14.十"
二人の少女が夜の路地裏を駆け抜けていた。
否──駆けているのは一人。もう一人はむしろその場に留まろうとしているようだった。
「お願いだからおとなしく一緒に逃げて!
「私たちが! 隊長を助けなきゃいけないんじゃないですか!
年下の少女を担いだままに、猛スピードで喜多隅隊員は走り続ける。
隊長である
それが自らの最後の使命なのだから──
「今は逃げるしかないの! 生き残る事だけを考えて! 生きてさえいれば、きっといつかあいつに一矢報いる機会が──」
「──呼んだか?」
…………絶望の声がした。
「………………」
路地の先、人々が行き交う路上から差し込む街の光を鎖すかのように──白き死神が立ちはだかる。
…………ギリ。
と、音を立てて喜多隅は歯軋りした。
ここに。
ここに【
「二人揃ってくれてるのは助かったよ。探す手間が省けた。…………しかし、とことん悪手を選ぶんだな、
億劫げにそう言い放つと、静かに二人の少女に向かって歩き始めた。
「…………真咲ちゃん。逃げて。私がなんとか食い止めて見せる──」
「絶対に嫌です」
喜多隅の背後の少女──麻崎はそう言い切った。
「もう、誰も死なせません。あたしがこいつを倒してみせます。絶対に許さない──許せない。よくも、よくも隊長と鹿種先輩を──!!」
そう言って麻崎は、手に持った自らの武器を投げ放つ。
白き閃光は【
「投擲槍──ふぅん。俺の腕持っていきやがったの、お前か」
──その声は背後から聞こえてきた。
即座に麻崎が振り返ると──そこにいたのは、自らが投げ放った白き槍。それを手に持った【
「やっぱり威力、速度共に合格点だな。だからこそ、切り札として後衛に控えさせてたワケか──しかし、投げ槍かぁ……投げ槍ねぇ……こんなもんをあの遠距離からこの威力を保ちつつ命中させてみせたってのは、素直に驚きだよ。やるな、お前」
そう言いつつ【
「…………何、を?」
麻崎の口から漏れる声は驚愕と戦慄に染まっていた。
自らの目前で起こったことが信じられなかった──否、何が起こったのか自体がまるでわからなかった。
麻崎が認識できたのは──自らが目前の
だが、その直後。
槍が命中する前に、槍ごと【
そして次の瞬間、背後から【
「あ、あなたの【
その問いに。
ものすんごくげんなりした顔をした後。
不貞腐れたような声で【
「安心しろよ。時間を止める──とかっていうような馬鹿げたものじゃねぇから。ただのしょうもないハズレ能力だ」
はぁ、とため息一つを溢し。
改めて──【
「──っ、あ」
後退る。
麻崎は、心底から湧き出る恐怖を実感した。
その目は──
なんて、鋭い。
なんて、冷たい。
なんて。
なんて。
なんて、寂しい瞳であったことか。
「き、き、喜多隅、さん──」
ゆっくりと振り返り、背後の先輩へと向かって──
……何と言うつもりだったのだろう?
……どんな言葉を投げかけるつもりだったのだろう?
今更。
逃げましょう、とでも言うつもりだったのか。
それはもう、麻崎本人にもわからないことだった。
だって。
背後にあったのは──
「喜多、ず、みさ──」
そこに、喜多隅はいなかった。
そこにあったのは。
上半身を無くした、女性の下半身だけだった。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
全ての思考が麻崎の脳裏から抜け落ちる。
臓腑をだらしなく垂れ流したその肉体から、いつ上半分が失われたのだろう?
