正義/2

 ホトホトラビットのテラス席で、僕らは神奈川県県大会の動画を再生していた。

 予想はしていたが、やはり優勝は高天高校のチーム・天継。そんな彼女らの戦いを見た僕らは、大きくため息をついた。

 一言で表すのなら、彼らは『臨機応変』だった。

 ティエナクラストフが前線に上がった途端に、一人ひとり差はあれど彼女らは次のために動いていた。それも何も言い合わずとも、だ。


「やっぱ天継だったな」


 くぁ、と大きくあくびをしながら晴野先輩がそう言うと。「うむ」と王城先輩が短く応えた。

 僕らはそれぞれの相棒に頼んでホログラムを落とす。


「明日は僕達の決勝……ですね」


 紅茶を飲むが、味は感じられない。


「まぁその話はお前の妹が来てからだな」


 紅茶を飲みながら晴野先輩が言うと、丁度そのタイミングで愛華が扉をくぐってきた。

 何とか笑顔を作って、手をあげる。それに気付いた愛華はカウンターにいる親父さんにぺこりと頭を下げて、僕らの席にやってきた。


「にぃ」

「遅かったな。どうしたんだ?」

「うちの学校はにぃの学校と正反対にあるんだもん。遅れるのも当たり前じゃん」

「あ。そうだったな、わりぃわりぃ」


 ははは、と笑ってみたが、声が掠れてしまう。


「……なに、この空気」


 愛華は嫌そうに顔をしかめて全員を一度ずつ見た。


「まぁいいから座れって、愛華。親父さーん、紅茶おかわりー」


 親父さんは頷くとすぐにティーカップを持ってきてくれた。


「早速で悪いんだけど、パーフィディ達のこと聞かせてくれよ」


 しかし愛華は肩を竦めて。


「その前に、名前も知らない人がいるんだけど」

「けっ。合コンするわけじゃねぇんだぞ。たりぃ奴だな」


 そんな愛華に噛みつく蓮。


「あんた、名前も知らない相手と話すのが趣味なの? きもっ」

「あぁ!?」


 声を荒らげる蓮を横目に、晴野先輩だけがからからと笑っていた。


「確かにな、わりぃな妹。んじゃ、俺からやるか。俺は晴野輝はれのてる。元弓道部部長で陽光三年だ。お前の兄貴とは校内大会からの付き合いで、高遠とは部活の先輩後輩だ。これからよろしくな」

「よろしく……お願いします」


 さすが対コミュ障最終兵器。愛華の神経を逆撫でせず、極力無駄のない自己紹介で揚げ足すら取らせないとは。


「俺は王城翼おうじょうつばさだ。元空手部部長。天広……太陽との出会いは晴野と同じだ」


 晴野先輩、王城先輩と来たので、僕は風音先輩を見たが。


「私はもう自己紹介済みよ?」

「え?」

「あの後また女子会を開いたの」


 一口紅茶を飲むと、風音先輩は「ね?」と愛華に微笑んだ。愛華は照れ臭そうに目を逸らし、こくりと首肯する。


「お前、夏休みの終わり前に泊まりに行ったのって、風音先輩の家だったのか」

「まぁ、うん」


 愛華は髪先をくるくると弄ぶ。


「となると透子のことは知ってるよな」

「うん」

「じゃあ蓮だな」


 みんなの視線が蓮に向けられる。


「けっ。日代蓮ひしろれん。テメェの兄貴と同じクラスだ」

「ふん」


 この二人は似通っている所があるのだが、それが絶望的に反り合いが悪い。それのせいで仲が悪い……と思いたい。


「おい早くパーフィディの情報よこせよ、ヤンデレ妹」

「うざ」


 いつか蓮が手を出すのではと心配で心配で仕方ない。

 しかしその後愛華がパーフィディ達との馴れ初めを始めても、蓮が手を出すということは特になかった。

 愛華の話を簡単に纏めると。

 学校からの帰り道に〝誰か〟に声をかけられた。それは男で身長は王城先輩と同じぐらい。見た目は細い印象があったらしい。ただ、その〝男〟からは決して敵意ややましい気持ちなど感じられず、あまりにも自然に愛華は〝男〟を信用したらしかった。


