17.犬
──東京都内。私立銀泉学園高等部。
第一体育館内にて、入学式が行われている。
学園長による入学許可を含めた式辞が行われている中、新入生の中で言葉を交わす者達がいた。
「…………なんで
「知らない。あんたこそ知らないの?」
「知らないから聞いてるんだろ」
「じゃああたしも知らない」
「あっそ…………入学式フケる程不真面目なヤツじゃない筈だけどな。見かけによらず」
席を前後して会話するのは二人。
前方に座る黒髪を長髪に伸ばした少女と、後方に座るのはこちらも黒髪の短髪少年。
「…………ちょっと黙るか。
「げ。口チャック口チャックー」
教員らしき内の一人から投げかけられる鋭い視線に、慌てて二人は口をつぐむ。
それを見た教員は、ふ、とため息を洩らした後、耳元に装着されたBluetoothイヤホンからの通信に耳を傾けた。
『──司令室より通達。現在都内、山手線において
「山手線…………列車の暴走ね。クソ」
連絡と同時に手元のスマフォにて現況を確認した教員──
「…………式の最中に何教員がスマフォ弄ってるのよ。マスコミに見られたらまた面倒なことになるわよ」
「教員以前に隊員だろうが。都内で
「聴いてるわよ。こっちも隊員──というか隊長なんだから」
じっとりとした目で
「暴走列車か…………とんだ陸の孤島だわ。およそ孤立とは縁遠いこの
「乗客もいる以上荒っぽいマネはそうそう出来ん──どうやって隊員を現場へと送り込むか」
「それは司令室の頭脳派達が考えることでしょう。今ここにいる私たちに出来ることはないんだから、大人しく式に集中しなさいよ」
「それはわかってるが──あ? 車両内に居合わせた隊員が一人いる?」
司令室からのその通信を聞き、二人が眉をひそめる。
「とは言っても、単独でなんとか出来る規模の
『隊員名は──』
その名前を聞き届け。
女性教員──
「入学式に遅刻とはどういうことかと思ったら──つくづくトラブルメーカーね。貴方の自慢のお弟子さんは」
「メーカーではないが…………エンカウンターではあるな…………面倒事誘引装置だよ…………」
はあああああ、と、今度は人目を憚る事もなく盛大なため息を吐き。
『下手な手出しは無用だ。被害抑制と事後処理の準備に注力しろ──現場は
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バクバクバクバクバクバクバクバク。
ボリボリボリボリボリボリボリボリ。
ムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャ。
山手線を走る列車の車両内。
走行音よりも大きく、延々と流れるのは──咀嚼音。
「イヤアアアアアアアアア!! キャアアアアアアアアア!!」
「退けよ! 退けぇ! 先に行かせろ!!」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!」
響く悲鳴。轟く怒声。
目前にまで迫った惨劇を前に、平静でいられる乗客など一人たりともいはしなかった。
『グ………グッフ』
『グルルルルルルルル』
唸り声をありながら
が、犬といっても明らかにその姿は通常のモノとは逸脱している。
目は窪み、洞穴のような眼窩を覗かせている。全身は不自然な形に隆起しており、赤黒い血管のようなものが浮き出ていた。
そう。その姿は──まるで、地獄から這い出てきたかのような。
「ウ──ぎゃあアアアアぁああああ! はガ、アがガガがギャガアあああアぁぁぁァァあ"あ"あ"あ"ッッ!!??」
「あ、あ"ー! やめ、やべデッ!? 痛、いだ、イダダダダがぱはぎゃ、ヴあアアアアっっっ!!」
先頭から数えて第二車両目。
第一車両にいたもの達は、既に全員──この獣達の胃袋の中に収まっていた。
先頭から。
順番に順番に。
一人ずつ一人ずつ。
乗客達は。
喰われて。
喰われて。
喰われて喰われて喰われて。
喰われて喰われて喰われて喰われて喰われて喰われて喰われて喰われて喰われて喰われて喰われて喰われて喰われて喰われて喰われて喰われて──
そして今もなお、徐々に徐々に乗客達はその数を減らしている。
「ヒッ…………ヒック………ウゥ…………」
狩り場と化した車両の中、座席の上。
ただ一人だけ、幼い少女が座り込んでいる。
「おっ…………おか、おかあ、さ…………」
座席の上で。泣きじゃくりながら。