そんな疑問さえ、麻崎は思い浮かべることが出来なかった。
全てが、停止していた。
「…………
そう吐き捨てた直後、茫然自失とする麻崎の襟元を瞬時に締め上げ、【
「っ、あ──」
碌に呻き声も上げられず、麻崎の両足が浮いた。
「理屈の上では──まあ、お前のような子供が、
【
「まあいい、無駄話だった──さっさと終わらせるんだったな」
そう言い終わるよりも早く、【
その姿を見て。
ようやく麻崎の内に、恐怖が戻ってきた。
じわり、と少女の目に涙が滲む。
「い、い、いや──」
「お前みたいな小娘一人、死なせる価値もない──とかって言うのは簡単だが、まあ片腕持っていかれといてその台詞はちっとばかし格好がつかないよな。何より──死神らしくない。そうだろ?」
無表情のまま、無感動のまま、【
「い、いやだぁ──し、死に、死にたく、死にたくない! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない、死ぬのやだ死ぬのやだ、やだやだやだやだぁ! だ、誰か、誰かぁ! たす、たすけ──」
涙を流し、踠き、喚く。
それを見て【
呆れず。哀れまず。蔑まず。
ただただ諦観だけを浮かべて。
一言だけを、呟いた。
それが、餞だった。
「──よく生きました」
闘いが終わる。
弔いは続く。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──「わしは次から次へと使いを送らなかったか? 熱が来てお前を打ちのめし、震えさせ、倒さなかったか? めまいがお前の頭をまごつかせなかったか? 通風がお前の足を曲がらせなかったか? 耳鳴りがしなかったか? 歯痛がおまえの頬にかみつかなかったかね? 目の前が暗くならなかったかね? そのほかにわしの弟が毎晩わしのことを思い出させなかったかね? もう死んだみたいに夜横になっていなかったかね?」──
──グリム童話「死神の使いたち」より。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──
20■■年 7月
東京都
渋谷区での第二次災害の翌日夕方から深夜にかけて、グリムコード【
豊島での事件から【
状況痕跡、並びに観測された偏在反応から、【
観測された『コード未定個体』の瞬間偏在率が150%を超過していたことから、『コード未定個体』を超位偏在個体、
観測された【
【
この事により『コード未定個体』が【
【
この件における民間人の死亡者数は二十六名。偏在干渉が確認された者が一名。
「特異遍在型
■□■□■□■□■□■□■□■□
□■□■□■□■□■□■□■□■
「──というのが今回の一件だ」
──七月下旬、東京某所。
とある会議室において数人が議論を交えていた。
絢爛な雰囲気を漂わせるその一室を占めるのは長大な長机と椅子、それに掛ける白衣の人間たち。
その中の一人が口を開いた。
「は。そんで、まーた栄えある【
鼻で嗤いながらそう言ったのは、髪をオールバックにした顔に幾重もの
「…………殉職者を愚弄する発言は慎め、
「あーあーあーあーうっせうっせうっせえ。聞き飽きたんだよテメーのご高説はよ、ヘタレ
そんな青年の──
が、そんな
「大体二体を相手にって何だよ、この書類見るに【
「言いたい放題ですか。淹れませんよ自分でやってください」
傍若無人に捲し立てる仇畑に、末席に座る青年が苦言を呈した。
「──殉職者の話は葬儀の席でも出来ますよ。取り敢えず今は置いておきましょう。これからすべき議題は対策と対応についてです」
楚楚とした穏やかなその声は、萌黄色の長髪を後ろで纏めた女性のものだった。
「…………そうは言ってもねぇ、
眼鏡をかけた痩せぎすの男が皮肉げに口を歪めながらそう溢す。
「仕方がないでしょう、
そう言って
「…………どうして
その言葉にビクリ、と肩を震わせた後、
「……すみませんウチの隊長は……その……東京観光するっていって……銀座に……」
「カッ。まーたサボりかよあのおっさんは。ったくいい歳こいていつまで不良気取りでいるつもりなんだかなぁ?」
そんな
「
「
「
「
と、声を揃えて深く同意したのだった。
──改めて、ここに集う者たち。何れも
そして──
「──ここにきての新たな
冷ややかな声と苛烈な視線を放ちながらそう言ったのは──会議室中央の席に座す少女だった。
亜麻色のウェーブがかった長髪をしたその少女は、年齢に似合わぬ高貴な威厳を湛え、室内の面々を見据えている。
彼女の名こそは、
「これでこの五年間において【
「…………」
「…………」
列席の中の二名。
「そして、数値の上ではその【