「あとは……SHTITを付けたとき、なんかちくりとしたかな……」

「ちくりって……」

「それからよく頭痛がした。普段はSHTIT付けなかったけど、付けてるときだけ……」

「はぁ?」


 僕にはよくわからなかったが、正詠、透子、晴野先輩は頷いた。


「リジェ……リジェクトとファブリケイトのSHTITは少なくとも、初期タイプとは違ったものだったし、何か細工してたんだろ。〝マリオネット〟とか、意味わかんねぇこと言ってたしな」


 リジェクトの名前を出すときに一瞬躊躇った正詠だったが、短く息を吐いてはっきりとリジェクトと言った。


「まぁやっぱりわかんないことだらけだよねぇ」


 遥香が机に突っ伏すと、透子がよしよしと頭を撫でた。

 なんだあれは羨ましい。僕の頭も撫でてくれないかしら。


「わからねぇもんは仕方ないからな。そんじゃあ明日の決勝はどうすんだ、チーム太陽?」


 晴野先輩の言葉に、僕らは正詠と透子を見る。二人は互いに顔を見合わせると、一つ頷くと正詠が口を開いた。


「王城先輩、風音先輩、俺、蓮、遥香で行きます。太陽はやっぱり最後まで隠しておきたい」

「ふーん」


 つまらなそうに晴野先輩は言って、紅茶を一口飲んだ。


「何か……?」


 さすがに不安になったのか、正詠は晴野先輩に聞き返すが。


「俺じゃなくて妹の愛華に聞いたらどうだ? 俺が言っちゃいけねぇことだろうしな」


 唐突に出た愛華の名前に、みんなが首を傾げたが。


「なぁ愛華。お前、言いたいことあるだろ。チーム太陽全員にさ」


 続ける晴野先輩に、愛華は髪の先を弄りながら、小さい声で話し出した。


「にぃ達の試合、つまんない。私はバディタクティクスなんてわかんないけどさ、辛いならやめちゃいなよ」


 それにみんなが息を飲んだ。


「県大会は全部辛そうで、観てて嫌になる……私のリジェクトは、そんな人達に助けてほしかったわけじゃないし」


 愛華はもうSHTITのない左手首をさするような仕草をすると、大きくため息をついた。

 ぴこん。


「ん?」


 SHTITとからの呼び出し音のすぐ後に、ばーんというSEが少しだけ控え目に鳴る。この音が出るということは、こいつらがやることは決まっている。

 我ら、チーム太陽!

