想い出/1

 正詠はもう冷めてしまった紅茶に口を付けた。


「天草って奴のことはわかった」


 蓮も紅茶を一口飲む。


「問題はなんであいつはああなったか、だ」

「それがわからん。今までも天草にちなんだ記憶は少しはあったんだ……手鞠歌を口ずさんだりするのはその例だな」

「あっ」


 透子が不意に言葉を漏らす。


「ゴールデンウィーク前……決起会のとき……」


 透子は慎重に記憶を辿り話し出した。太陽が透子に対し「蓮に忘れられたらどうするか?」と問いかけたことを。


「なに、それ……」


 遥香の瞳から涙が流れた。


「そうか……あいつはきっと思い出そうとしてたんだ」


 正詠の声が震える。


「どういうことだ?」

「太陽は天草光って名前が聞こえないんだ。決起会の前、遥香が天草の名前を出した。それから……いやもしかしたらテラスが来てからかもしれない。リベリオンはテラスが天草に〝似ている〟と言っていた」


 正詠の瞳からも涙が流れた。

 それを乱暴に拭い、彼は大きくため息をついた。


「そうだ……あいつは思い出そうとしてたんだ。だから試合のとき頭痛がするって……あぁくそっ、もっと早く気付いていれば」

「おい優等生、俺達にもわかるように説明しろ。全然付いていけねぇ」


 正詠は逡巡し、大きく息を吸い込み、細く吐き出す。


「天草はよく手鞠で遊んでたし、手鞠歌も歌えた。天草はSHTIT研究所……相棒に関係する施設の近くにいた。透子に子供の頃の記憶の話をした。王城先輩の相棒が相手を嬲ることに嫌悪感を抱いた」


 ぐしゃりと正詠は髪を掴む。


「少しずつ少しずつ、あいつは記憶を取り戻していたんだ。でもリベリオンが……はっきりと天草の名前を口にしたことであいつは……」


 正詠は言葉を切って、紅茶を一気に飲み干す。



 全員が正詠を見た。


「だったら何でまた忘れてんだ! 思い出そうとして、やっと思い出したんだろうが!?」

「リベリオンが言ってただろ……太陽が天草をって。それを思い出して、またあいつは。前と同じく、前以上に記憶を削いで」


 だん、と蓮が机を強く叩いて立ち上がる。


「ふざけんな! 殺したとかそんなのリベリオンが適当なこと言ったに決まっ……!」


 しかし蓮は口ごもる。断言ができないと気付いたのだ。

 ここにいる誰もが、天草光の最後を知らないのだから。その最後を知っている唯一の人間が、この場にはいないのだから。


「忘れたいほどに、太陽にとっては嫌な思い出なんだろ。天草の最後は……」


 目尻をぴくつかせながら、蓮はまた座った。


「記憶がなくなったのは、からだ。だから前と同じく記憶を消した。それなら辻褄が合う」


 正詠は額に手をやり、もう何度目かもわからないため息をついた。


「じゃあ太陽くんはこれからずっと思い出せないの? 天草ちゃんみたく私たちのことも、テラスのことも……」


「思い出したらきっとまた忘れる。更に多い記憶を伴って、な」


 全員が俯いた。


「何か……何かあるはずだ」


 低いがはっきりと聞こえるように、蓮は口にする。


「俺はこんなの気に入らねぇ。辛いから忘れます、周りは自分に気を遣え、なんてくっそくだらねぇ」


 机の上にいる蓮の相棒ノクトは、胸に手を当て頷いた。


「俺は諦めねぇぞ。こっ恥ずかしい同志宣誓コムレイド・オースまで俺にさせて、勝手にダチを名乗って、勝手に忘れるなんて……納得いかねぇ」


 蓮の体は震えている。

 それは怒りからか、はたまた悲しみからか。それともその両方か。


「あれからまだ二日だ。記憶が混乱してるなら、きっちり元に戻してやる」

「蓮ちゃん……うん、私も手伝う」


 固い意思を語る蓮を見て、透子は頷いた。透子の相棒セレナは、そんな透子を見ながら、誇らしく微笑む。


「まったく……お前、太陽に感化されすぎ」


 正詠は肩を竦める。


「んだよ、テメーは反対かよ」

「いいや。今回だけはお前の意見に大賛成だ」


 ロビンはノクトに握手を求めるように手を差し出した。それを照れ臭そうに受け入れ、二人の相棒はがっちりと手を握り合う。


「うん……そうだね。ぐだぐだ悩んでても仕方ないね! まずは動こう!」


 遥香の相棒リリィはガッツポーズを取った。


「まずは記憶のメカニズムから勉強しないとな」

「……マジかよ」

「えぇ……」


 正詠の一言に、蓮と遥香は顔をしかめる。


「当たり前だろ。古いテレビじゃないんだ。叩けば治ると思うな」


 正詠が突っ込みを入れると、四人はようやく顔に笑顔を浮かべた。

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