正義/4-2
学校を出た僕らはホトホトラビットに到着したのだが、店のドアには〝本日休業〟のプレートが下げられていた。
「あれ……?」
僕は後ろにいる正詠に振り返りながら問いかけた。
「入っても大丈夫だよな、これ」
「決勝が終わったら行くという話はしてたし、大丈夫だと思うけどな……」
正詠は前に出て、ドアを押した。
蓮特性のドアベルが気持ちよく鳴ると、ぱぁんとクラッカーが鳴らされた。
「よくやった、坊主共!」
入り口正面のカウンター前で、蓮の親父さんがにかっと歯を見せて立っていた。
クラッカーはどうやら親父さんが鳴らしたようだ。
「ありがと、ございま、す」
驚きの余り上手く喋れない正詠を他所に、親父さんは全員の頭を一度ずつ撫で。
「ほらほら、テラスに行けって!」
ぴこん。
「んぁ?」
「あーすみません。僕のテラスがテラス席って言葉に反応してるんです」
テラスはくるくると回転しながら僕の目の前に現れた。
「お前はいい加減テラス席と自分の名前の違いを覚えろよ」
お約束なのです。
良い笑顔でメッセージを表示したテラスの頭を軽く撫でて、僕らはテラス席に向かった。
「うわっ、すっごーい!!」
遥香が驚きの声を上げるのも無理はない。
テーブルの上には色とりどりの料理が並べられており、それは出来立てなのか湯気がほんのりと立っている。
「今日はお前達の優勝祝いだ!」
ばしんと一際強く僕は背中を叩かれる。
「いや、でもお金が……」
いつもの紅茶とかポテトとかなら素直に喜べるが、これはちょっと贅沢すぎるし申し訳ない。
「安心しろ、お前達のご両親と連絡取ってな、料金はもういただいてるんだ」
ふん、と胸を張る親父さん。さすがは商売人だ。抜け目ない。
「となると、がっつりと食わないとな!」
僕はすぐに席に座り、早速箸を取ろうとしたのだが。
「馬鹿太陽。蓮がまだだろ、あいつが来てからだ」
僕の頭をぺしりと叩いた正詠は言いながら僕の隣に座った。
「おーい、馬鹿息子。友達が来たんだから早く仕上げろー」
親父さんがキッチンに向けてそう言うと。
「うるせー馬鹿親父!! 帰って来て早々手伝わせといて何言ってんだ!」
キッチンから蓮の声がした。
それから全員が席に座るのとほぼ同時に、キッチンからコック帽とエプロンを巻いて現れる。
「火は止めといたから後は親父がやれよ」
「がっはっはっ! しゃーねぇなぁ!」
やれやれと首を振りつつ、蓮は最後の席に座り帽子を外した。
「何見てんだよ?」
少し新鮮な蓮の姿に、僕らは頬を緩めた。
「それじゃあ天広、音頭は任せるぜ?」
晴野先輩は頬杖をついて僕に言った。
「お、おす」
僕はアイスティーの淹れられたグラスを手に立ち上がる。
「手短にしろよ、太陽」
「そうだよー、太陽」
幼馴染二人はからかうように笑い。
「早くしろ、太陽」
「早く早く、太陽くん」
蓮と透子のペアも同じく微笑んでいた。
「えーあーんー……本日はお日柄も良くぅ……」
さてどうしようかと口ごもる。
「っしゃあ優勝おめでとうかんぱーい!!」
その隙に晴野先輩が音頭を取った。
「「「「「「かんぱーーい!」」」」」」
「ひどくなぁい!?」
一笑と共に、皆はグラスを鳴らし合う。
「晴野先輩はまったく、晴野先輩は……」
「へへ、笑えりゃいいんだよ」
そりゃあそうだけども……。
「って、あれ?」
すぐには気付かなかったが、テーブルの中央には小さな小皿と、これまた小さなグラスが並べられていた。
「これって……」
「お前さん達の相棒の分だ。いつもミルクピッチャーじゃ味気ないだろ? 特注品なんだぜ?」
親父さんは新しい料理をテーブルに置きながらそう言った。
「ありがとうございます。でも数が多い気が……」
グラスは僕ら全員の分よりも一つだけ多かった。
「あーそれか。俺のアンゴラの分だ。ほれ、アンゴラ。お客さんに説明してやりな」
親父さんの一言で、ごつい見た目の相棒がテーブルに現れる。それが合図かのように、僕らの相棒もテーブルの中央に集まった。
「おーおーわちゃわちゃと賑やかだねぇ」
ははは、と笑った親父さんはまたキッチンへと戻っていった。
その中にはイリーナもいたため、あれ、と思い風音先輩に聞いてみる。
「あ、そういや風音先輩?」
「何かしら?」
ストローから口を離した風音先輩はにこりと微笑み応える。そんな姿に少しばかりどきりとした。
「えーっと、その……イリーナっていつから出てくるようになったんですか?」
夏休みに入る前には、確か表に出てこないと言ってた気がしたが。
「あら。勿論、乙女の秘密よ?」
「え」
「ヒントは笑顔。これ以上は教えてあげないわ」
イリーナと風音先輩は互いに微笑み合う。
「あー……笑顔で話しかけでもしたんですか?」
前はイリーナの話をする度に辛そうな顔してたし。
「……ひ・み・つ」
風音先輩はとても嬉しそうにそう言うと、遥香や透子を見てまた微笑んだ。
「女の子って怖いなぁ……な、テラス?」
同じ女の子のテラスに目線を向けると。
「……いや、そういう着替えあるなら水着いらなかったろ、やっぱ」
テラスはいつの間にか巫女衣装に着替えて、儀式で使うような派手な刀を舞っていた。そのせいか僕の言葉は届いていないらしい。
「多分、無料分だろ。お前のテラスはそういうの探すの上手いよな」
新しく出てきたグラタンを取りながら、正詠は言う。そんな正詠のグラタンをちらりと遥香が見た。正詠は自分の分を遥香に渡して、またグラタンをと取る。
「ロビンとかは着替えたりしないのか?」
「俺のロビンはキレたら着替えるんじゃないか、前みたく」
正詠は自虐を含めた言葉を漏らし、机の中央にいるロビンを見た。
「そういういじりにくいことを言うなよ、正詠」
「ははは。にしても、お前のテラス中々な踊りだぞ。みんな見てるぜ?」
今の僕の位置では背中しか見えない。仕方なく移動しつつ、そのついでにパスタとから揚げを取る。
「いつ教えたんだよ、太陽?」
蓮は珍しく穏やかな笑みを浮かべながら僕に聞いてくる。
「夏休み前に勝手に動画観てたし、それで覚えたのかも」
こういうところは僕と同じで、余計なことだけは覚えが良い。
よいしょとテラスの正面に座ると、テラスは僕を見てにっこり微笑みながらも舞い続ける。
「へぇ……」
蓮があんな笑顔を浮かべたのもわかる気がする。
ロビンが作った氷の小さな山に模した塊に、ノクトが雷を纏わせることで幻想的な明かりがテラスを照らしていた。
そして、イリーナがフルートを吹きつつ、リリィ、セレナ、フリードリヒ、踊遊鬼、アンゴラはリズムに合わせて手を叩いていた。
「なぁ、みんな。これ見てみろって。やばいぞ」
食事をしていた全員がその姿を見て、同じように優しく微笑んだ。
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