23.夜征く




 なーんかキナ臭いなー、なんて思った時は往々にしてとっくに導火線に火がついた後、というのが殆どなのだ。

 分かりやすく例えると、あれだ。プ~ン、と蚊の羽音が聴こえてきた時にはもう既に十中八九どこかしらがくわれてる、みたいな?

 …………まあ、そんなとりとめのない現実逃避はほどほどに。

 今の話をするとしよう。

 四月一日。

 エイプリルフール。

 嘘をいくら吐いても良い日。

 この祭日の言い出しっぺは、果たして正直者か嘘つきかどちらなのだろう。なんて疑問はさておきとして、あたしはまたぞろ面倒事に遭遇コリジョンしちゃったワケなのである。

 一から話そうかな。

 先月、四国における【孤高皇帝ソリチュードペイン】の根暗馬鹿とのいざこざをなんとかかんとかどうにかこうにか乗り越えた自分へのご褒美として、帰還した東京のスパで散々に蓄積した疲れを癒したのが昨晩。昨今のスパの宿泊設備の充実っぷりに感心しつつチェックアウト。

 これからどうしよっかなー、先輩に会いにいこっかなー、話題のパン屋さんにいこっかなー、先輩に会いにいこっかなー、行きつけの喫茶店にいこっかなー、先輩に会いにいこっかなー、バッティングセンターにいこっかなー、先輩に会いにいこっかなー、漫画喫茶にいこっかなー、先輩に会いにいこっかなー、先輩に会いにいこっかなー、先輩に会いにいこっかなーと悩みに悩んだ結果、今回は先輩に会いにいくことにしたのである。

 いやー悩んだ。焦心苦慮して悩み尽くした果てでの決断だった。うんうん。

 そんなワケで早朝の東京を練り歩いていた。あの人がどこにいるかなんてわかりゃしないんだけどね。

 シャイだから。

 シャイという名のヘタレだから。

 可愛い後輩を好き避けしちゃうのだ。

 困った先輩である。

『それ、普通に迷惑がられてるだけじゃないでしょうか』なんて知り合いのおねーさんからこないだつっこまれたけど、気にしない気にしない。

 ともあれ朝食は食べねばならない。あたしは朝ごはんはキチンと摂る派であるからして。

 まあ適当なチェーン店で済ませよう。ドトールかスターバックスかタリーズかサンマルクかベローチェか──と思考していたところにスマフォ(匿名)へとメッセージが飛んで来た。

 画面に表示されたその内容に目を通し、嘆息する。

 やれやれ。

 どうやら朝のコーヒーはコンビニで済ますしかなさそうである。




◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■

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 つっても昨今のコンビニコーヒーってそこらの『定年後の趣味でやってます』的なアマチュア喫茶店のソレよりかはよっぽど美味しいよねーってのはともかく。

 どうやらあたしが東京を留守にしているうちに、三下死神グリム達がずいぶんと幅を利かせるようになったらしい。

 もちろんのこと、この国で最も人間の多い場所である首都東京には必然的にそれを刈り取る為、ピンからキリまで様々な死神グリムが集まっているけれど、大きな騒ぎを起こすのはいつだって名の知れた記銘済コーデッド達ばかりであり、それ以下のいるのかいないのかもわからないような空白ブランク達が表立って話題に上がることなどほぼ有り得ない。せいぜいが記銘済コーデッドの腰巾着として使い走りパシりにされるのが関の山だ。

 が、事実として比較的大きな規模の死神災害グリムハザードが引き起こされ、その原因が空白ブランク死神グリムだった。という件が何件も出ているらしい。

 基本的に通り魔レベルの被害しか出さない空白ブランク死神グリムが、である。

 挙げ句の果てに、今日はトレインジャックなんていう映画みたい事態を引き起こしたとかなんとか。

 バッカじゃねーの。

 今日日トレインジャックって。

 ダン・クーパーにでもなったつもりだったのかな?

 あっちは空の方だけども。

 結果、たまたまその場に居合わせた梟さんが解決したとか──いや、どんな巡り合わせだよ。名探偵並みに不運なんだろうな、その梟。素直に同情する。顔が見てみたいぐらいだ。

 閑話休題。

 その日の夕方、板橋区にてまたぞろ死神災害グリムハザードが発生。

 で、あたしも様子を見に向かい、元凶らしき空白ブランク死神グリムと対峙。

 五秒でぶちのめし、事情を脅迫きいてみるも、結果は芳しくなく。

 さっさと引き上げようとしたところで──梟、もとい灰祓アルバ達と鉢合わせしてしまったというのが現況であった。

 ツイてねー!


「…………んでさ。あたしもう帰るからさ。お開きにしとかない?」


「断る」


「即答かい」


 ふぅ、とため息を一つ。

 改めて状況を確認する。

 寂れた町外れ、廃ビル群の一角。

 五階建てビルの四階。壁はぶち抜きでほぼフロア丸々一部屋。障害物は無し。あたしは窓際。灰祓アルバ四名は階段への扉との間、フロア中央に位置。陣形は扇状。囲んだつもりかな?

