63.水子
「ふぃーっと。終わった終わったー」
【
もちろんドンパチやらかした由比ヶ浜海岸からは離れた位置で、である。
どーせあちこちから
悪趣味ふしだら破廉恥!
「さてさてさーてっと。セッセセンパーイ、センパイはーどーこっかなっと」
あの根性曲がりの悪辣オババ──もとい
「つってもそう遠くまでは行ってないんじゃないかなーと思うわけですよ。希望的観測。うん」
ちょっち速度上げてこう。
愛用のローラースケート、サムライブレードを走らせてあたしは湘南の道路を翔ぶように駆けていく。
──幸か不幸かセンパイはすぐに見つかった。
由比ヶ浜ぼら公園にて。
幼女を肩車していた。
「………………何やってんのセンパイ」
「………………」
あたしの白い目線から全力で目を背けるセンパイであった。
「…………あー」
するとセンパイの肩の上からあたしを指差して、その幼女は言う。
「ミヤコ」
「…………はい。ミヤコですケドも」
「ミヤコ、わたしと、おなじ、だね」
「そーなの?」
「そーだよ」
そう言ってその子は、ふにゃりとした笑顔を浮かべた。
可愛いじゃねえか…………
「で、この可愛こちゃん、何処のどちら様? セーンーパーイっ?」
「………………」
「何か喋れや、コラ」
「…………知、らん」
「知らん幼女を肩車したのか? ヤバっ」
「知ってる…………」
「どっちなんだよ」
煮えきらねぇなぁ。
あたしはそういう態度がいっちばん癪に障るんだって事ぐらい知ってるくせに。
センパイじゃなかったらもう手ェ出してるぞ、おい。
「ルイは、ルイだよ」
と、言ったのは肩の上の幼女。
「ルイ? それが名前なんだ?」
「うん」
ピョコン、とセンパイの肩から飛び降りる幼女──ルイちゃん、か。
飛び降りる拍子にセンパイの首へと変な方向に力が加わったようで、グキッて音が鳴ってグエッてセンパイが呻いていたけど、それは知らん。
ともあれ地面に立ったルイちゃんは、あたしに自己紹介してくれた。
「
「…………
「うん」
ルイは笑う。
が、その笑顔に過度の感情は込められていない。
『笑っている』という以外の情報が存在しない。
そんな、神仏めいた。
どこか、ニンゲン離れした。
アルカイックスマイル。
「…………えー、あ、いや。わかった。わかった気がする。そういうことね、うん」
その雰囲気に呑まれそうになりつつ、あたしは気を取り直して思考を進める。
予想図を浮かび上がらせるのは、まあ容易い。
察するに。
「センパイの妹さんですかー。なぁんだこんな可愛らしい妹さんがいるなんて聞いてないですよセンパーイ。このこのー」
「ちがう」
つーんとした無表情で否定された。
冷たい幼女だ。
「………………え、違うの? …………従姉妹とか、他の親類筋?」
「ちがう」
うーん一刀両断。
じゃあなんだ? 同姓なだけの他人か?
悩むあたしを知ってか知らずか、幼女こと
「とうさま」
「……………………」
脳内がスキー場のように真っ白になった。
意味が。
わからん。
思考が
繋がらん。
「どういうことなん?
