14.十"




 二人の少女が夜の路地裏を駆け抜けていた。

 否──駆けているのは一人。もう一人はむしろその場に留まろうとしているようだった。


「お願いだからおとなしく一緒に逃げて! 真咲まさきちゃん! 隊長は私たちを助けるために──」


「私たちが! 隊長を助けなきゃいけないんじゃないですか! 鹿種ししぐさ先輩の為にも! 離して下さい喜多隅きたずみ先輩!! あいつ絶対に許さない──」


 年下の少女を担いだままに、猛スピードで喜多隅隊員は走り続ける。

 隊長である綱潟つながたが遺した最期の命令──決して無視するワケにはいかない。

 第三隊ヴィブルナムにおける最年少にして最も才能のある隊員──麻崎あさざき 真咲まさきを守り抜く。

 それが自らの最後の使命なのだから──


「今は逃げるしかないの! 生き残る事だけを考えて! 生きてさえいれば、きっといつかあいつに一矢報いる機会が──」




「──呼んだか?」




 …………絶望の声がした。


「………………」


 路地の先、人々が行き交う路上から差し込む街の光を鎖すかのように──白き死神が立ちはだかる。

 …………ギリ。

 と、音を立てて喜多隅は歯軋りした。

 ここに。

 ここに【刈り手リーパー】がいるということは──


「二人揃ってくれてるのは助かったよ。探す手間が省けた。…………しかし、とことん悪手を選ぶんだな、第三隊おまえらは。二手に別れていれば──いや、もういいか。さっさと終わらせよう」


 億劫げにそう言い放つと、静かに二人の少女に向かって歩き始めた。


「…………真咲ちゃん。逃げて。私がなんとか食い止めて見せる──」


「絶対に嫌です」


 喜多隅の背後の少女──麻崎はそう言い切った。


「もう、誰も死なせません。あたしがこいつを倒してみせます。絶対に許さない──許せない。よくも、よくも隊長と鹿種先輩を──!!」


 そう言って麻崎は、手に持った自らの武器を投げ放つ。

 白き閃光は【刈り手リーパー】目掛け一直線に飛んでゆき──


「投擲槍──ふぅん。俺の腕持っていきやがったの、お前か」


 ──その声は背後から聞こえてきた。

 即座に麻崎が振り返ると──そこにいたのは、自らが投げ放った白き槍。それを刈り手リーパー】の姿。


「やっぱり威力、速度共に合格点だな。だからこそ、切り札として後衛に控えさせてたワケか──しかし、投げ槍かぁ……投げ槍ねぇ……こんなもんをあの遠距離からこの威力を保ちつつ命中させてみせたってのは、素直に驚きだよ。やるな、お前」


 そう言いつつ【刈り手リーパー】は無造作に、掴み取ったらしい麻崎の投擲槍を背後に投げ捨てた。


「…………何、を?」


 麻崎の口から漏れる声は驚愕と戦慄に染まっていた。

 自らの目前で起こったことが信じられなかった──否、何が起こったのか自体がまるでわからなかった。

 麻崎が認識できたのは──自らが目前の死神グリム目掛けて愛槍の内の一本を投げ放った所まで。

 だが、その直後。

 槍がに、刈り手リーパー】の姿が消え失せた。

 そして次の瞬間、背後から【刈り手リーパー】の声が届いてきたのだった。


「あ、あなたの【死因デスペア】、一体、どんな──」


 その問いに。

 ものすんごくげんなりした顔をした後。

 不貞腐れたような声で【刈り手リーパー】は答えた。


「安心しろよ。時間を止める──とかっていうような馬鹿げたものじゃねぇから。ただのしょうもないハズレ能力だ」


 はぁ、とため息一つを溢し。

 改めて──【刈り手リーパー】は麻崎を見据えた。


「──っ、あ」


 後退る。

 麻崎は、心底から湧き出る恐怖を実感した。

 その目は──

 なんて、鋭い。

 なんて、冷たい。

 なんて。

 なんて。

 なんて、寂しい瞳であったことか。


「き、き、喜多隅、さん──」


 ゆっくりと振り返り、背後の先輩へと向かって──

 ……何と言うつもりだったのだろう?

 ……どんな言葉を投げかけるつもりだったのだろう?

 今更。

 逃げましょう、とでも言うつもりだったのか。

 それはもう、麻崎本人にもわからないことだった。

 だって。

 背後にあったのは──


「喜多、ず、みさ──」


 そこに、喜多隅はいなかった。

 そこにあったのは。

 上半身を無くした、女性の下半身だけだった。


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 全ての思考が麻崎の脳裏から抜け落ちる。

 臓腑をだらしなく垂れ流したその肉体から、いつ上半分が失われたのだろう?

