再見/2
地下演習場には、担任の小玉先生以外は誰もいなかった。
さすがに試合が始まるまでは他の生徒は授業を受けているのだろう。
「とにかく、全員フルダイブしよう」
正詠の言葉に、僕らは全員筐体に座って各々準備を整える。
僕は最後にヘルメットを被って、ゆっくりと椅子にもたれかかった。
「そんじゃテラス、頼むぜ」
青い世界が広がり、いつものアナウンスが聞こえると思ったのだが。
――認証エラー。
「は?」
見たこともないメッセージとアナウンスに、思わず素っ頓狂な声が漏れた。
「テラース?」
――認証エラー。
なんぞこれ?
「おっかしいなぁ……」
僕はヘルメットを脱いで、傍らにいるテラスを窺う。
「なぁテラス、どうした?」
テラスはというと、自分の両手を見ながら左右へと首を傾げるだけだ。
「テラス?」
ぴこん。
フルダイブ、できませんか?
「いや、できないから聞いてるんだけども」
テラスは慌てふためくようにそこらをうろうろし始めた。
「ストップ、ストーップ。おーいみんなー。機械壊れてるー」
僕が言うと、みんながフルダイブの機器を外して集まってくれた。
「壊れてるってなんだよ?」
そんなことを言った正詠に、僕は事情を説明したのだが、聞いた正詠は首を傾げた。
「限定固有番号が重複なんて本来有り得ないんだが……まぁまずは筐体が壊れてるかどうかだな」
言って、正詠は今まで僕が座っていた筐体に座った。
数分して、正詠は機器を外して立ち上がる。
「普通に出来たぞ? お前が違う筐体でやってみろよ」
今度は僕が、正詠が今まで座っていた筐体でフルダイブしようとしたが、やはり同じメッセージが返ってくるだけだった。
「やっぱ出来ない……」
全員で首を傾げている中、小玉先生は自分の相棒に何か話しかけた。そして僕の肩をぽんと叩く。
「天広、一旦職員室に。王城、少し任せたぞ」
王城先輩はそれに頷いた。
みんなの不安そうな表情を背に受けつつ、僕と小玉先生は二人で職員室に向かった。向かう途中、小玉先生は何も話さなかった。それのせいで、僕は自分がとんでもなく悪いことをしたような気分になり、足取りが重い。
「天広。昨日、お前の相棒には何もなかったか?」
職員室のドアを開ける直前で、小玉先生はそんなことを言ったが、「特に何も……」としか僕には答えられない。
「そうか……」
がらりと戸を開けて、僕らは職員室に入る。
職員室は授業中ということもあり、先生方の数は少なかった。
「そこに座ってなさい」
小玉先生が指差したのは、少し古いソファーだ。
「はい……」
そのソファーは座るとぎしりと音を立てて軋み、どうも座り心地が悪かった。
小玉先生は自分の席でどこかに電話をかけてすぐに戻ってくる。
「今校長先生が来るからな。あぁそうだ、天広が何かしたとか思ってないから安心して良い。すまんな、私も初めてのことだからつい緊張してしまって」
苦笑した小玉先生だが、ただ事ではなさそうなことは、その顔を見れば何となく察することができる。
「その……前みたく学校に侵入とか悪いことはしてないんすよ、マジで」
「だからわかっているって」
少し小玉先生とそんな話をしていると、うちの校長が固い表情のまま職員室に現れた。校長は僕らを見つけると急ぎ足でやって来て、僕の両肩をがっしりと掴む。
「君の相棒は無事かね?」
「へ?」
いつもの校長らしくない顔に、思わず変な声が漏れる。
「君のテラスは無事か?」
前後に揺らされながら、僕は「元気みたいです」と答える。
「そうか……良かった」
「どうしたんですか、校長先生。なんからしくないなぁ」
結構強く揺らされたので、頭がふらふらする。
「あ、あぁ……すまないね……」
僕は二、三度頭を振って。
「テラスは全然もんだ……」
ぴこん。
サーバーにアクセスできません。解決を要求します。
テラスは姿を現そうとせず、メッセージだけを僕らに表示させる。それに何だか違和感を抱いたものの、「だそうです」と僕は言った。
「小玉先生、とにかく大会本部に連絡を。もしものこともあるからね」
「わかりました」
そして小玉先生は席を立ちどこかに行ってしまった。
「太陽くん。本当に君のテラスに異常はないのかい?」
小玉先生がいなくなってすぐに、校長は僕に問いかけた。
「うーん……むしろ昨日も今日も絶好調っていうか、いつも通りというか……なぁ?」
自分の
「なんだこいつ、機嫌でも悪くしたのかな?」
指で二度ほどつついてみたが、テラスはやっぱり反応を見せない。
「ははは……私は相棒に嫌われやすいからね……
苦笑する校長の腕には、確かにSHTITはなかった。
確か、以前に正詠もそんなことを言っていた気がする。陽光高校の校長は無相棒だが、相棒を使用した教育には熱心だと。
「とにかく、学校の環境は特に問題ないから、大会本部からの回答を待たないと……」
そのとき、ふと……僕は校内大会のことを思い出した。
もしかしたらまた、パーフィディ達が何かしたのではないのかと。
その不安はそのまま口に出てしまっていた。
「もしかして……パーフィディがまた……」
「それはまぁないだろうさ。あれもテロを起こすのなら、前みたく恐怖を煽るために大々的にやるからね」
校長はふぅ、と深く息を吐き出しながらそう言ったのだけど。
「え……?」
何でパーフィディと言っただけなのに、それがあの時のテロリストだとわかったんだ? あの時、パーフィディは名前を名乗らなかったはずなのに。
「どうしたかね?」
「なん、で……?」
問いかけようとその瞬間、小玉先生が戻ってきて言った。
「校長先生、やはり原因は不明なようで……限定固有番号の件となると、調査にも時間がかかってしまうとのことです」
「あぁ、ありがとう。彼の件はどうすると言ってたかね?」
「はい。大会の日時は変更出来ないため、桜陽に通達の上、六対六の試合に変更するとのことです」
「そうかい……仕方のないことかね……」
先生方が話を進めていくが、僕は割り込むように声を上げた。
「待ってください! その前になんで……なんでパーフィディが、あの黄泉の一団ってわかったんですか!?」
僕の言葉に、しまったとでも言うように校長は口に手を当てた。
「校長先生……どういうことですか?」
小玉先生が何事かと校長に問いかける。
「すまない、私の不注意だ」
先程とはまた違うように息を吐いた校長は、頭を小さく振って。
「小玉先生、天広くんと一緒に地下演習場に。くれぐれも、ね?」
「……わかりました」
「校長先生、理由を……!」
すくりと校長は立ち上がって。
「駄目だ。君は子供なんだから」
「ふざけっ……!」
ぴこん。
急なテラスの呼び出し音に「今こんな時に!」と声をつい荒げてしまったが、テラスが表示したメッセージは、僕が思っていたものとは全く違っていた。
「え……?」
――貴方はやはり、偽善者なのですね。
そのメッセージは僕には理解できなかったが、校長は目尻をぴくつかせながら。
「大人には大人の対応があるんだよ? 君はまだ産まれたばかりだからわからないだろうけどね」
吐き捨てるように言って、校長は足早に職員室を去って行った。
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