 面子は全員初見。けど全体的に若い。高校生ぐらい? 灰祓アルバは未成年も容赦なくこき遣うからなぁ。てか若者を優先して入隊させてる感ある。酷いもんだ。


「【聖生讃歌隊マクロビオテス】──じゃあないよね? 見たことない顔触れだし。来るとしたら第四隊クローバーの連中だろうと思ってたんだけどなー。あの人らとは何度かってるから。…………え、何? もしかして破幻隊カレンデュラの人らが駆り出されちゃったとか? だとしたら深刻な人材不足だねぇ」


 探りがてらに軽く揶揄ってみたけれど、流石にこんな安い挑発には乗らないようで、梟四名は冷ややかな態度のままだ。

 その中で一番の年長らしき一人が口を開いた。


「質問に答える義務はないな。覚悟しろ、【駆り手ライダー】。今日こそ取っ捕まえてやる」


「やだぁー! 捕まえてどうしよっての! さてはあたしに乱暴する気でしょ! 薄い本みたいに! 薄い本みたいに!」


 そんな悪ノリ全開の台詞が存外に効いた模様で。

 ──即座に四名の灰祓アルバは戦闘態勢に移行する。


「【堝貫透かかんどう】──」


「【麹塵きくじん】っ!」


「…………【COLTコルト】」


「──【流々転々るるてんてん】」


 四者四様の対死神グリム兵装──生装リヴァースがその手に握られる。

 それを見たあたしはようやく次の行動を決意した。


「──おし…………






 …………逃げよっ!」






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「ええっと、あの、生装リヴァースって色んな種類があるのかと思ってましたけど…………割とみんな似たようなのなん、ですね?」


 そんな疑問を口にしたのは、入局初日ながらも言わば幹部候補生である選抜生セレクションの一員に名を連ねる儁亦すぐまた 傴品うしなであった。

 予定よりも一足早く教師役の束繰たばくり 無絵むえが退席し、再び新局員の訓練が続行される中での事である。


「あー…………そうだね。まあ型式とかはまだ知らないか。えっと、新局員に支給されるのは全部甲式──プレーンモデルなんだよね。だからまぁ、似たり寄ったりになるのは仕方無いの」


「はぁ、なるほど。まあ新人一人一人に専用品は渡せませんよねぇ」


「うん。みんな最初は甲式のどれかを選んで、階梯を上げてから自分に合わせた調整チューニングをしていく感じかな」


「プレーンモデルの甲式からカスタムモデルの乙式に移行するのが鉄板ベターだよねー。頭尾須ずびす隊長の【白真はくま】とかむすびの【クロ】とかは甲式の【ハク】のカスタムだし。…………師弟でオソロなんだよねー?」


「そういうえんは親子でオソロでしょーが」


 むすびの解説に、一旦教育役から離れたえんが合わせる。


えんの【一空いっくう】は【青】のカスタムで、俺の【Altoアルト】は【緑】のカスタムだしな──まあ大体そんな感じだ」


「はぁ…………けど甲式乙式とくれば、やっぱ丙式もあるんです?」


 鍔貴つばきの言葉を聞いて、傴品うしなは更なる疑問を投げ掛けた。


「うん、まあ…………一応あるよ、丙式──オリジナルモデルもね。ただ完全オーダーメイドだから、やっぱ持ってる人は少ないかなぁ…………別に丙式が一番強いってワケじゃないし。むしろクセの強いキワモノって風にイメージしてもらった方がいいよ」


「は、はぁ。なるほど、ネタ装備ってヤツですか」


「…………いや…………まぁそこまでは、言わないけど…………言わなくていいじゃん…………?」


 傴品うしなの率直な意見を受けて、何故かむすびが凹んでいた。


「あー…………それに、共有認識テンプレートから外れるほど泡沫の空オムニア内での定義実証が難しくなるからな。改造カスタムすればするほど使い手に求められる偏在率は高くなる。丙式を使うとなれば最低でも60%は必要だろう。そういう意味でも丙式の使い手は限られるんだ」


「…………鮎ヶ浜あゆがはまさん鮎ヶ浜あゆがはまさん。言ってる内容が束繰たばくり室長っぽくなってますよ。よくわからんですって」


「あー…………ようするに、甲式プレーンモデルから逸脱するほど高い偏在率が要求されるって事だ」


「偏在率、ですか…………ええっと、その、アタシそれもよくわかってないんですよね…………えっと、要するに、戦闘力みたいなものだと思えばいいんです?」


 無知を恥じているのか、そこかしこに眼を泳がせながら訊ねる傴品うしなに、むすびは気負わぬ声色で返答する。


「んー…………似て非なるもの、かな? 泡沫の空オムニア内での存在の大きさだから、まあ偏在率が高いほど強大な力を行使できるってことらしいよ。ただ、偏在率が高いと泡沫の空オムニア内では良い影響だけじゃなく悪い影響も受けやすいから、偏在率が高くなると危険も高くなる…………攻撃力の高さ兼防御力の低さ、みたいな感じかな? まああくまでも喩えだけど」


