友達/2

 昨日自宅に帰ってすぐに寝たものの、疲れが取れることはなかった。朝から数学の小テスト、英語の小テスト。確実にこの学校は僕を殺しにかかってきている。

 もうやめて! とっくに僕の体力はゼロよ!


「しんどいぉ……」

「あの、天広くん……」

「んぁ……おう平和島か」

「その……昨日セレナが帰ってきて……」


 平和島の肩には、あの時見た相棒バディがいた。

 彼女の相棒セレナは長い青い髪と気の強そうな碧色の瞳。髪色と同じ青色のドレスを着ている。

 そして平和島は、髪は毛先が丸まっている黒髪ロング。眼鏡はバレル型。顔立ちは少し丸みを帯びているため、綺麗というよりは可愛らしい。そして、体つきがもうなんていうか……狂暴ですね。高校二年生にしては発達しすぎですね。特にその、胸囲が驚異的ですね。これは座布団一枚いただけますね。


「それで、その……セレナが教えてくれて」


 セレナはいつの間にか僕の机に移動していて、テラスと手を繋いでくるくると回っていた。

 いやぁ、可愛いなぁ。


「助けてくれたのが天広くんと高遠くんと遥香ちゃんだって聞いて……」

「気にしなくていいぞー。それよりも、僕は昼を食って眠い」

「じゃあ、また後で来るね」

「おーう。おやすみー」

「ふふふ。おやすみ、天広くん」


 僅かな睡眠時間を貪るために、僕は眠りについた。


   ◇


 午後からはヒアリング英語とバースデーエッグの授業。そしてようやっと放課後が訪れる。

 ただでさえ体力が尽きていたのに、このオーバーキルはひどすぎる。殺すどころではなく更に死体蹴りをしてきているようだった。


「やっぱしんどいぉ……」


 ぴこん。


「んーなんだよテラス」


 テラスは疲れ解消法のサイトを表示していた。


「そういうことじゃねぇから」


 いつもよりも冷たい態度を取ってみると、テラスは口を大きく広げわなわなと震え出した。そして瞬時に白装束に着替え、短刀を手にしていた。


「もうそういうのいいからー」


 がっくりと肩を落とす僕を、遥香は引っ叩いた。


「あんたねぇ、相棒に八つ当たりするなっての」

「うるせーうるせー。本当に疲れたんだってばよ」

「まぁ気持ちはわかる。さながら弓道で勝負の決まる一本を託された感じに似た疲れだった」

「私は相手側マッチポイントでのサーブの気分だったわぁ」


 二人が部活で今の心理状態を例えていたが、僕にはいまいちぴんと来ない。


「テスト勉強で試験範囲間違えた感じの疲労感」


 ぼそりと呟くと、「それな」と二人は同時に同意した。


「お前ら二人今日は部活出んの?」


 そんな僕の問いかけに、二人は大きくため息をついた。


「さすがに休むと先輩たちに文句言われるし」

「左に同じく」


 やっぱ二人とも期待されてるんだよな。僕はとてもではないがこういったプレッシャーは耐えられない。


「んじゃ僕はお先にー」


 鞄に教科書を詰め込んで、スクールバッグを背負って立ち上がると、平和島が遥香の影に隠れていた。


「え、いたの?」


 あまりの影の薄さに言葉が漏れた。平和島は顔を真っ赤にしながら俯いている。


「なしたん、平和島? 昼前にも来てたけど」


 彼女の顔を下から覗き込む。


「きゃっ」


 遥香なら絶体に発さない声が聞こえた。そういや最近変態妹やらゴリラ女としかつるんでないから、こういう女の子っぽい反応はなんか新鮮だな。


「何気持ち悪い顔してんのよ、バカ」