「…………頭の痛い話ですね。好戦的な【
「
「その二体も、交戦した部隊は皆壊滅的な被害を被っています…………ウチの隊長があれらと同格の
まるで他人事めいた口調で言う
「挙げ句の果てに、六体目の登場ですものね──
「ああ──
「偏在ズレが起きてしまったのなら流石にどうしようもないと思いますよ、
「……チッ。オレなら仕留めてたっつーの」
「あーはいはいそうですね、
「これらの六体で済むならまだいいでしょう──ですが、依然として
「流石に勘弁してほしいものだねぇ…………贔屓目に【
「ああ。
「………………」
「………………」
その
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
「………………」
…………静かに彼女はその瞼を開いた。
視線の先には茜色に染まった東京の空が流れている。
どうやらどこかのビルの屋上のようだった──彼女が最後に見た風景とは別のもの。
「………………」
「あ、起きた? めいちゃん。いやーよかったよかった。正直十中八九消えると思ってたんだけど。ま、素直に流石と言っておこうかしら。うん。スゴいスゴい」
「………………」
「……………助太刀してくれる気ぃあったんならもうちょいはよしてくれませんか? 姐さん」
赤髪の死神──【
「いやいや、一対一の闘いに水差すほど無粋じゃないわ。というより、
心底から愉しそうに愉しそうに悦ばしそうに悦ばしそうに、【
「そりゃもちろん、めいちゃんをぶつけたのは
クツクツクツ、と嗤いを噛み殺しながら
「ああ、別にめいちゃんを責めたりする気は一切ないから心配しないで。
「…………はぁ。そりゃどーも」
投げやりな返事をし、今度は【
「…………それで、どういうことなんですか? 二人目の【
「いやいや私を過大評価し過ぎだって。私は確かに文字通りの死神ではあるけども、かといって全知全能とは程遠いんだから。
「えぇーー…………」
白い目線を浴びせる【
「そんなワケだし、めいちゃんが消えずにいてくれたのは僥倖ね。まだメンバーが欠けるにはちょっと早いもの。これからが本番になるでしょうから。ねー?
その姿は少女──否、幼女と呼ぶべき体躯だった。どうみても年齢は一桁だろう。風で靡くその髪は、骨のような純白と鴉じみた濡れ羽色が混ざりあった不可思議な色合いをしている。異様に似合うゴシックファッションに身を包んだその幼子は、何かの絵本を開いて読み上げているらしかった。
「──『
「………………」
それを聞いた【
「あんなちっさい子になんっちゅう絵本読ませとるんですか。教育に悪いでしょうが」
「グリム童話でも読ませとけばよかったかしら? けどあれらも原典は大概な内容よ? さっきのシンデレラ然りね」
「それにしたってあれはないでしょあれはは。よりによってなんであれなんですか。もうちょい大人し目なのにしときゃええでしょに」
「…………しょうがないじゃないあれが面白いっていうんだから。言っとくけど私が薦めたんじゃないわよ。
「『
そういうと、
振り向いてそのまま歩き出し──フェンスをすり抜けて、
「ほら
「…………こんにちは」
「あー……はい、こんにちは」
「…………人見知りなんですね」
「いや、普段は割と気安い子の筈だけど…………なぁに?
「…………とうさまにあいたかった」
「あー…………ごめんなさいね?
「…………ぶー」
プイッ、とそっぽを向いた
そんな二人の様子を見て──【
「ってちょっとちょっと、どこいくのーめいちゃん?」
「どっかにいきますよ、適当に。…………命拾ってくれたんは礼言います。おおきに」
「はい、おおきにー。──じゃないでしょもう。なんでめいちゃんまで拗ねてるのー?」
「別に…………ウチは違うってだけですよ。あんたとも、その娘とも、【
感情の抜け落ちた顔で、【
「やっぱ拗ねてるじゃない…………
「ええ、そうでしょうとも」
「はー、もう、仕方ない…………じゃあ訊くけどさ、めいちゃん。…………もう一度『誰か』になりたいって、そう思う?」
その言葉に。
振り向かないまま、【
「…………当たり前やろ」
「あっそ。じゃ、しっかり働いてね。そしたら──
──誰でもないあなたに、戻れなくも、ないかもよ?」
その言葉に。
今度こそ、【
「どういう、意味──」
「それはやり遂げてからのお楽しみー。他の十三人にも言っといてね? アハハ──さてさて、いよいよ本格的な開演の時だ」
ポン。
と、黒白の幼子──
死の総体である漆黒の女はこの世全ての生命に──宣戦を布告する。
「──【
◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■
