第3話 ゆきうさぎ
窓を開けると一気に冷気が入り込み、息が白くなる。
あ、ぼたん雪だ。
窓の外に腕を出して、てのひらに集めようと試みる。
ぼたん雪は、ぽふぽふと遠慮なく私に当たっていくけど、ふかふかの綿が掠めていくような感じで痛くない。すぐに溶ける。
表情を変える雪。ぼたん雪から、いつしか粉雪に。
降り積もるのは粉雪の方が得意。
あんなに小さな粉粒なのに、どうしていつのまにか屋根の上を、木の枝を、白い層で包んでしまうのだろう。
雪のきよらかさ、気高さ、つめたいのにあたたかい。
寒さは苦手だけど、凛とした空気に囲まれるのは嫌いじゃない。
袖に舞い降りた雪の結晶のかたちを、そのまま切り取りたい。
冬は宝石のような季節。
*
葉月先生の庭。
先生はいっぱい着込んで、窓から私たちを見ている。
あんなに細長いと寒さがこたえるんだろうなぁ。
くすくす。ちょっと眼鏡曇ってるよ、先生?
こちらは一応雪ん子たちなので、こどもらしくはしゃぎましょうか。
あたらしい雪を掬って、おはぎくらいの大きさに、ちょっとアーモンドの形にまとめてみる。
雪の白、実の赤、葉っぱの緑。
その三色はクリスマス色なんだけど、お正月チックでもあって。
雪うさぎさんを作りましょう。
庭にある植物をぐるっと眺めて、うさぎのお目目の赤い実と、お耳にぴったりな濃い緑の葉っぱを探す。
んー、体に比べて、ちょっと大きすぎでしょうか。
私が作るとぽてっとしていて、雪うさぎじゃなく、ゆ・き・う・さ・ぎ。
蒼がはりきってつくった雪だるまの横にそっとおいてみようかな。
いとしくて、お部屋に持って帰りたくなっちゃうね。
冷蔵庫の中なら溶けないでいてくれるかな。動き出しちゃうかしら。
*
夢中になって遊んでいたら、先生の声がした。
「りっちゃん、蒼さん。ココア入りましたよ。中にお入りなさい。ああ、頭の上が雪だらけですよ」
先生が湯気の上がったマグカップをテーブルに置いてから、いつのまにか私たちの髪に積もった雪を払ってくれる。
私が手のひらの上にのせたゆきうさぎを見て、先生が「この植物、何かわかりましたか」って聞くから、「これは万両ですっ」ってはりきって答える。
千両と万両ってどっちがどっちかよく見分けがつかないの。
「前に調べたら、実のつき方がちがうって書いてありました。さくらんぼみたいに下向きなのが万両。花束のように葉っぱの上につくのが千両です」
ちょっと先生にほめてほしくて、がんばって言ってみたよ。
でも、先生ったら
「実の付き方だけですか? 他には?」なんて言うから、あわてて庭に降りて行こうとしたら止められた。
「ああ、もう寒いですからいいですよ。教えてあげます」
先生、どれだけ寒がりなんでしょう。早く窓閉めたいんですね。
外で夜空の星を観察している時は、じっと雪の中でもいるのにね。
「葉のつき方が、万両は互生、千両は対生です」
ええっと、互生は互い違いだから、茎に交互に葉っぱがついているんですね。
対生は、茎をはさんで 左右同じ場所から葉がでているっと。
見たことはないけれど、一両、十両、百両もあるんですって。
植物の名前の付け方って、なんだかおもしろいな。
ねえ、葉月先生。
青いブルーベリーみたいな実の方が似合う名前なのに。不思議。
「そうそう、万両ではこのうさぎさんには不適合ですね。そこに飾ってある南天の実と葉を使うのはどうですか」
あ、ほんとだ、そっちの方がかわいい。
雪の中の目立つ色は、こりすだったら誰にも見つからないように、急いでどこかに隠すのかしら。
きょときょと周りを見渡して、かさこそっとすばやくね。
*
夜、ベランダに出しておいたゆきうさぎに、すこしだけねと話しかけて、部屋の中に入れる。
白いお皿の上のうさぎは、ひんやりときもちよさそう。さわるとつめたいっ。
思いついたことがあって、少しいたずらしたくなって。
お気に入りのビーズやボタンを入れているチーズの木箱を持ってくる。
その中から、きらきらのスパンコールをさがして、うさぎの南天の目の代わりにのせてみたの。
ハートの形をのせたら、恋するうさぎみたい。
星の形をのせたら、目を回してノックアウトされた子みたいだね。くすっ。
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