 ぱしりと遥香がまた僕の頭を引っ叩く。


「お前、人の頭を気安く叩くなっての。これ以上馬鹿になったらテラスのレベル下がっちまうだろうが」


 ぴこん。


「ぷっ」


 遥香が吹き出す。テラスが表示したのは、科学的根拠なし、だった。


「かーっ! これだからナマコは!」


 テラスはまた頬を膨らませて抗議する顔をしている。


「ふふ、天広くんたら……」

「お、ようやっと笑ったか」


 彼女の笑顔に、こちらも笑顔を返す。


「透子がお礼も兼ねて一緒に帰りたいんだってさ」


 遥香が平和島の後ろに回って、彼女の両肩に手を置いた。


「私の友達に変なことしないでよね、セクハラ太陽」

「お前のダチに手を出すほど飢えちゃいねぇよ、狂犬」

「狂犬っていうな!」


 狂犬そのまんまじゃん。こえー。


「そんじゃ帰ろうぜ、平和島。バス? それとも途中の喫茶店まで歩く?」

「えっと……じゃあ途中の喫茶店まで歩く」

「おっけー。じゃあな運動部のお二人さん」


 ひらひらと手を振って、平和島と一緒に教室を出た。何人かにはからかわれたが、

いつものことなので適当にあしらう。

 校舎を出てすぐの長い階段を下りると、ようやっと平和島は自分から話しかけてきた。


「あの、セレナのこと本当にありがと」

「気にすんなって! あ、お礼っておごりって認識であってるよな?」

「うん。何でもご馳走するよ」


 わかってたけど、おっぱいではないのですね、そうですよね。


「ホトホトラビットで良いよな?」

「うん」


 はにかみながら答える平和島の顔にどきりとした。とりあえず頬を掻いて誤魔化した。


「どうしたの?」


 両手を後ろにやってこちらの顔をじっと見つめてくる。

 いやあの、視線というか、その……あなたの胸暴きょうぼうなおっぱいがね、その体勢だと気になるんですよ。


「あーっと、何でもないわけでもないんだけど、えーっと……あーっと、そうだ、なんでセレナって名前にしたんだ?」

「あ、着いた」


 バッドタイミング!


「中で話すね、セレナのことについて」

「おう……」


 ドアを押すとからんと鐘が鳴った。どうやらドア上部に付けられている鐘からのようだが、音が前に来たときよりも上品だった。


「お、いらっしゃい透子ちゃん」


 灰色の髪をオールバックにしたごついおっちゃんが、給仕の格好をしてカウンターの奥にいた。

 見ようによってはその筋の道の人に見えなくもないのが、ここ『ホトホトラビット』の店長だ。


「なんだ、太陽坊やも一緒か。珍しいじゃねぇか。遂に正詠や遥香にに愛想尽かされたか」

「違うっすよ。今日はあいつら部活です」


 このホトホトラビットは陽光高校の生徒が良く通う喫茶店だ。とは言っても、本当に一部の生徒しか通わない。高校の最寄りのバス停からは歩いて十五分、十五分バスに乗ると電車などが到着する駅前に着くため、多くの学生はそちらに流れる。ちなみに我が家は高校まで行くバスが出てるので、通学が非常に楽だ。そうです、自慢です。


「私はダージリンとマンゴータルトで。天広くんは?」

「んじゃ同じので」

「おじさん、二つで」

「あいよ」


 おっちゃんがこっちを見た。

 会計は勿論お前だよな、男だろ?

 へい、おっちゃん。何でもかんでも男が出すと勘違いしちゃいけないぜ。今日は平和島が出してくれるんだよ。

 あぁ? テメーホントに男か。

 今日はそういう日なの!

