花鳥風月/6/勝者と敗者

 ぐらりと、いなりの体が傾いだ。


――京都府チーム花鳥風月。いなりに攻撃がクリティカルヒットしました。

――京都府チーム花鳥風月。いなりのスキル狂乱の停止条件が満たされたため、スキルの効果は終了し自相棒は命令を受け付けます。


 その槍は胸の中心に深々と突き刺さっていた。

 まさかと、一瞬で冷静になった神崎が目を見開いていなりを見ている。

 秒毎に変わるステータス、その合間を縫って行われた攻撃が奇跡的にもクリティカルヒットした。それも急所とも言える箇所に。それも防御のステータスが最低になっているときに。

 イリーナが倒れた時、神崎は勝ったと確信した。これで自分の正しさが証明されるのだと、確信し……油断した。それは勿論、彼女の相棒のいなりもだ。


「倒れなさい!」


 イリーナは倒れかけたいなりにトドメとでも言うように、殴り付け倒す。


「いな、いなり立たんかぁ!」


 仰向けに倒れたいなりは、立ち上がろうと手に力を込めるが、それは空を掴むだけだった。

 歯を食い縛りながら、いなりはなんとか体を起こそうと、意識を失ってはいけないと、必死に抵抗していた。

 その姿を見て……神崎はここで負けるのだと、思ってしまったのだ。

 ここまで来て、最初の戦いで負けてしまうのだと。

 確かに相手は強かった。偏差値だってあっちが上だ。


「何やってるんや、いなり! 立たんかい!」


 わかってる。負けるんだ。


「ここで負けたら、うちらなぁんも残らんのや!」


 流星高校。蔑称はゴミ高校。不良の溜まり場、失敗作が入るところ、通った方が損する馬鹿高校。


「うちらが変えるて……決めたんやろが!!」


 何もない、つまらない人生だったけれど。


――いなり? うちの名前〝いなり〟って言うん? 可愛くて美味しそうな名前やなぁ……うち、この名前好きや。


 のんびりした口調。トロそうな見た目。寝癖の残る頭。どれを取っても、気に入らなかった。名前だって適当に付けたのに、喜びやがった。


「立て……立たんかぁ!!」


 神崎の言葉にいなりは体を起こそうと何度も挑戦するが、やはり立つことは出来ずに空を仰ぐだけだ。


――ママにも友達おったんやなぁ!


 こんなゲーム興味なかった。


――バディタクティクスに出てみようやぁ、ママ。


 ゲームに本気になるとか馬鹿らしかった。


――友達、五人おるんやしええやん。思い出が欲しいんや。


 半年もいたらいつの間にかこいつにも慣れてきて。


――ええやん、なぁなぁ、出ようやぁ。うちと遊んでやぁ。なぁなぁなぁなぁ。


 ツレにも話してしまった。


「いろは! はよいなりを助けるんや!」


 それは容易くフリードリヒに防がれる。


「どきぃや!」

「どかぬ」

「どかんか、ハゲ!」


――まずはボランティアからやろうや。


 アビリティだって、取るのが大変だった。だからボランティアから始めたんだ。


――ゴミ言われたって気にしなければええんよ、ママ。誰がなんと言おうと、うちらは京都の流星やん。流星がゴミを拾っちゃいけないなんて誰が決めたんよ。うちらは日本で一番雅なとこで暮らしとるんやで? 自分の住んでるとこ綺麗するんに、資格も必要ないやないか。


 後ろ指差されて笑われた。


――ママ、あいつらうちらの背中が立派で羨ましいから、笑うしかないんやで。


 ゴミ拾いだけじゃない。うるさいガキの子守り。ジジイやババアの話し相手。雪が降れば早めに登校して雪かきだってやった。今思い出しても恥ずかしい。


――子供元気良かったなぁ! ママ大人気やったやん! うちもいつかあんな子供欲しいわ!

――じぃじもばぁばも嬉しそうやったやん。ママは話し下手なのに、よう人に好かれるなぁ。生まれる時代間違えたんちゃうん?

――おっきいカマクラ作ろうや、ママ! いっちゃんに登校してるんやし、カマクラぐらいええやんな!