■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆
とある医務室にて、金髪の少女が目を覚ましてから数分が経過していた。
ぼんやりと乳白色の天井をただ眺めていると、扉が開かれ、誰かが入ってくる。
黒髪をアップにしたその少女は、ベッドに横たわる金髪の少女に歩み寄ると、口を開いた。
「体調は大丈夫ですか? ──
「…………はい。まあ。最初から怪我とかはありませんでしたし」
黒髪の少女の質問に、金髪の少女──
「…………ワタシ、これからどうなるんですか? もう質問責めはそろそろ飽き飽きしてきたころなんですけど」
「申し訳ありません──ですが現場の様子を記憶していたのはあなただけのようでしたので」
そういって少女は頭を下げた。
「ああいえ、別に嫌味を言ったわけじゃないです。ただ、その、こんなとこ連れてこられて、流石に混乱してるといいますか──ここ、病院じゃないですよね?」
部屋の中を見渡して
一見すると、ありふれた個室の病室に見えるが──
「この部屋──というかこの建物、ワタシが見て回った限り、窓が無かったですもん。…………地下ですか? ここ」
「…………鋭いですね。ええ、その通りです。詳しい場所はお教え出来ませんが、東京内の地下にある施設になります」
「はぁ…………えと、あの、その、ワタシ、
「安心してください。身体検査含め、全て必要な手順は終わっていますから──直に帰宅できます。ご家族にも既に連絡しておりますので、心配いりません…………ただ」
ほんの少し、少女の声色が固くなる。
「今回の一件の事は口外無用に願います」
「いやぁ…………口外しても誰も信じないと思うんですけどね。その、口外したらどうなるんですかね?」
「それなりの措置を取らせていただきます。それを含めてお訊ねしますが──今回の一件の事柄を、あなたは覚えていたいですか?」
「…………はい? どういう意味ですか──」
「いえ、もし事件の記憶があなたにとって苦痛なものであるというのなら──こちら側である程度の処置を行うことが可能です」
「………………」
ヒク、と顔を大きくひきつらせた後、なんとか
「…………き、記憶を、しょ、処置って…………記憶を、弄ったりするってことです?」
「誤解しないでください──あなたが望むのであれば、です。不要なのであればそれで構いません。…………口外しない旨についての誓約書に署名してもらうことになりますが、それで終わります」
「………………」
「忘れたく、ないです。忘れちゃいけないと、思うんです」
「…………そうですか。では、衣服や所有物を返還しますので、着替えた後でまた連絡してください。その後誓約書に署名すれば、そのまま帰宅してもらってかまいませんので──」
「そ、それなんですけど!」
思いきった風な表情で
「…………何でしょうか?」
「え、えーとですね。その、あなた、えと、名前──」
「…………
「
「…………はい?」
少女──
「え、ええ──今年で十六になりますが」
「いっこ上…………で、でも、
「…………はい。今年で二年目になります」
「ってことはワタシの年齢でも出来るってことで──ええと、いきなり無茶な事言っちゃいますけど!」
意を決し、声を張り上げ、真っ直ぐに
「──ワタシも、同じ仕事が、出来ませんか……?」
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
──黄昏の中でカタンコトンと音を立てて走る電車、その車両の中の内の一つに二名の少年少女が向かい合って座っていた。
七月の長い陽が落ちようとしているこの時刻、車両の中にはこの二人以外の人影は見えない。東京郊外を走る寂れかけの路線で、帰宅時刻からはやや過ぎているとはいえ、少々異様に見える──まるでこの車両だけが、世界から切り取られていかのように。
落陽に背を向け、脚を組みながら座するのは、純白の学生服、俗に言う白ランに身を包む少年だった。身長はあまり高くない。その衣服に合わせるかのようにその短髪の髪は骨のように白く、鋭く煌めくその瞳は血のように赤かった。
その向かい側、夕焼けを正面から見据えるのは、その少年の服装に相反するかのような黒衣を纏った少女だった。フードに白銀色のファーまでついたその漆黒のモッズコートは、この真夏という気候に真っ向から喧嘩を売っているとしか思えない。何を考えているのやら、少女にしても小柄な体格であるにもかかわらずに大きなメンズコートを着込んでいるものだから、その体躯の膝下までもがすっぽりと隠れてしまっていた。袖も随分余っており、腕も見えなくなってはいたが、そのコート全体のサイズを鑑みると短く見える。ひょっとすると袖丈を調整しているのかも知れなかった。その少女の髪色もまた、衣服と同じく黒い。ショートの前髪を真ん中で分けており、そこから額が覗いていて、その真上からピョコンと二房のくせ毛が伸びている。そしてまたしても向かいの少年と相反するかのように、その少女の瞳は──深い青色に揺らめいていた。