 そんな目線でのやり取りを終えると、おっちゃんはにっこりと平和島に笑みを向けた。


「透子ちゃんが出すんだったら少しサービスしてやるよ。千円ぴったりでいいぜ」

「ありがとう、おじさん!」


 なんか、やたら親しいな。

 平和島が紅茶とタルトを盆に持ったので、僕がそれを受け取った。紳士的に、だ。


「今日は天気良いしテラスに行こ?」


 ぴぴ。

 平和島の言葉にテラスが反応する。


「え?」

「あぁわり。僕の相棒の名前がテラスだから反応したみたいだ」

「そうなんだ、ふふ。あとでゆっくり見せてね」

「おうよ」


 テラスは人気席だが、高校からの移動距離のこともあり学生はほとんどおらず、また近くの奥様方もこの時間帯は学生がちらほらと来るのであまり来ない。

 ちなみに休日は結構賑わっている。何度か休みに遊びに来たが、行列が出来ていて諦めたほどだ。

 席に着くと、とりあえず二人とも紅茶が蒸れるのを無言で待って、お互いのタイミングでカップに注いだ。紅茶に詳しくはないが、ここの店の紅茶の匂いは凄い好きだ。


「あ、そうだ」


 席を立って、カウンターに向かった。


「おっちゃん、あのミルクとか入れる小さいやつ、空で貸してくれない?」

「ん? ミルクピッチャーのことだよな。まぁ別に良いけどよ」


 おっちゃんからミルクピッチャーなるものを借りてまた席に座る。


「どうしたの?」

「お供えもんだよ」


 ミルクピッチャーにスプーンで紅茶を移した。


「テラス、紅茶だぞ」


 ぴ。と短い音を立てるとテラスが現れて、ミルクピッチャーを見てきらきらと瞳を輝かせた。


「ダージリンて言うんだぞ。今度紅茶について調べといてくれな」


 テラスは満面の笑みで頷いた。


「天広くん、意外と可愛いところあるんだね」

「意外は余計だっつーの」


 僕と平和島は紅茶を口に運んだ。

 先程とはまた違う穏やかな沈黙が流れた。

 いつの間にか平和島のセレナも現れて、二人して紅茶をしげしげと見つめている。二人の相棒は女の子同士で気が合ったのかくすくすと笑いあった。会話が聞けたら面白いなとも思ったが、聞こえたら聞こえたで鬱陶しいだろうなとも思った。


「そういやなんでセレナって言うんだ?」

「あ。話すって言ってたの忘れてた」


 苦笑いしながら、平和島は紅茶を一口飲んだ。


「昔話のお姫様の名前なの」

「へぇ……どんな話?」


 少なくとも僕が知っている昔話に、セレナというお姫様が出てくるものは記憶になかった。


「昔話っていってもね、創作のお姫様なの」


 平和島はセレナの頭を撫でるように指を動かした。

 セレナは気持ち良さそうにしている。その様子を見たテラスは僕を見た。同じことを求めているらしい。さすがに恥ずかしいのでやらないが。


「良かったら教えてくれよ」

「えっとね……お姫様と騎士様のお話でね」


 平和島の表情は懐かしげで、どこか……悲しそうだった。


「お姫様はね、セレナーデって名前で、いつも泣いてるの。誰も彼女を彼女として見てくれなくて。誰も彼もがお姫様としか見てくれないことに悲しんで泣いてるの」


 平和島はセレナに悲しげな微笑みを向けた。セレナは首を傾げるだけだ。


「そこにね、ノクターンって騎士が現れるんだぁ……」


 彼女の頬が僅かに紅潮する。頬杖をついて、僕は表情変化が激しい平和島を楽しむ。


「でね、ノクターンがね、セレナって名前を付けるの。あだ名なんだろうね。セレナーデはそれが嬉しくて嬉しくて、また涙を流すの。きっと、自分だけの名前が嬉しかったんだと思う。それを見たノクターンがね、ふふ」


 彼女は思い出し笑いをして。


「あなたに涙は似合わない。泣かないでくれるなら、僕はあなただけの騎士になろう。だから僕の名前を、君だけが知る名前にして渡そう。受け取っておくれって」


 平和島はタルトを小さく刻んで口に運んだ。


「騎士がセレナに教えた名前って?」

「教えてくれなかったの」


 彼女はふぅ、と小さくため息をついた。


「名前を知って良いのはセレナだけなんだって」


 そして平和島はまたセレナの頭を撫でた。


「久しぶりにいっぱい話しちゃった」


 両手の指を合わせながら照れ臭そうに言う平和島に心が和む。

 きっと照れ屋なだけで根は話好きなんだろう。遥香と話しているときはこんな感じなのかもしれない。


「それは誰が考えた話なんだ?」

「幼馴染みが……」


 からんと、あの上品な音が鳴った。


「おー蓮。キッチン入ってくれよ」

「嫌だっつーの。土日だけだって言ったろ、手伝うのは」


 少し前に聞いた覚えがある声に振り向いた。

 するとその声の持ち主と目が合った。


「げっ」


 悪態をついたのは、日代だった。

 日代の顔は明らかに不機嫌だった。彼はつかつかとこちらに歩み寄り、「なんでここにいんだよ?」とドスを聞かせた声で聞いてきた。


「平和島にデートに誘われたんだよ」

「なに言って! 違うよ、蓮ちゃ……! あ、ちがっ、違うの、日代くん! 天広くんにセレナの件でお礼がしたくて、それで!」


 わたわたとこちらを見てはあちらを見る平和島は、焦っているテラスに見えた。

 ぴろりん。

 テラスのメッセージ音だ。こういうときは大体的外れな画面を表示すると言うことは、短い付き合いで学習済みだ。

 テラスが表示した画面には大きく(最悪なことにこれは最大のポイントだった)、『童貞卒業、おめ!』と表示されていた。

 大きく最悪な言葉が空間に浮かび上がっている。

 更に最悪なのは、このテラスという大馬鹿者は悪気がないのだ。心底嬉しそうに紙吹雪などを撒いている。それを見ているセレナは完全にドン引きしていた。その顔のまま僕を見る。

