再見/2-2

「待ってください、校長先生!」


 校長の後を追おうとしたが、それを小玉先生に止められる。


「天広、今は大会が優先だ。他の奴らもお前を待ってる」

「先生! こんなの納得いきません!」

「それでもだ、天広。納得できなくても飲み込みなさい」

「だからそんなの……!!」

「ほら、行くぞ」


 小玉先生は僕に背を向け歩き出した。それを追うようにして僕も職員室を出た。


「納得いく説明を……!」


 はぁ、と大きくため息をつた小玉先生は、僕の肩に手を置いて。


「ここで停学にしてもいいんだぞ?」


 何を言うのかと思えば、それは紛れもない脅しだった。


「……っ!」

「ここで大将のお前が停学になろうものなら、お前ら全員の大会は終わりになる。それでもいいのか?」

「何なんですか、それ! 生徒を脅そうっていうんですか!?」

「そうだよ」


 淀みなく答えた小玉先生だが、その表情は相反して悔しさを噛み殺しているようにも見える。


には言えないことがね、我々には沢山あるんだ。わかってくれ」

「そんなの……先生達の都合じゃないですか!?」


 何も言わずにわかってくれなんて、ただのわがままだ。ましてや停学なんて脅しまでして、納得できるわけがない。


「その通りだ。これは私達の都合だ。でもな、お前もで言ってないこともあるだろう?」

「なっ……?」

「校長先生がお前達に何て言ったか、もう一度ちゃんと考えるんだ。いいな?」


 小玉先生は僕の手を払って、つかつかと先を進み始める。


「何だよ……それ」


 途端にぶつけられた理不尽に、僕は対抗しようがなかった。

 叫び出しそうになったその時に、ぴこん、とテラスがメッセージを表示した。

 今はまだ、耐えましょう。

 そんなことが表示されている。


「お前まで……」


 マスター。今は大会を優先しましょう……この理不尽に立ち向かうリスクと、みんなの夢と努力の結果では、どうあってもリスクが高すぎます。


「それが正しい選択なのかよ……テラス?」


 テラスは頷いた。もう、小玉先生の背中は見えない。


「子供だからって、理不尽に耐えろってことかよ? パーフィディ達のこと先生達は知ってたんだぞ? もしかしたらあのテロだって防げたかもしれないんだぞ? 晴野先輩だって、リジェクトだって、助けられてかもしれないんだぞ!?」


 思わず声を張り上げてしまい、僕はすぐに口を噤んで周りを見る。誰もいないことを確認して、僕は早足で地下演習場へと足を向かわせた。


「こんなの、正しくない……!」


 ぴこん。

 マスター。思い出してください。小玉先生は、ちゃんと助け船を出してくれたんですよ。


「知るかよ! あの人は脅しただけだろ!?」


 ちくしょう、ふざけやがって!


「とにかく、僕は今回出れないみたいだし、みんなにはちゃんと説明しないと……」


 地下演習場の扉を開けると、みんなが一斉に僕に駆け寄ってきた。


「太陽、小玉先生から聞いたんだが……」


 開口一番に聞いてきたのは正詠だ。正詠の動揺がはっきりと僕には伝わってくる。


「テラスは出られないんだってさ! ってかそれよりも……!」

「天広、それ以上は喋るな。忘れるなよ?」


 ぴしゃりと小玉先生が割り込むように言った。


「あーはいはい、わかってますよ! 喋ったら停学なんですよね!?」


 僕に向けられていた視線は一斉に小玉先生に向けられる。


「どういうことですか、小玉先生」


 王城先輩が、低い声で問いかける。

 当の小玉先生はため息をつきながら頭を振り答えた。


「言ったままの意味だ。これ以上騒ぐなら天広は停学にする。そしてお前達の大会参加も認めない」


 その言葉を聞いた途端に、蓮は今まで座っていた椅子を蹴り飛ばした。がしゃんと盛大に音が鳴り、それに遥香と透子が体をびくつかせた。


「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ小玉ぁ!!」


 こめかみに青筋を浮かべながら、蓮は小玉先生に掴みかかろうとしたが、それを止めたのは王城先輩だった。


「テメェらに何の権利があって俺らの大会を邪魔するつもりだこの野郎!!」

「やめろ、日代」

「俺らがこの大会に出るためにどんだけ努力したか知ってんのか!?」

「だからやめろ、日代」

「俺らが……太陽がどんな気持ちでここに立ってるのか知らねぇくせに! ぶっ殺……!!」

「黙れ、日代!!」


 王城先輩の一喝に蓮も口を閉じ、目元をピクつかせながら王城先輩を見た。


「あんただってこんな理不尽気に入らねぇだろう!?」


 しかし王城先輩は蓮の言葉に答えなかった。


「小玉先生、一旦はこのままにしておきます。けれど、私達は正当な理由を求めます」


 そんな王城先輩の一言に、小玉先生は大きく息を吸って。


「子供のわがままに私達も時間を割くことはできない。それなりのを君達も提示しなさい」


 その小玉先生の言葉に、王城先輩は舌打ちする。目上の人に対し、ここまで王城先輩が不快を表すのも珍しい。


「なら、子供のわがままらしく……私はお父様にお願いしてみようかしら。風音財閥の一声があれば、先生方もお答えになってくださる?」


 髪の先を弄びながら、風音先輩が言った。それはこちらが出せる最大限の脅しのカードだったのだが……。


「やってみるといい、風音。その時風音財閥は、子供のわがままでだと知らしめることになるけどな」


 それすらも冷静に受け止め、小玉先生は返す。そしてそれに噛み付くのはやはり蓮だった。


「こんなの納得できるかよ!? なぁお前らも……!?」


 まだ吠える蓮に、王城先輩は軽くチョップで抑え込む。


「何すんだ!?」

「日代。あとで我々は作戦会議だ。内容はわかるだろう?」


 王城先輩が蓮に向けた微笑みは、温かみのあるものだった。それに絆されたのか、蓮の青筋はゆっくりと消えていった。


「……くそっ!」


 ようやく蓮の怒りが収まると同時に、小玉先生は僕らから距離を置いた場所の椅子に座り込んだ。


「とりあえず、天広を抜かした作戦を考えるぞ。高遠、それは任せていいな?」


 王城先輩はまだ混乱している空気の中、これからのことを話し始めた。それに僕らも、何とか現実……というと大げさだが、のことに目を向ける。


「とはいえ、大将の太陽が出られないのは問題が……」


 正詠は頭を掻きながらそう言ったが、それに腕を組みながら王城先輩ははきっきりと答えた。


「俺が大将となる。大将の問題はそれでいいな?」

「えっと……はい。けど、その……今更ながら太陽の汎用性がなくなるのはしんどいっすね」

「かまわん。天広の招集は風音が補う、顕現の攻撃力は俺が補う、他力本願の万能性は俺達全員で支え合う」


 王城先輩の大きな手が僕の背中をばんと強く叩いた。


「こいつが出られないのなら、俺達が気張るしかあるまい。俺達の大将はこいつだ。俺達はこいつが大将だからここまでやってきたんだ」


 そしてその手を僕の頭にやると。


「天広、今回は俺達に任せろ。ここで勝てば……俺達は天継とやり合える。その最高の場所に、全員いれば良い」


 にかっと、王城先輩らしくない笑みを僕に向けてくれた。

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