最終章 菫(すみれ)色と魂のクオリア PART9

  9.

 

 水樹はホテルに着いた後、地下に続く階段を降りていた。ホテルに帰ると従業員に声を掛けられ、火蓮がいる地下のバーカウンターへ向かった。


 火蓮の姿を見つけると、彼はすでに酔っ払っており眠っていた。


 一杯だけビールを頼み、お詫びを兼ねて彼のグラスに小さく重ねる。ビールの泡が唇についた時、再びカツンとワイングラスがぶつかった。


「……遅すぎる、何やってたんだ」


 火蓮はバーカウンターに伏せたままいった。擦れた声だった。


「ごめん。ちょっと人と会っていてさ」


 それにしても遅い、と火蓮は声を上げた。べっとりと倒れていた体を起こし、今度ははっきりとした声で告げた。


「まったく。おかげでこっちは危うく一人で夢の中に入ろうとしていたんだぞ」


 そんなに飲むからだよ、という言葉は胸にしまっておく。


「本当にごめん。ちゃんと兄さんの勘定は僕が出すからさ」


「当たり前だっ」


 そういって火蓮は一気に飲み干した。火蓮は手を上げて次のグラスを催促した。


 火蓮に新しいグラスが届いた後、彼は呟くようにいった。


「お前はこれからどうするんだ? 全日団に入るのか?」


「そうだとしたら、どうするの」


「どうもしないさ」


 火蓮はきっぱりといって笑った。


「これまで通り、俺は火蓮でいる。だから劇団に戻るよ。もう迷いはしない」


「僕もだよ。これからも水樹でいる。母さんのようにストーンウェイを弾くことはもうしないし、ずっとウミハのピアノを続けていく。それが僕の人生だからね」


「……よし」


火蓮に頭を撫でされ続ける。


「じゃあ、最後にもう一度あの儀式をやらないか?」


 口元が緩んだ、やっぱり兄弟だなと思ったからだ。


「僕もそう思ってた所だ。次にどんな夢を見てもそれは確証にはならない。だけどこれから始まったんだ。これで次の夢が出てきたら、それで納得はできると思う」


 二人は部屋に戻ることにした。着替えを終えた後、水樹の部屋で待ち合わせることにした。


 火蓮が到着した所で、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。


「よし、じゃあ一緒に飲むぞ」


 火蓮は不服そうな顔をしながら薬を飲み込んでいる。きっと硬水がよかったに違いない。


 水樹も薬を飲んで水を一口含んだ。軟水が体の中にすっと馴染んで溶けていく。


「お前はどっちにかける?」


 火蓮は布団に潜り込んで、水樹の方を見た。


 両親の魂か、自分達の魂かということだろう。


「僕は決まってるけど、兄さんは?」


「もちろん。俺も決まっている」


「……答えてもいいけどさ、きっと一緒だと思うよ」


 意識が薄れかけてきた。ぼんやりと火蓮が遠のいていく。


「「だって、僕(俺)たちは双子なんだから」」


 お互いに顔を見合わせ微笑む。


「そうだったな。これじゃあ、かけにならない」


「そうだよ、意味ないよ」


「じゃあ」


 二人は同時に声を発した。


「「……夢の中で」」

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