 AIにこんな顔されるのは心外だが、問題はそこではない。


「あ、あははー。テラスさんたら、冗談が過ぎることですわよー。ねぇ、平和島さん?」


 ギギギとぎこちなく首を動かすと、平和島の顔は真っ赤に染まっていた。

 更にギギギと首を動かして日代に向けた。

 目と目が合う。恋に落ちるようなことはなかった。

 殺意。そう、殺意だ。まさか齢十六にして殺意というものを向けられる日が来るとは思いもしなんだ。


「ぶっ殺すっ!」


 日代の拳が振り上がった。

 僕には見えなかったが、テラスはきっとまだ能天気に紙吹雪を撒いてるんだろうなと、恐怖の中考えた。

 途中まで上がった拳を掴み上げたのは店長だった。


「やめろっての、蓮」

「離せ親父!」


 親父、だと!


「相棒がなんか勘違いしただけだろ。太陽の坊やが言った訳じゃねぇし、太陽の坊やにそんな気はねぇよ」

「うるせぇ!」

「うるせぇじゃねぇこの馬鹿息子が」


 おっちゃんの鉄拳が日代の頭に降りた。

 痛々しい音がして、その場に日代がうずくまる。

 あれは超痛いだろうなぁ。


「わりぃなぁ、太陽の坊や」


 鉄拳を開いて、わっしゃわっしゃと頭を乱暴に撫でられた。


「ははっ、大丈夫っす……」


 いや、もうマジでしょんべんちびるかと思ったけど。おっちゃんと日代の気迫で。


「ほら。さっさと戻れ馬鹿息子」


 襟元を掴んで、日代親子は店の奥へと消えていった。


「マジで、マジでビビった……」


 胸を撫で下ろしてテーブルの上を見ると、テラスがセレナの背中に隠れてしゃがんでいた。さながら先程の日代のようだ。


「お前のせいだぞ、テラス。まったく……」


 僕の声に反応して、涙目で土下座をするテラス。


「わりぃな、平和島。全然そういうつもりなんてないから、マジで」


 平和島にも頭を下げた。


「あ、う、うん。大丈夫。私もごめん、疑って」


 やっぱり疑われてしまったんですね。


「いやしかし、こいつが来てからこんなんばっかりだ」


 大きくため息をついて、テラスを指でつつく仕草をすると、テラスは後ろに倒れた。


「ふふ……でも天広くんとテラスちゃんて、なんかお似合いかも」


 テラスをセレナが手を差し出して起き上がらせる。


「……そういや、あの話って幼馴染みが……」

「うん。蓮ちゃ、あ、日代くんがね、小さいときに作ってくれたの」

「へぇ。やっぱ良い奴じゃん、あいつ」


 人の根っこってのはそんなに変わらないはずだし、今度遊びに誘ってみるかな。


「あ、見て見て」


 平和島は相棒を見ていたので僕も見た。

 テラスが何かをセレナに話していた。


「何してんだ、こいつ」


 セレナはこくこくと頷いて、親指を立てた。それを真似するようにテラスも親指を立てる

 そしてセレナのみがその場に座る。


「相棒って可愛いよねぇ。勉強も一生懸命に教えてくれるし」


 平和島の顔は相棒二人を見て緩んでいる。


「あ、手鞠だ!」

「服装通り古臭い趣味してやがんなぁ、テラスの奴」


 テラスはどこから出したのかはわからないが、手鞠で遊び始めていた。

 それをセレナは楽しそうに見つめ、やがてセレナも見よう見まねで手鞠を始めた。


「天広くんが教えたの?」

「いや教えてないけど」

「ふーん。何か調べものしてたときに見つけたのかな? AIって凄いね」

「手鞠ぐらい僕だってできるぞ。その肝心の手鞠がないからできないけど、歌は歌える」

「そうなの?」

「おう」


 手鞠がまたテラスの手に戻ったタイミングで、僕は手鞠歌を小さく口ずさんだ。


「あんたがた どこさ ひごさ ひごどこさ くまもとさ くまもと どこさ  せんばさ せんばやまにはたぬきがおってさ それをりょうしがてっぽでうってさ にてさ やいてさ くってさ それをこのはでちょいとかぶせ」