「…………『死にたいヤツは死ねばいい。生きたくなくても死ねばいい。死にたくなくても死ぬしかないから生きたいヤツだけ生きりゃいい』──っつーのがあの女の座右の銘らしいんだが」
そんな言葉を皮切りに、【
「まあ、あれだ。フツーの人間からしてみりゃ、傍迷惑も甚だしいただの暴論なワケだ」
「ですよねー。はい。あたしもそう思います。流石は死神って感じの無茶ブリです」
そう言って黒衣の少女──新米死神である
「言うまでもなく、『生きたい』だなんて四六時中思いながら生きてる
「ですね。人が『呼吸したい』と思うのは基本『呼吸がしづらい』時とかで──即ち『生きたい』と思うのは『生きにくい』時ぐらいなもんです」
「ああ。絶やす間もなく『生きたい』と願い続けてる人間ってのはつまり常に命の危険に曝されてる人間──まあ今日日は戦地の人間ぐらいなもんだな。つまりアレだ。あの女の言ってるのは『進め一億火の玉だ』と同レベルの文言なワケだ」
「大戦末期っすかー…………まあ死神の言うことと考えれば案外妥当とも言えるんですかね? しかしやっぱり無茶ブリですよー。要するに『死ぬ気で生きろ』っつってるようなもんでしょ? 矛盾しまくりですって。死ぬ気で生きたら死んじゃいますもん」
「だから、死ねっつってんだろな」
「…………ああ、そう…………全員死ねと」
「まあ…………死ぬからな。全員。生きてりゃ」
うんざりした表情で言う
しばらく二人の間に沈黙が降り──再び口を開いたのはやはり
「お前は矛盾してるっつったけど、おれはそうは思わない──きっと死ぬことと生きることは矛盾しないんだ。不思議とみんな生と死を対極、相反するものとして扱いたがるが、考えてみりゃ理屈が合わない。生は全ての命の始発で、死は全ての命の終着だ。あらゆる命が生と死で一繋ぎになっているものだとするなら、地続きに繋がる生と死は──ひょっとすると同じものとさえ、言えるんじゃないだろうか」
「それは……いくらなんでも……生と死が……生きることと死ぬことが、おんなじことだなんて、そんなの、そんなの──」
そこまで言って。
悟ってしまった。
「…………ああ、そっか。そんなの。そんなもの──」
「………………」
死んだように生き続け。
生きるように死に続ける。
そんなの。そんなもの──
「…………そんなの、ただの──あたしたちじゃん」
「…………だろ?」
そう言って、顔を見合わせて二人は笑みを溢した。
「…………ふふふ」
「…………ははは」
「えへへ」
「くくく」
笑い合う。
嗤い合う。
人間みたいに。
少年みたいに。
少女みたいに。
…………子供、みたいに。
「ふーむ。そういう意味じゃあれですかねぇ? あの人。えーと
「その解釈は流石に好意的過ぎると思うがなぁ? んな善良な女じゃねーよアイツは。それは保証するさ。そうだな…………ま、アイツがある意味では人間を信じ、愛してるって事は確かかもしんねぇ。ただ、その愛とかいうもんは間違いなく人間の理解が及ぶもんじゃねぇだろな」
「わかります。振り返ってみても、あの
「ハッ。あの女が聞いたらさぞ嘆くだろうよ。アイツは随分と人間ごっこが好きらしいからな──ふん、悪趣味め」
「んー。てかですねー。先輩とあの
「ただの腐れ縁さ。付きまとわれて困ってるんだコッチは」
ジト目で
…………またしばらくの時間を空けた後、今度は
「先輩…………先輩って、あたしよりずっと長く
「…………まあ、お前よりはよっぽどな」
「…………何の為に、なんて質問は無粋ですかね?」
「そりゃそうだろ」
肩を竦めながら言う
「…………死なせてやりたい人間がいる」
「………………」
虚空に視線をさ迷わせながら、錆は言った。
「今のところ──おれの生きる理由はそれぐらいだ」
「…………そうですか」
「…………で、お前は?」
「うっ…………言わなきゃダメです?」
「おれにだけ言わせて自分はだんまりかよ」
「うぅ…………わかりましたよぅ」
ポリポリ、と頬を掻いて。
「…………死なせたくない人間がいます」
「………………」
「あたしの生きる理由は──まあ、そんなところです」
「…………そっか」
そう言った
「…………ホラ、持っとけ」
ピッ、と横に回転させながら
「はい? これ…………クレジットカードじゃないですか」
「やる。暗証番号は『4444』だ」