セ
ン
パ
イ
」
「いや、ちちちがががちが違う」
「めっちゃキョドるやんけ」
視線が反復横跳びしてるんだが。
後ろめたいことしかない態度だが。
「とうさまは、とうさま」
「いや違う!」
「…………うぅー、いつもとうさまはそういうの…………」
「いやまてルイ、泣くな、お前が泣くと洒落にならん。違う。違うのは違わないけど違う」
支離滅裂な言い訳をするセンパイ。
やらかした男のお手本みたいな感じだった。
「日本語喋れやぁ…………」
「お前口調変わってるぞっ!?」
こっちが素だっつの。
…………ふぅ。落ち着けあたし。いたずらにキレ散らかしてもこういう時は進展しないと聞いた。
「詳しく説明してくださいあたしは今冷静さを欠こうとしていま死ね」
「もう既に冷静さ欠けまくってる! 手遅れだっ!」
「手遅れになるまでにはまだ猶予がなきにしもあらずですのでさっさと弁明死ね」
「弁明しようがないんだっつのマジで!」
「…………それはマジ娘って意味で? 申し開きのしようもございません的な?」
「違うわ! 何がどうなって
まだ意味不明気味ではあるが必死さのこもった言葉だった。
しかし。
「…………ひっく、ソレって、いわれた。とうさまに、ソレよばわりされたぁ…………」
「あっ、あーーーー! 泣ーかしたーなーかしたー! 小さな女の子を小さな女の子を
「あーーーーもーーーー!!!! 逃げたいんだけどーーーー!!!!」
「逃がさんけどね、絶対。この距離なら【
「わかってるっつの、お前はもう俺より速いからな…………俺より速いヤツから『逃亡』までの仮定を省略するのは無理だ。
「使い勝手悪い【
「わかってるっつの。嫌になるほど嫌というほど」
──っと、話が逸れたかな。
それどころじゃない。さあ観念して白状するのだ。
「で! この
「わたしはとうさまがいたからかあさまからうまれたからだよ?」
「………………母様って誰?」
「えーとね、【ぐりむひるど】」
「………………」
──おいぃ。
「やっっっぱりあんたらそういう関係かあああああぁぁぁぁ!!!!」
「だから違うっつーのおおおお!!!!」
あたしが叩きつけた
「違うっつーなら! 弁明しろって! 言ってんでしょが!」
「上手く説明! 出来ないんだって! いやホントに!」
ガツンガツンガツン、と互いの
そんなあたしらを眺めて、ポケーとした顔をしていた
「とうさまとミヤコ、なかよしさん、だね」
「でっしょー☆」
「どの辺がっっっ!?」
…………まあ、じゃれるのはこの辺にしとくか。
「ふぅ。…………んでぇ、取り敢えず敵とかではないんですね?」
「どうだかな…………俺にもよくわからん」
だからよくわからん幼女を肩車してたのかっての。
…………してたんですね。はい。
「ま、こちらに対する敵意がなくて、とくにムカつく要素がないなら敵じゃないです。あたし的に。てなワケで」
あたしは
「仲良くしよう、
「ん、わかった」
コクリ、と頷いてくれる。
やっぱ素直でいい子じゃーん。
ほっぺたつついたろ。
ムニムニ。
「ふみぃ~」
「おりゃおりゃ、愛い奴愛い奴」
「いやその辺にしとけよ…………そいつマジでヤバいミュータント
「ひぅ…………(涙目)」
「あーまた酷いこと言った! センパイの辞書にデリカシーの文字が無いのは重々承知ですけどもあんまりですよこんな小さい子に!」
まったくもーこのセンパイは。
てゆうか。
「あ、そういや
「今更かオイ」
「しゃーないでしょ
「ねー」
「知らねーぞ後でなに言われても。あいつ地獄耳だからな」
マジでか。
まあいいでしょ、
「んで──
「ん。かあさまは、【じぇいるろっくまんしょん】のところだとおもう」
「…………何しに?」
「おまつりのじゅんび」
「祭り、ねぇ」
「うっわー、嫌な予感がしますねぇ」
なんて言ってる暇もなく。
──この湘南全土を死と闇の気配が包み始める。
常夏の陽射しがなんとも頼りなく思え、浜風はただいたずらに厭な悪寒を煽る。
「──っ。何だ、この範囲の広さ」
「マジですかこれ。いつぞやの【
あたし達二人をして冷や汗を禁じ得ないレベルの偏在干渉範囲。
どうしようもない規模の極大範囲における【
すると。
『はーい、ピーンポーンパーンポーン』
…………ものすごく気が抜ける声が脳内に響き渡る。
「あ、かあさま」
そんな
『あーあー。マイクテスマイクテス。なんちってー。──はい。
「湘南にとどまらず鎌倉全域ときたか。派手にやってやがる」
「やっぱり本腰入れてるっぽいですね。またぞろ大変そうだなぁ」
あたしとセンパイがそうぼやくのにも構わず脳内アナウンスは進められる。
『えーっとをまず、じきに鎌倉は【
…………牢獄、だあ? なんだそりゃ。
『環境に関してはすぐに実感してもらえるので以下省略で。そして、牢獄内で行われるのはー? 嬉しい楽しい喜ばしい、ドンチャン騒ぎお祭り騒ぎ。端的に言うと【
「緊張感急募…………」
こちらの声は聞こえているのかいないのか。まあ聞こえてたってアレが気にするワケないか。
『でも! そんな馬鹿馬鹿しいの付き合えるかーって人たちも多いでしょうしー? 牢獄内には我々【
ジャリリリリリ、と鎖の音が鳴り響く。
「なっ」
「わ、なにこれ」
足元から湧き上がるかのように伸びてきた数多の鎖があたしとセンパイに絡み付く。
それはやがて身体を覆い視界を閉ざしていく。
「あ、くっそダメだこれ。飛ばされる」
抵抗は無意味。そう察して力を弱めたその時。
少し離れた位置にいた
囁くような一言を聞いた。
「──
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