少女はただ、母だったモノの大腸が胴体から引き摺り出されて嚥下されて往くのを、赤黒く染まった視界に収めていた。
『グ、ガルルルルルル……』
やがて、手透きならぬ口透きになった黒い犬の一匹が、少女の前に歩み寄る。
「ヒッ…………う、ううぅっ…………」
少女は身動きも、悲鳴をあげることも出来ないようだった。
『カルルルルル…………』
がぱぁ。
と、黒い犬は少女の目の前でその口を開いた。
刃物めいた鋭利な牙が姿を見せる──口内にはさっきまで咀嚼していた人間の骨肉、臓腑が垣間見えた。
「や、ヤ──いやあああああああああ!!」
『ガアアアアアアアアッッッ!!』
悲鳴を上げる少女に、黒い犬は大きな口を開いて跳びかか──
──ろうとした矢先に鼻面から頭部を串刺しにされた。
「吠えんな──
その声が聞こえてきたのは──少女の背後。
黒い刃が、窓ガラスもろとも黒犬の顔面を貫いていたのだった。
「小さい女の子イジメてんじゃ──ないっつのクソ犬ぅぅぅぅ!!」
黒刃が閃く。
窓ガラスを文字通りに斬り開き。
「司令室──
その声が車内に響いたと同時に──車内の死神犬達が、一斉に食事を止め、
それに応えるかのように、
「きなよ、負け犬ども。刺身にしてやる」
その言葉と同時に──戦端が開かれる。
『ガッフ!』
『ガアアアアアアアアッッッ!!』
「──
飛びかかってきた三匹の死神犬を──すれ違い様に瞬時に
「
続いて襲いかかってくるのは、猟犬めいた強靭な体格を誇る個体達。
「チッ、背後には──」
「傷つけ、させないっ──!」
呼吸を合わせたかのように同時に襲い来る死神犬達。
それらを向こうに回し、
「──せぇいっっ!」
四体全てを斬り捨てるべく、渾身の一閃を放った。
『ギャッッッ!』
『ガッ!!』
『バグぅッ!』
その一太刀は見事、三体を纏めて両断した。
が。
『バぁアアアアッッッ!!』
残る一匹が、
「うっ、くぅ──!」
『グッ、フ。ガルルルルルル!!』
死神犬は更なる唸り声をあげ、
腕、を──
「おら、駄犬。どうしたのさ──喰ってみなよ」
『グ、ガル、グルルルル──!?』
「ふん、だ。弱い犬程よく吠えて──よく群れるっ!」
気勢と共に、左腕を死神犬ごと渾身の力で床へと叩きつける!
『ギャッ、フ──!』
「終わりぃ!」
ドス。
黒刃を頭部へと叩き込む。
数回の痙攣の後に──死神犬は動きを止め。
やがて、塵とも靄ともつかない
「──フゥ。特注制服様々だね」
パンパン、と左腕を叩く──その制服には大きな傷も孔も出来てはいなかった。
『こちら司令室! 結ちゃん──』
「うん、わかってるよ
頭上を見上げながら。
「あと──一体!」
その声と同時に──車両の天井がぶち破られる。
『グ──ギャオオオオオオオオオ!!』
『
「わかってる──
頭上より乱入してきたその死神犬は、もはや犬と言えるかどうかは怪しい体躯だった──なにせあまりにも大きい。
大型の肉食獣、
「ちょっと乱暴だけどゴメンね……っ!」
「キャッ……」
この乱入を察していたようで、
「あんま余裕こいてたら、ヤバいからね──!」
『ガアアアアアアアアァァァァッッッ!!!!』
振り下ろされたその豪腕を、
──轟音。
「ぐ、ううううぅぅぅぅ!」
『ガルルルルルルッッッ!』
衝撃で、
「いっっっつ……! この、デカ犬ぅ!」
巨腕を弾き飛ばし──返す刀で巨犬を斬りつける。
『ギ、ギャッッッ──!』
「
巨犬が怯んだ、その一瞬の内に
車内の吊革を利用し、大きく跳躍──瞬時に巨犬の体躯を駆け上がり、頭部にまで到達する。
振り落とそうにも、巨犬はその体躯ゆえに狭い車両の中では碌にもがくことも出来ない。
そして
手の内の黒刀を逆手に持ち替え。
「おっ、らあああああああ!!!!」
その刀身を、巨犬の脳天へと叩き込んだ。
『ギッッッ──!! ギアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッッッ!!!!』
車両全てを揺るがすかのような絶叫が轟き渡り。
そして──巨犬の
『車内の全
「了解ー。フゥ…………任務、完了と」
大きく息を吐き、
チン、と音を鳴らし、漆黒の刀身を鞘へと納める。
「おつかれさま、【
気の抜けない視線のまま、結は静かに前を見据える。
先頭車両──
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