悪逆/2/凌駕

 ロビンが渾身の力で放った矢は、リベリオンの左腕に刺さった。それはアビリティでも何でもないただの攻撃だ。


「あ……?」


 今までとはまた違う反応。リベリオンは自分の左腕を見て、すぐにロビンを見た。


「あぁ……?」


 その矢を抜くと、リベリオンはまた自分の左腕を見て、掻きむしる。


「クソ、がぁぁぁぁぁぁ!」


 リベリオンの敵意は、今この時全てが正詠とロビンに向けられた。


「お前らは腹立つ……殺してやる……!」


 ドクン、と一度強く触手が脈打った。


「ヤ=テ=ベオ! あのザコガキを滅茶苦茶に、ぼろ雑巾のようにぶち殺せ!」


 触手が地表に現れ、一斉にロビンに向かった。


「ロビン、回避を……!」


 正詠が指示を出すよりも早く、ロビンは触手を器用に避けていた。

 体を僅かに傾けたかと思うと、違う方向から襲い来る触手を弾きつつその勢いを活かし、自身の体を浮かす。一本の触手にロビンは飛び乗ると、それを辿ってリベリオンに向かっていった。


「ロビン、近付きすぎるな! 距離を取れ!」

「死ねザコ共!!」


 リベリオンの目の前で弓を引き絞るロビンの顔は、強い怒りに満ちていた。

 槍のように変形した右手をロビンに向けて突くが、その至近距離の攻撃をギリギリで躱し、ロビンは矢を放つ。しかし、それを一本の触手が絡め取った。


「ひひ……所詮そんなもんだ。あのメスガキも言ってただろう? 最強だってよぉ!」


 左の凶爪がロビンを切り裂いた。

 苦痛にロビンの顔が歪む。


「ギャハハハ!! ここで消えろよ、ザコガキのザコ相棒がぁぁぁぁ!!」


 リベリオンの頭の触手が蛇のように鎌首を上げて、下りてくる。


「ロビ……!」


 正詠がロビンの名を呼び終わるその僅かな間。仲間達が集り、全員がその攻撃を止めるべく体を張っていた。


「一人でかっこつけんな、正詠!!」


 太陽のテラスは触手にしがみつき。


「離すなよ、フリードリヒ!」


 王城のフリードリヒがテラスをしっかり支えた。

 そしてそのフリードリヒをセレナ、ノクトががっしりと掴む。


「好都合だ、ガキ共……全員ぶっ潰してやる!」


 一際巨大な触手が地表に現れ、全員を標的にしようと降り下ろされた。

 皆が一撃を覚悟したそんな中、誰が予想できたろうか。


「リリィ、全力でイリーナに攻撃しなさいっ!」


 遥香とリリィのみが、次のために動いていたことに。

 仮に、もしも、有り得ない話だが、遥香の相棒がリリィでなければ、この指示に躊躇っていただろう。仲間を攻撃しろという指示に、マトモではないと判断しただろう。

 けれどリリィは何の疑いも持たず、ただただ一心に拳を固く握り、自分が行える最速で、イリーナが捕らえられている触手へと拳を振り上げていた。


「透けてるってことは、そこは柔らかいんでしょ!?」


 何も、考えなしにリリィは従ったわけではない。

 王城との戦いの時、唯一仲間を助ける方法を見つけたのは遥香だけだ。

 たった一度だけだが、それでも。それでもリリィが遥香の言葉を信じるには充分すぎた。

 あなたならきっと、助けられる。それなら私は、あなたが言う全力を賭すだけだ。

 その全力をイリーナなら耐えられるということも、リリィは織り込み済みだ。何と言っても、彼女は今〝最強〟なのだから。


「リリィ!」


 遥香はきっとそこまで考えていないだろう。

 だが、信じているからこそ。


「助けなさい!!」


 リリィは拳を振るう。

 触手はリリィの拳激を殺し切れず大きく軋む。だが、まだイリーナは捕らえられたままだ。


「左の拳がまだあるでしょ、リリィ!!」


 何て無茶苦茶な。

 リリィは僅かに苦笑した。

 しかし、その期待に応えられるからこそ、彼女は遥香の相棒なのだ。

 軋む触手にもう一撃、拳が打たれた。

 触手は耐えきれず、上下の膨らみかけた箇所を起点に千切れた。


「あぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!」


 リベリオンが叫んだ、その攻撃の手が緩んだ瞬間で。


「フリードリヒ、イリーナを助けろ!」

「ノクト! フリードリヒを支援しろ!」

「セレナ、イリーナにヒール!」

「他力本願セット、ヒール! ダーゲット、イリーナ!!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。アビリティヒールBがランクアップし、ヒールSになります。

――アビリティ、ヒールS。味方の体力を大回復させます。


 全員が思い付く限りの支援を指示する。

 それを黙って見過ごすリベリオンではない。


「クソガキ共がぁぁぁぁ!!」


 攻撃を仕掛けようとしたリベリオンへ、ノクトの矢が刺さり爆発する。


「邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!」


 触手が周囲八方に動き辺りを破壊し始める。

 そんな中、イリーナを触手から助け出したフリードリヒは彼女を抱え後退する。


「もう無理だ! この化け物を倒すのは諦めるぞ!」


 王城からの撤退指示。皆が頷くしかなかったというのに、ロビンだけはまだ弓を絞り戦っていた。


――まだ……私のマスターの怒りを晴らしていない! 私はまだ踊遊鬼の痛みを、こいつに返していない!!


 マスター達の視界の隅にロビンからのメッセージ。


「ロビン、これ以上は駄目だ!」


 正詠がロビンを止めようと彼の髪を引こうとしたその時、リベリオンの触手が正詠を叩き落とした。


「ザコ相棒! テメーのマスターを壊して、壊してぇぇぇぇやるぅぅぅぅ!!」


 怒りに暴走するリベリオンは気付かない。

 今、〝逆鱗〟に触れたのだということに。


――……殺す。


 たった一言。しかしそれは、爆発前の静かな一言だった。


――貴様は殺すぞ。リベリオン。


 そのとき、けたたましい警告音がフィールドに響き渡った。


「うるっさ! 何だこれ!?」


 太陽は両耳を塞ぎながら音がどこからしているのかを探すように、頭を動かしていた。


――もういい。貴様ら如きに期待した私が愚かだった。


 皆の視界の隅に、怒りに満ち満ちた恐ろしいメッセージがゆっくりと表示されていた。


――もういいと言ったろう。私はマスターのために、こいつを殺す。


 それがロビンのメッセージだと気付くのに、彼らは時間がかかっていた。


――リベリオン。知っているか?


「あぁ!?」


――我ら相棒は、人間以上の〝感情〟を得られぬようだ。


「それがどうしたぁ!? ザコ相棒がぁぁぁぁ!!」


 規則性を失い暴れていた触手は、一斉にロビンに向かったが。


――これ以上の激情を人間は有しているとのことだ。それを知らないことに私は今この時、感謝している。


 触手は一瞬のうちに凍りつきがらがらと音を立て崩れていった。


――貴様を殺す以上に、この怒りを晴らす方法を知らないからだ。


 一瞬で空気が凍てつくと、ロビンは自らを氷の鎧に包み込んでいた。

 ロビンは、正詠を氷で覆い隠した。


――私のマスターを……マスターが大切にする全ての者を傷付けたことを後悔しながら……死ね。


 ロビンは周囲を凍てつかせながら、リベリオンと一気に距離を詰めて殴り付けた。

 大きくリベリオンは後ろへと体を反らす。


「痛てぇ……痛てぇなぁぁぁぁぁ!!」


 痛みをはっきりと口にし、リベリオンはまた触手を全てロビンへと向けた。


「決めた……決めた決めた決めた決めた決めた決めた! テメーらは、俺がぁぁぁぁぁぁぶち殺ぉぉぉぉぉす!!」


 今、リベリオンの怒りは臨海点を突破した。

 しかしその怒りを……。


――くだらん。貴様の怒りなど、とうに私は越えている。


 ロビンはとうに越えていた。

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