情報熟練者/いつの間にか昔のように
「あ、ほら蓮ちゃん。また意味間違えてるよ」
ホトホトラビットの角席に、日代と平和島はいた。机の上には現代文と古典の参考書が広げられており、二人の相棒がいた。
「あぁくそ。意味がわかりにくいんだよ、古典は」
「蓮ちゃんは現代文はそこそこできるのに、なんで古典はできないんだろうね」
「んだよ、馬鹿にしてんのか?」
「ふふ、違うよ」
「ったく」
ぴこん。
ぴこん。
ぴこん。
ぴこん。
「ん、なんだこいつら?」
連続する電子音に、日代は机の上ではしゃいでいるノクトとセレナを見ていた。
「セレナ、何してるの?」
ぴこん。
ノクトが参考サイトを探しているのですが、変なサイトばかりで。
「そうなの? 蓮ちゃん、ノクトが探していたのってどんなサイト?」
「はっはっはっ! こりゃあいいな!」
日代は声に出して笑っていた。怪訝そうに平和島は首を傾げた。
「セレナ、ノクトが表示しようとしたサイトって?」
ぴこん。
俺が古典をぶった切った経緯を説明する。
古典なんてのは雰囲気さえ覚えてりゃあいいんだよ。
これで大丈夫! あなたも古典の最低ライン!
「えっと……これって古典を捨てに行ってるよね」
ぴこん。
そうなんです。ノクトは古典を捨てさせようとしてるんです。
「蓮ちゃん、これはさすがに……」
「いいんだよ、これで。古典は捨てる。苦手科目を百点にする努力をするよりも、得意科目を百点にしたほうが俺はいい」
「もう」
ノクトは頷きながら、その参考サイトを表示させる。日代はそれを見ながら古典の問題を解いていった。
それを見て、平和島は感心した。今までやる気を出さなかった日代が、楽しそうに勉強を再開したのだ。それも先程より集中力は高く、小さなミスもしないほどだった。
気の持ちようというものだろう。苦手を克服するのではなく、最低ラインまでにする。その分得意科目で巻き取る。
平和島個人とは逆の考えだった。彼女は得意科目は出来るのだから後回しにし、苦手科目を徹底的になくしていく方法をよく取る。
「そうだよね……考え方は一つじゃないもんね」
小さく呟いた言葉は日代の耳に届かないが、セレナには届いていた。
ぴこん。
現代文を続けますか?
「んー……私は違う苦手科目やろうかな」
セレナは頷くと、世界史の参考サイトを表示した。
ちなみに平和島の苦手科目は世界史、現代文。得意科目は古典と英語だ。
日代の苦手科目は古典、英語。得意科目は現代文、政治・経済だ。
そんな二人が勉強を再開して、あっという間に二時間は経過していた。
「ノクト、ここからここまでマーカー入れてブックマーク。今週の土日までに問題作っとけ」
「セレナ、今チェック入れたところに関連する重要度の高い出来事をまとめておいてね」
二人の相棒は頷いた。それを見て、平和島は微笑んだ。
「何笑ってんだよ、透子」
「だって……いつの間にかこの子達がいるのが当たり前になってるから」
平和島はペンを置いて、セレナの頭を撫でた。セレナは目をきゅっと閉じて、それを嬉しそうに受け入れた。その様子は猫のようでとても愛らしい。
「ごめんね、勉強中なのに」
「別に……今日はもう遅いし終わりにするぞ」
ホトホトラビットには他の客はおらず、キッチンからは食器を洗う音が小さく聞こえていた。
「私、天広くんたちと一緒にバディタクティクス出れて良かったと思うの」
机の上の参考書を片付けながら、平和島はそう言った。
「そうかよ」
日代も参考書を片付け始めた。
「また蓮ちゃんと一緒に話せるようになったし」
「そうか……えっ?」
日代らしからぬ素頓狂な声をあげ、日代は参考書を床に落とした。
「蓮ちゃん、高校入ってから話してくれないんだもん」
「それは、なんだ……あーそのだな」
床の参考書を拾い、日代は頬を掻いた。
「俺みたいな奴がお前と仲良くしてたら、その、お前の評価も悪くなると思ってだな……別に嫌いになったわけじゃって、俺なに言ってんだ……」
そんな日代を見て、平和島はまた笑った。
「セレナを取り戻してくれたとき、私ホントに嬉しかった。蓮ちゃんはやっぱり、私のナイト様なんだなって」
平和島の頬は紅潮していた。
「それは……俺だけの力じゃねぇ。天広や高遠、那須がいたから助けられただけだ。俺がしたことなんて……」
犯罪まがいのことをして、危険を増やしただけだ。
そう続けようとした日代だが、遂には口にできなかった。それは小さな見栄のようなもので、そんな見栄を張った日代は、恥ずかしくなったのか唇を噛んだ。
「それでもみんな、蓮ちゃんのこと好きだよ」
日代が噛み殺した言葉は平和島にはわからない。だがきっと、自分を責める言葉を繋ごうとしたのだと彼女は察し、それでもと、彼を肯定した。
「だから私、嬉しいの。でもちょっと妬けちゃうかも」
「は? なに言って……」
一呼吸置いて。
「蓮ちゃん。私、あなたのことをずっと……」
高鳴る鼓動を抑え、平和島は最後の一言を口にしようとしていた。
「す……」
「さぁ今日は閉店だ! 蓮、透子ちゃんを送ってやれよ!」
急に現れた日代の父は、息子の肩を強く叩いた。
その力があまりにも強かったのか、それとも違うのかはわからないが、日代は机に額をぶつけた。
「んぁ? なんだぁ、蓮。おめぇそんなにヤワかったか?」
「こんの馬鹿親父!」
「あぁ? 親になんて口利きやがる馬鹿息子!」
ぐっしゃぐっしゃと頭を撫でる父に為されるがままの息子。
「今大事な話をしてんだっての!」
「うるせぇ馬鹿息子。女の子に大事なこと言わせんな。テメェはまだ外れモンなんだから、ちゃんと守れるもん守れるようになってから言ってやれ」
余計なお世話だったかもしれないが、〝外れモン〟と言われた日代はその意味に気付く。
――いいかい、幼馴染みを、友達を守りたいのなら規則の中で戦う術を身に付けなさい。規則外では確かに幅は広がるが、凶悪な敵だって多い。
まだ自分は規則の中で守れる術を身に付けていない。自分一人で何もかもから守れるわけではない。前回の相棒強盗もそうだ。そして、バディタクティクスでもそうだ。
俺はまだ一度も、透子を守れていないじゃねぇか。
「けっ。おら行くぞ透子」
「え、あ、うん……」
唐突な横槍に、平和島は頬を紅く染めたまま、日代と共に店を出た。
そして店を出てすぐに、日代は彼女に言葉をかける。
「透子。親父の言う通り、俺はまだ外れモンだ。だから、な」
頭を掻いて、彼はゆっくりと足を進めた。そのあとに平和島も続く。
「その……お前をちゃんと守れるようになったら、またさっきの続きを話させてくれ。今度は、俺から。それまで待っててくれないか?」
「……はい」
僅かな距離が、二人にとっては永遠だった。
ぶっきらぼうな優しさが、彼女にとっては温かった。
たった一言の返事が、彼にとっては幸せだった。
そして二人は、昔のように恋をした。
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