第13話 アリウムが選ぶ庭
牛乳って、えらい。
そのまま飲んでもおいしいのに、さらに変身してバターやチーズやヨーグルトになって、みんなを楽しませてる。
そんなこと話してたら、めっちゃ何か作りたくなって、葉月先生の研究室に押しかけてチーズ作り。
楽しかったぁ。 塩とレモンでできちゃうなんて、ほんと不思議。
これは、フレッシュリコッタチーズというらしいのです。
さて試食。と思ったら、なんとひなたちゃんがやって来たので、律、純、そして、空と私の四人の生徒たちは、気を遣ってそそくさと律の家に避難してきたところ。
葉月先生とひなたちゃんが一緒にいるとこ見ても、律は前のように落ち込まなくなった。
それはやっぱり、隣にいる奴のお陰なのかな。
いつでも、どこでも、見ていてくれるもんね。
君の、律にしか見せないその特別が、ちょっぴり羨ましい。
律を見つめる純の瞳はほんとにまっすぐで、純を見つめ返す律のはにかんだ微笑みはまぶしくて。
少し胸がギュッとするけど、私なら大丈夫。
*
律のママに、できたてのチーズを自慢する。
「あら、おいしそうね。じゃあ、ブルーベリーとラズベリーのジャムがあるから、一緒にクラッカーにのせてお茶にしましょうか」
みんなで薔薇の柄のカップを準備して紅茶を入れてもらう。
お庭のお花を眺めながら、いただきまーす。
視線の先に、なつかしいキャンディに似てる花が咲いてる。
つぼみが、チョココロネみたいに渦巻き形で、赤と白のらせんなの。
おいしそうな苺とクリームのハーモニーみたい。
オキザリス・バーシカラーという名前なんだって。
うわー、オキザリスって、置き去りのリスみたいじゃない?
あ、和名はカタバミなんだ。5枚の花弁の花って、だいすき。
*
山藤家の庭は、律のママらしいセレクトで、華やかな色合い。
アーチになったピンク色の薔薇がお茶会を彩る。
白いクリームが似合う甘くてかわいい砂糖菓子のような庭。
隣の葉月先生の庭は自然の息吹を感じる。
生き物と共存しながら楽し気に弾む場所。
この二つの庭が隣同士で並んでいると、まるで性格が違うのに不思議と仲良く揺れていて嬉しくなる。
庭って、その人を表している気がする。すきな植物もね。
野に咲くちっぽけな花のよう。
律がよく自分をたとえてそう言うの。
「雑草であっても花をつけていたらママは抜かないの。だって健気じゃない? って」
律はそのたびに、私のこと言ってるみたいって思うらしい。
大輪の薔薇のような母から生まれた自分が、どうしてもちんまりに見えるからって。
私から見たら十分、お姫様のように可愛らしいというのにね。
自己を投影してしまうような、お花たち。
*
アリウムっていう葱属の花がある。
別名「花葱」とか、フラワーリングオニオン。
アリウムって種類によって、まったく印象が変わるの。
みんな初夏のこの時期に咲くから、葉月先生の庭にも、律の庭にも、そして私の家の庭にも、アリウムが咲いている。
すっごくそれぞれの庭に合っていて、まるで庭の名刺代わりのようでおもしろい。
写真を撮って、アルバムに貼って見比べてみましょうか。
私の家にあるのは、アリウム・ギガンチウム。
玉葱に似てる球根を植えたら私の目の高さまでぐんぐん育って、まんまる見事な 青い鞠の爆弾みたいな花が咲いた。
山藤家はアリウム・コワニー。清楚な白で可憐。
どこまでも乙女っぽい、白いリボンのように。
葉月先生の庭には、アリウム・丹頂。
名前からすると鶴なのかな。千日紅と間違いそうな素朴な感じ。
アリウムの方が、庭に合わせて自分たちを分配したかのよう。
こっちが選んでいるつもりが、実は選ばれているのかもしれない。
*
今頃、お隣の二人はチーズたべているかな。
あれ、そういえばひなたちゃんって牛乳のめないけど、チーズはいけるのかなぁ。
くすくす。給食の時はえっと、ああ、チーズはたべてたかもっ。
チーズっていうと定番はワインに合わせるけど、うちの日本酒はチーズにも合うと、杜氏は言うの。
すごいよね。だって牡丹餅にも合うんだよ。えらいっ。
葉月先生の恋は、これから何処に行くんだろう。
私がここに戻って来る頃、二人は結婚してたりするのかなぁ。
なんて、ぼんやり考えた。
あ、私、ここを出て行こうとしている。
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