 笑顔を浮かべながら、テラスはそのリズムで手鞠を弾ませる。


「な?」

「すごーい。子供の頃遥香ちゃんとやったの?」

「いや、あいつは蹴ったり投げたりする専門だから」


 二人で小さく笑う。


「覚えてないけどできるんだよなぁ」

「ふーん」


 平和島のお礼は、テラスの新しい発見の一つになった。

 今度お礼のお返しをしなければいけないかななんて、テラスを見ながらぼんやりと考えた。

 少しホトホトラビットで平和島とのんびりしていると、私服に着替えた日代がやって来た。日代は何も言わずに椅子に座った。


「おいおい日代ー……いや、〝ノクターン〟さぁん。お姫様を守るのも大変ですねー」


 はっはっはっと笑いながら紅茶を一口飲んだ。


「おまっ、何で知ってるんだ!」

「プリンセス平和島からお聞きしたのさ!」


 日代は平和島を睨み付けた。


「えっと、その、ごめんね」

「お前はなんで変なところで口が軽いんだ……ったく」


 ため息をついて、日代は僕のカップに手を伸ばした。


「やらないぞ。これは僕がプリンセス平和島から貰った紅茶だ」

「ケチくせぇな」


 日代は席を立って数分して戻ってきた。その手にはホトホトラビットで超人気のあるチョコレートケーキを三切れと紅茶のポッドを盆に乗せて戻ってきた。


「いいか、これは昨日の礼だ。テメーには返したからな」


 慣れた手つきでケーキを僕と平和島の前に置いた。


「ありがと、蓮ちゃん」

「そう呼ぶなって言ってるだろ」


 何だこれは。ふざけやがって、この物語はなぁ幼馴染がチュッチュラブラブする話ではないんだよこの野郎。


「お前ら付き合ってんの?」

「ちがわボケ!」


 日代らしからぬ熱いツッコミ。キャラが少しぶれている。


「とりあえず、これは昨日言っていた礼だ。受け取っておけ」

「僕は礼は受け取っておく主義だ」


 チョコレートケーキを口に運ぶ。しっかりとした甘みがあるのだが、キレのある苦みがその甘みをより引き立てる。しかしそのケーキは口に入るとほろりと溶ける。控えめに言って最高の味だ。素晴らしい。少し高いのが玉に瑕だ。


「これって手作りなんだっけ」

「親父の自信作だ」


 紅茶を飲む日代の姿はどこか気品がある。幼い頃から紅茶を多士なんでいると不良(仮)でも気品が出るのか。


「っていうかお前よ、反省文はどうしたんだ。高遠と那須は部活前に書いていたぞ」


 反省文。そうでしたな。確か昨日校長に条件を出されましたな。平和島の相棒が戻っていれば反省文のみ。戻っていなければ自宅謹慎と。


「今から戻っても……間に合うかなぁ」


 カップを持つ手が震える。僕、この年で人生踏み外したくないなぁ……。


「さっさと戻れ馬鹿」

「うん。戻る。教えてくれてありがとな、日代」


 バッグを持つと、テラスがまた何かを表示する。


「お前さぁ、僕のことを馬鹿にしてるのか?」


 彼女が表示したのは、『気持ちが伝わる反省文の書き方』だった。

 テラスは首を傾げた。


「今日サイダーやろうと思ったけど、やっぱ無しだな」


 大きく口を広げたテラスは、更に『反省文完璧マスター!』、『大丈夫! 反省文は完璧だよ!』、『サルでもわかる反省文』と次々と表示する。こいつは何もわかっていない。


「とにかくサイダーは今日は無いからな」


 指で突く仕草をすると、テラスは泣き出した。


「天広くん、もっと優しくしてあげないと」

「いいの。こういう教育も必要」


 泣きながらテラスは僕の後ろについてきた。

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