第13話 アリウムが選ぶ庭


 牛乳って、えらい。

 そのまま飲んでもおいしいのに、さらに変身してバターやチーズやヨーグルトになって、みんなを楽しませてる。


 そんなこと話してたら、めっちゃ何か作りたくなって、葉月先生の研究室に押しかけてチーズ作り。

 楽しかったぁ。 塩とレモンでできちゃうなんて、ほんと不思議。

 これは、フレッシュリコッタチーズというらしいのです。


 さて試食。と思ったら、なんとひなたちゃんがやって来たので、律、純、そして、空と私の四人の生徒たちは、気を遣ってそそくさと律の家に避難してきたところ。


 葉月先生とひなたちゃんが一緒にいるとこ見ても、律は前のように落ち込まなくなった。

 それはやっぱり、隣にいる奴のお陰なのかな。

 いつでも、どこでも、見ていてくれるもんね。

 君の、律にしか見せないその特別が、ちょっぴり羨ましい。


 律を見つめる純の瞳はほんとにまっすぐで、純を見つめ返す律のはにかんだ微笑みはまぶしくて。

 少し胸がギュッとするけど、私なら大丈夫。



 律のママに、できたてのチーズを自慢する。

「あら、おいしそうね。じゃあ、ブルーベリーとラズベリーのジャムがあるから、一緒にクラッカーにのせてお茶にしましょうか」

 みんなで薔薇の柄のカップを準備して紅茶を入れてもらう。

 お庭のお花を眺めながら、いただきまーす。


 視線の先に、なつかしいキャンディに似てる花が咲いてる。

 つぼみが、チョココロネみたいに渦巻き形で、赤と白のらせんなの。

 おいしそうな苺とクリームのハーモニーみたい。

 オキザリス・バーシカラーという名前なんだって。

 うわー、オキザリスって、置き去りのリスみたいじゃない? 

 あ、和名はカタバミなんだ。5枚の花弁の花って、だいすき。



 山藤家の庭は、律のママらしいセレクトで、華やかな色合い。

 アーチになったピンク色の薔薇がお茶会を彩る。

 白いクリームが似合う甘くてかわいい砂糖菓子のような庭。


 隣の葉月先生の庭は自然の息吹を感じる。

 生き物と共存しながら楽し気に弾む場所。

 この二つの庭が隣同士で並んでいると、まるで性格が違うのに不思議と仲良く揺れていて嬉しくなる。


 庭って、その人を表している気がする。すきな植物もね。


 野に咲くちっぽけな花のよう。

 律がよく自分をたとえてそう言うの。


「雑草であっても花をつけていたらママは抜かないの。だって健気じゃない? って」

 律はそのたびに、私のこと言ってるみたいって思うらしい。

 大輪の薔薇のような母から生まれた自分が、どうしてもちんまりに見えるからって。

 私から見たら十分、お姫様のように可愛らしいというのにね。


 自己を投影してしまうような、お花たち。



 アリウムっていう葱属の花がある。

 別名「花葱」とか、フラワーリングオニオン。


 アリウムって種類によって、まったく印象が変わるの。

 みんな初夏のこの時期に咲くから、葉月先生の庭にも、律の庭にも、そして私の家の庭にも、アリウムが咲いている。


 すっごくそれぞれの庭に合っていて、まるで庭の名刺代わりのようでおもしろい。

 写真を撮って、アルバムに貼って見比べてみましょうか。


 私の家にあるのは、アリウム・ギガンチウム。

 玉葱に似てる球根を植えたら私の目の高さまでぐんぐん育って、まんまる見事な 青い鞠の爆弾みたいな花が咲いた。


 山藤家はアリウム・コワニー。清楚な白で可憐。

 どこまでも乙女っぽい、白いリボンのように。


 葉月先生の庭には、アリウム・丹頂。

 名前からすると鶴なのかな。千日紅と間違いそうな素朴な感じ。


 アリウムの方が、庭に合わせて自分たちを分配したかのよう。

 こっちが選んでいるつもりが、実は選ばれているのかもしれない。



 今頃、お隣の二人はチーズたべているかな。

 あれ、そういえばひなたちゃんって牛乳のめないけど、チーズはいけるのかなぁ。

 くすくす。給食の時はえっと、ああ、チーズはたべてたかもっ。


 チーズっていうと定番はワインに合わせるけど、うちの日本酒はチーズにも合うと、杜氏は言うの。

 すごいよね。だって牡丹餅にも合うんだよ。えらいっ。


 葉月先生の恋は、これから何処に行くんだろう。

 私がここに戻って来る頃、二人は結婚してたりするのかなぁ。


 なんて、ぼんやり考えた。


 あ、私、ここを出て行こうとしている。





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