正義/4-3/了

 テラスの舞いは、美しかった。

 耳を澄ましてみると、小さく鈴の音が聞こえ、それが彼女の動きに合わせ幻想的に奏でられる。

 それを見つめる僕らだけではなく、相棒達も温かい笑みを浮かべている。

 やがて舞いが佳境に入ると、テラスは一人ずつ相棒の肩を優しく叩いていく。すると肩を叩かれた相棒は立ち上がり、彼女と舞い始めた。

 それに僕らは息を飲んだ。

 あまりにもそれは協調が取れていて、それでも一人ひとりの特徴を活かしていたからだ。

 イリーナはフルートを奏でつつも、妖精のように舞い上がり翡翠の粒子を周囲へ撒く。

 ロビンとセレナはイリーナの粒子に蒼い氷片を散らしつつ、静かに場を盛り上げ。

 ノクトは全員の周りに小さな火花を閃光のように灯す。

 リリィと踊遊鬼の二人は互いに手を取りながら、テラスの舞いへと参加した。

 フリードリヒとアンゴラはいつの間にか小さな太鼓を手でリズム良く鳴らしている。


「綺麗……」


 透子がぽそりと漏らし、僕らは頷いた。

 そしてテラス以外が彼女の背後に回り込むと、テラスは刀の切っ先を頭上に向け、そこから花火を上げた。

 それはぽんと弾け〝祝・チーム太陽、優勝!〟と、きらきらとした文字を映した。

 それが終わりだったのだろう。彼らは横一列に並んで、深く頭を下げた。

 僕らは彼女らに拍手を送る。


「透子、写真!」

「そうだね、遥香ちゃん!」


 二人は、やりきったという顔をしている相棒全員の姿をスマホに収めていく。


「やるじゃん、テラス」


 ぴこん。

 舞踊も役に立つのです!


「ははは、そうだな。前は悪かったよ」


 わかればいいのです!

 全く、可愛いやつだ。


「さて、ここで現実に戻ってもらうのだが」


 まだみんながテラス達の踊りに余韻に浸っていると、おほん、と正詠は咳払いしてそう言った。


「全国の県大会が終わって、全都道府県の出場校が決まった」

「マジか!?」


 その話に喰いついたのは晴野先輩だ。口の端から骨付き肉がはみ出ているのが、残念な感じを醸し出している。


「えーっと……」

「北海道はどこだ?」


 正詠がホログラムを見ている最中に、王城先輩が口を出す。


「あー北海道は王城先輩の予想通り桜陽ですね。ってかネットの人気順位を言ったほうが早いな」


 正詠は笑みを浮かべて。


「驚くぞ?」

「もったいぶんな優等生。さっさと言え」

「そうだそうだー!」


 蓮と遥香に煽られ、正詠は短く笑った。


「まず第十位は新潟の荷稲高校『ブラストスノウ』、第九位は広島の呉第一工業大付属高校『大和』、第八位は大阪の近畿中央高校の『たこ焼き焼きまっせ』……」


 大阪で数人が紅茶を吹く。


「なんだよその変な名前……面白すぎるだろ」


 負けた気がする。大阪らしいと言えばらしいけども。


「言っとくがスペシャルアビリティ持ちが一人いたぞ。高校生漫才大会で優勝した奴がいるらしい」

「やめ……やめて、正詠くん……!」


 大阪のチーム名やスペシャルアビリティで一番ツボってしまったのは、どうやら透子らしい。


「……これでも強いんだからな、マジで。んで、第七位は沖縄の美ら海高校『蒼海』、第六位は青森の青山高校『りんごりん』、第五位は千葉……俺達陽光高校『チーム太陽』だ」

「青森のチーム名も気になるけど、なんで俺らはチームってのが頭に付いてるんだよ」


 一応蓮が突っ込む。

 というかそれよりも僕らがネットでの人気順位で十位以内ってすごくない?