 大変だったんだ。

 馬鹿だゴミだと言われ続けて、それでもしっかり勉強だって、練習だってしてきたんだ。


「いなり、立ってやぁ……うち、こんなところで負けたくないんや……このままじゃあ、またゴミや言われてまうやろが!」


――なぁママ。うちな、ママのとこに産まれて良かったわ。だってな、すっごいがんばり屋のママなんて、めっちゃかっこええやんな。


 けれど、がくりといなりは気を失った。


――京都府チーム花鳥風月。いなり、戦闘不能。


 ゆっくりと光を伴いながらいなりはログアウトしていく。


「変わらな……あかんのに……」

。貴女は思っているよりも、変わっているはずよ」

「お前なんかに……わかるわけなかろうが……」


 いなりが消えたのを確認した風音は深くため息をついて。


「勝ったわよ、天広くん。だから、これは負けじゃないからね?」


――千葉県チーム太陽。イリーナ、戦闘不能。


 イリーナもまた、ログアウトしていった。

 その様子を、花鳥風月と太陽の二チームはしっかりと見届けていた。そこから数秒、彼らは黙っていたが。


「い、伊織が負けたからなんやねん! かかってこいや王城翼ぁ!」


 自らを鼓舞するように、藤本咲は吠えて王城へと向かっていった。

 そして、両チームは動かなかった。

 風音と神崎のあの戦い。あれを見た後ではどうしても複数人同士での戦いを行うことができなかった。場は暗黙の了解でいつの間にか一対一の戦いを見盛るようになっていた。


「いろはぁ! いなりの敵討ちじゃあ!」


 涙を流しながら吠える藤本。

 それを真正面から見据えつつ、王城は返り討ちにしていく。

 その姿を見て、太陽は胸に抱く思いを言葉にしていた。


「支え、だったんだ……」


 そう。花鳥風月において、神崎伊織は精神的な支柱だった。そもそも彼女がこのゲームを始めようと全員を誘い、そして集った仲間たちだった。

 彼女が大将に選ばれなかったのは、先のように暴走する可能性があったから。そして横宮は冷静に指示を出せる人物であったから。ただそれだけだ。上下関係もない、フラットな関係であった。それ故に、神崎伊織がいなくなった花鳥風月は脆い。


「いろは!?」


 フリードリヒの一撃でいろは地面に倒れ込むが、それでもすぐにフリードリヒの足に噛み付いた。


「お前らみたいな優等生にはわからんやろ……こないに無様になっても、勝たなあかんときがあるってことがよ!」


 その何とも泥臭い戦い方。それを知らないだろうと語る藤本咲。

 何という皮肉だ。


「知っているぞ。手が使えないのなら足を使い、足がないのなら噛み付いてでも戦う。そしてそういった戦いをする者の意思が強いということも。だから全力で叩き潰す」


 フリードリヒの拳が強く、振り下ろされた。


「なっ……」


――京都府チーム花鳥風月。いろは、戦闘不能。


「うちらが……負けたら流星は変わらないんや……」

「変わる変わらないはまだわからんだろう?」


 いろはがログアウトした後に。


「……那須遥香。私と、戦って」

「はい」


 東城奈美が遥香に勝負を求めた。

 互いに拳を鳴らしすぐに打ち合う。

 けれど。

 しかし。

 やはり。

 神崎伊織を失った花鳥風月はあまりにも呆気なく負けていき、残るは大将の横宮春のみとなっていた。


「天広太陽、お前に勝てば……うちらの勝ちや」

「そうですね」

「勝つぞ、うちは……」


 もう味方のいない状況で、横宮は精一杯に強がってみるものの。


「勝って……変わらな……」

「僕らは負けませんよ。負けることを考えている人なんかに負けるわけない。僕らは沢山、勝ってきた。そして沢山のチームの誇りを背負っています。自分達のことしか考えていない貴女達なんかに、負けません」


 テラスは辛そうな顔のまま刀を抜いて、こはるに向き合った。


「横宮さん。何にも考えずに来てください。きっと、それが一番だ」


 太陽はにかっと笑いながらそう言い、それを見た横宮は自然と笑みを返していた。

 数分、二人の相棒は打ち合いを行った。

 特に何も語ることなく、互いに最大の技術を持って。それは踊っているようにも見えたが、やがてテラスがこはるの武器を弾いたことで生じた隙に、一撃斬り付けたことで勝負は付いた。


「僕らの勝ちですね、横宮さん」

「あぁもう……あんた、ホンマええ男やなぁ……あとで、連絡先教えろや……」


 横宮さんは、笑いながら涙を流していた。


「僕らは、絶対に勝ちますよ。絶対に」


――京都府チーム花鳥風月。こはる、戦闘不能。よって、チーム太陽の勝利です。


 アナウンスが太陽たちの勝利を告げる。


――花鳥風月。初参戦、初出場。彼女ら以外、流星高校からはバディタクティクスに参戦したチームはなかったというのに、よく調べ、よく学び、よくここまで戦いました。綺羅星はここで落ちますが、次回はきっとより強く、そして輝くでしょう。


 そして花鳥風月を称えるアナウンスと共に、チーム太陽は全員ログアウトをしていた。

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