初戦/夜曲

 昔々、自然が多く残る小国で、一人の少女が泣いていました。

 少女は光に当たれば輝く美しい長い髪、瞳の色は空のように明るい瞳。街を歩けば振り返らない男はいないほどの美しさです 

 夜、大きすぎる部屋の窓際で、少女は月を眺めていました。

 少女はこの国の王女でした。何不自由ない生活を送っている彼女は、今まさにその生活に涙を流しているのでした。


「きっとこの国に、私の居場所などないのね」


 誰もが彼女を王女として接します。 誰もが彼女と真に向き合おうとしません。


「きっと私が王女でなくなったら、みんな私のことを嫌いになるんだわ」


 彼女は恐れに涙を流していたのです。自分の価値というものがわからずに。


「助けて、誰か助けて」


 彼女は月に向けて言葉を投げました。


「あぁ全く。どうしてあんたはそんなに泣き虫なんだ」


 静かな夜に、急に声が届きます。声は外から聞こえます。彼女は驚き窓際から離れます。


「頼むから俺が見ているときに泣くのはやめてくれ。俺が泣かしているみたいだ」


 窓際に黒い影が現れました。その影はゆっくりと部屋に侵入します。彼女は驚きのあまり声も出せません。


「はじめまして泣き虫王女」


 揺らぐ蝋燭が、彼の姿を朧気に映します。


「あ、あ、あなたは、一体……?」


 ようやく彼女は言葉を口にしました。彼女の心臓は早鐘のように鳴っています。


「俺はノクターン。まぁ、なんだ。あんたの見張り番だ」


 彼は大きくため息をついて、頭を振りました。


「見張り、番……?」


 安堵から彼女はその場に座り込みました。そんな彼女を彼はそっと支えます。

 彼は優しく言葉を紡ぎます。


「さぁ涙を拭いてくれないか。あぁくそ、本当なら姿を見せるつもりもなかったのに」


 白のハンケチをノクターンは差し出しました。それを彼女は受け取り涙を拭きます。


「セレナーデ王女、あんたはいつも泣いてばかりだ。そんなにあんたは自分が嫌いか?」

「私が、私を……ですか?」


 赤く腫らした瞳を彼女真っ直ぐに彼へと向けました。


「そうだ」


 少し迷って、セレナーデは答えます。


「わかりま、せん。わからないのです」

「王女であることは嫌いか?」

「わかりません……」

「王は……父のことは嫌いか?」

「お父様は大好きです」

「この国は嫌いか?」

「大好きです」

「民は、この国に生きる民は嫌いか?」

「大好きです」


 そのとき、蝋燭の灯りが大きく揺らめいてノクターンの顔を照らします。彼は微笑んでいました。


「民が自分を傷付けて、あんたは笑えるか?」

「そんなことありません!」

「民が苦しみ、泣いているのを見て、あんたは笑えるか?」

「そんなことを言うのはやめてください! 笑えるわけがありません!」


 ノクターンはセレナーデの頭に手を乗せ優しく撫でます。


「自分の存在を疑い、自分の存在に苦しみ、涙を流す王女を見て民は笑うと思うか? 喜ぶと思うか?」

「それは……」


 セレナーデは俯いて口籠りました。


「明日、城下町に行くといい。そして、民の手を握り微笑んでみるといい。語りかけてみるといい。そうすればきっと、愛されているかどうかがわかる」


 ノクターンは彼女の頭から手を離して、背を向けました。


「次は君の笑顔を見せてもらえると安心する。セレナ」


 ノクターンは夜に溶けるように消えました。


「セレナ……あの方は私をセレナと呼んだわ。セレナーデ王女でも、王女様でもなく、セレナと」


 セレナーデは……セレナは一筋だけ涙を流して、微笑みました。

 翌日、セレナは城下町へと出ました。お付きの騎士が沢山いましたが、それでも彼女は楽しそうでした。

 そして、一人の少女を見つけ語りかけます。


「今日はとても良い天気ね、お嬢さん」


 そう言って微笑むと、少女も彼女に微笑みを返しました。


「何をして遊んでいたの?」


 少女は「鬼ごっこ」と返します。

 セレナは少女の手を握って、また微笑みます。


「元気な子は大好きよ。怪我をしないようにね?」

「うん! 私もセレナーデ様のこと大好き! 綺麗で、優しいもの!」


 元気に返事をして、少女は友人と共に遊びを再開しました。

 その後に、セレナの元に多くの人々が集まります。


「セレナーデ様、うちで採れたりんごです。一口いかがですか?」

「セレナーデ様、こちらにお座りください、敷物を用意しました」

「王女様、新作のお菓子なんだけどいかがですか?」

「王女様、是非絵画を描かせていただけませんか?」

「こんなところに来てくれるなんて! 今日は王女様を近くで見られて幸せです!」


 皆が思い思いに喜びを口にします。

 セレナは涙を流しそうになったのを必死に堪え、また微笑みます。


「ありがとう、皆さん。私はあなた方が大好きです」


 感謝の言葉をかけると、民は微笑みました。

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