「俺達がチーム太陽チーム太陽言いすぎたせいで『チーム太陽』っていうチーム名と覚えられてんだろ。あと少しだからさくさくっと行くぞ。第四位は鹿児島県の鹿島高校『ボルケイノ』、第三位は北海道の桜陽高校『桜花絢爛』、第二位は静岡の富士南高校『緑茶』、第一位は神奈川の高天高校『天継』だ」


 言い切って正詠は細く息を吐く。


「この中でも去年のバトルロイヤルを勝ち抜いたのは高天、桜陽、近畿中央、呉第一、富士南か。まぁ当然っちゃ当然だな」


 晴野先輩が納得するように言葉にする。さっきから止まることなく口に食べ物を詰めていたにも関わらず、ちゃんと話を聞いているとか中々やる。やばい。このままでは晴野先輩に全部食われる。そう思ったのは僕だけではなく遥香もらしく、すでに料理に手を伸ばしていた。


「あ、太陽。そのたこ焼きは数が少ない、ちゃんと分けろ」

「やだぷー」


 たこ焼きに手を伸ばすと正詠の制止が入る。それを無視して僕はたこ焼きをぽぽいと口に二個入れて、予想通りというかお約束というか口を火傷した。


「あふい」

「はは、ざまぁ」


 感情のない声で言った正詠は余ったたこ焼きを冷ましながら頬張った。


「それで、バトルロワイアルは誰が出る? 去年に倣い俺と風音にするか?」


 王城先輩はアップルパイを食べながら正詠を見た。そんな正詠は透子に視線を向ける。


「バトルロワイヤルってなんすか?」


 アイスティーで口を冷ましながら聞いてみると。


「全国は初戦……いえ、予選というべきかしら? 最初の戦いは四十七都道府県のチームから、二名ずつ選出して戦う試合なの。相棒数総勢九十四体が入り乱れて戦う姿は暴れ甲斐があるわよ」


 ほほほ、などと上品に笑っているが、その目は校内大会決勝の時のように狂暴だ。


「んで、そこで半分以下にまで数を減らして、そこからトーナメントだ。最も多く相手を倒したチームはシード件ももらえるんだぜ? 残れるのは十七チーム、あぶれたチームがシードってわけだ」


 晴野先輩は満足したのか紅茶を口に運ぶ。


「県大会決勝みたく派手に暴れろよ?」


 にやりと笑った晴野先輩に、僕らは笑顔を返す。


「おい、あのロン毛が出たら俺にやらせろ」


 良い感じでまとまりそうだったのに、蓮は口を出した。


「今回は出番なしだ。お前の戦い方じゃあ複数人相手に向かないだろ? 今回は我慢しとけよ。高天とは絶対に当たるしな」

「……じゃあ誰が出るんだよ?」

「うちで一番血の気が多くて、派手で、機動力が高くて、広範囲攻撃も持ってて、目立つのが好きで、暴れることが生き甲斐みたいなのが二人いるだろ」


 ぽりぽりと頬を掻きつつ、正詠はその二人を見た。

 その視線を辿ってみると、そこには遥香の頬に付いた米粒を取っている風音先輩がいた。


「……正詠、もしかしてあの二人か?」

「あぁ」


 そのまま僕は蓮を見た。


「……うちのおっかねぇ女代表じゃねぇかよ」


 一応蓮は小さな声で呟いたのだが、風音先輩は蓮に顔を向けて。


「いつでも再戦してあげるわよ、ひ・し・ろ・く・ん?」


 ぞわりと背筋が震える。


「おい蓮、謝れよ」

「す、すみません……風音先輩」

「素直でよろしい」


 あの人、やっぱ地獄耳だわ。


「というわけでだ、太陽」


 正詠はぽんと僕の背中を叩いた。


「ここまで来たら全国優勝狙うぞ」

「おうよ、当然だ! 絶対に……」


――助けて、お兄、ちゃん。お姉ちゃ、ん。


 ちくりと、胸が痛む。


「……どうした?」

「どうかしたの、太陽くん?」

「何暗い顔してんのよ、太陽」

「らしくねぇ面すんなよ、太陽」

「天広、何があった?」

「大丈夫?」

「なんだなんだ、どうしたってんだ?」


 その痛みは、痺れるように辛いが。


「わりぃわりぃ、食いすぎてゲップ出そうになった。絶対優勝しようぜ!」


 決して忘れてはいけないから。


「よっしゃあ、チーム太陽! 目指すは全国優勝だ!」


 もう、あんな思いするのは……嫌だから。

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