 そんな疑問さえ、麻崎は思い浮かべることが出来なかった。

 全てが、停止していた。


「…………子供ガキか」


 そう吐き捨てた直後、茫然自失とする麻崎の襟元を瞬時に締め上げ、【刈り手リーパー】は静かに路地の壁面へと押し付ける。


「っ、あ──」


 碌に呻き声も上げられず、麻崎の両足が浮いた。


「理屈の上では──まあ、お前のような子供が、死神グリムを相手取るのは不思議じゃない。むしろ逆だ。お前みたいななんざ欠片も知らないって人間ヤツこそが、死神グリムを駆逐するのに適任とさえ言える──は。そういう意味じゃあ、頭尾須ずびす神前こうざき、さっきの隊長ヤツなんかは落第だな。。皮肉なもんだ」


 【刈り手リーパー】は虚しげな笑みを浮かべて、そう溢した。


「まあいい、無駄話だった──さっさと終わらせるんだったな」


 そう言い終わるよりも早く、【刈り手リーパー】の背後に──白き無貌の死神が現れる。

 その姿を見て。

 ようやく麻崎の内に、恐怖が戻ってきた。

 じわり、と少女の目に涙が滲む。


「い、い、いや──」


「お前みたいな小娘一人、死なせる価値もない──とかって言うのは簡単だが、まあ片腕持っていかれといてその台詞はちっとばかし格好がつかないよな。何より──。そうだろ?」


 無表情のまま、無感動のまま、【刈り手リーパー】はそう問いかける。


「い、いやだぁ──し、死に、死にたく、死にたくない! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない、死ぬのやだ死ぬのやだ、やだやだやだやだぁ! だ、誰か、誰かぁ! たす、たすけ──」


 涙を流し、踠き、喚く。

 それを見て【刈り手リーパー】は。

 時雨峰しうみね せいは。

 呆れず。哀れまず。蔑まず。

 ただただ諦観だけを浮かべて。

 一言だけを、呟いた。

 それが、餞だった。




「──




 闘いが終わる。

 弔いは続く。






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 ──「わしは次から次へと使いを送らなかったか? 熱が来てお前を打ちのめし、震えさせ、倒さなかったか? めまいがお前の頭をまごつかせなかったか? 通風がお前の足を曲がらせなかったか? 耳鳴りがしなかったか? 歯痛がおまえの頬にかみつかなかったかね? 目の前が暗くならなかったかね? そのほかにわしの弟が毎晩わしのことを思い出させなかったかね? もう死んだみたいに夜横になっていなかったかね?」──



 ──グリム童話「死神の使いたち」より。






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 ──第五隊サイプレスによる報告書レポート


 20■■年 7月

 東京都

 渋谷区での第二次災害の翌日夕方から深夜にかけて、グリムコード【刈り手リーパー】、【処女メイデン】、及び未登録の『コード未定個体』の存在を確認。

 豊島での事件から【処女メイデン】を追跡していた第三隊ヴィブルナム、並びに第二次災害の対応の為に都内に展開されていた進明隊ディステルが交戦。

 進明隊ディステル所属の隊員四十三名、並びに第三隊ヴィブルナム全隊員四名が殉職となる。

 状況痕跡、並びに観測された偏在反応から、【処女メイデン】と『コード未定個体』の二度の衝突があったと確認される。

 観測された『コード未定個体』の瞬間偏在率が150%を超過していたことから、『コード未定個体』を超位偏在個体、神話級ミソロジークラス死神グリムと断定する。

 第三隊ヴィブルナムは【処女メイデン】と交戦。対象に損傷を追わせるも、逃亡を許す。そのまま【処女メイデン】の追撃に当たったが、捜索途中に本局指令室との通信が途絶。その後の調査結果から【刈り手リーパー】と交戦し、隊員四名共に殉職したと思われる。

 観測された【刈り手リーパー】の瞬間偏在率は150%を超越しており、【死因デスペア】並びに【死業デスグラシア】の発現が予測されるが、具体的な情報は得られなかった。

 【処女メイデン】は二度目の『コード未定個体』との交戦時に偏在反応が消失。当初は逃走したと思われたが、現場の状況から『コード未定個体』により抹消された可能性が示唆される。

 この事により『コード未定個体』が【刈り手リーパー】と同様の、「特異死神グリム」である可能性が浮上。

 【処女メイデン】の反応消失から数分後に『コード未定個体』の反応も消失したが、消失ロストまでの偏在率の推移から対象の現存はほぼ間違いないと推測される。

 この件における民間人の死亡者数は二十六名。偏在干渉が確認された者が一名。

 「特異死神グリム」と推測される『コード未定個体』のその後の行方に関しては別途資料を参考の事──


 報告書レポート作成者 第五隊サイプレス隊員 煙瀧えんだき 音奈ねな






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「──というのが今回の一件だ」


 ──七月下旬、東京某所。

 とある会議室において数人が議論を交えていた。

 絢爛な雰囲気を漂わせるその一室を占めるのは長大な長机と椅子、それに掛ける白衣の人間たち。

 その中の一人が口を開いた。


「は。そんで、まーた栄えある【聖生讃歌隊マクロビオテス】の一部隊が欠番になったワケか。ったく、なんでこうボコボコ穴が空くかねぇ? 『人類最後の砦』なんてご立派な看板はそろそろ下ろし時じゃねぇのか?」


 鼻で嗤いながらそう言ったのは、髪をオールバックにした顔に幾重ものキズを持つ青年だった。


「…………殉職者を愚弄する発言は慎め、仇畑かたきばた第三隊ヴィブルナムは【処女メイデン】に【刈り手リーパー】という凶悪な死神グリム二体を相手に──」


「あーあーあーあーうっせうっせうっせえ。聞き飽きたんだよテメーのご高説はよ、ヘタレ頭尾須ずびすが。お説教かますなら第五隊サイプレスのお子ちゃま共相手に学園しいくばこん中でやってろや」


 そんな青年の──仇畑かたきばたというらしい──言を諌めたのは、第五隊サイプレスという部隊を率いていた黒髪の男、頭尾須ずびす あがなだった。

 が、そんな頭尾須ずびすの訓戒も意に介さず、仇畑かたきばたは続ける。


「大体二体を相手にって何だよ、この書類見るに【刈り手リーパー】単独に刈られたんだろうが。…………オレの記憶が確かなら【聖生讃歌隊マクロビオテス】を名乗れるのは『神話級ミソロジークラス死神グリムに対抗できると判断された部隊』だけの筈だけどなぁ? あまつさえ逸話級フォークロアクラス止まりの【処女メイデン】さえ仕留め損なってちゃ話になんねぇよ。そんな雑魚専のあまちゃん部隊じゃーそりゃ刈られるだろうさ。はーアホ臭ぇ。…………てか紅茶切れたんだけど。そもそもオレコーヒー派なんだけど。おい加我路かがみちコーヒー淹れろ」


「言いたい放題ですか。淹れませんよ自分でやってください」


 傍若無人に捲し立てる仇畑に、末席に座る青年が苦言を呈した。


「──殉職者の話は葬儀の席でも出来ますよ。取り敢えず今は置いておきましょう。これからすべき議題は対策と対応についてです」


 楚楚とした穏やかなその声は、萌黄色の長髪を後ろで纏めた女性のものだった。


「…………そうは言ってもねぇ、罵奴間ののしぬま。全十部隊中の六部隊しか揃ってないんじゃ会議の意味あるかね?」


 眼鏡をかけた痩せぎすの男が皮肉げに口を歪めながらそう溢す。


「仕方がないでしょう、氏管うじくださん。【聖生讃歌隊マクロビオテス】は多忙です。第二隊アネモネは大阪で【白銀雪姫スノーホワイト】の対処に終われ、第三隊ヴィブルナムは殉職。第七隊ハイドレンジアは九州にて【裂き手リッパー】とかくれんぼHide-and-Seekの真っ最中で、第九隊ゲンティアナに至っては【首吊り兎ヴォーパルバニー】を追いかけてそのまま行方不明と来ました。……第十隊ダチュラは来ているようですが──」


 そう言って罵奴間ののしぬまと呼ばれた女性は末席に座る加我路かがみちというらしい少年に目をやった。


「…………どうして第十隊ダチュラ加我路かがみち君が席に座っているのか、まだ聞かせてもらっていないのだけれど?」


 その言葉にビクリ、と肩を震わせた後、加我路かがみちは気まずそうに口を開いた。


「……すみませんウチの隊長は……その……東京観光するっていって……銀座に……」


「カッ。まーたサボりかよあのおっさんは。ったくいい歳こいていつまで不良気取りでいるつもりなんだかなぁ?」


 そんな仇畑かたきばたの言葉に一同は。


お前が言うなそうね


お前が言うなそうだな


お前が言うなそうだね


お前が言うなそうですね


 と、声を揃えて深く同意したのだった。

 ──改めて、ここに集う者たち。何れも死神グリムの死手より人類を護らんとする灰祓アルバの頂点に立つ面々。

 第十隊ダチュラ副隊長──加我路かがみち 明騎みんき

 第八隊バレンワート隊長──氏管うじくだ 轆轤ろくろ

 第六隊モンクスフード隊長──仇畑かたきばた しゅう

 第五隊サイプレス隊長──頭尾須ずびす あがな

 第四隊クローバー隊長──罵奴間ののしぬま 鐔女つばめ

 そして──


「──ここにきての新たな神話級ミソロジークラスの出現。相も変わらず神出鬼没の【刈り手リーパー】。そして何より二度目となる渋谷での【醜母グリムヒルド】の顕現と災害。…………死神グリムが世に姿を現して以来最悪とも言える被害がこの二日間に起こったのです。皆には人類の護り手としての自覚と危機感を抱いて欲しいものですね」


 冷ややかな声と苛烈な視線を放ちながらそう言ったのは──会議室中央の席に座す少女だった。

 亜麻色のウェーブがかった長髪をしたその少女は、年齢に似合わぬ高貴な威厳を湛え、室内の面々を見据えている。

 彼女の名こそは、煦々雨くくさめ 水火みか

 第一隊ブラックサレナ隊長にして──灰祓アルバの頂点に座す部隊郡である【聖生讃歌隊マクロビオテス】の全隊を統べる全隊長である。


「これでこの五年間において【刈り手リーパー】に葬られた【聖生讃歌隊マクロビオテス】の数は三つ…………壊滅には至らずとも甚大な被害を受けた部隊の数はそれ以上の数に上ります。なによりの問題はそれだけの交戦を重ねながら──未だに奴の【死因デスペア】の謎さえ明らかになっていないということ」


「…………」


「…………」


 列席の中の二名。

 頭尾須ずびす加我路かがみちの二人の目つきが──どこか剣呑なものとなる。


「そして、数値の上ではその【刈り手リーパー】と肩を並べられる死神グリムが、またしても出現したということ──【醜母グリムヒルド】を含めれば、これで確認された超位偏在個体、神話級ミソロジークラス死神グリムの数はとなりました」


「…………頭の痛い話ですね。好戦的な【刈り手リーパー】と【白銀雪姫スノーホワイト】だけに絞っても甚大な被害が出ているというのに」


 罵奴間ののしぬまが眉をひそめつつそう言った。


死神グリム共の女王と言われる【醜母グリムヒルド】はそれ以上の力を持つと思うと、いやはやお先真っ暗だねぇ。残りの二体──【首吊り兎ヴォーパルバニー】と【凩乙女ウィンターウィンド】は比較的大人し目だが…………」


「その二体も、交戦した部隊は皆壊滅的な被害を被っています…………ウチの隊長があれらと同格の死神グリム討伐したっての、未だに信じられないんですけどね」


 まるで他人事めいた口調で言う氏管うじくだと、憂鬱な表情で溢す加我路かがみち


「挙げ句の果てに、の登場ですものね──あがな達が一度交戦したって聞いたけれど?」


「ああ──誕生死亡直後で、仕留めるには絶好のチャンスだったが、それを逃してしまった…………弁明の余地はない。俺のミスだ」


 罵奴間ののしぬまの問いに、頭尾須ずびすは沈痛げな声色で言う。


「偏在ズレが起きてしまったのなら流石にどうしようもないと思いますよ、頭尾須ずびすさん。むしろ頭尾須ずびすさんが逃しちゃうなら他の誰でも逃がしちゃってたんじゃないですかね?」


「……チッ。オレなら仕留めてたっつーの」


「あーはいはいそうですね、仇畑かたきばたさん」


 加我路かがみち仇畑かたきばたのやり取りを横目に、煦々雨くくさめが話を進める。


「これらの六体で済むならまだいいでしょう──ですが、依然として死神グリム達の動きは活発化していくばかり。この先更なる神話級ミソロジークラス死神グリムが出現することも覚悟しておかなくてはなりません」


「流石に勘弁してほしいものだねぇ…………贔屓目に【聖生讃歌隊マクロビオテス】の一部隊が神話級ミソロジークラスに匹敵すると考えてみても」


「ああ。神話級ミソロジークラス死神グリムが【聖生讃歌隊マクロビオテス】を上回る数、存在するとするなら──」


「………………」


「………………」


 その頭尾須ずびすの台詞の続きを口にしようとするものは、いなかった。






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「………………」


 …………静かに彼女はその瞼を開いた。

 視線の先には茜色に染まった東京の空が流れている。

 どうやらどこかのビルの屋上のようだった──彼女が最後に見た風景とは別のもの。


「………………」


 死んで消えていなかったという事実に彼女は素直に驚愕した。どう足掻いても自分が死にきれないということはない状況だった筈だったが──




「あ、起きた? めいちゃん。いやーよかったよかった。正直十中八九消えると思ってたんだけど。ま、素直に流石と言っておこうかしら。うん。スゴいスゴい」




「………………」


 逢魔時おうまがときの空を見上げたまま、彼女は大きく嘆息する。


「……………助太刀してくれる気ぃあったんならもうちょいはよしてくれませんか? 姐さん」


 赤髪の死神──【処女メイデン】は、黒き女王、【醜母グリムヒルド】に向かってそう言った。


「いやいや、一対一の闘いに水差すほど無粋じゃないわ。というより、みやこちゃんを助ける事はあってもめいちゃんを助ける事はまずないと思ってたのだけど、ホントに。いやーびっくりしたわ。まさかあそこまでものの見事にめいちゃんが完敗するとは流石に私も思ってもみなかった。これ本心ね」


 心底から愉しそうに愉しそうに悦ばしそうに悦ばしそうに、【醜母グリムヒルド】──イザナは嗤った。


「そりゃもちろん、めいちゃんをぶつけたのはみやこちゃんに成長してほしかったからだけれど──いやはやあそこまでになるとは予想外。…………階段を上る灰かぶりシンデレラの邪魔をするものじゃないわねー。危うく


 クツクツクツ、と嗤いを噛み殺しながらイザナは続ける。長い黒髪が夕焼けの中で揺らめいていた。


「ああ、別にめいちゃんを責めたりする気は一切ないから心配しないで。みやこちゃんを褒めるべきであって、めいちゃんに落ち度は何もない。私はめいちゃんの事評価してるわよ? 逸話級フォークロアクラスの中じゃ確実に三本の指に入るもの」


「…………はぁ。そりゃどーも」


 投げやりな返事をし、今度は【処女メイデン】がイザナに問いを投げ掛ける。


「…………それで、どういうことなんですか? の【死に損ないデスペラード】とか、聞いてないんですけど? …………今度はどんな絵図を描いてるんですかね」


「いやいや私を過大評価し過ぎだって。私は確かに文字通りのではあるけども、かといって全知全能とは程遠いんだから。みやこちゃんはホントにただの予備スペア複製品バックアップ──のつもりだったんだけどね。あの様子を見るに到底その程度じゃ収まってくれそうにないわ。あーおっかしい。我ながらとんでもない爆弾造っちゃったかも」


「えぇーー…………」


 白い目線を浴びせる【処女メイデン】だったが、当然のようにイザナはそんなもの意に介さなかった。


「そんなワケだし、めいちゃんが消えずにいてくれたのは僥倖ね。まだが欠けるにはちょっと早いもの。これからが本番になるでしょうから。ねー? ルイ?」


 イザナが振り返った先には、ビルのフェンスの向こう。中空へと脚を投げ出して、誰かが何かを呟いている。

 その姿は少女──否、幼女と呼ぶべき体躯だった。どうみても年齢は一桁だろう。風で靡くその髪は、骨のような純白と鴉じみた濡れ羽色が混ざりあった不可思議な色合いをしている。異様に似合うゴシックファッションに身を包んだその幼子は、何かの絵本を開いて読み上げているらしかった。


「──『Iはアイダ おぼれてふびんI is for IDA who drowned in a lake』。『Jはジェイムズ アルカリごいんJ is JAMES who took lye by mistake』。『Kはケイト まさかりぐさりK is KATE who was struck with an axe』。『Lはリーオ がびょうをごくりL is for LEO who swallowed some tacks』。『Mはモード もくずときえてM is MAUD who was swept out to sea』。『Nはネヴィル のぞみもうせてN is NEVILLE who died of ennui』──」

 

「………………」


 それを聞いた【処女メイデン】は、げんなりした顔でイザナに言う。


「あんなちっさい子になんっちゅう絵本読ませとるんですか。教育に悪いでしょうが」


でも読ませとけばよかったかしら? けどあれらも原典は大概な内容よ? さっきのシンデレラ然りね」


「それにしたってあれはないでしょあれはは。よりによってなんであれなんですか。もうちょい大人し目なのにしときゃええでしょに」


「…………しょうがないじゃないあれが面白いっていうんだから。言っとくけど私が薦めたんじゃないわよ。おどろが勝手に──って話が逸れたわね。ほらルイ。こっちにいらっしゃい」


「『Rはローダ あわれひだるまR is for RHODA consumed by a fire 』。『Sはスーザン ひきつりえいみんS is for SUSAN who perished of fits』。『Tはタイタス ドカン! こなみじんT is TITUS who flew into bits』──はい、かあさま」


 そういうと、ルイと呼ばれた幼女はパタンと絵本──エドワード・ゴーリー著、『ギャシュリークラムのちびっ子たち』──を閉じ、ビルの端から立ち上がる。

 振り向いてそのまま歩き出し──フェンスをイザナと【処女メイデン】のところまでやって来た。


「ほらルイ、めいちゃんに挨拶しなさい?」


「…………こんにちは」


「あー……はい、こんにちは」


 ルイは一言【処女メイデン】に向けて挨拶したものの、すぐにイザナへとかけより、背後へと隠れてしまった。


「…………人見知りなんですね」


「いや、普段は割と気安い子の筈だけど…………なぁに? ルイ。どうしたの?」


 イザナがそう訊ねると、ルイは少し頬を膨らませながら言った。


「…………とうさまにあいたかった」


「あー…………ごめんなさいね? ルイ。とうさま、ちょっと立て込んでたみたいだから…………また今度、ね?」


「…………ぶー」


 プイッ、とそっぽを向いたルイをみて、イザナはやれやれというように頭を掻く。

 そんな二人の様子を見て──【処女メイデン】は立ち上がり、二人に背を向けて歩き始めた。


「ってちょっとちょっと、どこいくのーめいちゃん?」


「どっかにいきますよ、適当に。…………命拾ってくれたんは礼言います。おおきに」


「はい、おおきにー。──じゃないでしょもう。なんでめいちゃんまで拗ねてるのー?」


「別に…………ウチはってだけですよ。あんたとも、その娘とも、【刈り手リーパー】とも──あの小娘とも。…………ウチはもう、自分が何処の誰かも覚えてませんからね」


 感情の抜け落ちた顔で、【処女メイデン】はそう溢す。


「やっぱ拗ねてるじゃない…………死神グリムとしてはめいちゃんの方が正しいんだからね? 言っとくけども」


「ええ、そうでしょうとも」


「はー、もう、仕方ない…………じゃあ訊くけどさ、めいちゃん。…………もう一度『誰か』になりたいって、そう思う?」


 その言葉に。

 振り向かないまま、【処女メイデン】は答える。


「…………当たり前やろ」


「あっそ。じゃ、しっかり働いてね。そしたら──






 ──誰でもないに、戻れなくも、ないかもよ?」


 その言葉に。

 今度こそ、【処女メイデン】は振り向いた。


「どういう、意味──」


「それはからのお楽しみー。他のにも言っといてね? アハハ──さてさて、いよいよ本格的な開演の時だ」


 ポン。

 と、黒白の幼子──ルイの頭をに手を置いて。

 死の総体である漆黒の女はこの世全ての生命に──







「──【十と六の涙モルスファルクス】、始動せよ。さっさとこの世界に引導を渡せ」






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 とある医務室にて、金髪の少女が目を覚ましてから数分が経過していた。

 ぼんやりと乳白色の天井をただ眺めていると、扉が開かれ、誰かが入ってくる。

 黒髪をアップにしたその少女は、ベッドに横たわる金髪の少女に歩み寄ると、口を開いた。


「体調は大丈夫ですか? ──弖岸てぎし むすびさん」


「…………はい。まあ。最初から怪我とかはありませんでしたし」


 黒髪の少女の質問に、金髪の少女──弖岸てぎし むすびはそう答えた。


「…………ワタシ、これからどうなるんですか? もう質問責めはそろそろ飽き飽きしてきたころなんですけど」


「申し訳ありません──ですが現場の様子を記憶していたのはあなただけのようでしたので」


 そういって少女は頭を下げた。


「ああいえ、別に嫌味を言ったわけじゃないです。ただ、その、こんなとこ連れてこられて、流石に混乱してるといいますか──ここ、病院じゃないですよね?」


 部屋の中を見渡してむすびは言った。

 一見すると、ありふれた個室の病室に見えるが──


「この部屋──というかこの建物、ワタシが見て回った限り、ですもん。…………地下ですか? ここ」


「…………鋭いですね。ええ、その通りです。詳しい場所はお教え出来ませんが、東京内の地下にある施設になります」


「はぁ…………えと、あの、その、ワタシ、ウチに帰れるん、ですよね? このままで──」


「安心してください。身体検査含め、全て必要な手順は終わっていますから──直に帰宅できます。ご家族にも既に連絡しておりますので、心配いりません…………ただ」


 ほんの少し、少女の声色が固くなる。


「今回の一件の事は口外無用に願います」


「いやぁ…………口外しても誰も信じないと思うんですけどね。その、口外したらどうなるんですかね?」


「それなりの措置を取らせていただきます。それを含めてお訊ねしますが──今回の一件の事柄を、あなたはですか?」


「…………はい? どういう意味ですか──」


「いえ、もし事件の記憶があなたにとって苦痛なものであるというのなら──こちら側である程度のを行うことが可能です」


「………………」


 ヒク、と顔を大きくひきつらせた後、なんとかむすびは言葉を紡ぐ。


「…………き、記憶を、しょ、処置って…………記憶を、弄ったりするってことです?」


「誤解しないでください──あなたが望むのであれば、です。不要なのであればそれで構いません。…………口外しない旨についての誓約書に署名してもらうことになりますが、それで終わります」


「………………」


 むすびはうつむき、しばらく間を空けて、やがて口を開いた。


「忘れたく、ないです。忘れちゃいけないと、思うんです」


「…………そうですか。では、衣服や所有物を返還しますので、着替えた後でまた連絡してください。その後誓約書に署名すれば、そのまま帰宅してもらってかまいませんので──」


「そ、それなんですけど!」


 思いきった風な表情でむすびは声を張り上げた。


「…………何でしょうか?」


「え、えーとですね。その、あなた、えと、名前──」


「…………煙瀧えんだきです。煙瀧えんだき 音奈ねな


煙瀧えんだきさん、ですね。はい。そのー。……煙瀧えんだきさんって、ワタシとあんまり年齢、変わりませんよね?」


「…………はい?」


 少女──煙瀧えんだきはその質問に首を傾げざるを得なかった。


「え、ええ──今年で十六になりますが」


「いっこ上…………で、でも、煙瀧えんだきさんは、今回みたいな事件を何度も経験してるんですよね? 警察とかじゃないんでしょうけど」


「…………はい。今年で二年目になります」


「ってことはワタシの年齢でも出来るってことで──ええと、いきなり無茶な事言っちゃいますけど!」


 意を決し、声を張り上げ、真っ直ぐに煙瀧えんだきの目を見つめ。

 むすびは言った。




「──ワタシも、同じ仕事が、出来ませんか……?」






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 ──黄昏の中でカタンコトンと音を立てて走る電車、その車両の中の内の一つに二名の少年少女が向かい合って座っていた。

 七月の長い陽が落ちようとしているこの時刻、車両の中にはこの二人以外の人影は見えない。東京郊外を走る寂れかけの路線で、帰宅時刻からはやや過ぎているとはいえ、少々異様に見える──まるでこの車両だけが、世界から切り取られていかのように。

 落陽に背を向け、脚を組みながら座するのは、純白の学生服、俗に言う白ランに身を包む少年だった。身長はあまり高くない。その衣服に合わせるかのようにその短髪の髪は骨のように白く、鋭く煌めくその瞳は血のように赤かった。

 その向かい側、夕焼けを正面から見据えるのは、その少年の服装に相反するかのような黒衣を纏った少女だった。フードに白銀色のファーまでついたその漆黒のモッズコートは、この真夏という気候に真っ向から喧嘩を売っているとしか思えない。何を考えているのやら、少女にしても小柄な体格であるにもかかわらずに大きなメンズコートを着込んでいるものだから、その体躯の膝下までもがすっぽりと隠れてしまっていた。袖も随分余っており、腕も見えなくなってはいたが、そのコート全体のサイズを鑑みると短く見える。ひょっとすると袖丈を調整しているのかも知れなかった。その少女の髪色もまた、衣服と同じく黒い。ショートの前髪を真ん中で分けており、そこから額が覗いていて、その真上からピョコンと二房のくせ毛が伸びている。そしてまたしても向かいの少年と相反するかのように、その少女の瞳は──深い青色に揺らめいていた。


「…………『死にたいヤツは死ねばいい。生きたくなくても死ねばいい。死にたくなくても死ぬしかないから生きたいヤツだけ生きりゃいい』──っつーのがの座右の銘らしいんだが」


 そんな言葉を皮切りに、【刈り手リーパー】とも呼ばれる白衣の少年──時雨峰しうみね せいは話し始めた。


「まあ、あれだ。フツーの人間からしてみりゃ、傍迷惑も甚だしいただの暴論なワケだ」


「ですよねー。はい。あたしもそう思います。流石は死神って感じの無茶ブリです」


 そう言って黒衣の少女──新米死神である都雅とが みやこは深く頷いた。


「言うまでもなく、『生きたい』だなんて四六時中思いながら生きてる人間ヤツなんざそうそういない──『呼吸したい』と思いながら呼吸してる人間ヤツがそうそういないようにな」


「ですね。人が『呼吸したい』と思うのは基本『呼吸がしづらい』時とかで──即ち『生きたい』と思うのは『生きにくい』時ぐらいなもんです」


 みやこのその返答に満足したのか、せいは話を続ける。


「ああ。絶やす間もなく『生きたい』と願い続けてる人間ってのはつまり常に命の危険に曝されてる人間──まあ今日日は戦地の人間ぐらいなもんだな。つまりアレだ。の言ってるのは『進め一億火の玉だ』と同レベルの文言なワケだ」


「大戦末期っすかー…………まあ死神の言うことと考えれば案外妥当とも言えるんですかね? しかしやっぱり無茶ブリですよー。要するに『死ぬ気で生きろ』っつってるようなもんでしょ? 矛盾しまくりですって。死ぬ気で生きたら死んじゃいますもん」


「だから、死ねっつってんだろな」


「…………ああ、そう…………全員死ねと」


「まあ…………死ぬからな。全員。生きてりゃ」


 うんざりした表情で言うみやこから視線を上にやり、呟くようにしてせいは言うのだった。

 しばらく二人の間に沈黙が降り──再び口を開いたのはやはりせいだった。


「お前は矛盾してるっつったけど、おれはそうは思わない──きっとんだ。不思議とみんな生と死を対極、相反するものとして扱いたがるが、考えてみりゃ理屈が合わない。生は全ての命の始発で、死は全ての命の終着だ。あらゆる命が生と死で一繋ぎになっているものだとするなら、地続きに繋がる生と死は──ひょっとするととさえ、言えるんじゃないだろうか」


「それは……いくらなんでも……生と死が……が、おんなじことだなんて、そんなの、そんなの──」


 そこまで言って。

 みやこは悟った。

 悟ってしまった。


「…………ああ、そっか。そんなの。──」


「………………」


 死んだように生き続け。

 生きるように死に続ける。

 そんなの。──

 

「…………そんなの、ただの──じゃん」


「…………だろ?」


 そう言って、顔を見合わせて二人は笑みを溢した。


「…………ふふふ」


「…………ははは」


「えへへ」


「くくく」


 笑い合う。

 嗤い合う。

 人間みたいに。

 少年みたいに。

 少女みたいに。

 …………子供、みたいに。


「ふーむ。そういう意味じゃあれですかねぇ? あの人。えーとイザナさんでしたっけ? つまりあの人は『生きるのも死ぬのも同じようなもんなんだから死ぬ気で生きてみろ!』みたいな事を言いたかったワケですかねぇ?」


「その解釈は流石に好意的過ぎると思うがなぁ? んな善良な女じゃねーよアイツは。それは保証するさ。そうだな…………ま、アイツがある意味では人間を信じ、愛してるって事は確かかもしんねぇ。ただ、その愛とかいうもんは間違いなく人間の理解が及ぶもんじゃねぇだろな」


「わかります。振り返ってみても、あのひとまるっきり人間味無かったですもん。エイリアンかロボットと喋ってるみたいでした。見かけは完璧に人間なのが逆に違和感半端無かったですねー。不気味の谷ですね。うんうん」


「ハッ。あの女が聞いたらさぞ嘆くだろうよ。アイツは随分とが好きらしいからな──ふん、悪趣味め」


「んー。てかですねー。先輩とあのひとってどういう関係です? なーんか二人とも意味深な雰囲気ですけどー」


「ただの腐れ縁さ。付きまとわれて困ってるんだコッチは」


 ジト目でみやこはそう問いただすものの、せいはさらりとはぐらかす。

 …………またしばらくの時間を空けた後、今度はみやこせいに訊ねる。


「先輩…………先輩って、あたしよりずっと長く死神グリムやってるんですよね?」


「…………まあ、お前よりはよっぽどな」


「…………何の為に、なんて質問は無粋ですかね?」


「そりゃそうだろ」


 肩を竦めながら言うせいだったが、その質問にはちゃんと答えた。


「…………


「………………」


 虚空に視線をさ迷わせながら、錆は言った。


「今のところ──おれの生きる理由はそれぐらいだ」


「…………そうですか」


「…………で、お前は?」


「うっ…………言わなきゃダメです?」


「おれにだけ言わせて自分はだんまりかよ」


「うぅ…………わかりましたよぅ」


 ポリポリ、と頬を掻いて。みやこはバツが悪そうに口を開いた。


「…………


「………………」


「あたしの生きる理由は──まあ、そんなところです」


「…………そっか」


 せいは。

 そう言ったみやこを、眩しそうに見据えながら、頷いた。


「…………ホラ、持っとけ」


 ピッ、と横に回転させながらせいが投げ放ったソレを、みやこは慌てつつもパチンと両手で上下から挟むようにして受け止める。


「はい? これ…………クレジットカードじゃないですか」


「やる。暗証番号は『4444』だ」


「はぁ。ありがとうござ──ええぇ!?」


 驚愕するみやこを横目に、せいは電車の座席から立ち上がった。


「先立つ物はいるだろ──この先、一人でやってくんだからな」


「…………えっと、それはそうかも、ですが」


「貰っとけ。先輩からの餞別だ」


「あ、えと、けど、その──あのっ!」


 立ち去ろうとするせいの背に向けて、みやこが叫ぶ。


「先輩と…………一緒に行っちゃ、ダメなんですかね?」


「…………まぁ、ダメだろ」


 せいは相も変わらず無感動な口調だった。


「死なせたいおれと死なせたくないお前じゃどうしたって噛み合わねーさ。たまに顔合わせる位で十分過ぎるぐらいだろ」


 それは。

 死で贖おうとする死神から、死に抗おうとする死神への。

 最大限の、心遣いだったのかもしれかった。


「…………あー、うー、てか、アレだ。なんでおれと一緒に来るって発想になんだよ」


 柄にもない事を言った自覚はあるのか、気まずそうな表情のせいに。

 みやこは、素直な自分な気持ちを告げた。


「なんでってそれは──






 ──先輩、あたしのタイプですので」


「……………………………………………………………………………………………………」


 と、たっぷり間を置いてから。


「──ブッッッ!!!!」


 と、せいは吹き出した。

 笑みで、ではなく。


「なっ──! おま、おまっ! どういう意味──」


「言葉通りの意味ですって。それ以上でも以下でもないです」


 慌てふためくせいに詰め寄ると、みやこはその色白な手を握る。


「一緒に居たいんで、一緒に居させてください。噛み合わなくったって、噛み合わせていせばいいだけです。そーゆーもんです」


 真っ直ぐに、純粋に、せいの目を見つめて、みやこはそう言って、微笑んだ。


「~~~~~~~~~~!!!!」


 と、無感動さなどどこへやら、というような表情でたっぷり葛藤と逡巡と躊躇を脳髄の裏で反復させ──


「連れていってください、先輩」


 ──その笑顔で。

 ──その言葉で。

 せいの心は、決まった。






 パッ。






「…………は?」


 突如として。

 みやこの目前から、せいの姿がかき消えた。


「……………………え?」


 キョロキョロ。

 と、辺りを見渡すも、相変わらず車両内には誰もいない。


「…………せんぱーい? どーこでーすかー?」


 返事はない。

 気配さえない。

 どこにもせいの存在は見当たらなかった。


「…………………………………………」


 スゥ、と大きく深呼吸をし。

 亰は叫んだ。


「ッッッはああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!????」


 絶叫が上がる。

 床を全力で踏み鳴らし、みやこは怒鳴り散らした。


「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないいいいいいいいいぃぃぃぃ!!!! しんっじらんないバカみたいウッッッソだろおい!!?? 逃げた!!?? 逃げやがりました!!?? あのシチュエーションでトンズラかましやがりましたかあの白髪野郎!!!! てんんんんめええええそれでもタマついてんのかゴラアアアアアアアアアァァァァァァァァっっ!!!!」


 列車内にて絶叫しながらみやこはただただのたうち回っていた。


「ヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレタマなしタマなしタマなしタマなしタマなしタマなしタマなしタマなしチキンチキンチキンチキンチキンチキン!!!! 去勢済み鶏!!!! 女子に恥かかせてんじゃねぇやあそこまで言わせといてフツー逃げる!!?? 逃げます!!?? 百万歩譲ってちゃんと断れや!!!! なああぁぁああんで何も言わずに雲隠れしちゃうの!!?? バカなの!!?? クズなの!!?? 死ぬの!!?? ア"ア"ア"ア"マジあり得ないんですけどぉーーーー!!?? 根性無し甲斐性無しデリカシー無し!!!! っっっつーか!!!! っっっつううううかああああ!!!!」


 万感の想いを込めて。

 都雅とが みやこは。

 生まれて初めての。

 死んでからも初めての。

 ──その想いを、口にしたのだった。




「────なぁんであんなのに惚れちゃってんのよあたしわあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」











「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ──はああああああぁぁぁぁ…………」


 さんざん悶え苦しんだその後。

 終点を告げるアナウンスが車内に響き、開いたドアから寂れた駅のホームへと移る。

 他に誰もいないホームのベンチにて、自販機で買ったコーヒーを啜りながら、みやこは独り言ちた。


「…………別にいーけどね。置いてかれても」


 負け惜しみにも聞こえるその言葉は。

 確かな、少女にとっての、宣戦布告だったのだけれど。






「──追いついてやるんだから」






 ──かくして。


 死に損ないの死神達の。


 生者と死者を盛大に巻き込んだ。


 支離滅裂にして喧喧囂囂。


 問答無用にして波乱万丈。


 落花狼藉にして死山血河。


 死屍累々にして鬼哭啾々の──




 ──痴話喧嘩染みた追いかけっこが、開幕するのでありましたとさ。



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