「考え付きもしませんでしたが、おっしゃる通りですわ……。

 イワンの道理を広げようとすれば、周辺の国々は抵抗を致しますし、されとて我が国もシードルの下に着く気など毛頭ない……。

 これでは摩擦になるのは必至」

 そして「ううん……」と悩んだあと、



「祐樹さんは、先見の明をお持ちですわ。

 哲学者の才がありますのね」



「い、いやいや、過大評価し過ぎ!

 俺はただ……、」

「ただ?」

 ただ授業で受けた常識を言ってるだけなんだけど、それを説明しようとすると……。

「……」




 素性を話してもいいのかな。

 ちょっと困ったが、まあ……いいか。




「妙な話、していい?」

「先ほどから、妙な事を仰ってます」

「だよね。

 ……俺、この世界の人間じゃないんだ。

 そんで多分、俺の世界はここよりもっと先の時間を生きてる。

 だから……歴史の勉強程度だけど、なんとなくわかっちゃうんだ」

 ドゥミ嬢はちょっと驚いた表情をしたが、しかしゆっくり頷くと、


「やっぱり、そうでしたのね」


 と言った。

「え。……知ってたの!?」

「知ってたと言うより、先ほどお会いした際に予感めいたものがありました。

 ああ、ただの外国の方ではないな、と」

 まあ……それはそうだろうな。

 あんまりにも怪しすぎるし。

「そうであれば、魔源の存在をご存知無いのも納得です。……本当にあったのですね。

 〝与えられた光の世界〟は」

「……?」

 また変な単語が増えたぞ。

 俺が首を傾げると、ドゥミ嬢はふふっと笑い、

「食事の時間まではまだ少しあります。

 少し、お散歩いたしましょうか」

 と、立ち上がった。

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