おくすりやさん

村崎瑠璃

薬屋と旅人

時間という概念が死んだ街。

そこで100年以上も薬屋をやっている男がいた。

医療が飛躍的に発達した未来で人は不老不死となる技術を手に入れた。

不可能だといわれた宇宙旅行も異次元世界への移行も出来る未来。

娯楽が全て出尽くした頃には皆苦しまずに死ねるドラッグに夢中になった。

延々と続く命を絶つも生かすもその人次第。秩序のあるようでない世界のせめてもの救済措置だった。

ある程度生を楽しんだその後は虚しさを感じて自殺する者が後を絶えなかった。

60億人いた人口も今は半分に減った。

神は何処にもいなかった。救いようのない人間だけが残った。

そこにとある旅人が薬屋にやってきた。

「どうして皆死んだ目をしているんだ?もう死に怯えることはなくなったのに」

その旅人は素直な疑問をぶつけた。薬屋は答えた。

「もうこの世界はもう終わってしまったんだよ。とある一人の科学者によってね」

その科学者は愛する人を失いたくないという理由で不老不死の薬を作った。

しかしその妻は自殺した。無限にある時間に押しつぶされてしまったのだ。

人類が夢にまで見た不老不死。その結果は誰もが待ち望んでいた未来ではなかった。

限りある命だから価値がある。科学者は自らの過ちを悔いていた。

旅人は言った。

「私の妻はあと数日しか寿命がない。私は不老不死の薬を求めて旅をしていたんだ」

だけど、と言葉を切って旅人は問うた。

「生きることは悪いことなのか?愛する人に生きていてほしいと願うことは、果たして罪なのだろうか」

薬屋は何も答えなかった。

代わりに不老不死になれる薬と苦しまずに死ねる薬を二錠ずつ彼に渡した。

「どちらを使うかは彼女に選ばせてやるといい。どうかあなたが後悔しない未来を生きてくれ」

旅人はそれを受け取ると去っていった。二度とその旅人が目の前に現れることはなかった。

「生きることは罰なのさ。そうとは知らずに妻を生かそうとした私に死ぬ権利などありはしない」

旅人は時間と言う概念を捻じ曲げてもう一つの世界からやってきた自分だった。

そして旅人が去った後も男は薬を売り続けた。

最後には不老不死の薬だけが大量に売れ残った。

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おくすりやさん 村崎瑠璃 @totsukitouka

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