第3話 ゆきうさぎ


 窓を開けると一気に冷気が入り込み、息が白くなる。


 あ、ぼたん雪だ。

 窓の外に腕を出して、てのひらに集めようと試みる。

 ぼたん雪は、ぽふぽふと遠慮なく私に当たっていくけど、ふかふかの綿が掠めていくような感じで痛くない。すぐに溶ける。


 表情を変える雪。ぼたん雪から、いつしか粉雪に。

 降り積もるのは粉雪の方が得意。

 あんなに小さな粉粒なのに、どうしていつのまにか屋根の上を、木の枝を、白い層で包んでしまうのだろう。


 雪のきよらかさ、気高さ、つめたいのにあたたかい。

 寒さは苦手だけど、凛とした空気に囲まれるのは嫌いじゃない。

 袖に舞い降りた雪の結晶のかたちを、そのまま切り取りたい。

 冬は宝石のような季節。



 葉月先生の庭。

 先生はいっぱい着込んで、窓から私たちを見ている。

 あんなに細長いと寒さがこたえるんだろうなぁ。

 くすくす。ちょっと眼鏡曇ってるよ、先生?

 こちらは一応雪ん子たちなので、こどもらしくはしゃぎましょうか。


 あたらしい雪を掬って、おはぎくらいの大きさに、ちょっとアーモンドの形にまとめてみる。


 雪の白、実の赤、葉っぱの緑。

 その三色はクリスマス色なんだけど、お正月チックでもあって。

 雪うさぎさんを作りましょう。


 庭にある植物をぐるっと眺めて、うさぎのお目目の赤い実と、お耳にぴったりな濃い緑の葉っぱを探す。

 んー、体に比べて、ちょっと大きすぎでしょうか。

 私が作るとぽてっとしていて、雪うさぎじゃなく、ゆ・き・う・さ・ぎ。


 蒼がはりきってつくった雪だるまの横にそっとおいてみようかな。

 いとしくて、お部屋に持って帰りたくなっちゃうね。

 冷蔵庫の中なら溶けないでいてくれるかな。動き出しちゃうかしら。



 夢中になって遊んでいたら、先生の声がした。

「りっちゃん、蒼さん。ココア入りましたよ。中にお入りなさい。ああ、頭の上が雪だらけですよ」

 先生が湯気の上がったマグカップをテーブルに置いてから、いつのまにか私たちの髪に積もった雪を払ってくれる。


 私が手のひらの上にのせたゆきうさぎを見て、先生が「この植物、何かわかりましたか」って聞くから、「これは万両ですっ」ってはりきって答える。


 千両と万両ってどっちがどっちかよく見分けがつかないの。

「前に調べたら、実のつき方がちがうって書いてありました。さくらんぼみたいに下向きなのが万両。花束のように葉っぱの上につくのが千両です」

 ちょっと先生にほめてほしくて、がんばって言ってみたよ。


 でも、先生ったら

「実の付き方だけですか? 他には?」なんて言うから、あわてて庭に降りて行こうとしたら止められた。


「ああ、もう寒いですからいいですよ。教えてあげます」

 先生、どれだけ寒がりなんでしょう。早く窓閉めたいんですね。

 外で夜空の星を観察している時は、じっと雪の中でもいるのにね。


「葉のつき方が、万両は互生、千両は対生です」

 ええっと、互生は互い違いだから、茎に交互に葉っぱがついているんですね。

 対生は、茎をはさんで 左右同じ場所から葉がでているっと。

 見たことはないけれど、一両、十両、百両もあるんですって。

 植物の名前の付け方って、なんだかおもしろいな。


 ねえ、葉月先生。万年青おもとって、赤い実なんですね。

 青いブルーベリーみたいな実の方が似合う名前なのに。不思議。


「そうそう、万両ではこのうさぎさんには不適合ですね。そこに飾ってある南天の実と葉を使うのはどうですか」

 あ、ほんとだ、そっちの方がかわいい。


 雪の中の目立つ色は、こりすだったら誰にも見つからないように、急いでどこかに隠すのかしら。

 きょときょと周りを見渡して、かさこそっとすばやくね。



 夜、ベランダに出しておいたゆきうさぎに、すこしだけねと話しかけて、部屋の中に入れる。

 白いお皿の上のうさぎは、ひんやりときもちよさそう。さわるとつめたいっ。


 思いついたことがあって、少しいたずらしたくなって。

 お気に入りのビーズやボタンを入れているチーズの木箱を持ってくる。


 その中から、きらきらのスパンコールをさがして、うさぎの南天の目の代わりにのせてみたの。


 ハートの形をのせたら、恋するうさぎみたい。

 星の形をのせたら、目を回してノックアウトされた子みたいだね。くすっ。







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