「人間にとっては、だろ。死神グリムはそもそもが泡沫の空アッチ側の存在なんだから偏在率の高さからくるリスクなんか無いに等しい。いや、あってもリターンの方が大きすぎる、と言うべきかな。肉体って枷が無い死神グリムにとっては防御面からしても偏在率が高いに越したことはない……………いや、防御力は下がるがそれ以上にHPが跳ね上がるって感じか」


「…………う、うーん…………」


 むすび鍔貴つばきの説明を受けてもなお首を捻らせる傴品うしなであったが、それを聞いて更なる疑問を投げ掛けた。


「そ、それで、そのう……………選抜生みなさんの偏在率って、どれくらいなんです…………?」






▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲







「「「「──逃がすかっっっ!」」」」


 四人の灰祓アルバがそう叫んだが、もう遅い。生憎とあたしは逃げる気マンマンなのだ。

 あたしの身体、足首までくまなく包み込む真っ黒なモッズコートの裾の中。

 あたしの足を包むそれが。


 ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り 。


 と、音を立てて回り始める。


「さーらばっ!」


 そんな捨て台詞と共に、あたしは猛スピードで


「何っ……!?」


 驚愕の声はもはや遠くに。

 あたしは背後から窓ガラスをぶち破り、宙に身を投げ出す──


「──んじゃないんだねこれがっ!」


 空中で大きく前転、ビルの壁面へと両足を接地すると──


 ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り ぎ ゃ り !


 そのまま重力を完全に無視し、垂直に壁を駆け上がる!


「なーんか前にも似たことしたっけねー。ともかく、屋上でございまーすっと」


 そのまま屋上へ着地、さてさてとっとと隣のビルへ移ろうか──


「──貫け【堝貫透かかんどう】」


 ──そこに即座に刺突槍ランス型の生装リヴァースが突き込まれる。


「うおぉっとびっくりしたぁ!」


 が、もちろんそんなもん当たらない。

 紙一重でスルリとそれを回避。


「もう追い付いてきたかー。やるじゃん。四人がかりで即天井ぶち抜いた感じかな? 咄嗟の判断、良好良好」


 沈みかかった夕日を背に、四人の灰祓アルバがあたしの前に立ち塞がる。


「──掠めただけか」


「ん?」


 ボソリ、と年長の男が呟いた瞬間。

 ブシュ。

 と、あたしの脇腹から血が吹き出た。


「あだぁ!?」


 嘘、当たってたぁ!?

 いやいや間合い見切ってたし! 絶対躱した筈──


「隙あり!」


「うっひゃ!」


 即座にナイフを構えたツインテール少女が飛びかかって来た──ちょっちょっこの子あたしよりも年下でしょ! んなもん振り回しちゃダメっしょ!


「もらった」


 ジャラジャラ、と鳴り響く金属音。

 蛇の如くに空を泳ぎ、何かがあたしに飛来する!

 咄嗟に腕で防御するも──

 ──ミシリ。


「いいっづ!?」


 重っ! 痛っ! 腕! ミシっつった!


「分銅!? くさ、り…………連接鎚フレイルぅ!? んなもんあんのかよ…………あぁくそ丙式オリジナルか──」


 あたしがそんな風に悪態を吐き終わる前に──


「ぶっ、飛べ!」


 横っ面に鉄拳がぶっ込まれた。


「ごっ、パああああぁぁ!?」


 視界がグルングルン。つまりはあたしがゴロンゴロン。

 ガシャン、と屋上際の鉄柵に叩きつけられる。


「畳み掛けろ!」


 怯んだ隙を見逃す筈もなく、そのまま四人の攻撃が倒れ込んだあたしに叩き込まれ──






「──いやいや流石に油断しすぎっしょ」


 そう自嘲の言葉を思わず吐いてしまう。


「──!? 後ろっ…………」


「マジかよおい、さっきまで目の前にいただろ…………!」


 コキコキ、と首を鳴らす──おしおし骨はイッてないな。


「あーホントびっくりした。スゴいねあんたら。やるじゃん。うんうん。さてはあれだな? 選抜生セレクションとかいうヤツらでしょ。最近鳴り物入りで編成されたとかいう」


「………………」


 あたしの質問にはあくまで答えない──か。真面目だなぁ。おしゃべりしよーよ。


「まあ呑気してたあたしが全面的に悪いんだけども──しかしそこの! 躊躇ちゅうちょなく躊躇ためらいなく女子のご尊顔ぶん殴んのはどーよ! 男の子でしょ!」


「アホ抜かすな。女殴んのが悪いんじゃねー。男だろうが女だろうがそもそも殴っちゃダメなんだよ。男だの女だの抜かす前にそこをツッコめや」


「うぐっ…………ど正論で返された」


 言葉もねーよ。


「…………ん。まあけど、そうだね。あたしが悪いね。ま、今からでも逃げようとすれば逃げれるんだろうけれども」


 流石にここまで無様を晒して。

 挽回無しじゃあ、帰れないよね。

 そうして。

 あたしは。

 ようやく──


「──じゃ、ろっか」


 ──ホントの本気に、戦闘態勢に入った。



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