「はぁ。ありがとうござ──ええぇ!?」
驚愕する
「先立つ物はいるだろ──この先、一人でやってくんだからな」
「…………えっと、それはそうかも、ですが」
「貰っとけ。先輩からの餞別だ」
「あ、えと、けど、その──あのっ!」
立ち去ろうとする
「先輩と…………一緒に行っちゃ、ダメなんですかね?」
「…………まぁ、ダメだろ」
「死なせたいおれと死なせたくないお前じゃどうしたって噛み合わねーさ。たまに顔合わせる位で十分過ぎるぐらいだろ」
それは。
死で贖おうとする死神から、死に抗おうとする死神への。
最大限の、心遣いだったのかもしれかった。
「…………あー、うー、てか、アレだ。なんでおれと一緒に来るって発想になんだよ」
柄にもない事を言った自覚はあるのか、気まずそうな表情の
「なんでってそれは──
──先輩、あたしのタイプですので」
「……………………………………………………………………………………………………」
と、たっぷり間を置いてから。
「──ブッッッ!!!!」
と、
笑みで、ではなく。
「なっ──! おま、おまっ! どういう意味──」
「言葉通りの意味ですって。それ以上でも以下でもないです」
慌てふためく
「一緒に居たいんで、一緒に居させてください。噛み合わなくったって、噛み合わせていせばいいだけです。そーゆーもんです」
真っ直ぐに、純粋に、
「~~~~~~~~~~!!!!」
と、無感動さなどどこへやら、というような表情でたっぷり葛藤と逡巡と躊躇を脳髄の裏で反復させ──
「連れていってください、先輩」
──その笑顔で。
──その言葉で。
パッ。
「…………は?」
突如として。
「……………………え?」
キョロキョロ。
と、辺りを見渡すも、相変わらず車両内には誰もいない。
「…………せんぱーい? どーこでーすかー?」
返事はない。
気配さえない。
どこにも
「…………………………………………」
スゥ、と大きく深呼吸をし。
亰は叫んだ。
「ッッッはああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!????」
絶叫が上がる。
床を全力で踏み鳴らし、
「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないいいいいいいいいぃぃぃぃ!!!! しんっじらんないバカみたいウッッッソだろおい!!?? 逃げた!!?? 逃げやがりました!!?? あのシチュエーションでトンズラかましやがりましたかあの白髪野郎!!!! てんんんんめええええそれでもタマついてんのかゴラアアアアアアアアアァァァァァァァァっっ!!!!」
列車内にて絶叫しながら
「ヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレタマなしタマなしタマなしタマなしタマなしタマなしタマなしタマなしチキンチキンチキンチキンチキンチキン!!!! 去勢済み鶏!!!! 女子に恥かかせてんじゃねぇやあそこまで言わせといてフツー逃げる!!?? 逃げます!!?? 百万歩譲ってちゃんと断れや!!!! なああぁぁああんで何も言わずに雲隠れしちゃうの!!?? バカなの!!?? クズなの!!?? 死ぬの!!?? ア"ア"ア"ア"マジあり得ないんですけどぉーーーー!!?? 根性無し甲斐性無しデリカシー無し!!!! っっっつーか!!!! っっっつううううかああああ!!!!」
万感の想いを込めて。
生まれて初めての。
死んでからも初めての。
──その想いを、口にしたのだった。
「────なぁんであんなのに惚れちゃってんのよあたしわあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ──はああああああぁぁぁぁ…………」
さんざん悶え苦しんだその後。
終点を告げるアナウンスが車内に響き、開いたドアから寂れた駅のホームへと移る。
他に誰もいないホームのベンチにて、自販機で買ったコーヒーを啜りながら、
「…………別にいーけどね。置いてかれても」
負け惜しみにも聞こえるその言葉は。
確かな、少女にとっての、宣戦布告だったのだけれど。
「──追いついてやるんだから」
──かくして。
死に損ないの死神達の。
生者と死者を盛大に巻き込んだ。
支離滅裂にして喧喧囂囂。
問答無用にして波乱万丈。
落花狼藉にして死山血河。
死屍累々にして鬼哭啾々の──
──痴話喧嘩染みた追いかけっこが、開幕するのでありましたとさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます