11.千




「──悪いな。通信の類いはもうある。連絡はさせねぇよ」


 ──気づけば彼の手には骨のように白い死鎌デスサイズが握られていた。

 この眠らない街トーキョーの中においてさえ、忘れ去られたかのような寂れた墓碑ビルの狭間。

 白い死神グリム灰祓アルバは遂に対峙した。


「…………なんでいきなりお前が出てくる、【刈り手リーパー】。ご丁寧に通信遮断までしといて、接近遭遇ランダムエンカウントも無いだろう」


「単なる気紛れだ──なんてスカした台詞を吐く気はもちろんない。ただ、今お前らをこの先に進めるのは俺として好ましくないってだけだよ」


 ブン──と白の刃を一度大きく振るい。

 【刈り手リーパー】──時雨峰しうみね せいは『通行止め』の意を示した。


「つまり──先に進まなきゃいいのか?」


 との綱潟つながたの言葉に──錆は冷笑を以て答えた。


「ハッ。確かにまぁ、理屈の上ではそうだな。で、こちらからも質問だが──天敵グリムの言うことに唯々諾々と従うような腑抜けた梟に、俺が慈悲をかけるとでも?」


「──まさか。お前がそんなお優しいヤツなら、俺らはお前に畏れ慄いたりはしねぇさ」


「物分かりが良くて結構。じゃあ始めよう」


 そう言うと錆は、近所のコンビニに向かうかのように気楽な足取りで歩み出す。


「待て──【処女メイデン】を助けてお前に何の得がある」


「ねぇよ。あの赤トンボには微塵も興味はねぇ」


「なら、【処女メイデン】以外の目論見があるワケだ」


 ハアアァァ、と鬱陶し気に錆が大きく嘆息した。


「んな餓鬼でもわかる理屈を並べてどうする気だよ。ああそうさ、ちっとばかしの世話を焼こうってだけだよ。あいつの戦いに嘴を容れる程無粋じゃないつもりだが、横槍を入れさせない位の義理はある。以上」


 面倒極まりなさそうな投げ遣りな口調でそう捲し立て、そして──もう語ることはないとばかりに宙に跳んだ。


「無駄話は終わりだ──死にたくないなら生きてみせろ」


 死線デッドラインは此処に。

 白衣の刈り手は越えてみせろとばかりに嗤った。


「ッ──麟武りんぶ!!」


 それを受けて綱潟は手に持つ自らの武装──円月輪チャクラム型の武器を中空の死神グリムへと投げ放つ。


「ふん、見ない生装リヴァースだ──丙式だな。形状自体は単純だが、さて…………」


 宙を舞う錆は死鎌デスサイズを振るって迎え撃つ──二つの刃の色は共に純白。月光に照らされながら、それらは轟音と共に火花を散らした。


「踊ってろ──ッ!」


 円月輪チャクラム──麟武という銘らしいその兵装は、錆の死鎌デスサイズに弾かれながら、しかし慣性の法則などどこ吹く風で縦横無尽に宙を飛び回り、錆を攻撃し始めた。


「近、中距離戦用ってとこか……が、俺を殺るには動作がデカ過ぎる──」


 と言ったところで。


「跳ね魚──」


 鈴の音のような声が響き。

 流星の如くに闇夜を切り裂いて、二人目──女性隊員である喜多隅きたずみが錆の目前へと瞬時に移動する。


「吹き──飛べぇぇぇぇぇ!!」


 頭部への上段蹴り。

 錆は瞬時に腕で防御したが──無意味。

 その一撃は中空に有った錆の身体を、ビルの固い壁へと叩きつけた。


「ぐっ…………!」


 流石に呻き声を上げる錆に──当然更なる追撃が加えられる。


宇兵衛うへい


 冷淡な声と共に──鉄の雨が錆に襲いかかる。


籠手ガントレット型の銃器──なるほど、そういう……」


 三人目、鹿種ししぐさの放った白き銃弾の群れを転がるようにして避ける錆だったが──当然そこに。


「逃が」


「すかああぁぁぁぁ!!」


 ──綱潟の円月輪チャクラムが飛来し、同時に喜多隅が蹴りかかる。


「いい連携だ。【処女メイデン】とやりあえたのも頷ける」


 右手の死鎌デスサイズで円月輪を弾き、空いた左手で脛当レガースを受け止めながら、錆はそう賞賛した。


蹴り使いキッカーを前衛に置いて、後衛の銃使いガンナーは牽制と撹乱。隊長の飛び回る円月輪は近、中距離どちらもカバーして二名の連携を繋ぐバランサー……ってとこか」


 一瞬の攻防で、錆は相手の連携におおよそのあたりをつける。


(やることは定石通りだ。弱いやつから集中的に狙って連携を突き崩す──ま、こっちがそう来るのは相手もわかってるだろうがな。あちらの攻勢は──やたら速い蹴り女を主軸に銃撃で牽制しつつ隙を生み出し、円月輪チャクラムでトドメってとこか)


 死神グリムだろうが灰祓アルバだろうが、勝てるのは最後まで諦めず、思考し続けたものだけだ。

 自らの最適とあちらの最悪を常に探求し続ける。

 それだけが勝利を手繰り寄せる唯一の術なのだから。


「っ、と──?」


 だが、錆の予想通りには戦況は動かなかった。


「いくぞ、喜多隅」


「はい、隊長!」


 円月輪を手に持った綱潟と喜多隅、二人は息を合わせて白き死神グリムへと躍りかかる。


「近接戦なら望むところだが──勝てると思ってるのか?」


 錆は真っ向から二名と激突した。

 舞い散る火花、火花、火花──月の光も満足に届かない路地裏を、刹那の閃光が照らす。


(この一本道の路地裏じゃあ後衛の射線は通りづらい──味方を誤射しかねない筈だ。前衛が二人になれば尚更……それでもあえてそうするってことは)


 何かある──そう錆が察したと同時に、綱潟が深く踏み込み、渾身の一撃を放ってきた。

 が、【刈り手リーパー】からすればなんということもない一撃だ。

 なんなく錆は死鎌デスサイズでその一撃を捌いた──しかし、その一撃の重さ故に少し切り返すまでの間が大きくなる。


「──ここっ!!」


 その隙とはとても言いがたい刹那に、喜多隅は跳んだ。


 ダダダダダダダダダダダダ──


 まるでピンボールの如くにビルの合間を猛スピードで跳ね回る。


「なるほど、確かに速いが俺に見切れない程じゃ──」


「俺も、いるんだよっ──!」


 そこから綱潟の追撃が来る。


「いたから、なんだってんだ?」


 単騎での灰祓アルバの攻撃など、【刈り手リーパー】にとってはまるで恐れるに足らない。

 あっさりとその一撃を弾き飛ばし──

 ──その飛ばした円月輪はその勢いのまま急転回し、再び錆に遅いくる。


「二番煎じはお断りだっつーの──」


 が、円月輪を迎え撃とうと錆が構えたその瞬間だった。

 即座にバックステップで後退していた綱潟のお陰で──


(ちっ、後衛の銃使いガンナーの射線が、通っ──)


 瞬間。


「そこ、だああぁぁぁぁ!!」


 超速で跳ね回っていた喜多隅が、その速度のままに錆へと飛び蹴りを放つ!

 そして同時に──綱潟の円月輪と鹿種の銃撃までもが錆に襲いかかった。

 灰祓アルバ最高峰に位置する部隊である第三隊ヴィブルナムの、一斉攻撃。

 まともに喰らえば錆とはいえただでは済むまい。


「──舐めんな」


 襲い来る銃弾の合間を縫うようにして躱しきり、手にした死鎌デスサイズを綱潟に倣うようにして投げ放ち、円月輪を弾き飛ばす。

 そして頭部に叩き込まれる筈だった一撃を──掌で受け止めた。


「ッ────!!」


「動きは悪くないが、この程度じゃ──」


「──?」


 その言葉が言い終わるかどうかの瞬間に。




 ──遥か彼方より飛来した白銀の一閃が、錆の身体に孔を穿った。






▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






「さっ! さと! 陥、ち、ろおおぉぉぉぉ!!」


 ──いける。

 渾身の力で【処女メイデン】の頚を絞め付ける中、確信した。

 【処女メイデン】の踠く力は目に見えて弱まっている。このまま絞め落とせば──

 そう思った途端、【処女メイデン】が声にならない声で、小さく溢した。


「【エルジェー公女ベト】…………」


 次の瞬間。

 亰の視界が暗闇に包まれた。

 そして──


「ご、ポ?」


 血が、喉の奥から溢れ出す。

 いや、それどころじゃなく。

 感じるのは。

 痛み。

 痛い、いた、痛い痛い痛い痛い痛、痛い痛痛痛痛痛痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激激激激激激激激痛痛痛痛痛痛痛痛!!


「う、ぐ、ふ、はっガ、アば、はっッッ、ギゃああああアアアアぁあアああァァァあぁああアアぁ!!??」


 余すところなくへと襲いかかるその痛苦に、腹の底から絶叫する。

 そして、視界が開かれた。

 赤く染まった景色の中にあるのは──真紅の死神の姿。


「こんんんんんんんんんのスットコドッコイがぁっ…………!! どこに死鎌しごとどうぐ放り出して殴りかかってくる死神がおるんやタコ!!」


 自らも血塗どろとなりながら、そんな風に吠えたてる【処女メイデン】。

 …………そうか。

 自分ごと、鋼鉄の処女アイアン・メイデンで挟み潰した、のか…………

 なかなか、イカれてる。


「なんやねんなさっきのは。中国拳法か? んん? あんなんが効くと思ったか──とか言いたいとこやけども、ああも無様晒したからにはそれも言えんわなぁ」


 …………空手だよ。

 習ってたの小学生のうちだけだけど。


「…………ま、それもここまでや。もう失血で動けんやろ。このまま姐さんのトコまで引き摺ってくか──」


 胸ぐらを掴み上げられる。

 身体はさっぱり動かない──意識を保っていられるのが我ながら不思議なぐらいだったが。

 そこで。


 ガチャリ。


 と、扉の開く音を聞いた。


「…………ミヤ、コ?」


 今。

 もっとも聞きたくない声が聞こえた。

 まっかな視界のなかで。

 カラオケボックスの中から。

 親友むすびが、姿を現して。


「…………っ! ダッ、メ…………むす、び。逃げっ──」


 

 本気で、そんな事を言おうとしたのだろうか。

 そんな言葉に従う筈がないということぐらい。

 親友あたしは嫌というほど、知っている筈なのに──


「…………離せよ」


「…………んん?」


 結の言葉に白々しく【処女メイデン】が首を傾げた。


「聞こえへんなぁ。なんていうたんや自分──」


「ミヤコを離せっつったんだよ!!」


 怒声が響き。

 ニタリ。

 と、【処女メイデン】は厭な笑みを浮かべた。


「へえ──やっぱ、覚えてるんか」


 そう言いながら、あたしを床へと手離した。


「待、てよ…………なに、するき………」


「さてなぁ? 何やと思うー?」


 ──【処女メイデン】は。

 その手に真紅の死鎌デスサイズを握った。


「ッッッ!! やっめ、ろテメェっ!! ざっけん、なっ…………狙いは、あたしでしょうがっ」


「や、目標ターゲット変更。最優先はあの子やね。死神グリムなんぞ──


 ゾッとするような声色で。表情で。【処女メイデン】は言った。

 その姿はまるで。

 残酷な。冷酷な。

 ニンゲンの、ような。


「あ、ああ、ああああ…………」


 コツ、コツ、コツ、コツ。

 赤い死神が、親友へ向かって歩を進める。

 死ぬ。

 死んでしまう。

 あたし、ではない。

 他でもない。

 親友むすびが──死んでしまう。

 死ぬ。

 亡くなる。

 いなくなる。

 あの赤い、紅い、死の刃に──刈り取られて。

 お父さんのように。

 お母さんのように。

 …………としきのように。

 いなくなる。

 なくなる。

 あたしを、覚えてくれている人が。

 あたしに、おかえりと言ってくれる人が。

 もう、誰も。

 ただの、一人も──






「………………………………………………………………………………いやだよ」






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「…………さ、別れ道だよ、みやこちゃん」


 熱帯夜の明るい月の下。

 母なる死神は、揺蕩う娘子に向かって呟いた。


「誰しも、どんな『生き方』を選ぶのかは千差万別──けれども、『在り方』には二通りしかない。人も、死神グリムもね」


 ──


 ──


「…………あなたはどっちに進むの? 亰ちゃん」



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