 テラスを中心に、フリードリヒやイリーナも入ってあの謎のポーズを取った。


「お前たちは……」


 全くもって愉快な相棒だと、心から思う。


「私に気を遣ってるのか知らないけどさ、そういうのやめてよ。それにあいつらのせいで自分達の楽しみが奪われるのって、癪じゃない?」


 愛華の言葉に静かに頷いた晴野先輩は微笑んで僕を見た。


「どうすんだよ、大将?」


 可愛い妹や先輩にここまで言われちゃあ、僕も今まで通りというわけにはいかないだろう。


「なぁ正詠……」


 正詠は諦めたとでも言いたげにため息をついて。


「わかった、わかったから。で、どうしたいんだよ?」

「県大会決勝は、僕ら全員で出たい。王城先輩達には悪いんだけどさ」


 僕の言葉を聞いて、正詠はとっても大きくため息をついた。


「……と、うちの馬鹿大将が言ってますが、良いですか?」


 そんな正詠の言葉に、王城先輩と風音先輩は一笑して快諾してくれた。


「天継に見せつけてやるといい。貴様らは天を継ぐ者たちかもしれんが、我々は天に輝く太陽なのだと、な」


 しぃん、と空気が静まる。


「……お、俺だってたまにはこういうことも言いたくなるんだからな?」


 照れを隠すように王城先輩は頬を赤く染め、紅茶を口に運んだ。


「おーおー俺らの翼が珍しく照れてら」

「ふふ、翼もそういうこと言えるようになったのね?」

「う、うるさいぞ」


 そんならしくない王城先輩に僕ら後輩も微笑んで、次の決勝戦に向けて派手な作戦を考え始めた。



――……



 決勝戦相手は、海丘高校のチーム・リヴァイアサン。この高校は正詠の弓道大会で拍手を送ってくれた高校だった。


『これより、バディタクティクス千葉県大会の決勝戦を行います。両選手、互いに握手を』


 大会の審判の声で、僕らの相棒達はそれぞれ手を伸ばした。

 大会は基本的にVR施設からネットを介して行うため、マスターとなる僕ら全員が直接顔を合わせるということはない。

 それでも相棒サイズになった僕らは顔を合わせているので、臨場感があるのは変わらない。

 ちなみに、握手をするのは大将となる者同士(勿論マスターも相棒も)だけは必ず互いに行うが、それ以外は好きな相手と握手をする。


「高遠。弓道のときみたく泣くなよ?」

「泣くにしても、この試合は勝って泣きますよ」

「はは、楽しみだ」


 海丘高校のメンバーには弓道大会に参加した先輩もおり、正詠と力強く握手をしていた。


『これより、フィールドへと転送を行います。以降はアナウンスの指示に従っていただけますようお願いします』


 海丘高校のメンバーがノイズを残し消えていく。


「よっしゃ。久しぶりだし全力でいくぞ、テラス」


 テラスは笑みを浮かべて頷く。


「作戦通りに頼むぞ、太陽。わざわざそのために派手な作戦にしてんだからな」


 そんな僕らに釘を刺すように正詠は言った。


「任せろって!」


 元気よく答えた僕に、何故かやれやれとでもいうように頭を振った。


――フィールドは遺跡平原。これより転送いたします。


 全員が細く息を吐きながら、互いの顔を見合うと、僕とテラスは遺跡の天辺に転送されていた。


――制限時間は三十分。三十分で勝負が決さない場合は十五分の延長、延長でも勝負が決さない場合は、生存相棒の人数の差で勝負を決め、生存相棒数が同じ場合は全相棒の体力の総合計が多いチームが勝利となります。


――試合……開始!


 ブザー音が鳴り、まず僕とテラスは周囲を確認した。

 遺跡平原、という名の通り青々しい平原の中に、ぽつりぽつりと遠慮がちに突き出ている石の〝物体〟があった。


「なぁテラス。周りにみんなはいるか?」


 テラスは宙をぼうっと少し見つめると、ふるふると首を振った。


「なぁんか僕らっていつも高い所に飛ばされるよな」


 馬鹿と煙は、と言いたくはないが……何故僕らはいつもこう、高い所に飛ばされるのか。


「んー……でもまぁ、正詠の作戦はやりやすいか」


 僕のその言葉に、テラスは期待に満ちた笑みを浮かべる。


「見せてやろうぜ、テラス。情報初心者ビギナーの戦いってやつをさ!」


 テラスは頷いて、刀の切っ先を空に向けた。


「最高に派手な決勝戦だ!」


 使用する相手もいない、そんな状況で。僕はテラスにアビリティを使用させた。

 火柱が上がるアビリティ。別段珍しくもない、普通のアビリティ。けれど、その派手さだけは一等だ(とはいえ、ヒットすればそれなりのダメージだが)。

 遺跡平原という、現実にはそうそうない場所で、テラスの火柱が赤々と舞い上がる。


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! チーム太陽の大将、天広太陽と相棒テラスはここだぁぁぁぁぁぁぁぁ! かかってこいよ情報熟練者エキスパート!!」


 全身全霊の宣戦布告は、僕的に大成功だった……と思われる。

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