第14話 春に来た人
葉月先生がやってきた日。2年前の春休み。
はじめて逢った時のときめき。
「こんにちは。隣に越してきました葉月と申します」
ちょうどママはお買い物に行ってて、私は留守番だった。
玄関に立つその人はすらりと背が高くて、優し気な透き通るような目をした男の人で、その声は落ち着いた響きで、一瞬で私を包んでしまった。
ひとめで私の心は、お隣さんに奪われてしまったの。
*
そして、中学校の入学式。再び壇上で見つけたその人の姿。
あれ、お隣の葉月さん。え、葉月……先生?
隠しておいたのに勝手にたからものが飛び出してきちゃった気分。
あわてて閉じた、びっくり箱みたいな私の気持ち。
理科の先生なんだ。わぁ、私の教科担当なんだぁ。
すっごく嬉しかった。クラス担任ではなかったけど、週3の大切な時間。
あんまり成績はパッとしなくて申し訳ないけど、でも、一生懸命!理科はお勉強しているんだよ、先生。
実験器具を丁寧に扱う先生の手に見とれる。
説明しながら近くを通る後ろ姿を目で追いかける。
板書きをそのままにしておきたくなる美しい字。日直さん、消すのやめようよー。
*
いつのまにか気軽に遊びに行けるようになった先生のお家、研究室、お庭。
縁側に座って眺める季節ごとに咲くお花たち。
私、かれこれもう2年も先生をすきなんだなぁ。
自分の一途さに驚いてしまう。
だからね、すきになることを簡単にやめたりできないの。
この先だって、先生のことは、きっとずっとずっとすき。
でもね、このままのこのきもちじゃいけない。
先生に迷惑になるようなすきにはなりたくないの。
きちんと前を向いて生きていきたいんだ。
先生がしあわせになれるように祈って、見つめていたい。
私もいつか自分だけの誰かに逢える日がくる。きっとね。
だから、それまでは、ただそばにいたいのです。
*
葉月先生、春めいてきましたね。
もうすぐ私、14才になります。春からは中3。
先生と学校で会えるのは、あと1年と少し。
野原には雪を押しのけるように、春のしるしの小さな芽たちが顔をのぞかせてる。
あ、
小さな白い天使が羽を閉じてるみたい。
*
もう少し経つと小さな紫色のすみれも咲く。
今年も逢えたら、押し花の栞にしたいな。
今日も先生の研究室に行っちゃおうっと。
先生、すみれの花の砂糖漬け、作りませんか。
いつまでも、いつまでも、残るように。
大切な思い出が、消えないように。
冬のものがたり - おわり -
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